最後にわらったのは――㉑
誰が予想していた? 王国が崇拝する姉妹神が“運命の恋人たち”を選ぶなど。選ばれた男女が1部を除いてまさかの2人で。
「揃ったね」
重要な案件の際に使用される会議室に入ったオルトリウスは既に着席している面々を見回した。昨夜の『建国祭』の夜会にて“運命の恋人たち”に選ばれたベルンハルドとエルヴィラの関係者がいる。気まずそうに体を小さくしているシトリン、眠そうなのを隠す気のないシエル、そんなシエルを向かいで睨みつけるシリウス、いつもの事だからとシエルもシリウスも気にしないシエラ、選ばれた相手が相手なだけに出席したイエガーの5人。自身の席に着いたオルトリウスは眉を曲げ困ったように笑う。
「集まってくれてありがとう。リオニーちゃんも出席予定だったのだけれど別の問題が発生して其方に行ってもらっている」
別の問題とは先代フリューリング侯爵夫妻の始末、と知るのはイエガーを除いた面子のみ。
「さて、早速始めよう。昨日の姉妹神の祝福についてだ」
「オルトリウス様」
オルトリウスの声を遮ったのはイエガー。
「態々、陛下や我々を呼ぶ必要があるとは思えません」
「イエガー君。君が何を言いたいか解っているつもりだよ」
「なら、姉妹神が示した通り王太子殿下とエルヴィラ様を」
「それがね~」
イエガーが言いたいのは何か把握済み。オルトリウスの困った笑みは小さくなっているシトリンへと向けられた。
「シトリン君。エルヴィラちゃんとベルンハルドちゃんを婚約させれば、君の家は後継者がいなくなってしまうね」
「え、ええ」
将来仕える相手を選ぶ権利くらいあってもいいとはケインの台詞。もしも、エルヴィラがベルンハルドの婚約者となりそのまま王太子妃にでもなればケインは後継者の座から降り領地に引き籠ると宣言した。公爵夫妻やエルヴィラ、シエルの前で。
「ケインの発言だけではありません。元よりエルヴィラに王太子妃は務まるとは思えません。後継にはケインがいて、ファウスティーナは王太子殿下の婚約者で、末のエルヴィラは本人の意思を尊重しゆっくり選ぼうと妻と話していました」
「僕も王城で何度かエルヴィラちゃんを見ているけれど、末っ子気質の抜けない子だとは思うよ」
「お恥ずかしい話……エルヴィラは学ぶのが苦手な子です。自分の得意な分野は積極的に学ぶ姿勢は見せますが他はあまり良くありません」
この場にリオニーがいたら「お前達が甘やかすからだ」と言い放っていた。人を揶揄うのが大好きなヴェレッドもいたら挑発的な言い方もしていたが生憎と彼もいない。事情を良く知るシリウスやシエル、シエラも口を挟まない。それが却ってシトリンの居心地を悪くさせた。
「仕える相手を選びたい、か。気持ちは分からないでもない。僕もオルトリウス様やティベリウス様が嘗ての国王陛下達と同じだったら、とっくの前に見捨てていた」
「怖いねえ。実際、この国は見捨てられる寸前だった」
姉妹神フォルトゥナとリンナモラートに。
「僕と兄上は運命の女神に、ルイスとリンナモラートが残した王国を必ず建て直すと誓約を立て、彼女の力を借り約束を果たした。代償は大きかったけれど王国の膿を全て取り除けたのなら小さいものさ」
代償? と誰かが問う。微笑を浮かべるだけで無言のオルトリウス。言うつもりはないと暗に語っている。
「王太子殿下にルイスの名が付いている理由、貴方なら分かっている筈だオルトリウス様」
「……」
王族に生まれると王都に残る側と教会に移る側に分かれ、受ける教育の内容にも大きな違いが発生する。基本的知識や王族ならではの知識は王都に残っても授かる。けれど教会側、つまり司祭を継ぐ王族は王家すら知らない秘密を知る。オルトリウスもシエルも同じだ。
唯一の違うのはシエルですら知らない事をオルトリウスは知っている、という点のみ。
「王太子殿下が赤ん坊の頃、教会で洗礼を受けた時女神の像が光った。これは王太子殿下に運命の相手がいると示している。ルイスと同じ髪と瞳を受け継いだ王子の運命の相手は女神の生まれ変わりと決まっている」
「そう。だからこそ、ベルンハルドちゃんの名前にルイスの名が付けられた」
「しかしですぞ。王太子殿下はファウスティーナ様ではなくエルヴィラ様が運命の相手だと姉妹神に示された。つまり、女神の生まれ変わりの婚約者として王太子殿下は相応しくない。違いますかな?」
「お父様っ! 今の発言撤回して下さい!」
耐えきれずシエラが実父を非難するもオルトリウスが止めた。納得がいかないと表情に出ているがシリウスにも止められ渋々「……申し訳ありません」と謝罪をした。
「イエガー君。今の言い方は王族に対して不敬だよ」
「あくまで僕は事実を述べたのみです」
「まあ、そうだよね……うーん……。じゃあ、現実的な話をしよう」
ベルンハルドにファウスティーナ以外の運命の相手がいたとなり、婚約者をエルヴィラに変更した場合の話をオルトリウスは切り出した。
「さっきシトリン君が言ったようにもしも婚約者をエルヴィラちゃんに変えるとなると困った事が起こる」
1つはヴィトケンシュタイン公爵家の跡取りの座をケインが自ら辞退するもの。
2つ目はケインが公爵にならないなら自分も便乗すると発言したクラウド。これについては初耳でイエガーは困惑とした。他も同じ反応を見せた。
「クラウドが? どうしてその様な……」
「ケインちゃんが公爵にならないのは退屈なんだって。ケインちゃんとファウスティーナちゃんと一緒にヴィトケンシュタイン領に引き籠って領地運営をすると冗談でもなさげな話をしていたよ。将来有望な子供達に挙って表舞台から退場されるのは僕としても困るから止めたけど」
あの時のクラウドを見ているから現実味があって怖い。フワーリン家特有の自由気儘で何を考えているか不明な不思議な少年は、時折祖父譲りの理解不能さを醸し出す。
「私としてもエルヴィラ様が王太子妃になれるとは微塵も思わないよ」とはシエル。
ファウスティーナを預かっている身たるシエルからすれば、自身の我を通す意地の強さは認めるが方法がほぼ泣き落とししかなく、常に国王と国に寄り添う国母となる覚悟は、ベルンハルドと婚約者になったところで生まれないと指摘した。
「1度、自分勝手な振る舞いで他人の人生を台無しにしているからね。ね、公爵」
「はい……」
以前家族や周りに黙って最近働き始めた侍女を1人連れて教会へ家出をしに来たエルヴィラ。その際、エルヴィラを止められなかった挙句教会まで連れて行ってしまった侍女は解雇された。
「エルヴィラは殿下の婚約者になれるなら、今までケインやファウスティーナがしてきた教育を真面目に受けると言いますが私や妻も無理だと思っています。エルヴィラでは王太子妃の重責に耐えられない」
「次女の教育を見直すのではなかったの?」
「勿論そのつもりでした。リオニーから優秀な家庭教師を紹介をしてもらったりしましたが……」
先を言い難そうにするシトリンは結果を聞かずとも解ると言いたげな面々の視線を受けより小さくなってしまい、言葉は出ないままで終わってしまった。
「ヴィトケンシュタインの末娘の話は後にしろ」とシリウス。
「フワーリン公爵。ベルンハルドに女神の生まれ変わり以外の令嬢が運命の相手と示されたとて婚約者を変える気はない」
「姉妹神の決定を否とすると、そういう事ですかな陛下」
「ああ。2人の関係が破綻していれば婚約者変更もやむを得ないと考えていた。運命の相手に選ばれていた令嬢が納得のいく相手であれば私も考える余地があっただろう」
「ふむ……」
実際は公爵令嬢という地位、次期公爵の兄と王太子の婚約者の姉の妹というステータスしかエルヴィラにはない。ピアノが得意だと豪語するがあくまで他家のお茶会で演奏するには上手というだけで、演奏の腕だけで生計を立てられる実力はない。特筆すべき点がないのだ。
イエガーとて理解している点は多い。ベルンハルドとファウスティーナの関係、エルヴィラの問題、次期国王として励むベルンハルドへの評価。どう考えてもエルヴィラに王太子の婚約者は務まらないと。
だが譲れない信念がある。フワーリン公爵として、イル=ジュディーツィオとして、女神の生まれ変わり以外に運命の相手がいるベルンハルドを婚約者として認められない。
苦虫を噛み潰した面をし、次の言葉を探すイエガーを静かに見つめるオルトリウスだったが不意に口を開いた。
「済まないねイエガー君。君を困らせたくはないがこれだけは譲れない」
「……なら、1つ教えてもらえませんか」
「……」
次に出される言葉の予想くらい容易につく。この場で出されるのはオルトリウスにとって拙い。声を遮ろうと口を開き掛けた時。外が急に騒がしくなった。全員の視線が扉に向けられた直後、ノックもなしに扉は開かれた。
現れたのは顔をベールで隠し、手には包帯を巻いた男性。
「父上?」
シリウスとシエルから同時に出た名前。背後にいる見張りに振り向き「騒がせて済まなかった。扉を閉めよ」と指示を出し、扉を閉めさせた。
「ティベリウス様……」
呆然とした声色で先王の名を紡いだイエガーは何かを否定するようにゆるりと首を振った。緩やかな動きでオルトリウスの隣に座ったティベリウスは、吃驚している面々に騒がせて済まないと謝った後オルトリウスへ向いた。
「ローゼがイエガーを相手にお前1人では酷だろうと私に言っていてな。シリウスやシエルの顔見たさもあって入った」
「いやそれは良いけど起きていられるのかい?」
「眠気はあるが起きていられない程ではない」
「そう……」
ティベリウスの声色は微かに眠気を帯びているものの、口調はハッキリとしており姿勢も真っ直ぐにして着席している。眠気が限界にくれば、外で待機している先王直属の護衛騎士に運ばせようと決めた。
「ティベリウス様。最後に会ったのはシリウス陛下の戴冠式でしたかな」
「ああ、久しいなイエガー」
「ええ。オルトリウス様から昨夜の話を聞いたのですかな?」
「ああ。イエガー。率直に言おう。
――“運命の恋人たち”に選ばれた王太子とヴィトケンシュタイン家の次女については、女神の決定を否とする」
ある程度予想していたのかイエガーから驚きはない。
しかし――。
「ただ、王太子と女神の生まれ変わりの婚約については――婚約破棄とする」
ティベリウスの発言は会議室にいる全員を驚愕させた。
読んでいただきありがとうございます。