最後にわらったのは――⑳
協力者の名を聞いた彼に変化も反応もない。じっと待っていてもきっと何も発しない。
「驚かないんですか」
「坊ちゃんに言われたくない。吃驚……というのもちょっと違うのかな」
驚いてはいるが反応に困ったという辺り。
「第2王子様ってさ、王太子様が大好きで周囲の空気を賢く読む子って印象だったんだ。生まれつき身体が弱いから、王太子様と違って善悪の違いにちょっと疎くて好奇心の強い子」
ケインから言わせれば、無邪気で多少無知な子供を装い相手によって言葉や感情を変えているだけの演者。5度も繰り返せば、誰にどんな態度、言葉をやれば良いか等考えずとも自然と出て来る。
「まあ、でもそうか。アレを使えるのは王族だけ。王族の血を引いていない君じゃ使えないもんね」
「ええ」
「2度回したって言ってたよね? 第2王子様は一体どうやって?」
「2度目は、殆ど無理矢理でした」
フォルトゥナの制止も聞かず、無理矢理回した結果が今の5度目。
「ネージュ殿下が願ったのは、2度とも同じでした」
同じだからこそ、厄介であり、どうしようもない。
「世の中で最も切るのが難しい縁はなんだと思いますか」
「さあ。何だろう」
「血縁ですよ」
口ではどうとでも言えても、心は異なる。見捨てると言いながら見捨てられない、苦しんでいる姿を見て無視をしたらいいのに素通りが出来ない。不幸になれと思ったことは1度もないとネージュは何度も言っていた。アエリアが聞いたら嘘くさいと半眼を向けるのだろうが、共に5度も繰り返したケインはベルンハルドの幸せをも思うネージュの気持ちに嘘はないと抱いていた。
捨てられた側は決して捨てた者を許さない。シエルとシリウスのように。ファウスティーナの場合は周りが過剰なまでにベルンハルドとの接触を断たせ、ベルンハルドの幸福はエルヴィラと共にある事だと刷り込ませた。深い心の傷を負わせたベルンハルドが反省しようが誰を愛していようがシエルには関係なかった。目の前の彼は、シエルの気持ちに重きを置き、ベルンハルドの気持ちが本物だろうと徹底的に排除し続けた。
ネージュはよく口にする。ベルンハルドの幸福はエルヴィラといてこそだと。心の底から受け入れればいいと繰り返し言っていた。底のない紫紺の瞳で。
「ネージュ殿下はベルンハルド殿下を完全に見捨てられなかった。だから、アレを使った時、ファナと殿下の幸福を願ってしまった。血縁ほど厄介で切っても切れない縁はないと思いませんか」
「あ、はは。あのさあ、それって第2王子様っていうより君なんじゃないの? 坊ちゃんが切りたくても切れないものだって思ってない?」
「……そうですね」
図星を突かれて痛がるのかと期待する薔薇色の瞳。期待に応えられず申し訳ないがケインは感情を表に出さない。白ける風もなく、次の言葉を待っているので完成していた言葉を出した。
「母上やエルヴィラを完全に切り捨てたくても、誰かしらの邪魔が入った」
父であったり、ベルンハルドであったり。
「4度目の時、だったかな。初めてエルヴィラが王太子妃になって、俺が公爵位を継いですぐに両親を領地に押し込みました。当主の引継ぎは終えていましたし、1日でも早く見たくない者を自分の視界から消したかった」
王太子妃となったエルヴィラの住まいは自動的に王宮となった。残る母については、問答無用で領地に押し込んだ。
「姿を見えなくしたところで完全に縁が切れる訳もないのに」
「殺そうとは思わなかった? 若しくは、俺が殺してあげようか? って言ってあげなかった?」
「言われましたよ」
領地にいる母も、王太子妃となったエルヴィラも。纏めて始末してやると目の前の彼はケインに囁いた。言われる度にケインが出した答えは——否、だった。
「母上だけを殺したら、ファナとの事で確執が生まれていた俺が真っ先に疑われる。そうならないよう、貴方は父上もついでに殺すと言ったからお断りしました」
「お嬢様にとっても、君にとっても、俺やシエル様、フリューリング女侯爵様が頼りないと見てる公爵様がいなくなるのは嫌なんだ」
「父上が頼りないのは俺も知っています」
たとえ、頼りがいがなくても家族を深く愛していた父を見捨てる選択肢がケインには取れなかった。父にとってファウスティーナも家族の1人。過剰な教育をファウスティーナに施す母を止められなくても、優しい性格が災いしても、2人にとったら父だけが家族と言えた。
「父上が死んだら、母上が死んだと聞かされた以上にファナはきっとショックを受けていた。必ず幸福になれる場所に送り込んだのに、ファナを悲しませるのは筋が違うでしょう」
黙っていてもヴィトケンシュタイン前公爵夫妻が亡くなれば、隠したところで何れ知られる。なら、行動を制限させて閉じ込めておけばいい。
「妹君を殺さなかったのは、坊ちゃんがというよりシエル様に止められたのかな」
「ええ。まあ、王太子妃が殺害されたとなると大問題になりますから」
シエルだけではなく、シリウスも止めていた。王宮の警備体制に不備があったのではないか、女神が認めた運命を誰かが否定したと国内が混乱に陥る。いなくなっても困らない相手であっても、立場が認めない。
「王国は運命を大切にする。女神に認められた恋人たちの片割れがいなくなれば、当然女神の罰が下ると皆恐れます。エルヴィラを殺して王国に混乱が訪れるなら、ベルンハルド殿下に手綱を握らせて大人しくさせていた方がよっぽどマシなんです」
「坊ちゃんの話を聞いている限りじゃ、王太子様は妹君の手綱を握れていない気がするけど?」
「はあ……」
そうであって、そうでない。
王太子の子を孕むのは王太子妃たる自分だけの使命だとアエリアを牽制するが、誰のせいで王太子妃の代わりをする側妃として嫁ぐ羽目になったのかと反論されればエルヴィラは泣くだけ。2人を会わせないように周りが注意を払おうとエルヴィラ自身がアエリアに突っ掛かっていた。まるでファウスティーナにしていたように。
相手にされれば返り討ちに遭って泣くのは自分なのに、相手にされないと相手の関心を引こうと躍起になる。大人になっても少女のまま、否、子供のまま。
「坊ちゃんはどうしたいの?」
「クラウドが殿下とエルヴィラの運命の糸を無理矢理引き千切ってくれたお陰で2人は既に“運命の恋人たち”ではありません」
「へえ」
飴屋の主人に扮したフォルトゥナから渡された飴をファウスティーナから貰い、それを食べたことによって能力を増幅させ糸は引き千切れた。今日は昨夜についての話をするべく場が設けられる。恐らくフワーリン公爵も出席する。
「フワーリン公爵は、自分の孫の怪我を見たら無理矢理糸を千切ったとすぐに見抜く」
「ええ。内緒にしていようと。そこから先はオルトリウス様にお任せしました」
「先代様じゃ荷が重い。あの公爵を黙らせたいなら、前の王様が出張らないと」
若しくは、本物のルイスが誰かをフワーリン公爵に明かすかの、どちらかとなる。
「1つ聞いても?」
「なあに」
「人間の片想いを諦めさせる良い方法ってありませんか」
「それ、俺に聞く?」
「俺より詳しそうなので」
同じ人生を5度繰り返していると言えど、恋愛については妹2人の影響で泥沼の状態しか知らない。公爵位を継いで割とすぐに繰り返しが作動して歳を取るという経験すらケインはしていない。
初めて人生を繰り返すようになってから戻る年齢はいつも同じ。父の腕に抱かれて眠る赤子のファウスティーナを初めて見た時に毎回戻っていた。侍女に抱っこされたまま、ファウスティーナに向かって手を伸ばした。きっと最初の時からそうしているんだろう。1度目の繰り返しの時、そうしたら既視感を覚えた。ケインがそろり、そろりと撫でると眠っているファウスティーナは毎回ふにゃりと笑うのだ。
赤子から子供へ、子供から大人になっても、変わらない。
「王太子様と妹君が“運命の恋人たち”でなくなっても、坊ちゃんの心配は取り除かれないね」
「……俺の予想ですが……。エルヴィラは絶対に殿下を諦めることはしません。殿下とエルヴィラが結ばれてこそ幸福だと考えを変えないネージュ殿下も然り。なら、2人を諦めさせる為にも殿下には頑張ってもらわないとなりません」
「そうだね」
1度結ばれた運命の糸を無理矢理千切っても、ベルンハルドに関してだけ諦めるという文字が存在しないエルヴィラを諦めさせる方法があると彼は言う。何かと問えば不敵な笑みを見せられる。
「これについては王太子様が努力しないとならない。5回も繰り返されているなら、1度引き千切っても完全には切れない。王太子様自身が自分の運命の相手は妹君ではなくお嬢様だと、運命そのものを納得させないとね」
「どうやって」
「俺や坊ちゃんからすれば簡単。けど王太子様からすると難しいだろうね。妹君を徹底的に拒絶すればいい。運命が決めた相手を拒絶するってね、口で言うのは簡単でも実行するのはとても難しいんだ。優しい王太子様がお嬢様を本気で選びたいなら、優しさを捨てるしかない」
「……」
ベルンハルドにとったら難関のそれは2度目、3度目、4度目のどれも成し遂げられなかった。特に前回の4度目はケインからしても、いい加減繰り返しを終わらせたい気持ちが強くベルンハルドに協力した。ファウスティーナの方へ背を押したが結局エルヴィラに捕まって終わっていた。
ベルンハルド以外にも強い関心を示してくれればいいものを。何度目かになる溜め息を吐いた時、遠くの方から「ローゼ様ー」と呼ぶ声が届いた。鋭く舌打ちをした彼に目をやると面倒くさそうにしながら、扉に近付いた。
「俺が出て行って3分くらい経ったら坊ちゃんも出て行って。続きはまた今度ね」
「……今のは貴方の本名ですか?」
「そうだよ」
「どうでもいいことを聞きますけど名前と性別が一致してませんね」
「ほっといて」
ローゼは女性名。
その名前を持つ人は男性。
言葉通りどうでも良さげに訊ねると半眼になられ、部屋を出て行かれた。
1人残ったケインは言われた通り3分後に部屋を出た。元来た道で屋敷に戻り、誰にも見られないよう私室へ帰った。ベッドには、念の為ケインが寝ている風を装ったクッションがデューベイに隠されたまま。リュンが上手いこと誤魔化し続けてくれたのだ。
「会ったらお礼を言わないとね」
クッションを退かせ、ベッドに座ったケイン。離宮でのやり取りを思い出す。
決められた運命に抗うには、運命そのものに納得をさせないとならない。
「出来るのかな……」
“運命の恋人たち”にされてしまうと相手に近付かれると離れられなくなり、約束を果たしたい気持ちは隅に置かれ運命によって強制される。決してエルヴィラに近付かない、近付かれても遠ざけるか距離を置くと約束したベルンハルドはこれらを1度も守れなかった。故にファウスティーナには失望され、ケインにも呆れられた。
国王と違って冷酷にも非道にもなれないベルンハルドが運命に抗う為にエルヴィラを拒絶することは現実的に考えても無理な気がしてならない。
「考えていても仕方ない、か」
今の5度目。ファウスティーナにだけ心が向いているベルンハルドを信じるしかない。
ベッドから降りると丁度扉が叩かれ、部屋に入ってもらうとリュンであった。ケインを見た途端泣かれてしまった。
「ケイン様……! よ、良かった……! やっと帰って来た……」
「頑張ったねリュン。俺の朝食は残ってる?」
「ちゃんとあります。新しいのを作ってもらいますね」
「いや、温め直すだけでいいよ」
態々作り直してもらう必要は無い。ファウスティーナはどうしているか訊ねると「ついさっきラリス家のご令嬢宛にお手紙をリンスーに渡していましたよ」と教えられた。
やることはしているようだと安心し、後はアエリアの返事待ちとなった。
了承の返事がくる想像しか浮かばない。
読んでいただきありがとうございます。




