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婚約破棄をした令嬢は我慢を止めました  作者:
婚約破棄まで~運命=呪い~
33/351

過去―彼女がいない後③―


今回はネージュとベルンハルドの回です。


 


 教会の最奥。

 圧倒的スケールのステンドグラスに囲まれた上層礼拝堂の中。

 王国が崇拝する姉妹神、フォルトゥナとリンナモラートが描かれたステンドグラスに見下ろされるように、赤と白の薔薇の花弁に埋もれている男性が1人。蜂蜜色の髪は太陽の光を受けて一層輝き、日焼けを知らない肌は白い。

 左手で花弁を鷲掴み、口元に手を持っていきそっと口付けた。

 上層礼拝堂は王族、貴族しか入れない。故に、王国の第2王子である男性――ネージュ以外、此処には誰もいない。



『ねえ』



 筈なのに、ネージュは話し掛けるようにそのままの体勢で声を発した。



『君は何を怒っているの?』



 ネージュの声以外、何も聞こえない。

 誰も声を発する者はいない。



『国中の人がお祝いしていたじゃないか。“運命の恋人たち”である、王太子と王太子妃の結婚を』


『“運命の恋人たち”を引き裂こうとした悪女は、王太子によって追放された。悪者は何処にもいない。なのに、何が不満なんだろうね。君も、兄上も』


『いや、君の怒りと兄上の怒りは種類が違うか。兄上の怒りの理由を君は知ってる?』



 思い出し笑いをするネージュの声に応える者はやはりいない。



『エルヴィラ嬢と結婚して半年。兄上は未だに探し続けているんだ、捨てた元婚約者を。ん? 兄上が彼女を見つけたい理由? さあ? 兄上本人に聞いてよ。聞いても、怖い顔をするだけで教えてくれないだろうけど』



 花弁を鷲掴んだ手をだらんと赤と白に埋め尽くされた床に投げた。



『ぼくの考え? 君はどう考えてるの? ……あ、はは。そうだねえ……兄上はきっと追放などせず、法に則って処罰したかったんだろうね。だって、裁判を待っている間、彼女は牢屋に入れられたままになるのだから』


『そうしたら……』



 ネージュの言い放った言葉に、他に誰もいない筈の場内にその人は姿を現した。

 ネージュは相手を見ず、姉妹神を描いたステンドグラスを見上げまま。



『心配? 誰の心配をしているの? 悲劇のヒロインであり続けたエルヴィラ嬢? 身代わり同然に王太子の側妃として嫁がされたアエリア嬢? それとも――』



 やはりネージュは相手を見ず、ステンドグラスを見上げまま紡ぐ。



『今までの努力が実ることもなく捨てられたファウスティーナ?』



 相手は何も言わず。

 階段を降りて上層礼拝堂を去った。

 無情の紫紺の瞳がステンドグラスから、相手がいた方を向いた。

 そこにはもう、相手はいない。

 ――否、相手はいる。但し、先程までネージュが会話をしていた相手ではない。


 ネージュの兄ベルンハルドがいた。

 赤と白の薔薇の花弁に埋もれた最奥の床で寝転んでいるネージュを心配げな瑠璃色が見つめた。が、すぐに険しい色に変わった。ベルンハルドは大股でネージュの近くまで歩いた。



『さっき、何を話していた』

『兄上には関係のない話だよ。こんな所にいて良いの? 兄上の大事な奥方は、寂しくて泣いているんじゃないかな?』

『ネージュ、話を逸らすな』

『……ねえ兄上。ぼくはまだ怒っているんだよ。兄上は、ぼくの兄だから顔を合わせるし、話も一応するよ。でも、必要がある場合だよ。今はその必要性が感じられない』

『ネージュ……』

『ほら。早く戻って』

『……知っているんだろう』

『知らないよ』



 何を、とは聞かない。

 兄王子がずっと何を探しているのかは知っているから。ネージュは瞼を閉じた。これ以上は何も話すことはないと言わんばかりに。諦めたように溜め息を吐いたベルンハルドは踵を返し、下へ続く階段の前まで来ると足を止めた。



『ネージュ……私はお前が羨ましかった』

『……』

『偽りのない、素の感情を向けられていたお前が』

『……さあ? 何のことかな。ぼくには全く分からないよ。それより、早く戻りなよ。今頃、子供みたいに泣いているんじゃないかな』

『……そうだな』



 靴音が消えていく。

 この場にいるのはネージュだけになった。

 瞼を開けるとファウスティーナと同じ、空色の髪と薄黄色の瞳の姉妹神がネージュを見下ろしていた。

 また閉じた。



『……ぼくが羨ましかった、ね。体の弱いぼくの何が羨ましいって言うんだか』



 ふふ……と口端を歪に吊り上げ、暗く静かに嗤った……。





読んで頂きありがとうございます!


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― 新着の感想 ―
[一言] エルさんベルさんに地獄が足りんよね。二人は慟哭をあげるように生きて欲しい。死に顔が人生で一番安らいだ顔であればいいと思うよ。やっと死ねるてね。
[一言] いちおーベルンハルトも捜してたんだねー。 ネージュの闇はここからか…
[一言] とにかく面白い! 今回第2王子と会話していた相手は既出の人物だったのか、それとも意外なところだったのか?過去-彼女がいない後-は多分にネタばれ要素が入ってるっぽいので感想も書きづらいですが主…
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