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婚約破棄をした令嬢は我慢を止めました  作者:
婚約破棄編ー最後にわらった人ー
329/353

最後にわらったのは――⑰

 

 

 急に苦しみ出したエルヴィラが心配で、丁度部屋の前を通り掛ったリオニーを呼び止めたヴィトケンシュタイン公爵夫妻は彼女にエルヴィラを診てもらった。医者に見せろと突き放すも、苦しみ方が普通じゃないと縋られ室内に足を踏み入れた。客室のソファーの上で苦しむエルヴィラに触れたリオニーの眉間に皺が寄る。やはり容態が良くないのかと問われ、違うと首を振った。



「……私では恐らくどうしようもない。取り敢えず、待機している医者を呼んで鎮痛剤を打ってもらえ」

「例の悪夢絡みかい?」

「……似たようなものだな」



 シトリンの問いには敢えて答えず、リオニーは部屋を出た。パーティー会場に戻らず、人物を探しに行くべく虱潰しに部屋を当たっていく。



「ふむ……」



 毛先を青いリボンで結んだ赤い髪が歩く度、犬の尻尾のように揺れる。

 先程エルヴィラに触れて知った。ちょっと前にベルンハルドと結ばれていた“運命の糸”が無理矢理引き千切られていた。そんなことが可能なのはイエガーか、クラウドのどちらか。あの光景を見たイエガーは一切の手出しをする気はないと悟った。なら残るはクラウド。フワーリン家特有の感情が読めない彼であるが、従弟の王子達を大切にしているのはリオニーも知っている。確証はないがクラウドが千切ったに違いない。

 しかしどうやってしたのかが気になる。正式な手順を踏む時間はなく、そもそも場所が相応しくない。無理矢理千切った形跡があるから、かなりの拒否反応を食らっている場合もある。普通の糸ならない。だがベルンハルドとエルヴィラは姉妹神によって認められた。強い力を持っているがクラウド自身子供だ、拒否反応に耐えられたのかという疑問が湧く。



「だが」



 これで2人は“運命の恋人たち”ではなくなった。無理矢理とは言え、2人の糸を引き千切れたのが何よりの証拠だ。どちらかが絶対だとしていたら、クラウドでもイエガーでも千切れない。

 問題はあるものの、口達者な人に任せよう。



「あ」



 探し人を見つけたリオニーは「オルトリウス様」と前から歩いて来るオルトリウスに一礼をした。



「やあ、リオニーちゃん。巡回中?」

「いえ。貴方を探していました」

「どうかしたのかい」



 音もなく側へ寄り、顔を耳元に近付けた。



「フリューリング領に置いている部下から連絡が来ました。母上を領地の屋敷に無事届けたと」

「そう。状態は?」

「大怪我を負って自由に体を動かせません。夜明けと共に領地へ向かいます」

「分かった」



 寄る時に音がなければ、離れる時もまた同じ。父の容態が急変したという嘘の報せを母の耳に入れ、大急ぎで領地へ戻らせた。途中で態と大怪我を負う罠も仕掛けて。

 痛々しい母の姿を見てもきっと心は凍り付いたまま。感情を無にして、冷たい銀の刃を心臓に突き立てるだろう。



「辛いと感じるなら、領地に置ている部下に任せてもいいと思うけれど。君が無理に手を下す必要はない」

「いいえ……私がします。親殺しの罪を背負おうと私の考えは変わりませんから」

「……リオニーちゃん。もしもの話をしていいかな?」

「そう聞くということは、私がもしももないと言うのを分かっておられるからでは?」

「ああ。無粋だったね」



 肩を竦め、自嘲めいた笑みを見せたオルトリウスに頭を下げリオニーはこの場を後にした。

 凛とした後ろ姿が見えなくなるまでオルトリウスは見つめ続けた。



「エルリカちゃんがアーヴァちゃんを娘として見ていたら……君も手を汚さずに済んだのにね……」



 自身の両手を見下ろし、嘗てこの手で殺した母の顔が浮かんだ。いてもいなくてもいい第3王子。王太子の予備(スペア)にすらならない出来損ないとは、母と父、どちらがよく言っていた台詞だったろうか。2代前の国王夫妻の最愛はオルトリウスとティベリウスが廃人にし、今も尚過去の戒めとして深い地下牢に封印している。王都に戻ったら1度だけ顔を見に行くが嘗ての面影はどこにもない。

 王国を建て直す為に両手は血に染まっている。直接手を下した回数はもう覚えていない。


 

 


 ●○●○●○


 

『建国際』が終わった翌日……。大おばエルリカがいないということでヴィトケンシュタイン邸に戻ったファウスティーナは、久しぶりの実家の私室のベッドで朝を迎えた。目を覚ましてすぐベッドの上で思い切り伸びをし、後ろに倒れた。かなり濃い1日とあって感覚がまた昨日に残されている。



「司祭様が納得してくれて良かった」



 本当なら王城に泊まる予定だったが、ケインと話し一旦屋敷に戻ろうという結論に至った。それにはまずシエルに話をしないとならず、探しに行こうと会場に戻ったらすぐに見つけられた。

 シエルの方もファウスティーナを探していたみたいで理由を訊くと教会へ戻る日の延長が決定したからだ。

 姉妹神がベルンハルドとエルヴィラを“運命の恋人たち”と認めてしまった以上、今後の対応を決めるにせよ、関係者を集めての場を設ける必要性が出て来たからだ。もう大おばエルリカはヴィトケンシュタインの屋敷にいない。迎えに来るまで屋敷にいると伝えたら「いいの?」と蒼い瞳を丸くされた。



「ベルンハルドと結ばれたからって妹君に絡まれると思うけれど」

「慣れているから平気です。私が気にしなかったら、エルヴィラもすぐに諦めますから」

「そう。まあ、嫌になったら何時でも言いにおいで」



 自身のスルースキルは母とエルヴィラにはちゃんと効果があるという自信がある。シエルの許可を貰ってホッとしたのは言うまでもない。

 カーテンの隙間から差し込む光が眩しい。反対側を向いて横になったら小さく扉がノックされた。起こされるにはまだ早い。誰だろうと思いながら「起きてますよー」と発した。部屋に入ったのはケインだった。



「おはようファナ」

「お兄様」



 体を起こそうとしたファウスティーナを手で制し、寝たままで良いとケインはベッドに腰掛けた。朝早いというのにもう身支度を済ませているケインを見て、一体何時に起きているのだと吃驚する。



「何処か出掛ける予定が?」

「ちょっとね。ファナ、昨日話した件、アエリア嬢には朝食を食べたら手紙を送ってね」

「もちろんです。でもお兄様、教会に行くにしてもお父様達にはどう言って……」

「さて、どうしようか」



 ファウスティーナ、ケイン、アエリアの3人で教会に行く前に、理由作りが必須となる。




「まあ、先ずはアエリア嬢にお伺いを立ててからにしよう。もしも彼女が行かないと言うなら、俺とファナだけならどうとでも言える」

「アエリア様は絶対に来ると思いますよ」

「だろうね」



 彼女の性格からして断る筈がない。



「お兄様」

「うん?」

「昨日、殿下はエルヴィラと結ばれて幸せじゃなかったって話してくれましたよね。だったら、どうして殿下はエルヴィラを選んだのでしょう……」

「いや……選んでない」

「え」

「殿下は……ファナの側に行きたかった。だけど周りが決して許さなかった」

「私の事が嫌いだったからでは……」



「確かにそうだった」と肯定し、けれど、と続いた。



「殿下がやり直したいと願った時には、もう全部遅かった。ファナを散々拒絶して、エルヴィラばかり構っていたなら、ずっとそうし続けろと強制されたんだ」

「だ、誰に」

「誰にというか……まあ……色々」

「……」



 特定の人の名前を出さないのは、個人ではなく複数が関わっているから。予想している人の名前はある。ケインはきっと言わない。



「ファナ」

「はい」

「エルヴィラや殿下の事は一先ず置いて自分の幸せが何か考えてごらん」

「私の……幸せ……」

「そう。他人の幸せは後回し。自分の幸せはどうすれば訪れるか、考えてみて」



 ベッドから降りたケインはそれ以上は何も言わず、部屋を出て行った。

 自分の幸せが何か考えろと課題を出されてしまい、同じ体勢のまま何度も呟いた。言葉にして考える集中力を増幅させたいから。実際は上手に考えられない。自分の幸せは、ベルンハルドが幸福になること。これだけは譲れない。どこから来ているのか不明な願い。



「……」



 眠っている時に見た夢は、悪夢とは程遠い幸せな夢だった。大人になった自分は何処かのカフェで兄とお茶をしていた。ケーキを譲られて喜ぶ自分を呆れの混ざった微笑で「変わらないね」と揶揄うケイン。今と変わらない、穏やかで幸福な1つの場面がとても貴重なんだと知っている。

『ラ・ルオータ・デッラ』教会には、王家も知らない、司祭にしか伝えられない秘密の場所があるとケインは言っていた。その話を聞いた時、どうしてか知っている気がする自分に驚いた。初めて聞いたのに知っている、つまり、前の人生で関わった場所なのだとすぐに解した。



「……よし!」



 横になってはいられず、勢いよく起きたファウスティーナはベッドから降りて机に向かい、引出しにある便箋を取り出した。



「アエリア様にお誘いの手紙を書かなくちゃ」


 


 


 ●○●○●○



 朝日が昇り始めた時刻。離宮に身を寄せているヴェレッドは、1日経っても変わらない髪色に溜め息を吐いた。椅子に座って背凭れに深く体を預け、左襟足を視線に入るよう持って来た。



「なんで1日だけにしてくれないの」

「僕に言われてもねえ」

「言ってない。此処にはいないから届いてないよ」

「いない相手に言っても、此処に人がいたら自分が? って思っちゃうでしょう」



 朝早くからやって来たオルトリウスに小言を飛ばされ、はいはいと無理矢理話を終わらせた。生まれた時は紫がかった銀の髪でも、物心ついた時から見ているのは薔薇色の髪。見慣れているのは当然後者の方。年に1度だけとは言え姿を隠さないとならないから面倒だ。「大体、この髪の色は元を辿れば君の色なんだけど」と指摘されれば、拗ねるようにそっぽを向いた。



「あのさ、こんな朝早くから来るって先代様相当暇なんだ暇人の相手したくないの」

「多分今1番暇なのはローゼちゃんの方だと思うけど。だって君、今は外に出られないでしょう? 兄上だけだと寂しいかなって顔を見に来ているのに」

「要らない帰って俺は寝るさようなら」

「あーもうごめんってば。ちゃんと用事があって来たから。あると言っても兄上にだけど」

「前の王様はまだ寝てる」

「知ってる。ローゼちゃんの顔を見に来る前に会いに行ったよ」



 天蓋付きの大きな寝台で眠るティベリウスは人前に出ると必ず隠す素肌を晒していた。怪我はしておらず、皮膚病にも罹っていないのにも関わらず、目に見える肌を包帯で隠し、顔はベールで隠す徹底ぶり。極僅かな人間しか現在の先王の姿は見られない。



「起きるまで待つよ。今日ばかりは、僕だけじゃ多分イエガー君を引かせられないんだ」

「フワーリン公爵ね。忠実な人ほど、頑固だから」

「イエガー君は、もう残り僅かな当時の時代を共に生きた大切な友人。叶うなら、敵対するのだけは避けたいが……君を公表する訳にはいかないんだ」

「俺もそれについては同感。俺も出る気はない」



 椅子から降りたヴェレッドはドアノブに手を掛けた。



「朝はほぼ寝てるローゼちゃんが早起きしたのは、何処かへ行く為だったのかい」

「ちょっとね。散歩」

「散歩?」



 一体何処へ? と問うオルトリウスに振り向かず、外に出たヴェレッドは離宮の裏側に回って王城の裏庭に出た。知っているのは数少ない秘密の通路。人の手入れがされていない草だらけの道を歩き続け、距離が近付く高い塀の側でしゃがむ。左右を見、右へ行き一か所だけ灰色の濃い壁部分がある。少し凹んでいる灰色を押すと大人1人ギリギリ通れる穴が出現。四つん這いになり、城の外へと出た。



「さてと。来てくれてるかな」



 小さい頃から、警備の目を掻い潜って抜け出すのが得意だ。

 ここは警備の目も薄く、明け方だと特に人はいない。待ち人は来るだろうか。来なくてもいい。要は、どちらでもいい。来るなら驚き、来ないなら仕方ない。大人ならまだしも、待っているのは庇護されるべき子供。中身は確実に子供じゃない。

 時間を態と明け方にしたのは試し行為でもある。あの坊ちゃんなら絶対に来るという自信があるのに、子供らしく家から出られないという意地悪な心がある。

 どちらになるか――……と待っているつもりが、待つ必要はなかった。



「お待たせしました。待ちましたか?」

「……いいや? 全然。俺も今来たとこ」

「そうですか。遅刻しなくて良かった」

「ねえ、どうやって抜け出したの? 来れるとは思ってなかった」

「そうですか。残念でしたね」



 待ち人――ケインは、早い時間から完璧な装いで現れた。服は彼が普段着る貴族服、寝癖のない髪、普段通りの無表情。ヴェレッドがカインの時から知る坊ちゃんがそこにいた。



「……」



 じっと、紫がかった銀色の髪を見上げるケインに「なあに? 似合ってない?」と問うてみると。「ええ」とあっさりと頷かれた。



「ずっと違う色だったので。見慣れません」

「俺も同じ。年に1度だけ我慢するけど早く戻ってほしいよ。……さて、坊ちゃん」



 愉快な笑みは忘れず、鋭利な冷たさを纏った面に変えてもケインの表情は変わらない。彼が表情を、感情を露にする時は大抵家族……ファウスティーナが絡んでいる時な気がする。



「何から話す?」

「……山のようにあるので少々難しいですが……まず、俺から聞いても?」

「いいよ。どうぞ」

「貴方の髪と目の色が元通りになるのは何時?」

「うん? ……2日後には戻ってる筈」

「じゃあ、2日後俺とファナ、多分ラリス侯爵令嬢もいると思うのでこの3人に付き合ってくれますか?」

「…………坊ちゃん。俺が予想してたのと全然違うんだけど」

「この後の事を考えて先に約束だけ取り付けておきたいんです。で? 付き合ってくれますか?」

「面白そうだから付き合ってあげる。何をするの」



 愉快そうに目を細めるヴェレッドと見つめ合う紅玉色の瞳は表情と同じで無。何も浮かんでいない。



「『ラ・ルオータ・デッラ教会』の上層礼拝堂にある隠し通路に用事があります。……貴方もご存知では?」

「……」



 細められた瑠璃色の瞳から愉快さは消えない。但し、意味深に瑠璃が濃くなった。纏う雰囲気もまた変わる。知らない筈の秘密を知っている。それだけで目の前にいる男にとって自分は何になるのか。極めて冷静を努めようと自分に言い聞かせ、次を譲った。



「もういいんだ」

「こういうのは片方が一方的に発言権があっては公平じゃない。俺は貴方の次にします」

「へえ。じゃあさ、教会にある秘密を知ってるってことは使ったんだよね? 実際、俺や先代様が見に行ったら使っている形跡があった」

「ええ。使いました。現在進行形で、ね」

「俺からの質問。一体……何度繰り返しているの」



 この場に飲み物があれば、一口飲んでから語った。冷静に見えて緊張している心を落ち着かせる為に。軽い口調で問うたヴェレッドを見ず、空中を眺めたままケインは5回と2回と答えた。怪訝な表情をするヴェレッドにより詳しく紡いだ。



「今5回目の繰り返しをして、アレは2回回しました。……フォルトゥナ神でさえ、2回使えばどうなるか分からないと言っていたから、俺も使った本人も今がどうなるか皆目見当もつかない」

「……」



 何も喋らないなと怪訝に抱き、振り向くと余裕めいた笑みはどこへ消えたのか。辛うじて笑ってはいるが明らかに引き攣った笑みを見せ、驚愕に染まっていた。

 フォルトゥナ神も言っていた……今までアレを使って5回繰り返した人間も2回回した人間もいないと。

 フォルトゥナ神がそう言うのなら、事情に詳しいヴェレッドが引いているのも――つまり、そういうことだ。










読んでいただきありがとうございます。



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― 新着の感想 ―
[一言] 先生、更新ありがとうございました。あちこち記憶と推理に頭を使いましたが、やっぱり面白かったです。次回はいよいよ。。。
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