最後にわらったのは――➈
「……」
上階の方で絵画からルビーレッドの光を注がれ、照らされるベルンハルドとエルヴィラを眺めていた男の視線がそっと動いたネージュとネージュの後に続いたケインに移り、更にケインに気付いて違う出入口からテラスへと出たファウスティーナを見届けた。
誰も彼もベルンハルドとエルヴィラに注目して3人に気付いていない。
呆然とするのも無理はない。
王国においてルビーレッドの光は愛を示す。それも、姉妹神と初代国王の絵画から注がれる。
意味するのが何かと、誰もが考えてしまう。
「……」
先程よりも顔色の悪いベルンハルドは自身の手を握っているエルヴィラの手を解いた。絵画の光にばかり意識を向けていたので、エルヴィラの手は簡単に解けた。呆然とするエルヴィラから1歩1歩離れるベルンハルドだが、ルビーレッドの光はベルンハルドが距離を置こうとしても2人を照らそうとする。
「はあ……」
男はその場を去り、舞踏会場から王宮へ、王宮を出て離宮へと向かった。出入口を警護する門番は男が入って行っても止めなかった。
離宮にある庭のテーブル席で王宮の方を眺めている人に男――ヴェレッドは肩を竦めた。
「最悪。今までで1番最悪な事態が起きた」
「どうしたローゼ」
ヴェレッドをローゼと呼ぶ声は男。であるが、手には手袋を、首から上はヴェールで隠しているので素顔が見られない。唯一分かるのは男の髪が紫がかった銀糸であることだけ。
「どうしたもこうしたも、フワーリン公爵が決定的に王太子様がルイスの生まれ変わりじゃないと知っちゃった」
「何があった」
今『建国祭』のパーティーが開催されている舞踏会場でベルンハルドとエルヴィラが“運命の恋人たち”に選ばれたと話し、男は「ふむ……」と漏らした。
「そうか」
「そうだよ」
今までのファウスティーナの言葉を思い出していく。ベルンハルドへの好意を隠しきれていないのに、頑なに婚約破棄を目標と掲げ、ベルンハルドにお似合いなのはエルヴィラだと譲らなかったのは今日この日を意味していたのだとしたら、かなり面倒である。
「フワーリン公爵は絶対に探すよ、ルイスの生まれ変わりを」
「そもそもの話。王家に女神の生まれ変わりがいると発覚させたのは、お前の軽率な行動のせいだと覚えているか?」
「……」
言われなくても分かっていると言いたげなヴェレッドをヴェール越しから冷たく見据える男は続ける。
「ベルンハルドが誕生の祝福を授かる為に教会に来る際にオルトはお前に言った筈だ。絶対に顔を見せるなと」
「……ああ……分かってるよ」
だが、人の好奇心とは時に己を滅ぼす諸刃の刃と化す。
シリウスの初めての子供というので誕生したと聞いた時から一目見たい興味が強くあった。王妃とどちらに似ているか、どんな顔をしているか見て、後でからかってやろうという魂胆で。
隠れてベルンハルドを見た。王族にしか生まれない紫がかった銀糸、寝ていて目の色は分からなかったがシリウスの自分と同じ色と聞いて瑠璃色だと知った。
どんな赤子なのか知れればそれで終わり。祝福を授け始めたタイミングで去るつもりだったのがいけなかった。
既にタイミングを逃していた。女神の像が反応した。
初代国王と同じ髪色と瞳を持つ王子の運命の相手、それはつまり……。
「……王太子様とファウスティーナお嬢様は、結ばれても問題はない筈なんだ。フォルトゥナが何もしていなかったのが1番の理由」
「それも今夜の件で正しいのかどうか分からなくなったな」
「全く、その通りだよ。……でもね」
左襟足髪を弄り、手入れの行き届いた自身の髪を指で巻いては解くを繰り返す。ヴェレッドの名の通りの薔薇色――ではない髪を。
「俺は王太子様とお嬢様の関係が続くなら、それでいいと思っていたんだ。もしも、王太子様がお嬢様を泣かせたり傷付けたりしたら見捨てるつもりだった。シエル様だって、可愛がっている甥だろうと大事なお嬢様を傷付けたら即切り捨てていた」
懐に入れた人は、何があろうと守り抜こうとするが1度捨てると決めた相手には一切の慈悲がない。
「シエル様はその辺容赦がないからね。俺でさえ、シエル様に捨てられたら絶対泣く」
「はあ……シエルの話は置いておこう。あれの容赦のなさは、ある意味私に似た」
「だろうねえ」
ニヤニヤと愉快な笑みを見せつつ、男を呼んだヴェレッドはベルンハルドには2つの選択肢を突き付けると述べた。
「お嬢様と一緒にいたいなら妹君は切り捨てないとならない。優しい王太子様には酷だろうね。それが嫌なら、大人しくフォルトゥナに選ばれた恋人たちとしてお嬢様を諦める。この2つしか王太子様には残されていない」
「イエガーは必ず見つけ出そうとするぞ。どうする」
「どうするもこうするも」
遊んでいた左襟足髪を後ろにやり、不敵な笑みを見せ付けた。
「ルイスが俺だって知られたら、シエル様に引かれちゃうでしょう? 王太子様がどうしようもない馬鹿だったら、お嬢様貰おうかなとはなってたけどそうじゃない。ルイスが良いって言ってるんだから、お嬢様は王太子様とで良いんだよ」
ファウスティーナとベルンハルド。何時見てもあの2人が一緒の時は幸せな笑みを浮かべていた。
それだけで十分である。




