最後にわらったのは――➆
今まで何度も懐かしいと感じる場面はあった。今は特に強く、手を繋いでパーティー会場へシエルと向かうのは懐かしくとても頼もしい。入場はヴィトケンシュタイン公爵令嬢として家族と入場する。シエルとは会場前でお別れだ。城内から外へ移動し、パーティー会場前に到着すると早速家族は何処にいるのかと視線を忙しなく動かした。
今日は王国中の貴族が集まる為人が多い。彼等の視線を多く浴びるのはそろそろ慣れてきた。今回は特にシエルがいるからしてならない。美貌の王弟が女神の生まれ変わりをエスコートしているのだ、気にならない筈がない。
「さて、ヴィトケンシュタイン公爵達は何処にいるのやら」
「警備に当たっている騎士様に聞いてみますか?」
「いや、ゆっくり探そう。『建国祭』開始まで少しは余裕があるから」
にこりと笑まれ言われてしまうと頷いてしまう。もう癖の域に達する。
シエルに言われた通り、時間が許す限り探そうとなり、付近を歩き回った。
「ファナ」とよく知っている声に呼ばれたファウスティーナは、思った通りの相手――父シトリンがいて安堵した。側には母やケイン、エルヴィラもいる。エルヴィラの顔色は悪いものの、化粧で誤魔化しているのか酷いとは感じられない。シエルと手を繋いだまま父達の許へ行った。
「会えて良かった。少し前に到着したけれど、ファナが何処にいるか分からなくてね」
「私も司祭様とお父様達を探していました」
きっと何処かで擦れ違っていた可能性もある。シエルと手を離し、正装に身を包んだケインに近付いた。
「お兄様、疲れは取れましたか?」と小声で訊ねると「まだ少し怠いけど酷くはないよ」と返され安堵する。
「ではね公爵」
「はい。あ……シエル様。1つ、お聞きしたい事が」
挨拶を交わし、去る寸前のシエルを呼び止めた父が何事かを耳元で囁いている。ファウスティーナのいる位置からは口元が見えない。
「楽な目には遭っていないよ」
「そう、ですか」
「リオニーには聞かない事だ。君の何倍も容赦がないから」
「……」
落ち込んだ様子の父に一瞥もやらず、ファウスティーナに向いて微笑むとシエルは会場へ行ってしまった。
「何のお話だったと思いますか?」
「さあ……でもまあ……大体の予想はつく」
リオニーの名前を出していた時点で考えられるのは……大おばエルリカか、エルヴィラとベルンハルドの運命の糸についてかのどちらか。
「どっちだろう……」
小さく零しても誰も答えをくれない。
「ファウスティーナ」
シエルが去った後も寂しげな背中を見せる父にどう言葉を掛けようか考えるファウスティーナを母リュドミーラが呼ぶ。リュドミーラもエルヴィラも、妖精姫と名高い見目に相応しい豪華で美しいドレスだ。エルヴィラの場合は可愛さが勝つ。
「そのドレスはリオニー様が?」
「はい。リオニー様が選んでくださいました」
ファウスティーナ好みのドレスは、逆を言えば母の好みの枠から離れたドレスでもある。表情からして気に入らないと伝わる。何と言われるか身構え、リュドミーラが口を開いた時台詞を遮る者がいた。
「お姉様、ベルンハルド様の体調は如何なのですか? 間もなく始まるパーティーには出席されますか?」
エルヴィラだ。ベルンハルドの体調が悪いのは街で会った時に伝えている。
「開会式が終わったら殿下の体調に考慮して退席する予定になっているわよ」
「そんな……ベルンハルド様とあまりいられないなんて……」
落ち込む理由はやはりそこかと呆れつつ、急にハッとしたエルヴィラに木彫りのうさぎは渡したのかと問われ、渡したと答えた。
「本当に渡したのですか? 信じられません! いくら他国の幸福の象徴と言えど、ベルンハルド様にうさぎを渡すなんて」
「正確には木彫りのうさぎだけどね。殿下には喜んでいただいたから問題はないわ」
そういう意味ではないと尚も食らいつくエルヴィラを落ち着かせたのはリュドミーラ。他国では幸福の象徴であり、且つ、ベルンハルドが受け取ったのならエルヴィラが文句を言うのは間違いだと諭した。珍しくエルヴィラを擁護しない母を意外そうに見つつ、具合が悪いのと母の言葉に一理あるからとエルヴィラは渋々納得して見せた。
この場は収まったようで何よりだとファウスティーナとケインは安堵し、やっと父が戻ると会場に向かった。
入場の受付を済ませると別室で待機。爵位で入場順が決まっており、公爵家は最後から2番目。最後は王族となる。
ヴィトケンシュタイン公爵一家の番になると声高々に入場のアナウンスがされ、会場入りした。
まずは玉座に腰掛けるシリウスとシエラ、側に控えるベルンハルドとネージュの許へ向かった。
最初に王族の後方に飾られている初めて運命の恋人たちとなった初代国王ルイス=セラ=ガルシアと魅力と愛の女神リンナモラートを祝福する運命の女神フォルトゥナの絵画に敬礼する。
女神は人間の願いを時折叶えてくれる。ここでしっかりと願うつもりだったファウスティーナは頭を下げている間願った。
――どうか、ベルンハルド殿下がずっと幸福でいられますように。
女神に届かなくても願ってしまうベルンハルドの幸福を心の中で繰り返し願った。
顔を上げようとした矢先、頭の中に声が響いた。
“貴女の言う幸福って、どんな幸福?”
突如聞こえた女性の声。どこかで聞いた覚えのある声。どこで聞いたのかと思い出したいのに、声の女性はファウスティーナに思い出させる時間をくれない。再度、ファウスティーナの願うベルンハルドの幸福とは何かと問うた。
――私が願う、殿下の幸福……
ベルンハルドが愛する人と共にあり続ける事。
……その愛する人が自分だったら、どれだけ良いのだろう。前回の人生でベルンハルドはエルヴィラと“運命の恋人たち”となった。でも今回は。今回は……。
――殿下と……一緒にいたい……。
もしも、叶うなら、我儘でないなら、ベルンハルドとこの先もずっと一緒にいたい。
そう、願わずにはいられない。
“貴女の願いは……”
きっと叶えられないと言われるのがオチだ。
“貴女自身でしかどうする事もできない”
――え?
思いもしない返答に素で驚くと声の女性は淡々と告げた。
“貴女がどうするかによって王子様が幸福になるか、不幸になるか決まる。嘗ての貴女が願ったように王子様の存命だけを願うなら……きっと貴女の願いは叶わない”
意味深な言葉にどういう意味かと心の中で訊ねても返事はない。待っても女性の声はもうしなくなった。
考えるのは後回し、とゆっくりと顔を上げたファウスティーナはベルンハルドと目が合った。化粧をしているからか、幾分か顔色がマシに見える。
――殿下に幸福が訪れますように。
これだけは紛れもない本心からくるファウスティーナの願い。
王族への挨拶も済ませ、この場から離れようと動き出した直後、異変は起きた。
既に挨拶を済ませた貴族達が口々にフォルトゥナとリンナモラートの瞳が光っていると騒ぎだした。絵画が光るなんて聞いたことがないと半分疑って見上げたファウスティーナは絶句した。
「ほ、ホントに光ってる……!?」
視力には自信があるファウスティーナでも信じ難い光景で、目の錯覚ではないという確証が欲しくて側にいる母に確認をした。
「お母様も光って見えますか……?」
母に向くと絵画を見上げ驚きに満ちていた表情が更なる驚愕に染まった。意味が分からず父やエルヴィラに向いても同じ反応を貰い、頼みの綱のケインに理由を聞く前に王妃シエラが告げた。
「ファウスティーナ……貴女も絵画の姉妹神と同じで瞳が光っているわ」
「……え!?」
父や母に確認すると頷かれてしまった。
――あたふたとするファウスティーナや周囲と違い、1人冷静な彼は全ての感情が削ぎ落された紅玉色の目を……愛らしく嗤うネージュにしていた。
口パクで“これが狙いだったのですか?”と問うとキョトンとされ、すぐに違うよと首を振られた。
“言ったでしょう? ぼくは何もしないって。起きると既に決められている事に対して、何をどうしろって言うのさ”
今の、5度目が始まってから起きると決まっていた。
4度目の時、彼が――ネージュがそうなるよう仕向けたから。
読んでいただきありがとうございます。
もうすぐ……です。




