最後にわらったのは――➅
今日は『建国祭』当日。本来なら、午前中はファウスティーナやシエルと共に街を歩く予定が連日の悪夢のせいで寝不足が続き、体調不良を起こしているベルンハルドは夜のパーティーまで部屋で待機となった。一緒に行けないのは非常に残念だが王太子としての役割を熟す為にも夜のパーティーには出席したい。様々な確認をヒスイと共に終え、残りは休憩に回した。夕刻間近になればパーティーに出席する準備が始まる。それまでに少しでもお休み下さいと薬草茶を煎じたお茶を飲み、ベッドに横になっていた。
――なら、今自分が見ているのは夢の光景なのだろう。
頭にリボンを着け、普段なら着ないフリルやリボンが沢山付いたドレスを着ているファウスティーナと自分が何か言い争っていた。エルヴィラが好んで着そうなドレスをファウスティーナが着ている時点で夢なのだと判断した。以前に聞いたがファウスティーナは、ああいったフリルやリボンが沢山飾りとして付けられたデザインが好きではない。可愛いと思う気持ちはあれど、自分には似合わないからあまり好きではないと。エルヴィラが似合うとはファウスティーナの言葉。ファウスティーナが着ても似合う。現に、夢の中のファウスティーナも十分可愛い。ファウスティーナが好きじゃないなら無理強いは良くない。
一体何を言い争っているのか分からない。声が聞こえない。険しい表情の自分と何かを泣きそうになりながら言っているファウスティーナ。
前にも見た夢は大人になった自分達で、その時は側にエルヴィラがいた。どうしてファウスティーナじゃないんだ、ファウスティーナに冷たい目を向けるんだ、と夢の世界なのに憤慨した。
「あっ!」
夢の中の自分がファウスティーナに険しい相貌で何かを言い放った。ハッとなった自分は、顔を青褪め泣き出し、走り去ったファウスティーナに手を伸ばしていた。
「っ……」
これは夢だ。夢なんだ。
夢……なのに、胸を抉る苦しみはなんだ。絶対にこんな未来は来ない。ファウスティーナを泣かせたりしない、ましてや、あんな風に傷付ける真似はしない。フラフラとした足取りで動き出した夢の中の自分は青い顔をしながらファウスティーナを探していた。
「夢だと分かってるっ、でも、どうして夢の僕はあんな酷い事を……!」
ファウスティーナは何処だ。きっと傷付いてどこかで泣いている。早く見つけて、謝るんだ。ファウスティーナ、ファウスティーナ――その時、周りの景色が一瞬で真っ暗になった。呆然とするベルンハルドの目が誰かに塞がれる。
抵抗する気力が湧かない。
この手が誰の手なのか分からない。
耳に届く声が誰のものか分からない。
唯一分かるのは――
「ぼくは●●が大好きだよ。大好きだから幸せになってほしいんだ。●●の幸せはエルヴィラ嬢と共に生きる道の先にしかないよ」
違う。
声を大にして言いたくても声はベルンハルドに言葉を紡がせなかった。
「捨てたんだから。1度捨てたらね、2度と拾っちゃいけないよ。●●は捨てられたって悲劇のヒーローぶるけど事実を変えないで。
――捨てたのは、選んだのは、●●だよ」
言葉の刃物が何度もベルンハルドを突き刺し心を血で濡らしていった。
「――殿下?」
「っ!」
今まで見てきた悪夢の中で最も最悪な種類に入る。そんな悪夢を見終わり、カッと目を開けたベルンハルドの視界に最初映ったのは――暖かい太陽と広大な空を思わせる色。ファウスティーナの髪と瞳。視界が鮮明になると顔を覗き込んでいるファウスティーナが心配そうに見つめていた。
「ファウスティーナ……?」
「大丈夫ですか? すごい汗ですよ」
言われて頬が擽ったいと感じ触れると濡れていた。雫が額から頬に流れていった。ファウスティーナは持っていたハンカチで額や頬の汗を拭いてくれた。
ベルンハルドは体を起こし、服も汗に濡れていると気付き気持ち悪さに眉を八の字に曲げた。
「ありがとうファウスティーナ」
「いえ……殿下、本当に大丈夫ですか? 私がお部屋に入った時からかなり魘されていましたよ」
「あ、ああ。また、悪い夢を見ていたんだ」
「どんな夢か覚えていますか?」
「……うん」
忘れたくても忘れられない。現実にしていないとは言え、夢であっても気分は最悪だ。声は聞こえなかったが自分とファウスティーナが何かを言い争い、きっと酷い言葉を使ってファウスティーナを傷付けてしまったと落ち込んだ。
「夢だと分かっているのにファウスティーナを傷付けてしまってすごく嫌になった。どうしてこんな夢を見ているのかって」
「殿下」
「勿論、現実の僕は絶対にファウスティーナを傷付けたりしない。それだけは信じて」
たとえこの先何があろうと好きな人を傷付ける真似は絶対にしない。
「はい。殿下」
ほんの一瞬、間があったような気がしたが気のせいだろう。ファウスティーナに信じてもらって少し安心したらくしゃみを連続で3度してしまった。
「あ! 申し訳ありません、早く着替えをしないと!」
側に控えていたヒスイが湯浴みの準備をしますと言って飛び出して行った。
ファウスティーナはさっき城に戻って来たそうで街の露店で買ったベルンハルドへのお土産を渡しに来たと話された。
「お土産?」と聞くと「これです!」と自信たっぷりに大きな木彫りのうさぎを見せられた。
「これは?」
「商人の方が仰っていました。他国では、うさぎは幸運の象徴であると」
更に春のお使いとも言われ、春の訪れを意味し、うさぎの跳躍力から躍進、進歩、悪魔除け。耳も良いから情報収集能力、商売繁盛のシンボルにもなっていると聞かされた。今のベルンハルドにピッタリなお土産だと思いシエルに買ってもらったらしい。両手で木彫りのうさぎを受け取った。基本うさぎは可愛い生き物だと認識しており、木彫りのうさぎはどこか凛々しさを感じる。何よりファウスティーナが自分の為に選んでくれたというのが1番嬉しい。
「ありがとうファウスティーナ。幸運の象徴か。ずっと大事にするよ」
「殿下に喜んでもらえて良かった」
そこに湯浴みの準備が整ったと侍女を連れたヒスイが戻った。
「殿下、私はそろそろ失礼しますね」
「うん。会場で会おうね」
「はい」
――ベルンハルドの部屋を出たファウスティーナは、扉の前で待機していた騎士に連れられシエルが待つ部屋に案内された。
中に入ると蒼の瞳がファウスティーナに向けられた。
「どうだった? ベルンハルドの様子は」
「私が部屋を訪れた時はかなり魘されていました。今は起きていますが顔色も少し悪くて、湯浴みをすれば少しはマシになるのでしょうか」
「一応、ベルンハルドは開会式が終わったら早めに退場させる予定だよ。ずっといさせて倒れられたら大変だから」
真夜中まで行われるので未成年は基本遅くなる前に帰らされる。
今日を乗り切ればベルンハルドとエルヴィラの結ばれた運命の糸をリオニーがどうにかしてくれる。自分が今すべきなのは間もなく始まるパーティーに意識を集中させること。
「さあ、侍女達が君を待ってる。準備をしておいで」
「はい!」
シエルに促されたファウスティーナは隅に控えていた侍女と共に部屋を出て行った。
パーティー開始まで少し。湯浴みから始まりドレスの着付けを終わらせ、シエルが待っている部屋へと向かったファウスティーナは正装姿になると普段の美貌が何倍にも膨れ上がったシエルを見上げた。髪は右耳に掛けているだけなのに印象が大きく変わる。白と青を基調とした正装を優雅に着こなし、微笑むだけで相手を違う世界へ飛ばしてしまいそうな美に圧倒されつつ、今夜リオニーが用意したドレスの感想を訊ねてみる。
「どうですか? 司祭様」
「リオニーが選んだだけはある。私が用意したかったのだけれど、女侯爵の迫力に負けてしまったんだ」
ファウスティーナの好きな青を基調とし、今回は裾部分に空色の蝶が刺繍されている。蝶は虫が苦手なアーヴァでも悲鳴を上げない数少ない虫とかでリオニーにとっては思い入れが強い。ファウスティーナも蛾は苦手であるが蝶は好きだった。
「ヴィトケンシュタイン公爵達もそろそろ到着している頃だろう。会場前まで私と行こう」
「はい」
差し出された手を繋いで部屋を出た。
――不思議……司祭様と手を繋ぐなんてこれまでも何度もあったのに、今は特に嬉しいのと安心感が強くある。
この先何かが起きる予兆なのかと不安になるも、きっと大丈夫、何も起こらないと自分に言い聞かせた。
同じ頃、湯浴みを終え正装に着替えたベルンハルドは顔色の悪さを隠す化粧を施された。様子を見に来たネージュにも確認をしてもらい、上手く隠されていると言われホッとした。
「ぼくが言うのもなんだけどホントに大丈夫? 兄上」
「ああ。パーティー開始までは絶対に倒れたりしない」
可能ならファウスティーナと長くいたいからギリギリまで踏ん張りたいところ。心配そうに眉を曲げたネージュに「無理しちゃ駄目だよ? ただでさえ夢見が悪くて眠れていないんだから」と釘を刺され、ああ、と頷いた。
「さあ、僕達も行こうネージュ」
「うん」
ベルンハルドに促されたネージュは愛らしい笑みで応え、先を行く兄の後を追った。
今頃、間もなく始まる『建国祭』のパーティーでネージュが何かをすると警戒するケインやアエリアに向けてこっそりと紡いだ。
「……ぼくは何もしないよ」
「? 何か言ったか?」
「ううん、何も」
――既に決められている事に、今更何をしようって言うのかな?
読んでいただきありがとうございます。




