最後にわらったのは――⑤
長く更新を空けてしまい申し訳ありません……!
側に母の姿はない。侍女しかいないのを見て周囲にいないかと探したら、此処から少し離れた場所にある店の中に母の姿を目撃した。大方、エルヴィラに合わなくて侍女を連れて外へ出て来たといったところ。些か悪い顔色。悪夢はまだ見ていると聞いているが一向に良くならないのは、運命の糸が原因している。早く『建国祭』が終わってリオニーとクラウドの力を借りてどうにかしたい。
「お姉様は此処で何を? ベルンハルド様は何処ですか」
姉に会っても真っ先に気にするのはベルンハルド。何時でも変わらないエルヴィラに呆れつつ、側に王弟たるシエルがいるのに挨拶をしないのは駄目だと注意をしようと口を開き掛けたら、先にシエルが声を発した。
「やあ、エルヴィラ様。顔色が優れないようだけれど外に出て大丈夫なのかな?」
「し、司祭様っ」
今頃になってシエルの存在に気付く辺り、本気でシエルに気付いていなかった可能性がある。侍女と慌てて頭を垂れるとシエルが上げさせた。
「いいよ楽にして。確か、公爵と公子、公爵夫人と君で分かれて行動をしているのだっけ」
「どうしてそれを」
「ちょっと前に公爵と公子に会ってね。その時に聞いたんだ」
公爵夫人は? と聞かれ、今雑貨店にいるとエルヴィラは説明。エルヴィラが欲しがった物と母自身が欲しい物を今吟味している最中だとも話された。
「あ、あの、お姉様と司祭様が一緒なのはどうしてですか。ベルンハルド様はいらっしゃらないのですか」
「ベルンハルドは少し体調を崩していてね。その代わりで私がファウスティーナ様の同行者になったんだ」
「そんな……」
『建国祭』の露店巡りにベルンハルドが来ていないと知ったエルヴィラの表情が一気に暗くなった。きっと、ベルンハルドに会えば悪夢に苦しみ苛まれる心が少しでも楽になれると知っているから。ふと、エルヴィラの紅玉色の瞳がファウスティーナが両手に抱く木彫りのうさぎにいった。
「なんですか、それ」
「これ? えっと、殿下に渡そうかなって。他国ではうさぎは――」
「ベルンハルド様にうさぎ!? 殿方にうさぎなんて可愛らしい物を贈るなんてお姉様は全く分かっていらっしゃらないですわね!!」
うさぎは幸運の象徴と聞いたからベルンハルドに贈りたいと話す前にエルヴィラの剣幕に押され閉口した。現在の年齢なら男の子にうさぎを渡しても問題ない、筈。木彫りなので女の子が好む可愛らしさはない。そう言いたくてもベルンハルドにうさぎは似合わない、もっと格好良い動物にするべきだと力説され何も言えない。エルヴィラが落ち着いたのを見計らい、木彫りのうさぎを一旦地面に置いたファウスティーナは顔色が少し悪くなったエルヴィラの前に立った。
「他国では、うさぎは幸運の象徴と言われているの。殿下に幸福が訪れるようにと木彫りのうさぎを選んだのよ」
「でもっ」
「殿下がうさぎを嫌っていると聞かないし、説明をしたらきっと喜んでくれる筈。殿方が格好良い動物を好きなのはエルヴィラの言う通りかもしれないけど、木彫りのうさぎを贈るのはちゃんと意味があるの。分かってエルヴィラ」
「……」
言葉通りエルヴィラに分かってほしくて優しく話すがぶすっとした表情は変わらない。それよりも顔色の悪さが気になってしまう。
「お母様が来たら屋敷に戻りなさい。最初に見た時より顔色が悪くなってる」
「ベルンハルド様に会えなくて、お姉様にしか会えないから具合が悪くなったんです!」
――私のせいなんだ……
半眼になりそうなのを堪えつつ、やれやれと苦笑すると不意に頭に手が乗った。誰かと見なくてもシエルだと解る。
「それなら、ファウスティーナ様を此処に長居させられないね。エルヴィラ様の為にも私達は他の場所に移動しよう」
「あ、え、まっ」
エルヴィラが言葉を発しようと口を開くも言葉にならず、驚くファウスティーナの手を引き、木彫りのうさぎを片手で抱えたシエルに連れられこの場を去った。何となくエルヴィラが泣き出していそうな雰囲気を察知し、そっと後ろを見たら――……両手で顔を覆って泣いていた。側にいる侍女がおろおろとしている。トリシャではないから接し方が分からないと見た。雑貨店から戻った母が来たら、どうせファウスティーナのせいにされるのがオチ。ただ、今回は側にシエルがいるので母がどう思ってくれるかだ。
長椅子に座って休憩しているメルディアスの許へ戻った2人。木彫りのうさぎを持っているシエルに紫水晶の瞳が何ですかそれ? と丸くなった。
「ベルンハルドへの土産だよ。他国の幸運の象徴らしい」
「それは縁起がいい。ただ、戻るには少し早いですね。もう少し回っても良かったのですよ?」
「なあに。ちょっとした面倒事があってね」
「面倒事?」
メルディアスが訊ねてもシエルは美しい微笑みを浮かべるだけで話さない。相手をファウスティーナに変えるかと思いきや、メルディアスはそれ以上聞かずシエルから木彫りのうさぎを受け取った。
「メルの言う通り少し早いが一旦戻ろう」
粗方見て回っており、他に気になる店もない。ファウスティーナも同意し、シエルに手を繋がれたまま王城へ戻る事となった。メインのパーティーで着るドレスは王城にて着替える。既にリオニーが用意していると聞いて驚いた。本当はシエルが用意したかったらしいがリオニーに負けたらしい。
ドレスの準備で勝ち負けはあったかと悩むファウスティーナであった。
――そんな3人を偶然目撃したのがアエリア。父と露店を見に街へと来ており、今は侍女と共に長椅子に座って父の戻りを待っていた。
「……」
遠目から見えるシエルとファウスティーナ。シエルに手を繋がれて歩くファウスティーナとの姿はどうしても他人には見えない。
前の人生の時に見てしまった。教会でシエルに向けるファウスティーナの心底信頼しきった笑みとシエルがファウスティーナに向ける蕩けてしまいそうな甘い笑みを。
「……幼女が好きとは聞かないけれど」
「お嬢様?」
「何でもないわ」
幾ら何でも甥の婚約者に色目を使う訳ないか、と自分の考えを即座に否定した。
――私が気にしないとならないのは、今夜のパーティー。
前の人生の時は、そこで運命の女神フォルトゥナが祝福をファウスティーナの願いによって会場にいた民に与えた。と言っても、相手が愛する者の色をした花を咲かせただけ。あの時ベルンハルドの側に咲いたのは赤い花。増殖し、後退るベルンハルドに迫る気色の悪い花だった。
――あのお花畑娘と王太子が結ばれる未来を望むネージュ殿下が、今夜のパーティーで仕掛けない訳がないのよ。
どんな相手でも惨い目に遭ってしまえとは思わない。
王太子の子を産むのは王太子妃である自分だと声高々に宣言したエルヴィラに当時の自分はうんざりしていた。産みたいなら好きなだけ産んだらいい。何より、側妃として召し上がっても夜伽は絶対にしないと約束させていたのでアエリアがベルンハルドの子を孕む可能性は万が一でも無かった。
――お花畑娘の発言はネージュ殿下も知っていた。
だからこその――最後はあの仕打ちだった。
地下に封印されている元王太子の子を産め、というのがエルヴィラに課せられた役割だった。思い出すだけで悍ましい光景に吐き気すら覚える。
王太子妃が王太子の子を産むのは当たり前。
ネージュはあの時、ベルンハルドに助けを求め泣き叫ぶエルヴィラに吐き捨てた。
「はあ……」
「お嬢様? どこか具合が……」
「ああ、気にしないで。ちょっとね」
心配してくる侍女を誤魔化しつつ、今夜のパーティーではなるべくネージュの側にいてやろうとアエリアは決意する。
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