最後にわらったのは――④
そこに座って、と箱の前に置かれていた小さな丸太を勧められた。言われた通り座るとまた糸を引くよう言われ、ケインは糸を引いた。
引いた糸に飴は付いていなかった。
「今度は外れみたいね」
「さっきのも外れでは?」
「あれは貴方が引いたから落ちたの。今度のは初めから何も付いていなかっただけ」
「そうですか」
ゆらゆらと揺れる糸の先。飴が付いていた痕跡はない。態と外れを混ぜているのかと問うと店主はふふ、と笑うだけ。足元にいるコールダックはずっとケインを見つめている。鳴き声も発さない。ケインの紅玉色の瞳が見つめるのは店主のみ。時折風に揺られてフードが動くと奥にある薄黄色が煌めく。ファウスティーナや父と同じ色の瞳。それが何を意味するのか解せる人は果たして何人いるか。
「さっき、赤い飴が落ちた時貴方は言ったわね。助ける気は更々ないと。誰を指して言っているのかしら?」
「貴女が思っている通りの相手かと」
「ふふ、遠回しな言い方。嫌いじゃないわ」
「俺からも良いですか。人間に化けてまで姿を現すのは何故です」
「私は人間が好きよ? そうでなければ、破滅していくだけの国に力を貸したりはしない」
「……」
それだけではないような気が何となくする。敢えて言わず、また飴を引くことを勧められたケインは無言のまま糸を引いた。
今度引いたのは黄色の飴。飴に巻かれている糸を取り、掌に置いた。
「もしもの場合、貴方はどうする?」
「助けるのでは? 少なくとも、最初に引いた飴の相手と比べているのなら、俺は迷うことなく助ける」
「随分と嫌われたようね。人間は身内にだけは甘いと認識しているのだけれど」
「甘いですよ。血を分けた自分の子には特に」
「血縁がなくても時間があれば情は移ると言うものだけれど」
「それが無理だった。だから真に理解が出来なかった。最後の最後で漸く理解しても何もかもが遅い。手遅れだったんだ」
たった一言でも、血を分けた娘に与えていた情の欠片でもいい、愛していると確実に言葉にしたら、示せば良かっただけ。それらを放棄して全て貴女の為だと何もかもを強制したが故に最後捨てられたのだ。捨てられてから手を伸ばしたところで背を向け去って行く相手は振り向かない。情を移さない。
自分がいない方が、気にしない方が心穏やかに暮らせると思われている時点で手遅れなのだが。
「そう……人間というのは不思議ね。愛情深い一面を持ちながら、一度捨ててしまうと一切の情を見せなくなる」
「個人差ですよ。ファナの場合は父親に似て冷淡だった。まあ、本人に自覚はないですが」
「貴方はどうなの? 助ける気はないと言えど、やはり血を分けた身内。何かが起きたら何だかんだ言いながら助けるのではなくて?」
「いいえ」
きっぱりと言い放ったケインはフードの奥に隠れた瞳が眇められたのを感じつつ、淡々と言葉を紡ぐ。
「今まで何度も助言を与えてきた。可能性を提示してきた。それらを全て潰して自分の都合の良い事にしか見向きもしなかった故の破滅です。なら、俺がどうこうする義理は――もう、ない」
店主は小さく笑いを零し、そう、とだけ呟くとまた糸を引くように勧めた。どうせ同じだろうとケインは適当に選んだ糸を引いた。糸の先に付いていたのはまた黄色の飴。今度も落ちなかった。黄色の飴を糸から外し、店主に渡された。
「貴方に幸運あれ」
丸太から立ったケインは一度会釈をし店を去った。
行ったかと思いきや、不意に足を止めたケインは振り向かないまま店主に問うた。
「前に、何が最初と言いましたよね」
「ええ」
「……それって、ファナにとっての最初と考えてもよろしいので?」
「少なくとも……最初の王子様は許されたの。自分の間違いを受け入れ、必死になって懺悔したわ」
「俺の知る殿下はどれも見捨てられた。俺が知る最初とそもそもの最初が違うのなら、結末が幸福なハッピーエンドにならないのも道理、か」
はあ、と小さな溜め息を吐くとケインはその後何も言わず、店の前を去った。
クワー、と鳴くコールダックを抱き上げ、膝に乗せた店主は真っ白な頭を撫でてやった。羽毛に覆われた頭は触り心地抜群。但し、撫で過ぎると禿げると怒るので程々で止めた。
クワ、と店主を見上げて鳴いたコールダックを見ず、ケインが去った方を見つめたまま。店主は何かを訴えるコールダックの声に応えず、ただその一点を見つめ続けた。フードの奥に隠れた薄黄色の瞳がきらりと光る。
「幸福なハッピーエンドと言うけれど、誰にとってのハッピーエンドなのかしら?」
問い掛けても答える相手の背はもう見えない。不安げに鳴くコールダックを膝から下ろすと丁度よく次の客が現れた。店主が待つ客はもういない。だから、今来た客は普通の人間だ。
「すみません! 飴ください!」
「どうぞ」
代金を貰うと好きな糸を引くよう勧めた。引いた飴の色は赤。
偽りの幸福に塗られながらも、きっと誰よりも幸福な者の色。
王都の露店は以前『リ・アマンティ祭』で南側の街を周った時よりもずっと多い。食べ歩きをしながら買い物をしているから荷物も増えており、一旦休憩しようと言うシエルの提案に荷物持ちをさせられているメルディアスがファウスティーナより先に「ああそこに空いている長椅子があるのでそこで休憩しましょう」と返事をしてさっさと行ってしまった。
「ファウスティーナ様もそれでいい?」
「はい、メルディアス様には沢山の荷物を持たせてしまっているので休憩しましょう」
「扱き使っても良いのだよ? 王家に仕える騎士なんだから」
「あ、はは……」
シエルは良いかもしれないがファウスティーナは王族じゃない。誤魔化すように笑い、メルディアスが先に行ってしまった長椅子に近付いた。荷物を地面に置き、長椅子に座っているメルディアスは小さく欠伸を漏らしていた。
「だらしないねメル。護衛失格じゃないか」
「毒が完全に抜けたとは言え、体はまだまだ本調子になってくれないのでね。『建国際』が終わったら、少し纏まったお休みを貰おうかと」
「そう。頑張って」
「陛下が許可してくれれば……」
ちらりと紫水晶の瞳がシエルを見やるも、シエル本人は一切見ず、ファウスティーナと目線が合うよう膝を折った。
「私と2人で近くを回るかい?」
「司祭様はお疲れではないのですか?」
「私は全然。君さえ良ければ一緒に回ろう」
差し出された手を迷いなく取ったファウスティーナに向けられる微笑み。周囲にいる者達を魅了してしまう絶美にやれやれと呆れるメルディアスだが、何処へ行く? と言うシエルに向けるファウスティーナの純美な笑み。当時を知る者からしたらシエルが亡くなったアーヴァの代わりと見ているのではないかと気が気じゃない。アーヴァに瓜二つなせいでここ最近散々な目に遭っている訳だが。唯一の救いは、アーヴァを嫌わないでいてくれる事。シエルが最も安堵している点と言ってもいい。
「いくらシエル様でも、甥の婚約者を奪おうだなんて考えないですよね。相手はまだ成人もしていない少女なら尚更」
心底、ファウスティーナが少女で良かったと安心する。成長していけば増々アーヴァに似るだろう。愛した女性に瓜二つな少女を手籠めにするような下衆ではないと分かりながらも、人間何時豹変するか不明だ。今王都にはオルトリウスがいる。滞在している間にそれとなく相談してみようと湧き上がる欠伸に耐えられず漏らしたのだった。
休憩用の長椅子が設置されている広場には噴水が設置されており、周囲にも沢山の露店が開かれ多くの客で賑わっている。食べ歩きをし続けたのでお腹は今の所空いていない。ただ、2人で分けると食べられる。という事でファウスティーナは気になった露店に向かっては列に並び、シエルと半分こした。
新鮮な野菜とドレッシングを挟んだサンドイッチをシエルと半分こにし、ドレッシングの美味しさに嬉しくなった。ドレッシングが美味しいとサラダを食べる時の進み具合が違う。
「ドレッシングが美味しくて、サンドイッチではなくても沢山サラダが食べられそうです」
「本当だ。教会に戻ったら、屋敷の料理長に言って作ってもらおうか」
「はい!」
あっという間にサンドイッチは完食。次は何処へ行く? となった時、ある露店が視界に入った。気になって露店に近付いたファウスティーナは店の前に並べられた珍しい物にシエルを見上げた。
「うさぎの置物が沢山ありますね」
「うさぎだけって言うのが珍しいね」
大から小まで木彫りのうさぎの置物が並べられている。他の動物はないかと探すもうさぎのみ。
「他国では幸運の象徴とされていね。春のお使いとも言われて春の訪れを意味しているんだ。うさぎの跳躍力から躍進、進歩、悪魔除け。更に耳も良いから、情報収集能力、商売繁盛のシンボルとなっているのさ」
「春の訪れ、ですか」
現在は冬の時期。春を待つ今ピッタリで、幸運の象徴であるなら尚の事——渡したい相手が浮かんだ。
「あの、一番大きなうさぎをください」
「毎度、ありがとう!」
大きなうさぎの木彫りをシエルに買ってもらい、自分で持つと両手に抱いた。
「ベルンハルドへのお土産かな?」
「分かりますか?」
「多分、当たっているかなと」
「うさぎの持つ幸運の力で殿下に良いことが沢山あるようにと」
本来なら、一緒に露店巡りをしている筈なのに、体調が悪いベルンハルドの為に少しでも良い物を渡したい。メルディアスが番をしている荷物の中にもベルンハルドへのお土産は沢山ある。きっと喜ぶよ、と笑むシエルにファウスティーナも釣られた。
次は? とシエルに問われた時——
「お姉様?」
この声は……と振り向くと些か顔色の悪いエルヴィラが側に侍女を連れて立っていた。
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