最後にわらったのは――③
箱の外にぶら下がっている1本の糸に触れ、相手が強く引っ張った糸には何も付いていなかった。
「おや、何もないね」
「貴方が引いた糸には元々何も付いてないのよ」
「外れを入れるなんて。それとも、僕が引くように仕掛けたのかな」
「ふふ」
店主は笑いを発するだけで答えはしない。ワー、ワー、と鳴くコールダックの頭を撫で紐を付ける前の飴を差し出した。
「さっきの子供みたいに、おまけをあげましょうか」
「お言葉に甘えて受け取りましょう」
赤い包み紙に包まれた飴を相手の掌に乗せた。袖に飴を仕舞った相手——オルトリウスは店主に向かってこう紡いだ。
「人間が生まれながらに持つ運命の糸に呪いを掛けられるのは、フリューリングとフワーリン、それと貴女やリンナモラート神。それ以外で呪いを掛けられる者は存在しますか?」
「ふふ……いいえ。貴方の言葉には1つ間違いがある。リンナモラートには、運命の糸を呪う力はないわ。熱く燃える真っ赤な恋心を憎悪に染まった黒い恋心に染める事が出来るだけよ」
「人間はそれを呪いと言うのですよ」
会釈をし、飴の代金を木のトレーに置いて去ったオルトリウス。クワワ! と怒り気味なコールダックの背を撫でる店主はまた「ふふ」と笑った。
「クワ?」
「あの飴は何かって? ふふ、さあ、何かしら。1つ言うと黒く染まった運命の糸を再び赤く染める為の手助けかしらね」
「クワワ」
「但し、私が思う以上に黒い糸の憎しみが勝っていたら、飴を食べても無意味に近い」
なら意味がないのでは? と鳴くコールダックに店主は何も答えず、フードの奥に隠れた相貌は微笑を浮かべ続けた。もう1人待っている人間がいる。その人間が来るまでは此処にいる。
「飴くださーい!」
「どうぞ」
先程去ったオルトリウス以外、飴屋の店主が王国が崇拝する運命の女神が人間に化けているとは——誰も思わない。
〇●〇●〇●
シエルに並んでもらって購入した搾りたてのニンジンジュースに目が点となりつつも、いざ飲んでみると意外にも美味しくてファウスティーナは薄黄色の瞳を輝かせた。ニンジンの他にフルーツも混ぜていて、ニンジン特有の香りが薄く飲みやすい。
「司祭様はニンジンジュースが飲みたかったのですか?」
「いいや? 店主にお勧めを聞いたらこれだったんだ」
シエルもファウスティーナ同様意外にも美味しいニンジンジュースを気に入ったようで、一気に飲み干した。使ったグラスは店側に返却となる。
隣国の流行のお菓子の店に並んでいるメルディアスの許へ戻ろうとシエルが差し出した手を迷わず取ったファウスティーナは、不意に見えた相手に「あ」と発した。視線の先にいる相手を見てシエルも足を止め、声を掛けようと行き先を変更した。
「お兄様! お父様!」
ファウスティーナが見つけたのは父シトリンと兄ケインだった。側にいるリュンにも声を掛けた。声に気付いた3人が振り返り、側にシエルがいるのを見て頭を下げた。
「ファナは司祭様と来てたんだ」
「はい。今回もお兄様とお父様だけで来ているのですね」
「いや、今年は母上とエルヴィラもいるよ」
いると聞いても2人の姿が近くにはない。母とエルヴィラは別行動だと聞かされ、怪訝に感じた。
「一緒に行っても良いのでは?」
「僕やケインが回る場所はどれもエルヴィラの好みそうなものじゃないから……それなら、リュドミーラとエルヴィラ、僕とケインで別れようとなったんだ」
確かに、と納得した。教会でお世話になる前はファウスティーナもシトリンやケインと一緒に露店を回っていたが古書店や掘り出し物を見つけるのを重視するのでエルヴィラの好み可愛い小物類を置く雑貨店にはほぼ行かない。エルヴィラの好みを熟知している母と一緒の方がエルヴィラにとっても良い気分転換になるだろう。
リュンが顔の周りに小花を咲かせている。腕に抱えている本が理由だろう。リュンの機嫌の良さについてケインに訊ねると当たった。穴掘り名豚・子豚のピギーちゃんの絵本全巻セット。
「ファナにはこれをあげる」
ケインが持っていた紙袋から1冊の本を取り出した。受け取ったファウスティーナは表紙に刺繍されている題名を見て半眼になった。
「……なんですかこれ」
「『今日から君も可愛いピギーちゃんの仲間入り〜マリーの場合〜』っていう、子豚のピギーちゃんを怖い話にした絵本」
内容は可愛い女の子マリーが大好きなお菓子を食べ続けた結果、子豚の妖精ピギーちゃんになり2度と人間に戻れなくなるというもの。
「お兄様はそうまでして私を子豚にしたいですか!!?」
『リ・アマンティ祭』の時もファウスティーナを子豚のピギーちゃんを使って揶揄ったケインだ。毎回毎回揶揄われては全力で反論するファウスティーナを普段と変わらない無表情で対応してくるのも同じ。
「半分冗談だよ」
「半分は本気って事ですよね!?」
「ファナの反応が面白いから、ついね。エルヴィラは1パターンだし、ファナは種類が豊富だから」
「それ、褒めてますか!?」
「どうかな」
「ぐぬぬ……」
ジト目でケインを睨みつつも、こうして何気ないやり取りが出来るのは生きて帰って来たからこそだ。ジト目を止め、笑って見せるとケインも釣られて微かに笑みを見せた。
本は後日ファウスティーナ宛で教会に届けるとなり、この後は何処を回るのかと訊ねられる。
「まだ決めてないというより、見たお店に入って行こうって感じです」
「そう」
「あ、お兄様も占いっぽい飴を引きに行きますか?」
「飴?」
「あそこに飴屋さんがあって……」
さっき、自分が行った飴屋の方を指差した。ちらほらと先客がいるようで皆自分の選んだ糸を引っ張っていた。自分が引いた黄色の飴と店主からオマケで貰った青の飴をケインに見せた。
「味はまだ食べてないので分かりませんが糸を引っ張ったら、糸に付いている飴を貰えますよ」
「……そうなんだ。面白そうだから俺も行ってみるよ」
「?」
気のせいか少しケインの顔が強張っている。瞬きをして再度見たら元の無表情に戻っていた。そろそろ行こうとシエルに促されたファウスティーナはシトリンとケインに王城の会場で会おうと告げて別れた。
遠くなっていくファウスティーナやシエルを見送るとケインは次は何処へ行こうと話し掛けたシトリンに飴屋に行くと告げた。近くで待っていてもらうよう言い、最後の客がいなくなったのを見計らない飴屋に近付いた。
店主の足下にいるコールダックが「クワ!」と鳴いてケインの来店を報せた。「知ってる」と笑いを含んだ店主の声をケインは知っていた。
「いらっしゃい。さあ、好きな糸を選んで」
「……」
先に木のトレーに代金を置いて適当に選んだ糸に手を掛け、引っ張ろうとしたが力を抜いた。
「引っ張らないの?」
「引っ張ったら、赤い飴を沢山引きそうで」
「ふふ。やってみないと分からないわよ」
さあ、と促され糸を引っ張ったケインが見たのは、引き上げられた赤い飴。しかし、糸が外れて下へ落ちていった。
「外れを引かせてしまったわね」
「いえ。当たりですよ。場合によりますが助ける気は更々ありませんので」
大量の飴の中に落ちた赤い飴を見下ろす紅玉色の瞳は、どこまでも昏かった……。
読んで頂きありがとうございます。




