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婚約破棄をした令嬢は我慢を止めました  作者:
婚約破棄編ー最後にわらった人ー
314/353

最後にわらったのは――②

 


 街に到着した馬車から、シエルの手を借りて降りたファウスティーナは変わらずの人の多さに目を輝かせた。先日の『リ・アマンティ祭』と規模が違うから、当然人の多さだって違う。王都の方が断然多い。



「何処から回ろうか?」

「最初に行きたい場所は特に決めていません。歩いた先にあるお店に行って良いですか?」

「いいよ」



 ふわりと微笑まれファウスティーナも釣られて笑みを見せた。シエルが微笑むと殆ど釣られてしまう。誤魔化すように微笑まれても結局釣られる。

 馬車を停車場に置いて来たメルディアスも合流し、歩きながら何処の店に入るかと決めた。今日の為に商品を揃えたのはどこの店も同じで、様々な商品が店頭に置かれている。大きな人形の中に小さな人形が入り、それが延々と続く珍しい人形や本物の宝石を目や鼻につけた高価なぬいぐるみを置いている店にまず立ち寄った。


 宝石付きのぬいぐるみは貴族と思しき客が見ており、平民達は専ら中から小さな人形が次々と出てくるめずらしい人形に注目していた。



「ファウスティーナ様はどれがいい?」



 シエルに訊ねられたファウスティーナはその2つの内ではなく、得意気な顔をして腰に羽を当てているコールダックのダックちゃん人形に目が釘付けだった。ふわふわで小さな体と黄色い嘴、円らな黒い瞳。どれも可愛い。コールダックのダックちゃんを選ぶとシエルに意外そうに見られた。



「珍しい人形や宝石のついた人形は良いのかな?」

「はい!」

「ふふ、じゃあ君の選んだ方を買おう」



 店主を呼び、ファウスティーナの選んだコールダックのダックちゃん人形を購入し、受け取るとファウスティーナへ——にはならず「はい」とメルディアスに渡した。



「君が持ってて」

「シエル様はおれを荷物持ちだと勘違いしていませんか?」

「いいや? 私やファウスティーナ様の護衛兼、荷物持ちでしょう?」

「公女の護衛はしますがシエル様の護衛はしませんよ。大体、貴方は監視対象者ですよ」

「私を監視したところで面白い事は何もないのに」

「こんな事なら、坊や君に続きを任せるんじゃなかった」



 店を離れ、次は何処へ行こうかと歩きながらヴェレッドは何をしているのかと訊ねると「おれの代わりに仕事をしてもらっています」とメルディアスが答えた。仕事というのはローズマリー伯爵夫人がお茶会でケインに盛った睡眠薬の入手ルートと理由の自供を取る為。伯爵とは関係が冷え、女性の扱いに長けた見目麗しい若い男を宛がえば陥落するだろうと見て。

 要するにローズマリー伯爵夫人に色仕掛けをして落とす、という事だがふと気になった。



「……色仕掛けって上級騎士のお仕事なのですか?」

「いいえ全く。おれが何でも出来るからって陛下やオルトリウス様に扱き使われているんですよ」

「……ヴェレッド様がメルディアス様の代わりをしているのは?」

「坊や君も慣れているからですよ。おれと同じで何でも出来るように育てられましたから」



 前々から貧民街の孤児にしては気品や動作が高位貴族のそれで、本人はシエルの側にいるから教えられたと言うが多分違う。ファウスティーナが思うに彼はどこかの貴族の落胤だと感じている。直接口にはせず、偶に家族の話題を振ってみるも揶揄われてお仕舞いだ。



「さてファウスティーナ様。次はどこに寄ろうか?」

「そうですね……」



 中央広場からまだ大して離れておらず、毎年父や兄と行く古書店に行きたいとするが広場からは少し距離があるラ・ルーナ通りに向かわないとならない。他の古書店を探すとし、次に寄る店を歩きながら探していると行列が出来ている店を見つけた。若い男女や家族連れが多く、皆何で並んでいるのか気になってファウスティーナは最後尾に並んでいる女性に訊ねた。



「すみません、此処は何を売っているお店ですか?」

「隣国で流行っているお菓子よ。恋人や家族と同時に食べると何時までも仲良くいられるって有名なの」

「ありがとうございます!」



 女性にお礼を言い、隣国で流行っているというお菓子を売る店に並ぶか、並ばないか迷う。何時までも仲良く……こんな時に頭に浮かんだのがベルンハルドだった。自分の願う気持ちと大いに矛盾していると悩んでも、これくらいなら女神様だって許してくれると最後尾に並んだ。



「この行列だと2、30分は掛かるね。メル、お留守番よろしく」

「言うと思ってました」



 呆れた口調のメルディアスの肩をポンっと叩いたシエルはファウスティーナの手を引いてその場で果物を絞ってジュースを提供する店に移動した。メルディアスが代わりに並んでいる間、喉が渇いたからジュースを買おうとシエルと一緒に並んだ。

 メルディアスは護衛を兼ねているのに置いていって良いのかと気にすると頭にシエルの手が置かれ「大丈夫。私が側についているから、メルディアスがいなくても大抵の事なら対処するよ」と告げられる。シエルが強い人だとは知っている。知っているがメルディアスは国王や先代王弟の命で来ている。バレても大丈夫、叱られないとシエルが言うのならファウスティーナは信じるのみ。


 並び始めてすぐ、なんのジュースにしようか看板を見ていると後ろからスカートを引っ張られ、誰だと振り向くと吃驚した。メルディアスが持たされているコールダックのダックちゃんそっくりなコールダックがファウスティーナのスカートを嘴で咥え引っ張っていた。コールダックは片方の羽を広げ、あっちあっち、と鳴いている。羽が指す方向には旅人用のマントに身を包み、フードを被った店主が座る飴屋があった。



「コールダックが客引きか。珍しいね」

「司祭様、行ってもいいですか?」

「ふむ……此処から遠くもないからね。いいよ、行っておいで」

「ありがとうございます」



 行くと決めたらスカートを嘴から離し、代わりにこっちこっちとファウスティーナを飴屋に誘導するコールダック。初めて見た飴屋なのに、以前にも見た覚えがある。店の前へ来るとコールダックは店主の足下に行き、頭をすりすりと寄せて甘え、そんなコールダックの頭を店主は撫でてやる。手の白さや大きさから多分女性。



「可愛いお客さんを連れて来たのね」



 予想は当たった。声からして店主は女性だ。



「どんな飴を売っていますか?」

「箱の外に下げている糸を引っ張ってごらん。糸と一緒に引き上げられた飴をあげる。味は食べてからのお楽しみ」



 長方形の箱の中には赤、青、黄色の3色の紙に包まれた飴が入ってあった。代金を払い、どの糸を選ぼうか悩む。



「これにします」



 ファウスティーナは真ん中の糸を選んだ。店主の言う通り思い切り引っ張った。箱を覗いて少しゾッとする。糸に引っ張られた青の飴に沢山の赤の飴がぶら下がっている。黄色は何処にもない。



「随分と絡まっていたようね」

「こ、こういう場合はどうなりますか」

「そうね……別の糸を引いてみましょうか」

「は、はい」



 持っていた糸を離すと赤の飴に吸い込まれるように青は消えた。2度目の寒気にめげず、最初に選んだ糸から離れた場所にある糸を選び引っ張った。

 今度は黄色。黄色に引っ付いて青もあった。そしてさっきと同じで青には大量の赤が引っ付いていた。



「ええ……」

「ふふふ。お嬢さんの近くには、青に関係する人が赤に関係する人に相当な執着心を持たれているようね」

「どうして分かるのですか?」

「お嬢さんの目の色を黄色の飴に例えるなら、青や赤に関連する人がいて、赤を持つ人が青を持つ人に執着していると見えるのよ。青を持つ人はお嬢さんといたいのかしらね」

「青の人……」



 ふと、思い浮かぶのは瑠璃色の瞳を持つベルンハルド。青系統だから間違ってはいない。となると赤はエルヴィラとなる。



「……」



 ——確かにエルヴィラと殿下みたい……


 エルヴィラはベルンハルドを慕い、ベルンハルドの婚約者であるファウスティーナを嫉視している。赤の飴の多さがベルンハルドに対するエルヴィラの執着心を表しているなら、2人の運命の糸を結んだクラウドが糸を解けないのも頷ける。引っ張った飴の種類や数に応じて占いでもしているのかと訊ねると店主は「いいえ」と否定した。



「長年店を開いて大勢の客を見ているとね、占い師ではなくても何となく解るようになるの」

「へえ……」

「お嬢さんはどう見る?」

「……赤い飴が青の飴をとても慕っている風に見えます」

「貴女の身近に似たような人がいるのかしら?」

「は、はい」

「そう。ふふ」



 ファウスティーナが糸を引っ張っても青も赤も離れない。すると、店主が徐に鋏を取り出し黄色から青を切り離した。赤に引き摺られるように青は赤の中に消えていった。黄色の飴を手に取った店主に渡された。



「貴女が引いた飴よ。どうぞ」

「あ、ありがとうございます」



 赤の中に消えていった青の飴は、まるでエルヴィラの元へ行ってしまうベルンハルドを彷彿とさせた。前回がそうだった。どんなに努力しても、好かれたくて必死にアピールしても、恋した人は何時だって自分を見てくれなかった。箱の中を覗き込んだまま黙っていると店主に糸に付ける前の青の飴を渡された。



「どうそ、おまけであげるわ」

「良いのですか?」

「ええ。気にしているようだから。貴女が青の飴だと思う人に渡したらいいわ」

「そうします」



 会って触れられなくても飴を渡す手段は幾らでもある。ファウスティーナは店主にお礼を述べて店を離れた。去る間際——



「貴女が思う、王子様の幸せってどんな形をしているの?」



 言葉を掛けられた気がして振り向くも店主は手を振っているだけ。小さく手を振り返してファウスティーナはまたシエルのいる場所に戻ったのだった。

 会った事がない筈なのに、店主の声に聞き覚えがあった。あの飴屋自体見覚えがあった。ひょっとすると思い出せていない前回の記憶に繋がっているのかもしれない。ベルンハルドとエルヴィラ関連以外なら比較的スムーズに思い出せるので今夜試そうと決めた。


 


 ——ファウスティーナが去ると飴屋の店主はクワワ、と鳴くコールダックを抱き上げ膝に置いた。真っ白で小さな体を撫でながらシエルの許に戻ったファウスティーナを見つめる。



「王子様は今まで1番可哀想? そうかしら。どれも可哀想よ、あの王子様は」

「クワワ?」

「誰も知らない、誰かが覚えていない最初で王子様は反省と後悔を受け入れられ必死にやり直した。だけど運命はあの2人を結ばせようとしなかった」

「クワワワ」

「要因は幾つかあるのでしょうね。大きなものを挙げるなら——王子様はルイスじゃなかった。ルイスではないから、守る力も当然弱い」

「クワワ……」

「ふふ。今は、どんな結末を迎えるのでしょうね。私も誰も——分からないわ」



 吹いた風に靡いたフードから微かに見えた。


 ファウスティーナと同じ薄黄色の瞳と空色の髪が。


 コールダックに店仕舞いをしようと急かされるも店主は「いいえ」と動かない。



「待っている人間がいるの」

「それは誰の事かな?」



 目の前に現れた相手に店主は笑いを零した。




「さあ? 誰でしょうね」


 


 


 


 


 


読んで頂きありがとうございます。



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