最後にわらったのは――①
――『建国祭』当日をグランレオド公爵家で迎えたファウスティーナは、玄関ホールにてお世話になったグランレオド公爵夫妻と向かい合っていた。側にはファウスティーナと滞在していたシエルもいる。
「グランレオド公爵、公爵夫人。短い間でしたがお世話になりました」
「良いのよ。私達も、久しぶりに小さなご令嬢と過ごせて楽しかったわ。ねえ、旦那様」
「ああ。オズウェル伯父上ももう少し顔を見せてくれても良かったのに……」
先代公爵を気にして結局オズウェルは顔を見せなかった。密かにでも顔を見せなかったらしく、これにはシエルも呆れていた。
「城にはいると思うから、私の方から小言を言っておくよ」
「大層な事ではないので……。シエル様、伯父上やオルトリウス様によろしくお伝えください」
「ああ。叔父上やオズウェル君に伝えておくよ」
会話が終わるのを見計らって執事が馬車を外に回したと伝えに来る。
グランレオド公爵夫妻に一礼をして外に出たファウスティーナは、馬車の側にいるのが馭者の振りをしたメルディアスで首を傾げた。
「メルディアス様?」
「こんにちはファウスティーナ様。今日は快晴で良かったですね」
「はい、とても。ではなくて」
何故、上級騎士で今日が終わるまで大忙しだとシエルが言っていたメルディアスが馭者の振りをしているのか。理由を訊ねるとメルディアスの仕事は粗方片付き、シエルに用事を押し付けられたヴェレッドの代わりにファウスティーナの護衛を命じられたのだとか。
「この後、街の露店巡りに行くのでしょう? シエル様がいるからおれは要らないでしょうって陛下やオルトリウス様に言ったのに……」
曰く、シリウスとオルトリウス両方にファウスティーナの護衛とシエルの監視を命じられたとか。ほぼシエルの監視がメインな気がすると零したメルディアスに意味を聞いてみた。
「ファウスティーナ様に甘すぎるから、かな」
「そう、ですか?」
「自覚がないのですか?」
「司祭様がとても優しいのは知っていますよ」
そして、何度も周りからファウスティーナにだけ特別優しいとも聞かされてきた。が、ファウスティーナ本人からするとシエルはシリウスを除いて誰にでも優しい。自分は女神の生まれ変わりだから大事にされているだけ、としかやっぱり思えない。
苦笑するメルディアスによしよしと頭を撫でられ、側にシエルが来ると馬車に乗せられた。
「露店巡りにベルンハルドは来れないのだっけ」
「殿下の体調がよろしくないようで」
「……」
事件が起きた日以降、何故かベルンハルドの夢見が悪くなってしまい眠れなくなってしまったのだとか。理由を知っているリオニーが何度か助けてはいるが根本的解決にはならない。
「眠れなくなる毒でも盛られているのかな」
「それはないかと。毒を飲まされている痕跡がありませんので」
「ふむ」
この話は取り敢えず終わりとし、シエルもまた馬車に乗り込んだ。
扉が閉められ、少し待っていると馬車は動き出した。
「殿下は大丈夫でしょうか」
「今日を乗り切るくらいには本人も頑張るだろう」
「……」
今日――『建国祭』が終わらないとリオニーの手が借りられない。エルヴィラと運命の糸を結ばれてしまったベルンハルドが幸福よりも程遠い状態になってしまい、どうしてとファウスティーナは窓越しから外の景色を見る振りをして考えてみた。これが前回なら2人は“運命の恋人たち”となり、幸福の象徴となって幸せになる。今回は何かが違う。何が違うのかと問われるとハッキリとした言葉は見つけられない。
夜は王国中の貴族が王城に集まって『建国祭』を祝う。その時ケインを探して相談しよう。兄なら助言をくれるかもしれないから。
〇●〇●〇●
ヴィトケンシュタイン邸では朝食が終わり、食後のお茶をファウスティーナを除いた4人が頂いていた。
「エルヴィラも僕やケインと一緒に来るかい? 気分転換になると思うのだけど」
シトリンが誘っているのは露店巡り。毎年『建国祭』ではシトリンとケイン、ファウスティーナがしておりエルヴィラはリュドミーラと留守番をしていた。夢見が良くなったり悪くなったりと不安定で睡眠不足は少し解消されても精神的に不安定で、見兼ねたシトリンが誘ってみた。リュドミーラも外の空気を吸う良い機会だと背を押すがエルヴィラの反応はよろしくない。
「母上と一緒に行けば良いのでは?」とケインが提案をした。シトリンとケインは主に掘り出し物を見つけに行くのが目的でエルヴィラが好みそうな露店にはあまり行かない。
「ケインの言う通りね。エルヴィラ、お母様と行きましょう?」
「はい……」
馬車には4人同時に乗り、街の広場に着いたら2手に分かれ別行動をとなった。
リュドミーラが一緒ならエルヴィラも行くだろうと踏んだケインの予想は当たった。
その後紅茶を飲み干して部屋に戻ったケインは扉を閉めた。リュンに出発するまで仮眠を取ると言って正解だった。
「やっほー坊っちゃん」
何時からいたのか、ソファーに腰掛けケインに振り向いたヴェレッドが手を振っていた。ファウスティーナも毎回脱力感を覚えていたのだろうか、なんて考えながらヴェレッドの向かいに腰掛けた。
「今日は何をしに?」
「シエル様の用事を片付ける前に寄って行こうかなって」
「そうですか」
「シエル様にね、用事を押し付けられたから今日はお嬢様の側にはいられないんだ」
「それで俺の方に来たと?」
「そんなところかな」
大した用事はなく、単に顔を見に来ただけと知らされるが疑問には出さず「そうですか」とだけ返した。
「坊ちゃんはこの後何をするの」
「露店巡りですよ。毎年、俺と父上とファナで露店巡りをしていますから」
「公爵夫人と妹君はお留守番?」
「例年は。今年は、母上とエルヴィラで回ります。俺と父上が回る場所はエルヴィラには縁のない場所ですから」
「へえ。どんな露店を回るの」
「主に古書店が多いです。この日限定の掘り出し物があるか見に行きます」
実際掘り出し物は多く、今日しか買えない古書や置物はなるべく購入するようにしている。リュンの好きな子豚のピギーちゃんグッズも今日みたいな日に出されている率が高く、実際4度目まで子豚のピギーちゃんレアグッズはあった。
今回も先に購入されていなければ購入予定だ。
「司祭様の用事ってどんな物ですか」
「えー? 聞いちゃう?」
「教えられないのはまあ、承知の上です」
「そうなんだ。はは。……ちょっとだけ言うとね、この前坊ちゃんが参加したローズマリー伯爵夫人のお茶会があるでしょう? 主催者のローズマリー伯爵夫人をちょっと……ね」
「……」
ヴェレッドはそれ以上は言わず、後は想像しろと放った。多分だが伯爵との関係が冷え切っている夫人に見目麗しい若い男を宛がい、篭絡し情報を引き出すというのが狙いか。
「貴方がする仕事なのですか、それは」
「しょうがないでしょう、シエル様の命令なんだから。メルディアスが先行してやってるけど、念には念をって」
色仕掛けは上級騎士の仕事でもない気がする。専門の部隊はいるのにメルディアスやヴェレッドが担っているのは、単に見目が女性受けするのと上手だから、らしい。
面倒くさいと零しつつもシエルの命令なら従うだけだと言う。
「王太子殿下の調子は如何ですか」
「俺に聞く? 知ってるけど。王太子様は夢見が悪くて眠れたり眠れなかったりだよ。フリューリング女侯爵様が助けているけど一時的。君の妹君はどうなの?」
「エルヴィラも似たようなものです」
どちらかを良くすれば、どちらかが悪くなる。根本的解決をするのなら今日が終わらないとならない。メインとなる夜には出席出来るよう、本当ならファウスティーナと街に行く予定を無くしゆっくりとする事となった。
「殿下やエルヴィラの悪夢を根本的になくす方法は、やはりリオニー様の力が絶対に必要なのですか」
「そうだよ。魔術師の力が必要。フワーリンの坊ちゃんと2人で協力すれば、王太子様と妹君の悪夢を取り除けるよ。これについては絶対とは言えないけど」
今の目標は今日が無事に終わることだとヴェレッドは告げ、窓から部屋を出て行った。以前も思ったがケインの部屋は1階じゃないのにどうやって無事に飛び降りているのか不思議である。
「今までのようにフォルトゥナが殿下とエルヴィラを祝福しないよう祈っておかないと」
この願いが彼の女神に届くかはかなり微妙だが……。
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