25 誕生日当日の朝
※2020/4/16
リンスーの「お嬢様の次はエルヴィラお嬢様のお誕生日ですね」→「お嬢様の次はケイン様のお誕生日ですね」に修正しました。
――好きな相手からのプレゼント程嬉しい贈り物はない。それが誕生日プレゼントとなると更に。
朝起床し、まだ少し早かったのか外は薄暗い。太陽を雲が覆い隠していた。頬を両手の人差し指でツンツン突き、幾分か意識をはっきりとさせたファウスティーナは、ベッドから降りて下に隠してあるノートを引っ張り出し、大きな欠伸をしつつソファーに腰掛けた。ページを捲っていく。8歳の誕生日パーティーの時の様子を書いていたページに目を通していくが、今回パーティーはしない。なのであまり役に立たないのだ。一応、重要な項目としてはベルンハルドからのプレゼントくらいだろうか。前回は可愛い花の刺繍が施された真っ白なリボンだった。ベルンハルドからのプレゼントが嬉し過ぎて毎日それで髪を結んでいた。ファウスティーナは自分の髪を一房手に取った。
「髪の色的には合ってても、やっぱり私に白は似合わないわ」
初対面の印象が悪くて早くから嫌われていた。嫌いな相手でも婚約者となったからには誕生日プレゼントは贈らないとならない。勘当される18歳まで贈られていたがどれもベルンハルドが選んだ物じゃないことくらい今のファウスティーナには分かる。
「あっはは~。まあそもそも、途中から殿下からのプレゼントは何が贈られてきたかあんまり覚えてないんだよね……」
それに、である。どうせ感想を言わなくても、身に着けていなくても、ベルンハルドから何か言われた覚えはない。
どこまでも、どうでも良かったのだ。ファウスティーナのことは……。
視界に入るだけで瑠璃色の瞳に睨まれ続け、声を掛けようものなら他者が聞いたら震え上がる程の冷気に満ちた声色で返された。めげずにベルンハルドに接触し続け、声を掛け続けた前の自分の精神力に拍手を送りたい。
「今の私じゃ絶対無理……」
するくらいなら自分から婚約破棄を申し出る。1度ベルンハルドに好きな人が出来たら何時でも婚約破棄をしていいと言ったものの、彼は王太子。そうほいほい婚約者を変更することは無理である。
「やっぱり、エルヴィラが選ばれたのは私が主な原因だけど殿下に愛されていたからだもの。それが大きいのよねえ……」
ノートを閉じ、再びベッドの下に隠したファウスティーナはリンスーが起こしに来るまでには時間があるからと庭に続く窓を開けた。冷たい空気がファウスティーナの肌に触れる。
「今日は8歳の誕生日、か……」
前回勘当されたのは18歳。貴族学院に入学するのは15歳。
貴族学院に入学する前にはベルンハルドと婚約破棄をしたい。
相変わらず良案は思い付かない。一番の近道はエルヴィラを前回と同じで虐げればいい。婚約破棄と共に公爵家勘当のセット付だが。
「うう……勘当されるのだけは嫌。何とかして、早く殿下がエルヴィラが好きだと気付いてくれないと」
眼前に咲き誇る花々を眺め今日も考えるのであった。
それから、リンスーが起こしに来て、普段より早く起きて外を眺めているファウスティーナに驚きながらも今日は年に1度の特別な日だから待ちきれなくて早起きしたのだと思われるも否定しなかった。嘘でもないので。リンスーに髪を梳いてもらい、普段着のドレスに着替え部屋を出た。
行き交う使用人達にお祝いの言葉を貰った。素直に嬉しいと感じられる。一番最初にくれたのはリンスーである。
前を歩くリンスーが顔を少しファウスティーナへ向けた。
「お嬢様の次はケイン様のお誕生日ですね」
「そうだね。エルヴィラやお兄様のお誕生日は例年通り誕生パーティーは開くよね」
「お嬢様の誕生日だけパーティーを開かないことに奥様は納得していませんでしたから、きっとエルヴィラ様やケイン様の誕生日はお嬢様の誕生パーティーを補う分盛大にしてしまうかと」
「仕方ないよ。今の私は体調が不安定で何時また倒れるか分からないもん。パーティー当日に主役が倒れたら大変でしょう」
残念そうな顔をしていたシトリンも今回は仕方ないと納得していた。ただ1人、納得していない人はいたが当主が決めたのだからそれ以上はあまり言わなかった。
食堂の前に着くとリンスーが扉を開けた。中には既にファウスティーナ以外の家族が揃っていた。
「おはようファナ」
「おはよう御座いますお父様」
まず一番にシトリンに朝の挨拶を交わす。次に母リュドミーラ。何か言いたそうな顔をしているが気にすることなくケインに朝の挨拶をする。ここでん?と首を傾げた。
「あれ? エルヴィラはどうしました?」
エルヴィラだけいなかった。
「エルヴィラ様は今日は具合が優れないからとまだお休み中です」
答えたのはエルヴィラ付の侍女トリシャ。焦げ茶色の髪を後ろに一括りにし、同じ色の瞳が特徴の垂れ目な女性。
「そっか」
この間の件もあってファウスティーナの誕生日の朝から顔を合わせ辛いのだろう。その内外に出てくるだろうとエルヴィラのことは頭の隅に置いた。
ファウスティーナ、と普段愛称で呼ぶシトリンがフルネームで呼んだ。
「8歳の誕生日おめでとう。ファナの欲しがっていたぬいぐるみだよ」
「わあ! ありがとうございます! お父様!」
控えていた執事長から大きな箱を受け取ったシトリンはそれをファウスティーナに渡した。空色の包み紙、薄黄色のリボンで結ばれた大きな箱を嬉しげに見つめ、頬ずりした。ずっと楽しみにしていたぬいぐるみ。
全身から嬉しいオーラを放出するファウスティーナを慈しむように見つめていたシトリンは、もう1つの誕生日プレゼントであるアップルパイはおやつの時間に食べなさいと告げた。
「夜は料理長の作った特大ケーキがあるからね」
「ふふ。誕生日にしか見られないケーキですもの。アップルパイもですがケーキも楽しみですわ」
まだ朝食を食べていないのに、もうアップルパイが楽しみでならないファウスティーナを微笑を浮かべて見つめるリンスーは、この後件の店にアップルパイを取りに行く予定である。事前に店に行き、誕生日当日にアップルパイが買えるよう予約していた。公爵令嬢がご所望ということで大変恐縮されたが特別感が好きじゃないファウスティーナの為に、普段通りでお願いしますと付け加えた。
「リンスー。プレゼントを私の部屋に運んでおいて」
「はい」
「今見ないのかい?」
「朝食の後のお楽しみにします」
「ファナ」
おいでと手招きされケインに近付くと、お祝いの言葉と一緒にファウスティーナの髪の色と同じ包み紙でラッピングされた1冊の本をプレゼントされた。
「ありがとうございます! どんな本ですか?」
「『落ち着きのある令嬢の心得』」
「うぐっ」
「嘘だよ。ファナが好きそうな内容だから、後で読むといいよ」
「もう……」
どんな日でも兄は通常運転である。
ジト目で睨めば頭をぽんぽんと撫でられる。通常なら髪が乱れると怒るが今日は特別なのでそのままにした。リンスーが持つ箱の上に本を置くとリュドミーラの固い声がファウスティーナを呼んだ。
振り向くと緊張しているのか、表情まで固い。母親が娘に対しこうも緊張するのはきっと……。
「誕生日おめでとう」
「はい。ありがとうございます」
「これは私からです。……使うも使わないも貴女の自由よ」
そう言って渡されたのはぬいぐるみの入った大きな箱よりもとても小さい箱。
何故か、リュドミーラからのプレゼントだけは気になってこの場で包み紙を開いて箱を開けた。
「……」
中身は紫色のアザレアを模した髪飾り。意外だった。ファウスティーナには春の色が似合うと毎回ピンクといった可愛らしい色を強要していたリュドミーラが紫色を選んだ。王妃主催のお茶会で選んだアザレアの色は紫色。あれを見て紫を選んだのだろうか。
小振りで派手さを抑えているが、かといって地味でもない。動き回るのが好きなファウスティーナに考慮して邪魔にならない程度の装飾しかない。派手好きのリュドミーラからするとかなり抑えた方である。
髪飾りを手に取って意外そうな顔を向けてくるファウスティーナにリュドミーラは吃りながらも話した。
「あ、貴女が、自分が似合う色だと言っていたから、そ、その色にしただけよ」
「……」
あの時の言葉を覚えていてくれた。
胸がじんわりと温かい。この感覚はなんだろうか。
前の8歳の誕生日は何を貰ったか。覚えていない。
何故覚えていないかは取り敢えずは置いておく。プレゼントを覚えていなくても、未来に関わる重要項目は無かった筈。
ファウスティーナは髪飾りを取り出して自分の髪に当てた。空箱を床に置いて髪飾りを着けようとするものの、リンスーがしてくれるように上手に出来ない。手こずっているとしゃがんだリュドミーラが着けてくれた。
ファウスティーナは久し振りに母親と正面から向き合った。
「どう……ですか?」
「とても、似合っているわ」
眉間に皺を寄せていない、表情も険しくない、声色も穏やか。何時以来だろう、自分をこんな風に優しく見つめてくれた母を見たのは。
うっすらと頬を染めたファウスティーナは――
「ありがとうございます。お母様」
今日一番の笑顔を浮かべた。
「っ……」
ファウスティーナが久し振りにリュドミーラの優しい表情を見られて嬉しくなったのと同じで、リュドミーラも久しく見ていなかったファウスティーナの笑顔に強い衝撃を受けて表情を強張らせてしまった。
え? と目を丸くするファウスティーナからさっと顔を逸らすと自分の席に戻って行った。
ファウスティーナに笑顔を向けてもらって嬉しくて泣きそうになったのを無理矢理抑えたせいで折角の貴重な機会を台無しにしてしまった。
瞬きを繰り返し、一応前進した方? と内心疑問を抱きつつ空箱を侍女に渡し、指定席に座った。
見守っていたシトリンは苦笑し、ケインもやっぱりこうなったと言いたげな顔で母と妹を見比べたのであった。
食事は恙無く進んだ。
デザートのリンゴになった辺りで侍女長が「ファウスティーナお嬢様。先程、お城から使者の方が参りました」とプレゼント用にラッピングされた箱を持って現れた。
お城ということは、贈り主は限られている。リボンに挟まっている手紙を貰った。差出人はベルンハルドである。
ファウスティーナは侍女長からプレゼントを受け取るとリンスーを見るも、両手にはぬいぐるみの入った大きな箱を抱えているので持てない。
(……ま、まあ、今開けてみよう。どうせ同じだろうけど)
覚悟はしている。
丁寧に包み紙を開いて蓋を開けて驚いた。
中にあったのはリボン。前と同じ。
驚いたのはリボンの色。
「殿下の瞳と同じ色だね」
ケインの言った通り、リボンの色は瑠璃色。ベルンハルドと同じ。見目から最高級感が漂うリボンを恐る恐る手に取った。
「前と違う……」
ぽつりと呟いた言葉は誰の耳にも届いていない。
食い入るように見つめた後、リボンを丁寧に箱に戻した。
――食堂でベルンハルドからの誕生日プレゼントをファウスティーナが受け取っていた頃、私室でテディベアを抱き締めているエルヴィラ。ぎゅっと抱き締める姿は、何かを怖がっている風にも見えた。
「またあの夢……」
ファウスティーナが謎の高熱で初めて倒れた時からエルヴィラは悪夢を見るようになった。頻繁ではない、稀に。だが、目覚めるとどんな内容だったか忘れてしまうのだ。
起きると悲鳴を上げてリュドミーラに助けを求めた。見なくなるまで側にいてと泣き付いた。エルヴィラに甘いリュドミーラは、悪夢に泣くエルヴィラの側に居続けてくれた。
「……」
今朝も悪夢を見て目が覚めた。ハッと起きると大量の冷や汗をかいていた。
起こしに来たトリシャが拭いてくれたので不快感は今はない。服も着替え済みでシーツも新しいのに替えてもらった。
今までだったら覚えていないのに――今日は朧気だが覚えている部分があった。
「誰かが……助けを求めるわたしを見て……ずっと……わらってた……」
とてつもない恐怖が迫っている状況で夢の中のエルヴィラはずっと助けてと叫んでいた。
相手はそんな自分をずっと嗤って、何かを言って、見ているだけ。
「っ……」
テディベアを抱く力を更に強めた。
エルヴィラの脳裏に浮かぶのは――ファウスティーナの婚約者ベルンハルド。
初めて目にした時の感動は忘れられない。胸に大きな衝撃が走った。
紫がかった銀髪、瑠璃色の瞳の美貌の王太子に一目で恋した。
公爵家と王家の理由で婚約者に選ばれたファウスティーナが嫌いになった。
ベルンハルドが会いに来ると逃げ回って来ない時が多いくせに、一番仲良くなれていると自信があるのに、ベルンハルドが一番の笑顔を向けるのはファウスティーナだけ。寧ろ、自分が来ると毎回残念そうな顔をされる。
「わたしの方が、ベルンハルド様を好きなのにっ」
どうしたらファウスティーナから婚約者の座を奪い取れるかを考える。謎の高熱を2度も出して倒れたファウスティーナは、現在王妃教育をお休み中。王太子の婚約者に相応しくないと判断されれば良いのだ。
しかし、エルヴィラが訴えても誰も耳を傾けてくれない。リュドミーラにお願いしても困ったように笑みを浮かべて別の話に誘導される。
「絶対、ベルンハルド様に好きになってもらう……! わたしの方がお姉様よりも何倍も好きなんだもの。きっとわたしの気持ちに気付いてくれるっ。でも、そうするにはベルンハルド様に会わないといけないわね」
ベルンハルドの来訪予定がないか、嫌だがファウスティーナに聞こうとエルヴィラはテディベアを置いて部屋を出た。
悪夢の中に出てくる彼は嗤いながらこう紡ぐ。
『助けて? どうしてそんなことを言うの? 君は王太子妃なんだ。王太子妃としての仕事をしなくちゃ。全部アエリア嬢に任せきりなのも出来ないんだよ? 難しいことは何もしなくていい、君にピッタリな仕事だから頑張って』
*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*
読んで頂きありがとうございます!
エルヴィラはどんな悪夢を見ていたのやら……