その予感が当たっていたら
自分がいない誰かの記憶を見て呆然としていたファウスティーナは話を聞いてくれたヴェレッドのお陰である程度の余裕が生まれた。すると耳が「お待たせ」とシエルの声を拾った。弾かれるように顔を上げたファウスティーナが目にしたのは、いつもと変わらないシエル。やっと来た、と欠伸をするヴェレッド。記憶で見たシエルと何ら変わらない。シエルに首を傾げられたのでぼうっとしていて吃驚しただけと慌てて理由を作った。
呆然としていたのは本当だから嘘は言っていない。そう? と不思議そうに見てくるシエルの蒼の瞳から視線を逸らし、再度欠伸をするヴェレッドを見上げた。
「眠そうですね」
「うん眠い。シエル様に邪魔されなかったのに眠い」
あんな大変な目に遭っても真夜中元気なシエルだと少し吃驚。見た目体力が有り余る人には見えないのに、とシエルを見たらヴェレッドの方を向かれ、顔を向けられたヴェレッドは拙いと「うそうそ」と誤魔化す。シエルがどんな顔をしているのか気になって前へ回り込んだら、普段と変わらない天上人の如き美貌が微笑みを浮かべてファウスティーナを見つめていた。
「シエル様がお嬢様に怖い顔を見せる訳ないでしょう。俺と王様限定」
「君限定にしてあげる」
「やだ。あ」
ヴェレッドがある方向に向けて声を上げ。気になったファウスティーナとシエルも視線を変えると見送りに来たらしいオルトリウスがやって来た。
「オズウェル君の実家に行くと聞いていたからね。お見送り」
「そんな大層な事じゃないでしょう」
「シエルちゃん。グランレオド公爵によろしく。オズウェル君は後から向かうって伝えておいて」
「叔父上も来ますか? 偶には助祭さんの実家に顔を見せるのもいいでしょう」
「僕が来たら、前公爵が気まずくなるじゃない。あまり、行かない方がいい」
「それを言うなら、助祭さんも同じでは」
「違いないね」
オズウェルの生家グランレオド公爵家は先王妃の生家であり、先々代公爵は嘗て王国の腐敗の中枢にいた人物。先王や此処にいるオルトリウスが最も排除するのに時間が掛かった相手とも教えられると、グランレオド家からしたら複雑極まるのだろう。
「先代様」
「どうしたの、ローゼちゃん」
「『建国祭』開催まで少しは余裕あるよね?」
「あるね」
「俺とちょっとデートしようよ」
「へ」
唐突なお誘いに面食らったオルトリウスは次に両二の腕を擦った。いつもオルトリウスから誘っても嫌がるのにヴェレッドから誘われると嫌な予感がしてならないと鳥肌が立ったとかで。
「ひっど」
「珍しいお誘いだけど一体どうしたの?」
シエルに問われるも「内緒」と愉快そうに笑い、半分疑いの目で見てくるオルトリウスの背を押してヴェレッドはこの場から消えた。
「どうしたのでしょうヴェレッド様」
「さあ。気分屋だから。私達は先にグランレオド家に向かおう」
「はい! 司祭様もグランレオド家に滞在しますか?」
「どうだろうね。私の気分かな」
「あはは……」
ヴェレッドも大概だがシエルもシエルでかなりの気分屋だ。
シエルに馬車に乗せてもらったファウスティーナは席に座り、シエルも乗り込み座ると御者は扉を閉め馬車を発車させた。フワーリン家にはクラウドやルイーザ、フリージア家にはジュリエッタという同い年の子供がいるがグランレオド家には歳の近い令嬢令息がいない。隣国に留学していた長女が卒業を機に自国へ戻り婚約者の許へ嫁いだとは噂で聞いている。
●〇●〇●〇
別の馬車を用意させ、行き先を教会と告げたヴェレッドは馬車が動き出すまで黙ったままのオルトリウスに理由を問われると愉快な笑みを消した。
「俺の予想が外れてくれていたら良いんだけど……嫌な予感がする」
「ローゼちゃんの予感は当たるから怖いな」
「お嬢様は初めて会った時から、王太子様は妹君を好きになるってずっと言ってた。最初はふーん? くらいにしか見てなかったけど、お嬢様や王太子様を間近で見るようになってないなって思ってたんだ」
4年間ずっと2人——特にベルンハルドを——を見ていた訳じゃなくてもヴェレッドの目から見てベルンハルドがエルヴィラに好意を寄せる要素も素振りも一切なかった。お人好しで優しいベルンハルドは泣いて縋って来るエルヴィラの手を振り払えないのは本人の性格が大きく働いている。
ベルンハルドはファウスティーナが教会で暮らすようになってからも欠かさず訪れる。大好きな叔父がいるから、余計教会を訪問する日が楽しみになっていたとも捉えられる。更にベルンハルドは誰が見ても分かるくらい自分の婚約者を好いている。よくそれを揶揄っているがファウスティーナが好きな事だけは否定しない。
「お嬢様はね、自分は悪い子だから王太子様に嫌われて王太子様は妹君を好きになるってずっと言っているんだ。で、自分はそんな妹君に焼きもち焼いて王太子様に捨てられちゃうんだって」
「ふむ……現実味のない話だけど……ファウスティーナちゃんからしたら現実に起きた、という事なのかな」
「もしもそうなら、疑問がある」
左手を上げてヴェレッドは1つ、と人差し指を上げた。
「アレを使ったのなら、誰が使ったか、になる」
「話を聞く限りファウスティーナちゃん……となるのだろうけど多分違うのだろうね」
「王太子様と妹君の運命の糸が結ばれお嬢様が王太子様に触れられなくなったのを見ると、先代様の言う通りお嬢様じゃない。何より、お嬢様では多分アレは使えない」
「どうして?」
「俺の勘」
「やれやれ」
話を戻すとヴェレッドは中指を立て2つ目、と切り出した。
「お嬢様も王太子様を好きなんだ。なら、妹君を王太子様の方へ押すんじゃなく、寧ろ遠ざけてお嬢様と王太子様が結ばれればハッピーエンドとなる。けどお嬢様は頑なに妹君と王太子様を結ばせようとする」
「つまり、ファウスティーナちゃんはベルンハルドちゃんとヴィトケンシュタインの末娘が結ばれたら幸せになると知っていて、それでベルンハルドちゃんが幸せならと末娘と結ばれるように願っている。そういう事かな」
「かなり大雑把に言うとそうなる」
問題は誰が教会の地下深くに保管されているアレを使ったかだ。絶対的条件としてアレを使えるのは王族のみ。
「シエル様と王様は除外。王様は知らないし、シエル様が使ったならお嬢様は公爵家の養女になってない」
「ローゼちゃん使った?」
「俺が使っていたらこんな話しないっつうの」
「だよねえ。となると残るは」
ベルンハルドとネージュの2人。どちらになるか……と考えるがどちらもしっくりと来ない。ファウスティーナが好きなベルンハルドが態々エルヴィラと結ばれるように望むだろうか? と。ネージュにしても、ベルンハルドとエルヴィラを結ばせてもネージュにメリットがない。ファウスティーナが好き? と見るのが普通だろうが、そういう気配も一切ない。寧ろ、仲の良いベルンハルドとファウスティーナを見てネージュも楽しそうだった。
誰がベルンハルドとエルヴィラが結ばれるとメリットとなるかと考えても、やはり浮かばない。リオニーがいる時にも考えたが誰もいない。強いて言うなら、メリットがあるのはエルヴィラだけなのだ。エルヴィラはベルンハルドを慕っているからファウスティーナと引き離して自分が、となれば大層喜んで飛びつくであろう。
「仮に妹君しかメリットがないにしても、また疑問が残る。自分で自分を苦しめる呪いなんて掛ける?」
「掛けないねえ普通は。余程、恨みを買っているんだろう」
相手に呪いを掛けられるのは能力を持つフリューリングとフワーリンのみ。可能性があるとすればリオニーかクラウド。
「リオニーちゃんとクラウドちゃんねえ……こう考えてみよう」
もしもエルヴィラに呪いを掛けたのがリオニーかクラウドだった場合、その理由は何かとなる。リオニーはファウスティーナ、クラウドはベルンハルド。片方、或いは両方の身にエルヴィラが関係する何かが起きて強力な呪いを掛ける原因とするなら……とオルトリウスは話した辺りで再び頭を悩ませた。エルヴィラに呪いを掛ける理由になってもベルンハルドと結ばせる理由にはならないのだ。
「誰か、知っていそうな子を知らない?」
「知ってたら苦労しない」
「そうなるか」
視線を前から外へ移したヴェレッドは心当たりがありながらも言わなかった。正面から聞いてもきっと口を割ってくれない。なら揺さぶりを掛けて引き出すしかない。外見は子供でも中身は一体何歳? と訊ねたくなるあの少年の口をどう開かせようか考えるのであった。
——でもまあ……『建国祭』が終わってからでいいか
どんな確認をしようにもまずは目前に迫る行事が終わってからである。
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