最後には笑っていてほしい
一体誰の記憶を見ているのだと、暫し呆然としていたファウスティーナを現実に戻したのは「お嬢様?」と呼ぶヴェレッドの声。記憶の中の人が現実に現れてつい瞬きを繰り返してしまった。大丈夫? と顔を覗かれるも、やっと現実だと実感して顔の前で手を振った。
「大丈夫ですよ。司祭様は?」
「シエル様とは別行動。シエル様遅い」
「司祭様が来るのを待ちましょう」
もう、と口を尖らせたヴェレッドが違う方向を見た直後、ファウスティーナは自分の頬を軽く抓ってみた。痛い。現実だ。
――あれは、何だったんだろう
前の自分がいないのに、まるで見ていたかのように再生された。もしかして、隠れてシエルとヴェレッドを盗み見ていた? が違う気がする。いくら考えても答えが見つからない。
1人悶々とするのも嫌なので、夜になったら考えようと頭の隅に置いた。
「そうだ、大変な事になったみたいだね。女侯爵様が言ってたよ」
「ああ……」
言わずもがな、クラウドがベルンハルドとエルヴィラの運命の糸を結んでしまった件だ。まさかベルンハルドに触れられなくなるとは思いもしなかったと漏らすとヴェレッドは異常だと返した。
顔を上げたファウスティーナは「異常、ですか?」と聞き返した。
「普通、運命の糸が結ばれても異性を拒絶するなんて話聞かないの」
「ですが、実際にベルンハルド殿下に触れようとしたら……」
「うん。お嬢様達が嘘を言っているとは思ってないよ。ただ、普通なら有り得ないってだけ」
「殿下に拒まれた理由が別にあるのですか?」
ヴェレッドは左人差し指を立てた。
「1つ、考えられるのは妹君の呪い」
「エルヴィラの呪い?」
「妹君は誰かに強い呪いを掛けられているでしょう? 呪われている妹君と運命の糸を結ばれた王太子様がその巻き添えを喰らっているとしたら? お嬢様が王太子様に触れられなかったのも妹君の呪いが理由なら考え方は変わらない?」
「……」
ファウスティーナが拒まれた理由が運命の糸を結んだ相手がいるから、ではなく。呪いを掛けられているエルヴィラと運命の糸を結ばれてしまったせいでベルンハルドにも呪いの影響が出ている。そうなるとヴェレッドの言う通り考え方は変わる。けれど、運命の糸をどうにかしたくても能力を増幅させる術を持つリオニーの力が必要で。そのリオニーは『建国祭』が終わらない限り手を貸せないとしている。
「『建国祭』が終わるまでは、殿下に近付かない方が良いですね……」
「事情を知らない、知らされない王太子様からしたらお嬢様に避けられてショックだろうねえ」
「うっ」
茶化す言葉が体に刺さるも事実その通りだった。今回はケインの助けもあり静電気と言い訳をしたが次も同じ手を使って納得させられる確率は低い。正直に言えばベルンハルドの混乱を招く。
かと言って、クラウドが解こうとしても運命の糸は離れるのを拒みクラウドの身を攻撃した。最も確実なのはリオニーの持つ魔術師の力でクラウドの持つ能力を増幅させて運命の糸を解くしかなく。
何をどう考えても『建国祭』が終わらない事には手出し不可となる。
はあ、と無力な自分が嫌になってつい溜め息を吐くとヴェレッドが薄く笑った。
「大きい溜め息」
「吐きたくなります。私には出来る事が何もないから」
「ふふ。なら、そんなお嬢様に1つアドバイス。もしも魔術師の力を借りたフワーリンの坊ちゃんでも、王太子様と妹君の運命の糸を解けなかった場合どうしたらいい?」
「アドバイスなのに疑問形!? ええと……クラウド様がリオニー様の力を借りても駄目だった場合……」
誰の手でもベルンハルドとエルヴィラの運命の糸は解けない、というのが回答で方法は思い付かないと答えたファウスティーナは1つだけ方法があると言うヴェレッドに耳を傾ける。
「簡単に見えてとても難しい。運命の糸に間違った相手と結ばれたと錯覚させないといけないんだ。王太子様がお嬢様とこのままでいたいなら、王太子様は運命の相手である妹君を遠ざけないとならない」
「つまり……エルヴィラを嫌わないといけなくなるのですか……?」
「そこまで極端にいくかどうかは何とも言えない。ただ、似てると言えば似てる。お嬢様を優先させたいなら、妹君に甘い顔は見せられない。運命の糸は少しでも相手を受け入れようとする王太子様を妹君の方へ引っ張ろうとする。そうならないようにする為には王太子様には、それなりの覚悟を持ってもらわないといけない」
ベルンハルドに嫌われる……とまでいなかなくても、近付けず距離を置かれる。嘗ての自分とは違ってマシに見えるが、ベルンハルドを慕うエルヴィラからしたら地獄でしかない。ベルンハルドだって辛くなる。嫌ってもいない相手を意図的に遠ざけないとならなくなる。彼の精神的負担が大きい。
そう考えると嘗ての自分を嫌っていてもベルンハルドの精神的負担にならなかったのは、それだけ嫌われていたと突き付けられ心を刺す。
運命の糸にエルヴィラが間違いの相手だと錯覚させる必要はあるの? と頭の中で誰かが言う。ずっと“運命の恋人たち”であるベルンハルドとエルヴィラが結ばれるべきで、ファウスティーナは前回自分のせいで不幸にしてしまった人達を幸せにする為にもベルンハルドとの婚約破棄を目指していた。エルヴィラに何もしないだけでベルンハルドとの関係が良好になった今の人生は、前の人生を考えると後悔だらけ。ベルンハルドが、兄や父が、自分を助けてくれた人達を不幸にしないなら、ただ1人不幸になったって良いとさえ考えていたのに。
ここにきてベルンハルドとエルヴィラが結ばれる未来を想像して喜べない自分が出来上がっていた。
「殿下は……エルヴィラを嫌いになれませんよ」
「なら、お嬢様とは今後距離を置かないとね。お嬢様が目指す婚約破棄も近くなったんじゃない?」
「そう、ですね。殿下も相手がエルヴィラなら、時間が経てば受け入れてくれますよ」
口ではこう言いながら声が震えそうになる。のを見逃される筈がなく、まだシエルは来ないなと零しつつ、ヴェレッドに目線を合わされ両頬を大きな手に包まれた。
「お嬢様、言ってごらん。本当はどうしたい? 王太子様と妹君の運命の糸をこのままにする? それとも、解きたい?」
「わ、私は殿下が幸せならそれで」
「お嬢様、君の幸せはどこにあるの?」
「前に話しましたよね? 夢で私が殿下に嫌われて、殿下はエルヴィラが好きだと」
「所詮夢の話だ。現実じゃない」
「夢じゃないんです」
あの時は夢にして話す方がシエルやヴェレッドに信じてもらいやすいから偽った。実際に起きた過去なのだと、覚えている限りの話をヴェレッドにぶつけた。ファウスティーナが話している間ヴェレッドは黙って聞いており、話し終えると何やら考え込まれた。これで信じてもらえるとファウスティーナは思っていないが相手の出方を待った。
「……ラ・ルオータ・デッラ教会の上層礼拝堂の奥に何があるか知ってる?」
「上層礼拝堂の奥?」
記憶の引き出しを探るが何も見つからない。分かりません、と首を振った。
「そう」
ヴェレッドの両手が頬から離れ、立ち上がって今度は頭に手が乗った。
「ふふ。お嬢様が本当に王太子様に嫌われてたって話、信じてもいいよ」
「え!?」
「なんで驚くの?」
「ぜ、全然信じている素振りがなかったので……」
「まあ……ちょっとね」
視線を空へやり、意味深な言葉を出されるが不敵に嗤う時のヴェレッドは何を聞いても教えてくれないとこれまでの付き合いで解っており。
取り敢えず、信じてもらえて良かったとファウスティーナは安心した。
――後は、殿下とエルヴィラの運命の糸をどうするかよね。
もしも、解けなかった場合は……その時は。ベルンハルドに嫌われた前回の人生のように2人の敵になる覚悟が要る。
2人が仲睦まじく笑い合う姿を思い出すと心が痛むけれど、早い内に2人が結ばれベルンハルドが幸せになれるのなら前の人生での償いとして背負っていこう。
――殿下には、最後には笑っていてほしいから
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