誰の記憶?
馬車の前でシエルとヴェレッドが来るのを待つファウスティーナは程々に雲が浮かぶ空を見上げていた。運命の糸によってエルヴィラと結ばれたベルンハルドに触れると拒絶するかの如く静電気が発するとは思わなんだ。
今回は冬特有の空気乾燥により偶然静電気を発生させたとケインの助言もあって回避するも次は使えない。
「困った……」
運命の糸が異性を遠ざけるのなら、運命の相手ではないファウスティーナが拒まれるのは仕方ない。
問題なのはベルンハルドに次会う時距離を離して接する理由作り。
……そして、素直に喜べない自分自身。
あれだけベルンハルドを運命の相手であるエルヴィラと結ばせる事を目標としてきたのにどうしてか喜べない。前の自分は愛を欲するがあまりに破滅した。だから人生をやり直している今、同じ間違いを起こして周りの人達を不幸にせず、ベルンハルドと婚約破棄をする。それが目標。
なのに、なのに、と何度も頭の中で考えてしまう。
「簡単にはいかないよ……」
どんなに冷たくされても、憎まれても、好きな気持ちは消えなかった。前がそうだったのなら、今だってそうだ。
エルヴィラに向ける愛情を少しでもいいから自分にも向けてほしかった。その笑みを向けてほしかった。どうして自分じゃない、エルヴィラなのかと何度も考えた。誰からも愛される人間になりたかった。女神の生まれ変わりではなくてもいい、普通の女の子で愛されたかった。
「そういえば」
前の自分を思い出す時、大抵浮かぶのはベルンハルドやエルヴィラ、後はアエリアやケインにネージュ。今でも関りが深い人ばかり。偶にシエルやヴェレッドが浮かぶも他と比べると薄い。
待っている間暇なのもあり記憶を探ってみることにした。前の記憶を思い出そうとすると必ず襲う頭痛はシエルとヴェレッドを思い出そうとするファウスティーナを襲い掛かってこなかった。
——あ
不意に脳裏に浮かんだのは南側の街にある教会から少し離れた場所にあるシエルの屋敷。屋敷で育てられている花に水やりをしている今と変わらない歳の自分とシエルがいた。
『これはなんという花の種ですか?』
『咲いてからのお楽しみにしよう。君はどんな花だと思う?』
『司祭様の好きな薔薇ですか?』
『ちょっと季節外れかな。何が咲くか楽しみにしよう』
『はい!』
——やっぱり、司祭様は変わらないな
今も前もシエルは変わらない。シエルがそうならヴェレッドも同じ気がする。頭痛が襲ってこないのなら積極的に思い出していきたいファウスティーナは意識を集中させ記憶を探った。引き続き花に水やりをしていると幾つかの手紙を持ったヴェレッドがやって来た。
『シエル様〜王様から沢山届いてるよ〜』
『捨てておけばいいものを』
——……全然変わらない
前も国王との仲は悪いらしい。ヴェレッドから受け取ったシリウスからの手紙を嫌そうに眺め、一つをヴェレッドに渡し残りは全て破り捨てた。ギョッとするファウスティーナにふわりと笑み、破った手紙を丸めてヴェレッドに返した。
『あ、はは。読まないの?』
『ペーパーナイフを持って来ていない時点で私が読まないと分かっていただろう?』
『まあね。王様の手紙の中に紛れているのが全部同じのだし』
『全く。……本気で謝りたいなら、此処に来ればいいものを……』
『王様か周りに止められているんだよ。王様はまあ……あれとして、周りはお嬢様は急病を発症して暫くシエル様が預かるからってなってるから行かせたくないんだよ』
急病?
何故、前の自分は急病扱いになっているのか。先を見ようと集中した。
『お嬢様。さっき、侍女がクッキーを型取るって言ってたからお嬢様も行ってくる?』
『やってみたいです!』
如雨露をシエルに渡したファウスティーナは邸内に戻り、残ったシエルは破らなかった手紙を手で開封した。ペーパーナイフの方が開けやすく綺麗になる。
封筒にあった紙を出し、二つに折れられていたのを戻して文字を読んでいくシエルはやがて小さく息を吐いた。
『なんて書いてるの?』
『ベルンハルドは反省を見せているけど、許す許さないはあの子に任せる、だって』
『ほんとにそんな手紙書いたの?』
『最後の方にね』
『本当はどんな内容?』
ヴェレッドに紙を見せるシエル。ファウスティーナには見えず、何が書かれているか非常に気になるもやっぱり見えなかった。
『へえ……どうするの? 俺が始末しようか』
『私がしようかな。偶には体を動かさないと鈍ってしょうがない』
『俺の楽しみ取らないで』
2人の会話があの手紙の文面からなるのなら、文面を見ないと話している内容がさっぱりだが何度見ようとしても見えない。だが次にシエルから放たれた言葉に衝撃を受ける。
『あの子が王都にいないのを良いことに好き勝手言ってくれて……フリューリング先代侯爵夫人は、相変わらずアーヴァが嫌いなようだ』
——え、ってことは司祭様やヴェレッド様が始末するって言ってる相手ってまさか……
『酷いよね。お嬢様がシエル様のところにいるのは王太子様のせいなのに』
——殿下のせい?
『王太子様がお嬢様を酷い言葉で傷付けたせいでお嬢様は王太子様の側にいられなくなったのに。事情を知らない連中からしたら、女神さまの生まれ変わりなのに王妃教育に耐えられず逃げたってなってるんだね』
『話の元は先代夫人からだよ。どうも、ヴィトケンシュタイン家に行った際あの子がいない理由を公爵夫人から聞いて、それを歪曲させたんだ』
シエルやヴェレッドの話からして、前の自分がシエルの側にいるのはベルンハルドに相当強く拒絶されたのを見兼ねて保護されていると見た。嫌われていると知りながらも、初めて知った事実に動揺してしまう。
——前の私は、何をして殿下とそんな事になったの……?
最初から嫌われていても前の自分がシエルに保護される程にベルンハルドに拒絶されたのなら、それだけの何かがあったのだ。
怖い、でも知りたい。同じ過ちを繰り返さないヒントとなるなら知りたい。
『フリューリングねえ……先代侯爵はどうするの? 殺すなら、タイミングを言ってほしいな。俺隠れないと』
『リオニーはまだ継いでなかったの?』
『死ぬにはまだ早いし、女侯爵様も忙しいから中々時間が取れないの』
以前からヴェレッドは貧民街の孤児にしては訳アリが過ぎるとは抱いていた。ファウスティーナの予想からするに貴族の隠し子かその辺りと見ている。
リオニーの力が必要なのは魔術師の力が必要と同意。特殊な力で隠されているヴェレッドの秘密。人間好奇心の塊。知りたくなる。
『前の先代侯爵夫妻はまあ置いておこうよ。殺すのは確定でも今はお嬢様が優先。王太子様、隠れて此処に来る度胸もないのに反省してるなんてよく言うよ』
『来たところで会わせる気は一切ない。見かけに騙されて本質を見ようとしないベルンハルドに……あの子は渡さないよ。あの子もベルンハルドに会いたいと言わないんだ。気持ちもすっぱりと捨てたらいい』
あくまで穏やかな声で紡ぐシエルだが言葉のどれにもベルンハルドを思う気持ちは一切ない。下手をしたら、ベルンハルドがどうなろうが知った事ではないと言っているように聞こえる。
『王太子様を殺すって選択は?』
前の記憶を見ている……と過ったところで強烈な違和感に襲われた。今まで前の自分の記憶を見ている時、常に前の自分はいた。だが今見ている記憶の中に前の自分はいない。
なら、今ファウスティーナが見ているのは誰の記憶……?
側にはファウスティーナ以外いないのに。
若干頭が混乱してくるも記憶の中のシエルとヴェレッドの会話は途切れない。
『いなくなっても多少困る程度の王子なら手が掛からないのに』
『残念でした〜』
2人の会話がベルンハルドに危険を及ぼすものなのに、前の自分が見ていない記憶を見ている事への疑問が強くてファウスティーナには気付けなかった。
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