冷酷
もう1度触れても結果は同じなのなら、上手い理由を探さないとならない。触れようとしただけで見えないナニカに阻まれてしまう理由を何と話せば良いか。呆然とする周囲をよそにファウスティーナはハッとなりケインとクラウドも同じだと咄嗟に作り話を出した。
「ケインやクラウドにも?」
「は、はい。2人にもバチってなりました。た、偶にあるんです」
「……冬は空気が乾燥しておりますから静電気が発生しやすいのかと」
ファウスティーナが何を言いたいか察したケインがすかさずフォローを入れた。それを聞いて安堵したベルンハルドにファウスティーナ達は違う意味で安堵した。この場は切り抜けられた。
お付きの者がベルンハルドをこの場から遠ざけたいようで、ベルンハルドも分かっているのか名残惜しそうにファウスティーナ達と別れ次の授業へと行った。
無事に乗り切ったファウスティーナは人知れず息を吐いていた。
「ありがとうございます、お兄様」
「いいよ。……クラウド」
ジト目でクラウドを見やったケイン。困ったと言いたげに苦笑するクラウドは触れられない程とは予想しなかったと言う。
「どうしようか」
「どうもこうも、殿下とエルヴィラの運命の糸を切り離すしか他に方法はない」
「そうだねえ……屋敷に戻っても頑張ってみるよ」
「程々にね」
クラウドの怪我の具合から考えて、深く突っ込むと今負っている怪我程度では済まなくなる。
「……運命の糸に結ばれた相手がいる人に触れられないなら、エルヴィラも同じになっていいそうですね」
「そうかもね。なら、要注意は俺かな」
「お兄様は身内だから大丈夫なのでは?」
「分からないよ? あのエルヴィラが俺を身内の部類に入れてくれてるか」
「幾ら何でも入れてると思います……」
多分、そうであってほしいと願った。
「クラウド様」とずっと静観していたリオニーが声を発した。
「この事、公爵には?」
「もう知ってるよ。ただ、現状はこのままにしておこうって」
「……そうですか」
「どうしてですか?」
「さあ」
現状のままになるとファウスティーナはベルンハルドに近付けない。何か思うところがあるのかリオニーは考え込んでいた。リオニー様と呼んでも考えに夢中で反応を貰えない。
「殿下とエルヴィラが運命の糸に結ばれてもいいと、公爵は考えてるって事?」
「うーん……違う気がする。僕にもよく分からない」
誰にも見た目蒲公英の綿毛のようにふわふわっとしているフワーリン公爵の考えは読めない。とても似ている孫のクラウドでさえも。
「ティナ嬢、ケイン、クラウド様は引き続き此処にいてください。私は失礼する」
3者3様の挨拶を受けてリオニーはこの場を離れた。
向かう先はオルトリウス……ではなく、今日から離宮に引き籠ると言ってまだ早いとオルトリウスに一蹴されたヴェレッドの所。
人気の少ない裏庭で寝ていたヴェレッドを起こし、眠そうな彼に先程の件を話した。薔薇色の瞳が微かに見開かれるがすぐに不敵な笑みを浮かべた。
「ははっ、お気の毒に王太子様」
「笑い事ではありません。このままでは、ファウスティーナと王太子殿下は近付けなくなります」
「俺にどうしろって。大体、運命の糸を結んだのはフワーリンの坊ちゃんじゃん。俺自身にどうにかする力はない」
「フワーリン公爵は現状のままにする気のようで」
「……探しているみたいだからね」
「僕を」
「……」
不敵な笑みはそのままに、一瞬口調を変えるがすぐに元の口調に戻った。
「そう怖い顔をしないで。頑張って隠している先代様や前の王様に従ってるだけなんだから」
「あの2人が貴方を隠そうとする理由はなんですか」
「シエル様に嫌われちゃう」
「違うでしょう」
「はは。……1つはタイミング」
「タイミング……」
草が生えた地面に座ったままヴェレッドは、女神の生まれ変わりとルイスの生まれ変わりが生まれるのは同じ年だと話した。女神と人間の寿命の差に嘆き、悲しんだリンナモラートの為にフォルトゥナは人間に生まれ変われるよう魂の一部をヴィトケンシュタイン家の者に与えた。
同じ時代を2人が生きられるようにと。
「前の生まれ変わりは頭の狂った連中に殺されて、リンナモラートの魂がズタズタになったんだ。当然、そうなれば生まれ変わりは生まれない。そこでフォルトゥナがヴィトケンシュタインに与えたリンナモラートの魂の欠片が回復するまでルイスの生まれ変わりが生まれないようにした。2人の生まれ変わりが生まれる時期に差が生じたのはこのせい」
「アーヴァがリンナモラート神の魅了の力を持って生まれたのもそのせい?」
「有り得るよ」
複雑な相貌を見せつつ、フリューリング先代夫妻を殺す日を訊ねられ『建国祭』後だと告げると欠伸で返された。
「ローゼ様」
「態度が悪いのは貧民街育ちだから、ってことにして」
「先王陛下やオルトリウス様は、今のところローゼ様を王族と公表する気はなさそうですが万が一があります」
「えー、やだ」
面倒くさいのが本音。
「今はお嬢様と王太子様の件をどうにかしてあげようよ。王太子様がなんだか可哀想」
「親身ですね」
「王太子様がお嬢様を泣かせる最低野郎だったら、俺やシエル様が潰すか殺し……はないか、王太子だから」
「そうではないから手を貸すと?」
「うん。王太子様とお嬢様見てるの面白いからってある」
ただ――とヴェレッドは付け加えた。
「王太子様には辛い目に遭ってもらうけど。王太子様と妹君の運命の糸は何故か切れない。お嬢様とこれからも一緒にいたいなら、運命の糸は間違いだと王太子様自身で証明しないとならない」
自分を慕ってくれる相手を徹底的に拒絶する冷酷さを持っていないベルンハルドが耐えられるかどうか、だと愉しそうに、それでいて慎重に話したヴェレッドだった。
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