効果は既に出ていた
女神なのに、人に紛れる時は飴売りに化ける。てっきり、女神への信仰を増やそうと活発に活動する人間に化けるものと予想していたのに大いに外れた。曰く、甘い食べ物は人間を釣りやすいのだとか。人間を虫と勘違いしてないだろうか。感想を述べるとオルトリウスに苦笑されるも結局は運任せだと話された。
「あくまで確率が高いというだけで、必ずフォルトゥナ神に会える保証はない。さあ、2人ともそろそろ聴取に行こう。怖がらなくていいからね、君達にはあくまで話を聞くだけで怖い事はなに1つしない。リラックス出来るようにお菓子やジュースを用意させているからね」
「良かったね、ファナ」
「そこで私を呼ばないでください!」
甘いお菓子やジュースが大好きなファウスティーナだからこそ、この場面で呼ばれたのだが、本人も分かっているとはいえ何だか悔しくて反論した。
兄の楽しそうな姿をジト目で見つつ、手を繋いだまま聴取を行う場へ向かった。
――約1時間後。
聴取はファウスティーナ、ケイン、クラウドの順で1人ずつ行われた。詳細は既に昨日の夜中シエルやヴェレッド、メルディアスが話しており、今回3人の聴取が行われたのはあくまで確認。その後はメンタルケアが開始したので聴取に掛かった時間は凡そ10分程度。3人共トラウマは抱えておらず、後2回程メンタルケアを行い、問題がなければ終わりとなる。
昨日の夜の時点でぐっすりと眠れた点においても日常生活に支障をきたす心配はない。
客室でクラウドを待つファウスティーナとケイン。2人、ジッと待っているとクラウドが入った。
「やあ、お待たせ。僕で最後だったね」
「どうだった?」
「ファウスティーナ様やケインと同じだよ。さて、僕とケインにはお迎えの馬車が用意されてるって」
ケインとクラウドは生家へ、ファウスティーナはグランレオド家に行く。
ファウスティーナはシエルとヴェレッドが戻り次第出発なのでまだ王城に留まらないとならない。
ケインとクラウドの見送りをしたいと一緒に停留所へ付いて行った。
「帰ってからが勝負かな……」
「こればかりは観念するんだね」
「母上達には『建国祭』が終わってから話すってなってるから、ルイーザには何て言おう」
「頑張って」
「ええー、ケインはエルヴィラ様への言い訳をもう考えたの?」
「エルヴィラに言い訳は必要ないよ」
「何て言うの?」
一旦、歩みを止めてケインは言い放った。
「他に気にすることは山ほどあるでしょう、って」
背筋が凍る声色に聞いただけのファウスティーナとクラウドは戦慄した。と、同時にファウスティーナはここまでケインに冷たくされるエルヴィラに同情してしまう。
――お兄様がエルヴィラに冷たいのは、多分前の記憶があるから、だよね……
前の記憶を持っている、だけという理由にしてはあまりに冷たすぎる。
『建国祭』が終わり、落ち着いたら訊ねてみよう。
もしかしたら、自分の知らない事実を知っているかもしれないから。
停留所を訪れると既に2台の馬車が待機していた。
「ケイン、ティナ嬢、クラウド様」
赤い髪の女性が振り向いた。リオニーだ。
「それぞれに優秀な騎士を護衛として同席させる。帰りの道中は心配ない。ティナ嬢は王弟達が戻るまで、もう少し待っていてくれ」
「はい」
「ありがとうございます、リオニー様」
「やっと家に帰れるね」
クラウドの言葉は一理ある。昨日だけなのに、何日間も家に帰られない錯覚に陥った。
リオニーに指示された馬車に乗り込んだケインとクラウドに挨拶をしたファウスティーナは、御者や騎士に声を掛けるリオニーから視線を外し、城内へ目を向けた。
不意に視界に入った紫がかった銀糸は乱れ、大きく見開いた瑠璃色の瞳の視界一杯に自分が映ると彼は――ベルンハルドは――慌てて走って来た。
「ファウスティーナ!? どうして此処に? その馬車は……」
「で、殿下!?」
騒ぎを耳にしたリオニーはベルンハルドの後からやって来た護衛へ鋭い視線を投げた。ひっと悲鳴を上げた護衛を気の毒に思いながらも、剣の鍛錬をしていたと予想されるベルンハルドに何と言おうかと迷った。
昨日の誘拐騒動は固く口止めされており、相手がベルンハルドでも言えない。上手い言い訳を探すファウスティーナはふと、目元に薄らと隈があり顔色も悪いベルンハルドが心配になった。
「殿下、顔色が悪いですよ、目の下に隈まであります……」
「あ……これは……ちょっと夢見が悪かったんだ」
「どんな夢だったのですか」
「覚えてないんだ。変な話でしょう」
「……」
もしかするとクラウドが運命の糸をエルヴィラと結んでしまった為に出た影響なのだとしたら……。
「あ」と発したファウスティーナの視線はベルンハルドの右腕に集中した。薄く血が出ている。
「あ……さっきまで剣の鍛錬をしていたから、体勢を崩した時に擦り剥いたみたいなんだ」
「早く消毒しましょう」
「大丈夫だよ、大きな怪我じゃないから。それより、ファウスティーナがいるのはどうしてなの」
「え、あ、あー、それは」
上手く話を逸らしたつもりがベルンハルドは諦めていなかった。
今度こそ言い訳を作らないと、と焦るファウスティーナに馬車に乗り込んでいたケインが助け舟を出すべく降りた。
「おはようございます、殿下。ご挨拶が遅れてしまい申し訳ありません」
「ケイン? いや、それはいいけど。ケインまでいるのは……やっぱり何かあったんだな」
「ファウスティーナの代わりにローズマリー伯爵夫人のお茶会に参加した後、俺が戻るまでは心配だと言って留まっていたようで、お茶会が終わった後王城へ来ました」
「僕もいるよ~」
「クラウド!?」
さり気無く王城にいる理由をファウスティーナのせいにするケインだが、不自然ではない理由なので半眼でケインを見つつファウスティーナは黙っている事に。違う馬車に乗っていたクラウドも参戦し、ベルンハルドは困惑を強くした。
ローズマリー伯爵夫人のお茶会にはクラウドも参加していて、ケインがファウスティーナに会いに王城へ行くと言うから付いて来たと。朝早くからいるのはそのまま泊まったからだとも。
「伯父上やおば上にはちゃんと了承を取ってから?」
「ううん。事後報告。屋敷に戻ったら叱られるよ」
「全然、叱られるようには見えないな……」
クラウドのふわふわとした雰囲気のせいで冗談に聞こえてしまう。
「ところで殿下はどうして此方へ? 次の授業の移動ですか?」とファウスティーナ。
「いや、剣の鍛錬を終えて先に湯浴みを済ませようと思ってね。此処を通った方が近道になるから選んだんだ。護衛達が頻りに別ルートを勧めるから、怪しくなってつい来ちゃった」
後ろで護衛がリオニーに無言の圧力を向けられている中、ふわりと笑んだベルンハルドの頬に泥が付着しており、スカート部分のポケットからハンカチを取り出したファウスティーナは頬に当てて泥を拭いた。
ら。
「きゃ!」
強い静電気が発せられベルンハルドに触れられなかった。
唖然とするベルンハルドやクラウド、ケイン。ファウスティーナは思いもしない拒絶に呆然とし、持っていたハンカチを地面に落としてしまった。
読んでいただきありがとうございます。




