始末は裏側で
最近は悪夢を見るせいで叫ぶか顔色悪く起床するエルヴィラだったが、今朝は顔色も良く悪夢とは真逆の幸せな夢を見て起床した為非常に体調が良かった。添い寝したリュドミーラもエルヴィラの顔色の良さに安堵した。夜中、1度目を覚ました時も悪夢に魘されている気配はなくすやすやと眠っていたのを見ていたから、朝まで心地良く眠っていた事に。
「おはようございます! お母様」
「おはようエルヴィラ」
「とても良い夢を見ました。悪夢なんて吹き飛ぶくらいの」
「それは良かった。どんな夢を見たの?」
「それは……」
エルヴィラが言い掛けた時、扉がコンコン、と叩かれた。リュドミーラ付の侍女が現れ、朝食の準備が出来たと伝えに来た。2人は寝台から降り、朝の準備をするべく一旦別れた。エルヴィラはトリシャを連れて私室に戻る道中、身形を整えた父シトリンと会った。
「おはようございます、お父様!」
「おはようエルヴィラ。今日は顔色が良いね。悪い夢は見なかったのかな?」
「はい! お父様はとても早起きですね。どこか、出掛ける予定があるのですか?」
「いや……いつもより早くに目が覚めてしまってね。エルヴィラも早く着替えて食堂においで。一緒に朝食を食べよう」
「はい!」
シトリンと別れる間際、ケイン付の従者リュンがやって来た。
リュンに耳元で何かを囁かれたシトリンは「分かった……」とだけ紡ぎ、リュンは一礼してその場を去った。少々慌ただしいリュンを見て、何かあったのかとトリシャを見ても分からないと首を振られた。
気にしても仕方なく、エルヴィラは部屋に戻り、洗顔をしてトリシャに髪を整えてもらい、普段着のピンク色にリボンやフリルがついたドレスに着替え食堂に赴いた。
席に座っているのは両親のみ。昨夜、泊まっているエルリカの姿がない。
エルヴィラは席に着いてエルリカについてシトリンに訊ねた。
「お父様、エルリカおば様の姿がありませんが……」
「……ああ、実は先程リオニーが来てね」
「リオニー様が?」
早朝からの訪問は火急の報せをエルリカの耳に入れる為。領地で療養している先代フリューリング侯爵の容態が急変したとの報せが速達で入った。リオニーから夫の容態を聞かされたエルリカは顔を青褪め、慌てて領地へ戻ったのだとシトリンから説明を受けた。
「そんな……大おじ様は大丈夫なのでしょうか」
「それなりにお歳だからね……僕達がやれるのは、おじ上の無事を祈るだけだ」
「そうですね……」
朝から悲しい報せを貰うと気分が沈んでしまう。目の前に朝食が運ばれると「さあ、頂きましょう」リュドミーラが声を掛け、3人は食事を始めた。
苦手な野菜があってもちょっとずつ食べるエルヴィラを誉めるリュドミーラと苦い顔をしながらも頑張って食べるエルヴィラを見つめながら、スープを飲むシトリンは屋敷に戻る前を思い出していた。
――早朝。王城の一室で休み、リュドミーラやエルヴィラが起きる前に屋敷に戻るシトリンは馬車に乗り込む前にケインに呼び止められた。昨日の今日で早朝から起きているケインに驚きながらも体調の心配をした。大きな怪我はなく、掠り傷も十分に手当をしてもらい時間が経てば治るといつもの様子で言われホッとした。
『まだ寝ていなくて良いのかい? 疲れているだろう』
『まあ……ただ、父上に確認したい事が』
『何かな』
『……エルリカおば様です』
途端、シトリンの顔は強張った。慌てていつもに戻しても聡い息子は見逃してくれない。
『おば様はどうなりますか』
『ケイン……ケインは僕より優秀な当主になれる』
『話をすり替えないでください』
『どうして……叔母上を気にするんだい?』
『今回の事件、直接的には無関係にしろ、おば様がアーヴァ様を恨む者に与える影響は計り知れません。特に、アーヴァ様を恨む女性への信頼はおば様が最も上。次にまた同じ事件が起きるか分からない今、おば様の行動に制限を掛けに行くのではと予想しました』
自分が思う以上に賢い息子の頭を何度か撫で、膝を折った。
『ケイン……叔母上には……もう2度と会えない……。まだ子供の君にこんな事を聞かせるのは酷なのに……』
『構いません。そうなるだろうとは予想していました。エルヴィラは悲しむでしょうが、納得する理由を作るのでしょう?』
『……ああ、そうだよ』
リオニーと書いた筋書きはこう。
領地で療養している先代フリューリング侯爵の容態が急変したとリオニーが報せを急ぎ持って駆け込み、エルリカに急ぎ領地へ戻ってくれるよう頼む。エルリカは断らない。顔の綺麗な男性が好きな人だが夫の事は愛している。リオニーが作った嘘だと思わないエルリカは手配された馬車に乗り込み急ぎ領地へ帰還する。
……道中、事故に見せ掛け始末する手筈となっている。
領地へ帰還する先が言えず、何と言えば良いかと口を噤むとケインは何も触れず『そうですか』と零した。
『父上から見て、エルリカおば様とアーヴァ様はどんな風に見えていましたか?』
『叔母上はアーヴァを嫌い、憎みながらも――アーヴァを決して1人にはしなかった』
『え』
視界に入れるのも嫌がる程の嫌い振り。なのにアーヴァが1人になりそうだと分かると先代侯爵かリオニーか、親しい使用人か、エルリカ自身がアーヴァの側にいた。
特に同じ空間にシトリンの父オールドがいる時はエルリカがアーヴァの側にいた。
『何故、だったのですか?』
『……父上とだけは、何が何でも2人きりにはさせられなかったんだ』
『お祖父様?』
『ああ。……ケイン、良いかい? 物事というものには、決められた順番がある。最初から決められた順番を無理矢理動かそうとすると必ず何処かで歪となって、狂ってしまう』
『……』
己が見たい夢の為に順番を踏み越えた父の犠牲となったのが叔母。アーヴァを憎む最たる理由がそれ。
神妙な面持ちをするケインにこれも子供にする話じゃなかったと謝る。ケインの無事を聞くまでは安心していられないと長時間気を張っていたせいもあり、疲れてしまっている。黙ってしまったケインの頭を撫で、起きるにはまだ早いから再度眠るよう告げシトリンはヴィトケンシュタイン公爵邸に戻った。
目の前で楽しく食事をするエルヴィラにエルリカの話をするのはもう少し先へ伸ばそう。罪悪感が無いわけじゃない、だが、エルリカは遂に触れてはならないリオニーの逆鱗に触れた。
後はフリューリング家の問題で、他家の自分が首を突っ込める余地はない。
――ファウスティーナとクラウドとの朝食を終えたケインは一旦寝泊まりした客室に戻った。1人にさせてもらい、閉めた扉に凭れた。早朝父に会って話をした。経緯は違うが大おばエルリカは今日始末される。
「クラウドがやってくれたから……」
今までと全く異なる5度目。ベルンハルドとエルヴィラの運命の糸がクラウドの好奇心のせいで結ばれ、解けなくなった。
今すぐにエルヴィラを領地へ送りたいが『建国祭』はもうすぐそこまで来ている。基本、貴族は全員参加。余程の事ではない限りの参加なのでエルヴィラを領地へ飛ばせない。
理由作りは頭の中で幾つも作られているが時期が悪い。
「最悪の事態になった時の場合を想定して、エルヴィラの領地行を考えないと」
1番手っ取り早いのは暫く王都に居られないようにする事。かと言って、大きな問題を起こさせる訳にはいかない。
「こういう時、悪知恵が働きそうな人の頭を借りたい」
その最たる人はシエルの側にいるのだが自分が話をしたからと言って、手を貸してくれるか微妙だ。
胸に広がる嫌な予感。
「……」
4度目の時と同じ現象が起きないよう祈るしか、ケインには出来ない。
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