続きは詳細を知ってから
女神の祝福が必ずしも幸福を齎すと限らないと、当時身に染みて体験したと軽い口調で話すシエル。何があったかを詳細に話しても良いがと前置きをし、会議が無駄に長くなって夜明けを迎えてもいいならと付け加えた。最初眠いを連呼していたヴェレッドやメルディアスは途中真面目になりつつも、本心は眠気が強くて早く休みたい。無関係な話で会議を長引かせるのは勘弁願いたい。シエルとヴェレッドが女神の祝福により見目が変わらない話は此処で強制終了。本題の続きに入った。
「エルリカ様が今回の誘拐事件に関わっている可能性は?」
「アレッシア様はエルリカ様の関与は否定されています。ただ……ローズマリー伯爵夫人がケイン様を攫う協力をしていたと」
今日の日中、ローズマリー伯爵夫人主催でお茶会が開かれており、ファウスティーナ宛の招待をケインが代理で参加した。エルリカと結託してファウスティーナを貶めようとしていたと王城へ向かっている最中、ケインが話してくれた。元々招待状にお茶会の趣旨は一切書かれておらず、趣旨と異なる装いで来たファウスティーナをエルリカと2人揃って罵倒するつもりだったのは明白。参加しなくて正解とはケインの台詞。自分のせいで兄を危険な目に遭わせたと気にしていたファウスティーナは首が心配になるほど項垂れた。
「クラウド様曰く、公子が渡された飲み物に眠り薬が入っていたらしくてね」とシエル。他人の運命に触れ、見られるクラウドは他者にその役割を結び付けた。が、眠り薬を回避しても結局は誘拐事件に巻き込まれる羽目に。
「フワーリンの坊ちゃんは坊ちゃんとお嬢様が死ぬ運命を視ていたんだって」
「なっ……」
絶句するシリウスやシエラ、マイム。馬車内で話を聞いたシエルやメルディアスも最初は同じ反応をした。
「フリューリング女侯爵様がお嬢様の妹君の為に祝福を掛けた運命の糸を坊ちゃんに結んで回避させたみたいだけど。ただ、それで妹君の悪夢はこれからも続くってさ」
「1人の精神と1人の命。どちらを天秤に置けば傾くか……って事かな」
「そりゃあ、坊ちゃんの命に傾くでしょう。悪夢を見続けても人間は生きていける。まあ、どう生きていくかは知らないけど」
「無責任な台詞だね」
「ほっといて」
エルヴィラの精神安定もケインの命もどちらも大事。だが、ヴェレッドの言う通り命に重きがいきクラウドはケインを選んだ。エルヴィラには申し訳ないけど、とは語っていた。
ケインの死の確率を大幅に下げる事でファウスティーナの死の確率も大幅に下げられた。2人同時に死ぬ運命を視て、どちらに糸を結べば大幅に確率が下がるかと瞬時に判断し、行動したクラウド。ふわふわっとした雰囲気で迅速に動く姿があまり想像出来ない。彼の祖父イエガーにも言える。ふわふわとした雰囲気はフワーリン家特有で、特にイル=ジュディーツィオの力を持つ2人はその傾向が強い。
「ローズマリー伯爵夫人を引っ張り出しますか?」
メルディアスがシリウスに訊ねる。「いや」と首を振った。
「証拠を押さえてからだ。公子に眠り薬を盛り、誘拐を企てたという確かな証拠を」
「休む暇はありませんね」
「『建国祭』までもう間もなくだ。それまでに堕とせ」
「表向きではローズマリー伯爵夫人は伯爵に惚れ込んでいると有名なので、少し時間を頂きたいところです」
有益な情報を本人から引き出す術は幾らでもあり、最適解を用いて常に情報を引き出してきた。夫に操を立てる妻を堕とす方法で最も簡単なのは何かと思案し始めたメルディアスに朗報を齎したシエラ。「ローズマリー伯爵夫妻はここ数カ月程、不仲になって屋敷内にいても口を利いていないわ」と。
「良かったね、簡単に終わりそうで」
「そうならいいんだけどね坊や君。王妃殿下、理由はご存知ですか?」
「……これもアーヴァ絡みよ」
元々仮面夫婦を強いられながらも夫人は表向き伯爵へ深い愛情を示し、アーヴァが夭折したと聞くと長い期間嘆き悲しみ、その悲しみと寂しさを八つ当たりされても夫人は耐え抜いてきた。表では仮面夫婦ながらも伯爵に惚れ込んでいるから離縁しないと周囲に見せていた。なのに、今になって伯爵へ強い憎しみをぶつけるようになった。原因はやはりアーヴァ関連。今まで散々アーヴァへの思慕を募らせ、報われない片思いを全て夫人のせいにしてきたのに、今になって夫婦としてやり直したいと申し出た伯爵に積年の怒りを爆発させた。社交では元の仮面夫婦が更に強くなり、屋敷内では一緒にいても絶対に口を利かない状態となってしまった。使用人達がいる前では多少の会話をするらしいが。
「『リ・アマンティ祭』の時に、伯爵夫妻がファウスティーナを見かけたの。髪と瞳の色以外アーヴァに瓜二つなあの子を見て伯爵がアーヴァを思い出してしまった。伯爵の中でアーヴァは過去に恋した人になり、懐かしい思いに浸ったんでしょうね。だけど、夫人からしたら過去に受けてきた理不尽な仕打ちを思い出させた……」
両者の気持ちの違いが大きな亀裂を生み、決して埋められない溝へと変化した。
「ふわあ……面倒臭い」
大層面倒臭げに呟くヴェレッドに「同感だよ」とオルトリウスは頷いた。人間の恋愛事情程、面倒なものはない。同時に退屈しないで済む。
「ローズマリー伯爵夫人の件はメルちゃん、お願いするよ」
「どうして王家の方々って人使いが荒い人ばっかりなんだか……」
眠気に耐えれず、小さく欠伸をしたメルディアスは言葉通りに王族へ嘆いた。
「メルちゃんが優秀な騎士だからかなあ」
「一般兵に回してくれても良いですよ」
「あのねえ……」
冗談ではなく、本気で言っているのが怖い。
詳細はアレッシアへの更なる取り調べとダレンが回復次第の尋問、更にローズマリー伯爵夫人の自白が必要となり、今日は解散となった。
やっとベッドで眠れると安心したヴェレッドとメルディアスは即退室した。シエルも今日ばかりはすぐに休みたいと続いて退室した。シエラやマイムも部屋から出て、残ったのはシリウスとオルトリウスのみとなった。
「シリウスちゃんもお疲れ様。ゆっくり休んで」
「気になりませんか」
「何がかな」
「今まで表舞台に姿を見せず、水面下で動いてきた連中が今になって急に姿を見せるようになったのを」
女神の生まれ変わりを巡って長年王国と争い続ける“女神の狂信者”。黒幕が誰か未だ判明していない。先日の『リ・アマンティ祭』の“女神の狂信者”は偽物ではあったが、ひょっとしたら本物が混ざっていた可能性もある。
「国内で連中の手引きをしている者がいるかもしれません」
「そうかもしれないね」
「だとすると、一体誰だ……」
考え込むシリウスを一瞥し、頬杖をついて瞳を閉じたオルトリウス。
“女神の狂信者”はリンナモラートに恋慕し続け、ルイスに果てのない嫉妬と憎悪を持ち続ける。とんでもなくしつこい男だと彼は嗤っていた。
人間、時には諦めも必要だ。
“女神の狂信者”も重要だが別の事についても警戒がいる。
ベルンハルドがルイスの生まれ変わりではないとイエガーは恐らく気付いている。確実にベルンハルドがそうであると知れればイエガーはルイスを見つけ出そうとする。
「たとえ、ルイスの生まれ変わりではなくてもリンナモラートの生まれ変わりとは関係が良好なんだ。今のままで良いじゃないか……」
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