過去―彼女がいない後②―
過去回その2です。
青一色の空の下。
広い庭で周囲にある燃えやすい物を退かせて何かを燃やしている1人の人物がいた。
高級な包み紙を開いて、大事に包まれていた青銀のドレスを掴み燃え上がる炎へ投げた。新しい燃料を投入されて炎は燃え上がる。紅玉色の瞳はじっと、燃えて黒くなっていくドレスだった物を見つめる。ドレスが燃えきると包み紙を投げた。
『ケイン様』
紅玉色の瞳を自分を呼びに来た従者リュンへと向けたケイン。そこには、どんな感情が浮かんでいるのか、長年ケインに仕えてきたリュンでさえ読めなかった。
『エルヴィラ様がケイン様とお話ししたいと』
『俺が話すことはもう何もない。そんなことより、王太子妃になる為の教育を受けなさいと言っておいて』
『ううん……申し上げたのですが“お兄様とお話し出来るまで部屋に戻りません!” って聞いてくれないんです』
『なら、こう言っておいて。ファナと違ってエルヴィラには時間が全然ない。1分1秒でもエルヴィラには無駄にする時間がないとね』
『ケイン様が仰有ってくれればエルヴィラ様も納得してくれると思うのですが……』
『……リュン。俺はね、もうエルヴィラの顔を見たくないんだ。見たら、何を言うか分からない』
『……一つ、申し上げ難いことがありまして。奥様も早くケイン様に来てもらえと仰有っておりまして』
『母上も同じだよ』
包み紙が燃え尽きた。
ケインの足下には、沢山の開封されていないプレゼントがある。大きな箱に手を伸ばした。リボンを解き、包み紙を開いて蓋を外した。箱の中身は、フリルの沢山ついた春の色を取り入れた可愛らしいドレス。これも躊躇なく炎へ投げ入れた。
『ああそうだリュン。後で侍女長を呼んできて。燃やせない宝石とかは全部エルヴィラに渡してもらって。王家へ嫁ぐお祝いとか言って』
『……よろしいのですか?』
『エルヴィラは気付かないよ。いや、誰も気付かないよ』
先程燃やしたドレスが仕舞われていた箱も炎の中へ。
リュンは後悔や悲しみといった感情を押し殺して炎を見つめるケインに、何も出来ない自身の無力さに苛立つ。
『ケイン様!』
焦った様子で来たのはリンスー。ファウスティーナの専属侍女だった彼女は今ケインの専属に付けられている。
『どうしたの』
『王太子殿下がいらっしゃいまして……』
はあ、と溜め息を吐いた。
『エルヴィラなら部屋にいると伝えておいて』
『いえ……殿下はケイン様に話があると』
『……俺が話すことはもう何もない。リュン、リンスーと一緒に殿下をエルヴィラの所へ案内して差し上げて』
小さな袋を持ち上げ、そのまま炎の中へ。
リュンはケインの指示に頷き、リンスーを連れて踵を返すも――
『私にはある』
リンスーの後を付いて来ていた王太子ベルンハルドがいた。
炎から、ベルンハルドへ視線を変えたケインの瞳には王族に向けてはならない殺意にも似た負の感情が多分に含まれていた。向けられていないリンスーやリュンは背筋が凍り付き、ベルンハルドは負けじと険しい瑠璃色で対抗する。
更にケインの足下にあるプレゼントや燃える炎を見て険しさは倍増された。
『……そのプレゼントは……』
『貴方には、もう関係のないことでしょう。早くエルヴィラの所へ行って会ってあげてください。婚姻の儀まで、あまり時間はないでしょう』
『……聞きたいことがある』
『殿下。俺はエルヴィラと母上同様、貴方の顔も見たくないんですよ。……早く、消えてくれませんか?』
通常なら不敬に値するケインの発言。リュンやリンスーの顔色は真っ青に染まった。険しい表情のままケインを睨んでいたベルンハルドだが、言いたいことだけ言うとケインはまた新しいプレゼントに手を伸ばした。今度は青色のアザレアの刺繍がされたブランケット。
『っ……』
それを見てベルンハルドは苦しげな息を吐いた。
『リュン、リンスー。殿下をエルヴィラの所へ案内して差し上げろ』
『承知しました』
リュンとリンスーがベルンハルドをエルヴィラの所へ案内した。
ケインは目も向けず、ただただ燃えていく炎を見つめる。
遠くの方でリュドミーラの声がするがケインには関係ない。エルヴィラの貴族学院卒業と共にケインはシトリンから爵位を受け継ぐ。その際、両親には速やかに領地に引っ込んでもらう。既に手筈は整えている。後はエルヴィラの卒業を待つだけ。
ケインが燃やしているプレゼントは、ファウスティーナ宛てに今まで贈られていたプレゼント。誰から贈られたかは関係なく。
ケインは一度も開封されることもなく灰となっていくプレゼントを淡々と処理していくのであった。
読んで頂きありがとうございました!