はっきりとしたら
馬車に乗り込めば一瞬にして静かとなり、ゆっくりと変わる景色に夢中になるファウスティーナは窓に張り付いて外を見ていた。向かいに座るシエルとヴェレッドは何も話さない。隣に座るリンスーはファウスティーナが外に夢中になっているので何も言わない。自分が何か言えば誰か反応してくれるだろうが何を言うべきか。先程の四阿の件を話したくても盗み聞きをしていたとリンスーに知られる。シエルやヴェレッドは盗み聞きをしても悪びれもしない。それはそれで駄目だがリンスーに知られたくない。なので黙っているしかない。
あの後ケインはフワーリン公爵邸へ向かってクラウドに頼み、エルヴィラの悪夢の原因となる糸を切ってもらう。その際、恐らくリオニーから渡された能力を増幅させる物を使って。後が気になるのはケインだけじゃない、エルヴィラやエルリカだってそう。特にエルリカはローズマリー伯爵夫人のお茶会にファウスティーナが参加の旨を出した返事を今日中に夫人から話が行くとシエルは語った。無理に王城へ来てファウスティーナと会わずとも、当日の楽しみにして準備を加速させるだけとなる。
代理を頼んだケインに危険が及ばないとは言い難くても絶対に危険な目に遭わせない、とシエルはこっそりと護衛を回してくれると手配をしてくれた。誰かは教えられないがとても優秀な騎士だと。シエルが信頼を置く騎士ならファウスティーナも安心していられる。信じよう。ふと、ファウスティーナは馬車内に紅茶の用意がないと気付く。窓からシエルへ振り向いて話を切り出した。
「途中、街に降りて紅茶を買いますか?」
「気を遣わなくて大丈夫。今日は寄り道をせずにこのまま行こう」
「シエル様珍しい。いつもなら、絶対に欲しがるのに」
「お黙りヴェレッド。今日は一時停車もしない。このまま行くの」
「はーいはい」
軽い口調でシエルを揶揄いながらも最後は言う通り黙るヴェレッドは口許は愉しげに笑いつつ、目だけがいやに鋭い。シエルの纏う雰囲気も柔らかさが一切なく、少し刺々しい。
どうしたのかと訊ねてもふんわりと微笑まれはぐらかされるだけであった。
馬車が街を過ぎ去り、王都へ出て暫く。問題もなく走行していると少し眠気を覚え始めた辺りで突如馬車が大きく揺れた。吃驚してリンスーにしがみつくと強く抱き締められた。向かいに座るシエルとヴェレッドに変化はない。
「司祭様!」
「どうかしたジュード君」
馭者席に座るジュードの焦りを帯びた声が飛び、冷静に応えたシエルが説明を求めた。
「前方に不審な馬車が道を塞ぐように停車していて……」
「ああ、停まって正解」
ジュードの短い説明で不審な馬車の正体を知ったシエルは先に降りた。離れる間際ヴェレッドに「君は此処に居てファウスティーナ様と侍女を守るんだ」と言い、扉を閉めた。
「ヴェレッド様、一体何が」
「……あのおばさんに同調してるのがローズマリー伯爵夫人だけじゃないってこと」
「それは……エルリカおば様……?」
「そう。王様とシエル様と俺とで話してたんだ、ローズマリー伯爵夫人の顔だけで王宮の侍女にまでお嬢様に手を出せるかって」
「毒を盛った侍女は確かにローズマリー伯爵夫人の名を出していましたが他にもいるのですか?」
「多分。で、調べて、多分この人かなって目星をつけた。もしも、お嬢様が教会に戻る時襲撃をしてくるなら黒、何もしてこないなら白と決めた。結果は黒になった」
「……」
王妃宮での生活を思い出してもファウスティーナに危害を与えそうな人はいなかった。王妃は当然とし、侍女長や一部を除いて世話をしてくれた侍女は良い人達ばかり。シエルを特別慕ってもなければ、アーヴァに憎しみを抱いている人もいなかった。
考えよう。
明確な答えは出なくても、ヒントと思しきものなら出て来てもいい。
見つけたのが本人ではなく、周りならどうだろうか。本人に何もなくても、周辺にいる大切にしている誰かがシエルを慕っている、又はアーヴァに恨みを持つ人が代わりにファウスティーナに危害を与えようとしたなら。試しにヴェレッドへ問い掛けたら――彼は一微かに瞠目しながらもすぐに不敵な笑みを浮かべ「正解」と頷いた。
「その方は誰なのですか」リンスーが訊ねる。
「まだ内緒。シエル様や王様が話していいと言うまでは黙ってろって言われてるの」
確固たる証拠よりも信じられない、という気持ちが強いからとのこと。この話は王妃シエラにも伝えられており、ショックを隠せなかったとヴェレッドは話す。シエラがショックを受けると言うのなら、相手はシエラにとって信用が篤い人。王妃ともなると本心から信用する人となると限られるもファウスティーナが知る人では予想もつかない。
周囲の声が騒がしくなってきた。数人の男の声が大きく、中にジュードとシエルの声が時折混ざる。危険がないことを祈りたい。
祈りは届かなかった。響いた金属音が状況の悪化を報せた。
ファウスティーナを抱き締めるリンスーの腕の力がより強くなった。怖さと同等にシエルとジュードへの心配も大きくなっていく一方、1人余裕の態度を崩さないヴェレッド。泣きそうな顔で見たら、呆れつつ席を動いてファウスティーナの足元に跪き、手を取った。触れられた大きな手は温かくて、ファウスティーナの小さな手を包んだ。
「怖がってもいい。シエル様や神官様の心配もしてもいい。だけどシエル様はとても強いから、無傷で顔を出すよ。これだけは信じて」
「本当ですか……?」
「本当だよ。シエル様はお嬢様を悲しませるのは嫌いなんだ、自分からお嬢様を泣かせる真似だけは死んでもしない。お嬢様がすべき事は此処で待っているだけ。シエル様を信じて待って」
「司祭様も、ジュード君も、怪我もせず戻って来るなら!」
「うん。その調子」
『リ・アマンティ祭』の時がそうだった。
敵の油断を誘う為敢えて薬を掛けられ弱った振りをして敵を一網打尽にしたシエルが簡単に負けたりしない。ヴェレッド曰く、ラ・ルオータ・デッラに勤める神官は荒事対処にも秀でており、一緒にいるジュードは童顔なせいで軟弱に見られがちだが神官の中でも腕が立つ方で、有り得ない強さを持つ相手がいない限りは大丈夫だろうと。その有り得ない強さの相手が仮にいてもシエルがそれ以上に強いから心配無用と話された。無駄に強いのは、幼少期シリウスと何でも競い合ったのが理由だとか。相手より少しでも上に立ちたいが為、常に張り合っていた影響が様々な面に出て助かっていた。
「静かになったら俺が外の様子を見るから、お嬢様達は絶対に動かないでね」
「はい!」
と、会話をした直後。
扉が勢いよく開かれた。
咄嗟にリンスーに隠されるよう腕の中に閉じ込められ、跪いていたヴェレッドが2人を庇うよう背を向けた。
「……あのさあ、驚かさないでよ」
気の抜けたヴェレッドの声から相手が敵じゃないと知り、腕を退けてもらい顔を出したファウスティーナが目にしたのは、焦りの相貌からファウスティーナを見るなり胸を撫で下ろすリオニーの姿。
冷静沈着で堂々とするリオニーの初めて見た姿。ヴェレッドが前を退くと馬車に踏み込んだリオニーがそっとファウスティーナの頬に触れた。壊れ物に触れる慎重な手付きからはリオニーの安堵が伝わって来る。
「リオニー様……」
「無事で良かった……もしもの場合にと、部下を付けていた。私も後から追い掛けはした。途中で異常事態が発生したと報せる合図を出され、馬を全速で駆けさせたんだ。ティナ嬢に被害がなくて安心した」
「私はなんともありません。ヴェレッド様やリンスーがいてくれたから。私より司祭様がっ」
「ああ。アレなら心配するな。今敵の捕縛を行っている最中だ」
「へ」
シエルの無事を心配すると急に声色が変わったリオニー。ファウスティーナを心配していた時とかなりの差がある。
「全員生け捕り?」
「1人は死んだ。残る4人は自害防止の処置を取っている最中だ。奥歯に毒を仕込んでいるのを見るとただの破落戸じゃない」
「そうだろうね」
ひょっこりと顔を出したシエルには1つも傷はなかった。良かった、とホッとしたファウスティーナは馬車を下りてシエルの側へ。膝を折って目線を合わせたシエルに微笑まれ、不安は消し飛んだ。
「怖がらせてしまったね。もう安心しなさい」
「この人達を差し向けた方が誰か司祭様達は知っているんですよね? 誰なのですか」
「とても信じられない人、かな。はっきりとした理由が解るまで我慢してくれるね?」
相手の動機が明確になるまでということで。ファウスティーナは頷いた。
ファウスティーナの頭を撫で立ち上がったシエルはリオニーへ向いた。
「尋問は任せるよ」
「ああ」
「ジュード君。馬車は出せるかい?」
「すぐに!」
「そう。なら、出発しようか」
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