ケインへの違和感
皆が一様に驚愕の面を浮かべる中ただ1人、兄だけがどこか納得がいったと言いたげだった。初めから分かっていて、確証がないから自信が持てなかったのを今持ったと。そう感じ取れた。エルヴィラの悪夢の理由をケインは知っているのか? ファウスティーナと恐らく同じで前を覚えているケインなら、知っていそうではある。どの程度憶えているか定かじゃないがファウスティーナ以上には覚えている記憶は多い筈。悔やまれるのは今ケインには聞きに行けない事。表に出れば隠れていたのがバレてしまう。
もどかしい気持ちを抱えながらファウスティーナは続きに耳を傾けた。
「フリューリングかフワーリンか……リオニーちゃん、心当たりは?」
「ある訳ないでしょう。私もフワーリン公爵もこんな負担の大きい呪いを掛ける意味がない。ましてや、呪ったところで何もない相手を」
「そうだよねえ」
「負担?」
ファウスティーナも気になった単語をケインが聞き返した。
「相手の身体的、精神的に負荷が掛かる呪いは使用者にも負担を強いる。連日酷くなる悪夢なら、健常者でなければ弱った体を更に追い詰め最悪の場合は死に至らせる」
「……」
「とまあ、言ってはみるがエルヴィラに呪いを掛けた相手は皆目見当もつかない。さっきも言った通り、私やフワーリン公爵がエルヴィラに呪いを掛ける理由がない」
重要なのはそこだ。他人に呪いを掛けられる能力を持つリオニーとフワーリン公爵が仮に呪いを掛けたとしても理由がないのだ。どこをどう探しても見つからない。当然、リオニーもフワーリン公爵もエルヴィラに呪い等掛けていない。
「オルト様……」
「困ったねえ……」
驚愕の事実が知れても打つ手なしの状況でエルリカに縋られるオルトリウスはお手上げだと肩を竦め、悪夢を和らげる方法はないかとリオニーに問い掛けた。
「呪いを消す方法がなくても和らげる方法ならあるでしょう」
「あるのはありますが……フワーリン公爵の手を借りるのが妥当でしょう」
「なら、俺が頼みます。この後、クラウドと会う予定になっていますから」
リオニーに会った後はクラウドに会うとケインは言っていた。理由はエルヴィラの悪夢をどうにかしてほしいから。何度かクラウドに相談しているのなら、フワーリン公爵に話して協力してもらうのも良い。
少し考える素振りを見せたリオニーは「分かった。此方に来い」とオルトリウスに一礼をして四阿を出て行き、ケインも同じ様にし、リオニーの後を追った。
リオニーとケインの後姿が見えなくなるとファウスティーナは一旦木の陰に隠れた。
「リオニー様とお兄様は何をしに行ったのでしょうか?」とシエルを見上げた。
「恐らくだがエルヴィラ様の悪夢を和らげる為の準備をしに行ったんだ。ただイル・ジュディーツィオの力を借りて悪夢の糸を切ってもまたすぐに見てしまうから」
「能力を増幅させる準備、ということでしょうか?」
「そういうこと」
現実的な話じゃないのに現実にしてしまうのは、この国特有とも言える。残るは女神に頼るしかないとシエルが言ったのと同時にオルトリウスも発していた。再び木の陰からこっそり向こうを覗いた。
「フォルトゥナに祈ってみなさい。人間が好きで時折気紛れで姿を現す時がある。君の必死の気持ちを女神は叶えてくれるかもしれないよ?」
「そ、それは、ベルンハルド様の事を願っても叶いますか?」
「エルヴィラさん!」
自分の悪夢を消してほしいと願えばいいとオルトリウスは遠回しに言ったが、エルヴィラは自分の純粋なベルンハルドへの好意をフォルトゥナに伝えたら願いが叶うと解釈したらしく。エルリカが厳しい声を飛ばすもオルトリウスは一笑しただけ。
「どうかな。叶えてくれるかもしれないし、叶えてくれないかもしれない。ベルンハルドちゃんよりも君自身の悪夢をどうにかする願いを伝えないといけないんじゃないのかな」
「わたしの悪夢はベルンハルド様といるだけで消えるんです! この間、会って確信しました。わたしにはベルンハルド様が必要なんです。ベルンハルド様だってわたしを必要としてくれます!」
「ねえシエル様、女侯爵様を呼び戻そうよ。面白いと思うよ」
「黙ってなさい」
「はーいはい」
大笑したいのを抑えているヴェレッドは目が涙目になっており、笑いを隠し切れない声でシエルに絡むも一蹴された。ファウスティーナはハラハラと向こうを見つめる。
「ヴィトケンシュタインの子でこうも情熱的な子は珍しいね。どちらかと言えばグランレオド家に多い。君がベルンハルドちゃんに会って悪夢が消えると言い張っても証拠がない。ほんの一時的なもので永続的じゃないのなら、消えたという表現はおかしい。リオニーちゃんとイエガー君にどうにかしてもらうしか根本的解決にはならない。だから、ベルンハルドちゃん……王太子には会わせられない」
「そ、そんな……っ」
正直に自分の気持ちを告げたら、話の分かるオルトリウスなら会わせる方が大きいとファウスティーナは抱いていた。が、蓋を開けてみたら全く違った。
これが当たり前であり、普通なのだとファウスティーナが感じてもエルヴィラはそうじゃない。ここまで話したら会えると期待をきっと大きくしていたエルヴィラにしたら地獄の宣告と同然。また泣き出してしまい、エルリカは頭を撫でつつも厳しい声色で叱りつけるも最後はエルヴィラを気遣う声で慰めた。
「ここいらで退散しようか」
「賛成。飽きてきた」
「あのね……」
気紛れなのは女神だけじゃない、人間もその1つだ。猫並みの気紛れを起こすヴェレッドは素早くこの場から離れ、シエルに促されたファウスティーナは手を繋いでこの場を離れた。あの様子だともう暫くは四阿に滞在していそうなので素早く教会へ向かおうと馬車を待たせている所まで足を運んだ。
其処には既に馭者を務めるジュードとファウスティーナの侍女のリンスーが待っていて。やっと来たとジュードは不満げにしていた。
「遅いですよ司祭様達、どこで寄り道をしていたんですか」
「ちょっとね。面白い話を聞いていたんだ」
「面白い話?」
「内緒」
「教えてくれるとは思ってませんよ。秘密主義ですから司祭様は」
「どこかの誰かさん程じゃないさ」
「どこの誰の事だろう?」と分からない振りをしながら愉しげに目を細めるヴェレッドの視線をものともせず、飄々と躱すシエル。相変わらずなやり取りに苦笑しつつ、馬車に乗り込んだファウスティーナの隣にリンスーも乗った。向かいにシエルとヴェレッドが乗るとジュードに扉を閉められる。
動き始めた馬車の中でファウスティーナはじっと外を眺めながら思う。
(お兄様のあんな顔……絶対に何か知っているんだ)
次に顔を合わせた時聞いてみたいのに、盗み聞きをしていたとバレるので聞くか聞かないか、どちらにするかで非常に迷ってしまうファウスティーナであった。
――一方、ヴィトケンシュタイン家の馬車に乗り込みフワーリン公爵邸へ向かうケインはリオニーから渡されたある物を眺めていた。魔術師の祝福が込められた糸。これを運命の糸を自由に触れられるイル・ジュディーツィオの能力を持つクラウドに頼み、エルヴィラの運命の糸に結んでもらえれば気休め程度にはなると。本格的にエルヴィラの悪夢を消すには今は時間がない。フリューリング女侯爵として、王国の上級騎士としてもうすぐ行われる『建国祭』が最も重要なのだ。
「ぼくは何もしない、か。言っている事に矛盾しかありませんよネージュ殿下」
何もしないと言いながら、何かをしないとエルヴィラに悍ましい悪夢は植え付けられない。フリューリングとフワーリンでないとエルヴィラに呪いを掛ける手段はない。あの話を聞いた時確信した。やはりネージュは4度目の終わりを迎える前に何かをしたのだと。
「いや……違うか……したのは…………」
ケインが声を紡いでも馬車内にいるのは彼1人なので耳にする者は誰もいない。
「元王太子のいる牢獄にエルヴィラを放り込んだ後か、それとも、それよりも前か」
どちらにしても、無かった事になるのなら何をしてもいい理由にはならない。
今の5度目が失敗したら、今度は6度目になるのだろうか。
そうならないよう、ベルンハルドから逃げるファウスティーナを前に向かせるのが自分の役目だ。
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