たった1人、腑に落ちた
あっさりと承諾された驚きは隅に置き、ファウスティーナはリオニーに用があったと発したケインに理由を聞いてみた。今の時期にリオニーに会いたいと言う兄の理由に何となく心当たりがあった。
「エルヴィラだよ。今朝は特に酷い夢を見たんだろうね。起きた瞬間から悲鳴を上げて暴れたんだ。母上が止めたから誰も怪我はしてないけど」
「女侯爵様は『建国祭』が終わってからじゃないとどうもしないと言ってたよ」とはヴェレッドの言葉。開催まで後数日。今はエルヴィラに手を回す時間も余力もなく、会ったところで同じ回答をされるだけ。ただ、ケインは助言が欲しいというだけ。
「助言ですか?」
「リオニー様に会ったら、クラウドと会う予定になってるんだ。クラウドには何度かエルヴィラの悪夢をどうにかしてくれと頼んだけど、それも一時的。その一時的を長期的に出来ないかをリオニー様に相談したいんだ」
「エルヴィラが悪夢を見ている原因ってお兄様はなんだと思いますか?」
「さあ。人の言う事は聞かない自分勝手な振る舞いばかりをするから女神様の罰でも当たったんじゃない」
何故だろう、自分に言われている訳じゃないのにぐさりと心を刺した。自分勝手で人の言う事を聞かないのは前のファウスティーナも同様。ベルンハルドに愛され、母に愛されていたエルヴィラに嫉妬した前の自分がエルヴィラに呪いを掛けた可能性があるも、自分にリオニーやクラウドのような能力は一切ない。死ぬ直前まで呪ったとしても人生をやり直している今にまで影響するだろうか。
「ファナのお願いは聞いてあげるけど期待はしないこと。おば様の目的はファナなんだ。俺が行って門前払いを食らうかもしれない」
「分かっています」
「行かないからと言ってファナ、油断しないようにね。『建国祭』が終わるまで。どうも嫌な予感がする」
「お、お兄様の言う嫌な予感が当たりそうで怖いのですが」
「そう」
冷たく返された短い言葉に落ち込みつつ、ファウスティーナも代理を思い付いてから言いようのない嫌な予感を抱いていた。きっとエルリカもリリーシュも違う手段を使ってくる。
「そろそろ行くよ」と部屋を出て行くケインを見送ると神妙な顔付で左襟足を触っているヴェレッドを見上げた。
「どうされました?」
「いや……なんというか、お嬢様の妹君ってよっぽど嫌われてるんだねって」
「悪夢のことですか?」
「うん。夢と現実の区別がつかないほどの悪夢を見るってことは、妹君に悪夢を植え付けた原因は相当恨んでる」
「ですがエルヴィラはまだ10歳ですよ? 10歳の子供をそうまでして恨むのは」
「そう。余程のことだ。妹君がかなりの性悪なら仕方ないのかもだけど、実際はそうじゃない。まあ我儘だし、王太子様大好きなとこは見てて面白いけど」
余計な言葉は決して忘れないのは彼らしい。
「話は終わったみたいだね」
ケインと入れ替わるようにシエルが部屋に入った。
神妙な顔はシエルが入ると消え、いつも見せる不敵めいた笑みを浮かべたヴェレッドは左襟足を口許へ運び、シエルの側に回って何かを囁く。最後まで聞き終えたシエルは肩を竦めた。
「どうだろうね。私や君が悩んだってどうしようもない」
「うん。そうだね」
一体何を話したのか気になるも2人は教えてくれなかった。
目線が合うようしゃがんだシエルに話は出来たかと問われ頷いた。あっさりと代理を承諾され、更にリオニーに会おうと登城した理由がエルヴィラの悪夢について助言が欲しいからというのも伝えた。この後クラウドに会うということは、ただ悪夢の元凶となる糸を切るだけでは駄目だとケインは判断したのだ。
エルリカも登城して、今オルトリウスが四阿で話をしている最中で。更にそこにエルヴィラもいると聞き、またベルンハルド会いたさで来たのだと知り苦笑する。悪夢が酷くなったエルヴィラにとって唯一悪夢をどうにかしてくれると信じるベルンハルドの存在は救いであり、何がなんでも会って側にいたくなる。
「この前みたいにこっそり見に行く?」とヴェレッド。悪戯好きな彼の提案だがファウスティーナも今回は自分も行きたいとシエルに申し出た。2度目の来訪。相談とは何か気になる。シエルも同じらしく、オルトリウスにはバレるだろうがエルリカとエルヴィラにさえバレなければ問題なしとして四阿へ向かった。
2人向かい合うエルリカとオルトリウス。エルリカの隣には顔色の悪いエルヴィラがいた。声がギリギリ届く距離まで近付き、木の後ろに隠れて聞き耳を立てた。その際、ファウスティーナはシエルの側に置かれた。
「ええ。エルヴィラさんが可哀想で。何か良案はないかとオルト様を訪ねました」
「良案か。僕には何の力もないからね。イエガー君やリオニーちゃんにどうにかしてもらわないとだが『建国祭』が終わるまでは何ともね。今最も優先すべきなのは無事『建国祭』を終わらせること。酷な事を言うが君1人の為に彼等の手を使う訳にはいかないんだ」
「そんな……っ」
「仕方のない事ですわね」
優し気な笑みを浮かべながら告げられた言葉の残酷さに顔色の悪いエルヴィラは涙目になり、最初から分かっていたエルリカは落胆もなく淡々と受け入れた。王国で最も重要な行事がまもなく開催されるとならば優先されるのは仕方のない事。エルリカが泣き出す寸前のエルヴィラに話すもエルヴィラは俯き泣き出してしまった。
「話を聞くと医師の処方した薬があるとか」
「ええ。ですが一時的で今は効果がないと」
「そう。困ったね。そういえば、君のお兄さんも来ているとか聞いたけど彼は?」
「お兄様はリオニー様に会いたいと言っていました……」
「リオニーちゃんか。きっと、君の事でも相談に行ったのかな」
「そんな訳ありません、お兄様はわたしを嫌っているので」
唐突に出た言葉にファウスティーナは声を出さないよう自分で口を塞いだ。驚く大人2人の声がするもエルヴィラは如何に自分がケインに嫌われているかを語った。決してケインは嫌ってない、妹達にだけ容赦のなさは目立つが情を持っていなければ事ある毎に注意はしない。
そのくせファウスティーナにだけは優しいと口にされ、首をぶんぶん振った。エルヴィラよりもファウスティーナの方が言葉に優しさがないことが非常に多い気がした。エルヴィラと違って泣かないのは慣れもあるが、自分を思っての言葉だからと知っているから素直に受け入れた。
但し、子豚扱いだけは認められない。
「どちらかというと妹君が坊ちゃんを嫌っている風に見えるけど」
「嫌っているというよりかは苦手意識が強いのだと思います。私にもですがエルヴィラにも容赦ないですからお兄様は」
「お嬢様が平気そうだから妹君は余計自分にだけ冷たいんだと思ったんじゃない?」
「そうかもしれませんがお兄様は理不尽な言葉をエルヴィラに使ったことは決してありませんよ。お兄様も少しは言葉を優しくしてくれればいいのに……」
そこだけが唯一の不満と言っていい。
「君の話を聞くとファウスティーナちゃんは単に慣れているからとしか思えないな」
「お兄様はわたしよりお姉様の方にきつい事を言っていると仰っていますがわたしはそうは思えません。その割にお姉様はお兄様が好きそうですし」
「厳しくされるからと言って相手を嫌うのは皆同じだと想っちゃいけないよ? 相手の言葉が自分の為だと知っているからファウスティーナちゃんは兄君の言葉を素直に受け入れたのかもね」
尚も言い募ろうとするエルヴィラを止めたオルトリウスは「この話は終わり。今は君の見る悪夢をどうにかしたいという話だったね」と話題を戻した。エルヴィラは不満げに頬を膨らませ、エルリカに窘められた。
「イエガー君に速達を送ってみよう。今は名ばかりの当主で暇を持て余しているだろうから」
「宜しいのですか?」
「事情を話せばイエガー君も興味を持ってくれるさ。呪いのような悪夢を見る御令嬢の負担を減らしたいエルリカちゃんの頼みでもあるから」
「ありがとうございます」
一先ずはフワーリン公爵へオルトリウスが話を付ける手筈となった。エルヴィラの悪夢が日々悪化するのなら早く手を打たないと近い内一切の眠りを拒否してしまう。人間も動物も睡眠をなくせば後は身体が弱って死んでいく。
「あ」とファウスティーナが小さく声を発した。四阿にいるオルトリウス達の所にリオニーに連れられたケインがやって来た。元々リオニーと話をしたくて登城した兄はきっとリオニーと話をして。そして、エルヴィラがいるであろう場所へ来た。
リオニーは挨拶はそこそこに顔色が悪く、些か膨れているエルヴィラの側に立った。じっとキツい眼差しで見下ろす。遠くから見ているファウスティーナが威圧を込められている気がするのなら、間近で見られているエルヴィラは更に感じている。
エルリカが咎める声色でリオニーを呼ぶ。
リオニーはただじっとエルヴィラを見つめた。
軈て、右手をエルヴィラの頭に置いた。何かを確かめるように少し撫で、そのまま手を置いたまま何もしなくなった。
きっと時間にしたら大した時は流れていない。なのに、恐ろしく長い時間が経った錯覚を憶える。
眉間に濃い皺を寄せたリオニーは手を離した。
「どうかな? リオニーちゃん」
オルトリウスの答えを促す声にリオニーは難しい相貌のまま声を放った。
「とても強い呪いが掛けられています。フワーリン公爵の力を借りても解除するのはほぼ不可能に近い」
「なっ」
「こんな呪いを掛けられるのは王国ではフリューリングとフワーリンだけでしょう」
リオニーから告げられた信じ難い言葉に四阿にいる彼等だけではなく、こっそりと話を聞くファウスティーナ達も唖然とした。
フリューリングとフワーリンの誰かがエルヴィラに呪いを掛けたにしても、能力を所持する者は限られている。
フワーリン家はイエガーとクラウド、フリューリング家は先代侯爵とリオニーのみ。他の者には一切扱えない。
「フリューリング家とフワーリン家だけって……有り得ないですよ。だってどちらかの家がエルヴィラに呪いを掛けるにしても理由がありません」
ファウスティーナがシエルとヴェレッドに言う。尤もな言葉だ。フリューリング家とは親戚関係にあるので接点はあってもエルヴィラ自身はリオニーを苦手としているので自分から会おうとせず、リオニーも強い呪いを掛けたい黒い気持ちは一切持ち合わせていない。フワーリン家の場合は長男のクラウドと兄のケインが友人だがエルヴィラ自身クラウドや、その妹ルイーザとは顔を合わせれば挨拶をするくらいで親しくない。彼女が別で両家に何かをした事もない。
なので、両家ともエルヴィラに呪いを掛ける理由が全くないのだ。
魔術師の力を持つリオニーの言葉に嘘はないのだが却って問題を厄介にした。
「他国に特殊な能力を持つ貴族はいないのですか? 例えば、隣国の予知能力を持っているような」
「抑々フワーリン公爵やリオニーのような能力は、フォルトゥナが与えたものだ。初代国王とリンナモラートが結ばれたこの国を守るようにとね」
「逆に言うとねお嬢様。隣国の予知能力は元々この国に居た能力保持者が隣国に渡って定着したもの。運命の女神の祝福は絶大でね、この国以外で祝福を受けた国はない。他国で特殊な能力を持つ奴はいないと断言してもいい」
シエル、ヴェレッドの順で説明を受けたファウスティーナは初めて知った事実に驚くばかり。ならば、本当にエルヴィラの悪夢はフリューリングとフワーリン、どちらかの力によって掛けられた呪いなのか。と問うても2人揃って首を振られた。こればかりはシエルもヴェレッドにもお手上げなのだ。微かな疑惑さえあれば良かったのに、現実は何もない。
――考えられるとしたら前の人生だけど……
ファウスティーナが前の人生の記憶を持つように、エルヴィラの悪夢が前の人生と関わりがあるのならそこから探っていくべき。でも、ファウスティーナ自身殆ど覚えていないに等しい前の人生なので探そうにも何もない。アエリアに訊ねても知らないと返されるだけだ。
ふと、ケインを見た。リオニーの言葉に唖然としているエルリカやエルヴィラの近く。
ケインは――――
(お兄様?)
ケインだけは溜め息を吐いてどこか納得したような姿だった。
読んでくださりありがとうございます




