あっさりと承諾された
「呪い、か」
話は一旦終わりを見せ、朝食を摂ろうとファウスティーナとベルンハルドが歩いて行く後姿を眺めながら、悪夢の理由が呪いにあると話したリオニーは視線をシエルにやった。何やらオルトリウスに囁いたようで、困ったように笑って肩を竦めたオルトリウスは何処かへ行き。残ったシエルがリオニーの視線を感じて振り向いた。
「仮に呪いだとして、あのどうしようもないのは何処で強い恨みを持たれたか、になる」
「恨みを持っているとは限らないかもね。手を狂わせた運命の女神が誤った祝福を授けたとなるなら?」
「祝福が呪いになる……か、どちらも同じだがな。授けられた人間がそれを祝福と捉えるか呪いと捉えるかで変わる。エルヴィラの場合は呪いだろうが誰かにとっては祝福になっているという場合もあるのか」
「だとするなら、エルヴィラ様が悪夢を見て苦しむ事で利益となるのは誰か、だね」
「……いないじゃん、そんなの」
シエルの疑問はあっさりヴェレッドが斬り捨てた。エルヴィラが連日悪夢に魘され、精神的に疲弊しても、得になる人はいない。ファウスティーナのような特別な存在でも、リオニーのような能力保持者でも、王族でもない。ヴィトケンシュタイン公爵家の次女、これのみである。個人的な恨みを抱かれているにしても10歳の少女が出来る事、エルヴィラの場合となると悪夢を見せる程の恨みに発展するまでに到達するだろうか。
「エルヴィラの悪夢に関しては、シトリンにも言ったが『建国祭』が終わってからになる。今は『建国祭』並びに件のお茶会が優先だ」
仮令代理をケインが受け入れ、ローズマリー伯爵夫人が受け入れても、アーヴァへの憎しみに囚われているエルリカの毒から完全には逃げられない。
「シエル様も女侯爵様も、その気になればあのおばさん達を捕らえられるのに、しないのはどうして。女侯爵様はともかく、シエル様なら王族の権利が使える」
「使いたくないっていうのもあるけど……最たるは先代フリューリング侯爵にあるから、だよ」
「先代侯爵様?」
「そう。困るんだ、彼が息を引き取るまでは生かしておかないと」
「はあ……」
美しい妻に夢中で異変の真実に何1つ辿り着けなかった父だが、母を愛していたのは本当で。魔術師の力でエルリカを守っている。今エルリカの身に危険が及べば、病によって寝たきりの父が感知し、駆け付けようとする。
「――消すなら……先代侯爵が死んでからだ。
いいね? リオニー」
「好きにしろ」
母エルリカへの情等、とっくの昔に捨てている。
〇●〇●〇●
王城の料理人が作った朝食を頂きつつ、お茶会の代理をどうケインに頼もうかと、ホットミルクを飲むファウスティーナは考えていた。理由は絶対に聞かれるのでここは正直に話すつもりだ。ケインは態度が豹変したエルリカを目撃している。きっとファウスティーナの話を信じてくれる。無理だと断られた時用の次の作戦も考えよう。ホットミルクを2口飲む。砂糖を入れられており甘さが体に安心感を齎してくれる。ちびちび飲んでいると前に座るベルンハルドと目が合った。彼はオムレツを食べている最中。
「考え事? ひょっとしてケインにどう頼むか考えてるの?」
「はい。お兄様なら事情をきちんと説明したら必ず力になってくれると思うんです」
「僕もファウスティーナの意見に賛成」
「ただ、もし駄目だった場合も考えておかないとって」
「そうか。僕も考えるよ」
再びオムレツをナイフとフォークを使って切るベルンハルド。ホットミルクのマグカップを置いてバターがたっぷり塗られたパンを手にしたら、シエルが場に入った。ヴェレッドとリオニー、オルトリウスがいない。オルトリウスは何処かへ行き、リオニーは騎士としての仕事で別れ、ヴェレッドは散歩。シエルはファウスティーナとベルンハルドの所へ来たのだと。ベルンハルドの隣に座ると給仕が食事を置くのを手で制し、紅茶を代わりに頼んだ。すぐに用意され、出来立ての紅茶が置かれた。
「朝食を食べ終わったら支度をしよう。公子は屋敷に?」
「この時期ですのでお出掛けの予定は作らない筈です」
「あ、いたいた」
散歩に行くと何処かへ消えたヴェレッドも合流。シエルの後ろに回り、左襟足を口元へ持っていき囁く。声は当然2人には届かない。ヴェレッドが離れるとティーカップを持ったままシエルは「間の悪い」と零した。曰く、またエルリカがオルトリウスを訪ねて王宮へ来るらしく。時間も1時間程過ぎてから。
ある意味ではチャンスとも言える。エルリカが来たのを確認した後、ヴィトケンシュタイン公爵邸へ馬車を走らせればケインに会える。
「おば様は何をしに?」
「先代様に相談があるんだって」
先日は王都に来た際、オルトリウスが戻っていると聞いて挨拶に来ただけ。今回の用は何なんだろう。
「フリューリング先代侯爵夫人は大叔父上と随分仲が良いのですね」
ベルンハルドの疑問は最もだ。ファウスティーナも気になっていた。詳細を知っているのは当人等以外ではオズウェル。今からオズウェルに聞くのは無理。
「王宮で迷子になっていた先代様を見つけたんだっけ」
「それはオズウェル君ね。聞いた話じゃ、叔父上がオズウェル君に自慢しようと捕まえた蛇を持って王宮を走っている時に先王妃の茶会に呼ばれた夫人と遭遇して、気絶させたのが始まりだとか」
「蛇なんていたのですか!?」
当時は物騒で苛烈な時代。王太子であったティベリウスを排し、第2王子オルトリウスを担ぐ暗躍をしていた貴族はいて。王位継承権に砂粒の未練もないオルトリウスは彼等の動きを全て読み、後日破滅へ追いやったとか。没落しても当主が処刑されても問題のない家ばかりなのが幸いだった。
蝶よ花よと育てられた令嬢が生きた蛇を眼前に見せられ、絶叫を上げて気絶したと聞かされると若干気の毒に思う。相手は王子だったから謝罪で済まされたものの、その後エルリカはオルトリウスとの交流を望んだ。
見目麗しい殿方が好きだとは聞かされたがその頃から? と面食い振りに引くも、ファウスティーナは自身も顔の綺麗な人は好きだと思い出し他人事に出来なかった。
「そんな感じで叔父上は夫人と出会い、以降は良き友人として交流を続けてきたようだ」
昔ベルンハルドが蝉の抜け殻をネージュに見せてあげたくて布一杯に集めたのを部屋に持って行ったら、見舞いに来ていた王妃が目撃し、気絶した話を思い出す。
「司祭様も虫は平気ですよね」
「好きではないが苦手でもない、かな」
ファウスティーナはミミズは見られても足の多い虫は断固拒否であった。
その後も朝食を進め、完食すると各々支度をするべく部屋へと戻った。
ファウスティーナはシエルと共に彼の部屋へ。ヴェレッドはオルトリウスといると出て行き、ベルンハルドも着替えを済ませたらシエルの部屋へ来ると言い、1度私室へヒスイを連れて戻って行った。
「部屋で君の侍女を待機させている。ゆっくり準備しておいで」
「ありがとうございます」
シエルの部屋に入り、隣の部屋へ入るとリンスーが待っていた。
「お嬢様」
「おはようリンスー。待っててくれてありがとう」
「当然の事ですからお気になさらず。まずは着替えを済ませましょう」
「うん!」
既に選ばれていたドレスを着せられ、次に鏡台の前に座った。
淡い紫を基調とし、蝶の刺繍が成されたドレスは落ち着きがあり大人びた雰囲気がある。腰には濃い紫のリボン。
丁寧に何度も櫛で髪を梳かれ、今日はハーフアップにしてほしいと告げた。下ろすか、1つに纏めるか、でも良いが偶には新しい髪形に挑戦したい。結うのはリンスーだが。
「――完成です」
「わあ! ありがとう!」
いつもと違う髪形にすると人間イメージが変わる。可愛いと誉められると嬉しくて照れてしまう。外へ出掛けると時はもこもこショールを羽織ってくださいと手渡された。教会で生活するようになってから増えた。もこもこを渡される回数が多いのはシエルの趣味なんだと思うようになった。
シエルのいる隣の部屋に戻るとファウスティーナは目を丸くした。
「やあ、ファナ。これからお出掛け?」
エルリカが来たと聞いたらヴィトケンシュタイン公爵邸へ走り、話がしたい相手が部屋にいた。
「お兄様……? どうして此方に」
「リオニー様に会いたくてエルリカおば様が城に来るならと連れて来てもらったんだ」
「リオニー様に? 侯爵邸ではなく?」
「今の時期なら、侯爵邸よりも王城にいる方が会える確率は高いかなって。ファナだっているし」
「ああ……」
さすが兄。予想の的中率が高い。
「リオニー様に会われました?」
「まだ。城に着いて先代司祭様に会ったら、この人も一緒にいて。ファナが俺に話があるから来てって連れて来られた」
この人、とは愉しそうにしているヴェレッドの事。オルトリウスといてくれて良かった。
擦れ違いになっていた場合もある。
「話っていうのは?」
「実はお兄様にお願いがあって」
包み隠さず正直に全てを話した。ずっと黙って顔色変えないで最後まで話を聞いたケインの第1声は――
「いいよ」
だった。
あっさりと了承されて「え? 良いのですか?」と聞き返してしまった。
呆れ顔になられるもファウスティーナはお礼を述べた。
(ローズマリー伯爵夫人のお茶会、か。おば様と同じ、最後はシエル様かシエル様に指示された人間に始末される)
そうなってもならなくてもファウスティーナとベルンハルドには影響は出ない。ファウスティーナの好奇心を消し、安全を守る為なら思考する必要もない。
(俺個人としても知りたい事があるから、丁度良いしね)




