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婚約破棄をした令嬢は我慢を止めました  作者:
婚約破棄編ー最後にわらった人ー
267/353

身代わりと代理

 


 ヴェレッドの口にした“イル・マーゴ”とは、フリューリング家の当主でも選ばれた者にしか発現しない能力。魔術師の名を関するそれは絵本に登場する魔法使いのように何でも願いは叶えられないが制限付きで願いを叶えてくれる。王国の最後の砦と言われる理由も魔術師の力が大きい。先代フリューリング侯爵も魔術師の力を持っていた。2代続けて現れるのは稀だとヴェレッドは言う。本当に彼は女神や女神に関連する事柄に詳し過ぎる。リオニーは彼の正体を知っているのか、呆れたように息を吐いてファウスティーナを見下ろした。



「確実な証拠取りの為にティナ嬢を囮に使う作戦……悪いが容認できない」

「は、はい……」

「確かにティナ嬢がお茶会に参加すれば、母上もローズマリー伯爵夫人もこれ以上他の者を使って誘き出そうとはしないだろう。だが今度はティナ嬢に危険が及ぶ」

「それをリオニー様のお力で回避出来るのでは……」

「一応、はな。エルヴィラの悪夢もどうにかは出来るだろうが……根本的解決にはならない」



 根本的というのはリオニー曰く、エルヴィラの悪夢は誰かに強い呪いを掛けられたのが原因と言う。



「他人に呪いを掛けられるのはイル・マーゴか、不幸の糸に結べるイル・ジュディーツィオくらいだ。君達以外にそんな真似が可能だとしたら」

「人間ではなくても、女神なら容易だろうな」



 運命の女神フォルトゥナがエルヴィラに呪いを掛けたと言うのだろうか。また、魅力と愛の女神リンナモラートの可能性もあるとリオニーは語る。リンナモラートは人間の愛を導き、愛を与える。愛の裏側、憎しみをエルヴィラに与えた事により悪夢として具現化されたのやもと。



「仮に姉妹神のどちらかがエルヴィラに悪夢を与えたとしても理由は何でしょうか?」

「本人に聞いたら? 極稀に人間の振りをして姿を見せる時があるから」

「ええっ!?」

「これ先代様情報。実際に会ったから言ったんだろうね。そういうところ、先代様は嘘吐かないから」

「君と違ってね」

「うるさい」



 いつもならヴェレッドが茶化すのを、今回はシエルが茶化した。不機嫌げに口を尖らせた。

 女神が人間の振りをして姿を見せる? 御伽噺が現実となるのがこの国だがあまりにも非現実的過ぎて頭が追い付かない。

 フワーリン家とフリューリング家が持つ能力に関しては前回の記憶のお陰で知っている面もあって驚きは小さいだけ。

「め、女神様やフワーリン家、フリューリング家以外で他者に呪いを掛けられるとしたら誰になりますか?」



 シエルに問うと難しい顔をされる。



「考えられるのはもう1つの公爵家……グランレオド家だが……」

「グランレオド家は嘗て王国を衰退させた原因の1つ。能力は取り上げられているよ」



 シエルでもない、この場にいる者の声でもない、第3者の声が飛んできた。見るとオルトリウスがのんびりな歩調でやって来る。ファウスティーナ達の許へ来ると困ったと眉尻を下げた。



「朝早くから物騒な話をしているけど人払いはちゃんとしなさいよ。僕には丸聞こえだったよ」

「おっかしいな。ちゃんとしたのに。先代様に隠し事は出来ないから意味ないけどさ」

「徹底的に隠されたら僕だって見つけられないよ。それより、君達の話を全部聞いてたんだけどね」


「あーやだやだ悪趣味だ」「さいてー」

「うるさいよ仲良しちゃん達……!」



 シエルとヴェレッドが息ピッタリに悪態をつけばオルトリウスは2人を窘めた。今のオルトリウスは助祭オズウェルにそっくりだった。



「ファウスティーナちゃんに毒を盛ろうとした真犯人を捕まえたと聞いたよ。毒薬の入手先がローズマリー伯爵夫人だとも」

「侍女が語っただけで実際に伯爵夫人が購入した証拠はないし、渡したという証拠もない。彼女の証言だけでは伯爵夫人を捕らえるのには弱い」

「だからこそ、ファウスティーナちゃんが囮になって確実な証拠を掴みたい、か。悪くないがそうなるとファウスティーナちゃんには毒の訓練を受けさせないと」

「させませんよ」



 即答したのはシエル。元より囮作戦にも行かせる気がないシエルはオルトリウスの台詞で声色に明らかな苛立ちを載せた。ピリリとした感覚が肌を刺す。険しい様子のシエルをほぼ見た事がないから、怖くて堪らない、でも目だけは逸らせない。



「他人の手で毒を盛らせたのなら、当日だって毒を盛る。毒の耐性が何1つないこの子に毒を飲ませるのかいシエルちゃんは」

「毒の耐性訓練をたかが数日で完了できるとでも? 馬鹿な話は頭が腐ってからで結構です」

「ああ……嘘嘘、冗談だよ。シエルちゃんを本気で怒らせたいわけじゃないから。ただね」



 嘘を言っている雰囲気でもなかったが荒れ狂う嵐の前の静けさを保とうとするシエルの相手はこれ以上危険だと判断し、オロオロとするファウスティーナの目線に合わせしゃがんでオルトリウスは優し気に紡いだ。



「御覧の通りだよ。シエルちゃんは絶対に君を行かせたりしない、仮に行かせたとしても訓練をしていない君を危険な場所へは連れて行けない。だから、囮作戦は最初から使えないんだ」

「他にエルリカおば様とローズマリー伯爵夫人を止められる方法があるのですか?」

「あるにはあるけど……ハーヴィー君絶対嫌がるだろうね」



 ハーヴィー、と言えばラリス侯爵を指す。

 何故ここでラリス侯爵の名が出るのかと問うとラリス侯爵家の長女アエリアを身代わりに使うと返された。

 背筋が凍った。今回の件、アエリアは全くの無関係。慄然とするファウスティーナに説明は続けられた。



「アリストロシュ家の血を引くなら、生まれた時から耐性はある。リオニーちゃんが“イル・マーゴ”の力を使ってファウスティーナちゃんの身代わりに仕立てれば、きっとエルリカちゃんやローズマリー伯爵夫人は動いてくれるさ」

「お断りです。無関係な令嬢を巻き込むつもりは更々ありません。ラリス家だけではなく、アリストロシュ家を敵に回したいのですか」

「素直に言う事を聞いてくれる切り札(カード)なら幾つかあるよ? 僕はそれを使いたくない。話せばきっと頷いてくれるよ」



 人の善い顔をしながら口から放たれる言葉は怪物じみている。女神に見捨てられる寸前の国を建て直した王族の一面を垣間見た気がした。王家としてもラリス家やアリストロシュ家を敵に回すのは得策じゃない。ここは自分が、と名乗り出る場面でもない。

 お茶会の件を無かった事にしたら、また被害者が増えるだけ。明確な罪がないエルリカとローズマリー伯爵夫人を罰する事は出来ない。

 どうすれば、どうすれば、と思考を回転する。前の人生の記憶は何1つ役に立たない。というか、ほぼベルンハルドとエルヴィラ関連しか覚えていないので無関係だと役立たずもいいところ。ならば、ベルンハルドとエルヴィラ関連から得られる記憶で使える物はないかと探る。


 ふと、ある事を思い付いた。


 口調は丁寧なのに険悪な雰囲気を醸し出すリオニーとオルトリウス、シエルからそっと距離を取ったファウスティーナは面倒くさそうに頬を指先で掻くヴェレッドの腰を突いた。



「何、擽ったいんだけど」

「あの……さっきアエリア様を私の身代わりに仕立てるとオルトリウス様は仰っていたではありませんか。それはどうやって?」

「フリューリング女侯爵様にやってもらうのさ。“イル・マーゴ”の力を使って」

「アエリア様以外でも可能ですか?」

「条件はあるけど」

「条件?」

「そう。似た体格、年齢、その他色々」

「体格……」



 ファウスティーナは思い付いた考えがすぐに使えないと知り肩を落とした。予想をされたらしく、ヴェレッドの問いに力無く頷いた。



「強大で偉大ではあるけど魔術師の力は魔法使いとは違って何でもは叶えられない。まあ、お嬢様の考え悪くはない。お嬢様と似た体格となると同年代の子供だけど」

「そうだとアエリア様になってしまいますので今のはナシで」


「――それは僕にも出来る?」



 へ、と間抜け声を晒さなくて良かった。突然聞こえた声に皆の視線が一斉に動いた。大人4人とファウスティーナの視線が集中してたじろぎながらも、居心地が悪そうに目を泳がせるベルンハルドは覚悟を決めてファウスティーナの前へ。



「で、殿下……!?」



 何時からここに? と呆然とすると気まずそうにオルトリウスが話に入ってからだと言う。元々オルトリウスと来ていたらしく、出る時期(タイミング)を見計らっていたとか。



「ごめん……ファウスティーナの元気が昨日から無いのがずっと気になってて。起きたら誰もいなくて、部屋を出たら大叔父に会ったんだ。それで大叔父上に言ったら、丁度ファウスティーナ達が此処で話しているのを見掛けて……聞いていたら理由が分かるんじゃないかって居たんだ……」

「なあに王太子様。お嬢様の真似をするんだよ? 出来るの?」

「出来るさ! ……た、多分」



 最初に強気で言い放ったものの、次第に自信を無くしたのか曖昧な言葉を漏らした。



「ずっとファウスティーナを見てたんだ。完璧じゃなくても真似くらいなら」

「あのおばさん、お嬢様が不細工な真似したらそこを徹底的に突いてくるよ? きっと周りも。王太子様は人の悪意に耐えられる? 女の嘲笑や嫌がらせは男以上に陰湿で惨いよ」

「……」



 ヴェレッドの嗤いの混ざった声に冗談はなく、本気しかない。口元は笑っていも目は一切笑っていない。冷たさを通り越して何も宿していない。言葉に詰まったベルンハルドは言葉を慎重に選んでいて、自分の代わりを王太子である彼にさせられないファウスティーナは開き掛けた口を手で塞いだ。

 勢いが強くて良い音が鳴るも構っていられない。



「だ、駄目です! 殿下に危険な行為はさせられません! 殿下は無関係なんですよ!?」



 ファウスティーナの手を握って口から離したベルンハルドは首を振った。



「無関係でも話を聞いた以上黙って見ているだけじゃいられない。けどファウスティーナだって無関係だ。ただ先代侯爵夫人の娘に似た、それだけで恨まれるなんて可笑しいじゃないか」

「その可笑しさを現実に持って来てしまったのがおば様達なんです。身内という観点から言えば私は無関係ではありません。……あ」

「どうしたの?」



 ベルンハルドの怪訝な声に応えず、身内、身内、とブツブツ繰り返すファウスティーナ。身内、身内。瞬きを何度も繰り返して考えを纏め、神妙な面持ちでベルンハルドとの成り行きを見ていたリオニーの足元に行った。



「……エルリカおば様は私以外の身内には穏やかですよね?」

「私やティナ嬢以外にはな。それがどうした?」

「ということは、盛ったりはしませんよね……?」

「……」



 ファウスティーナは自分の代理で身内と付き添いの誰かを行かせるのはどうかと提案した。ファウスティーナでなければ向こうは手荒な真似はしない。アエリアの身代わりと同じ話になると言われるが首を振った。

 理由を話さないといけなくなるがここぞという時とても頼りになる身内がいる。当日にファウスティーナの代理としてローズマリー伯爵邸へ行ってもらい、追い返されればそれまで、中へ入れてもらえれば毒の入手経路を探れる。

 ふむ、と右蟀谷に指で触れたリオニーは思案して。



「悪くはない。ただ、一体誰を行かせる?」

「お兄様に頼んでみます!」



 お茶会には貴婦人達が楽しんでいる時、違う場所で令嬢令息も集まる。冷静を通り越して無反応ではないかと時折抱くも、兄程頼りになる身内はいない。

 次に付き添いは誰か、になった時、即手を上げようとするも「優秀な騎士を付けよう」とシエルがファウスティーナの動きを封じた。上げかけた手を思い止まらせたファウスティーナに近寄り空色の頭をポンポン撫でた。



「君の案は悪くないから反対はしない。ファウスティーナ様、君にしか頼めないお願いがある」

「はい!」

「ふふ……公子に行ってほしいのなら、君から公子に頼んでくれるね?」

「勿論です!」



 実際に伯爵邸に入れてもらえるかはともかく、先ずはケインの了承を得ないと始まらない。



「ファウスティーナ。僕も同席していい?」

「構いませんがご予定は大丈夫なのですか?」

「うん。午前はファウスティーナ達が教会に戻るからってことで空けてもらったんだ。今は良かったと思ってる」

「でも、殿下を巻き込んでしまって……」

「僕が勝手に首を突っ込んだんだ」



 ファウスティーナに関係する事なら何でも知っておきたい。と言えれば格好良いのだろうが、続きを言えず、薄ら顔を赤くしたベルンハルドは心配され何でもないと手を振った。



 ――ファウスティーナから離れたシエルは「やれやれ」と苦笑を漏らした。



「これで気は済んでくれたかな」

「自分で行くって話を聞かないよりかはマシじゃない。で、付き添いって誰付けるの?」

「ふむ……“メルク”にしようか」

「名前違うだけであいつじゃん。幾つ顔と名前あるの?」

「さてね」



 ファウスティーナを見つめつつ、話が纏まったと肩から力を抜いたオルトリウスに囁いた。



「毒の入手経路は叔父上にお任せしても?」

「メルちゃんを使うなら、僕の出番はないじゃないか」

「ありますよ。叔父上にも原因があるんですよ? ――さっさと始末してくれたらいいものを……情に絆され野放しにしている時点で貴方も同類だ」

「僕は兄上やシエルちゃん程、あっさりと捨てられない。自分でも吃驚さ」



 軽快に嗤ったシエルは他者をゾッとさせる艶笑を見せ――



「先王妃に呪いを掛けられた時から人間は終わっていますよ」







読んでいただきありがとうございます。



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― 新着の感想 ―
シエルってアーヴァにしてもファウスティーナにしても結局のところ、自分の鳥籠に入れて愛でたいだけな男だよな。 どんな生涯も、成長に繋がりそうだとしても取り除いて、外堀から埋め、囲いこもうとする異常者の匂…
[一言] 物語の展開だからとはいえ。 リオニーは自分の母親、シエルは王弟なんだから「証拠が無いと動けないんです」なんて言わないでも強硬手段(言いがかりによる軟禁など)使っても許される権力サイドなんです…
[一言] シエル様なら二人の陰険おばば達くらい秘密裏にやっちゃ…モゴモゴ(^x^;)
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