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婚約破棄をした令嬢は我慢を止めました  作者:
婚約破棄編ー最後にわらった人ー
264/353

1人で寝ると悪夢を見て、3人で寝ると見る夢は

 



 緑豊かな夏も秋を迎えると木々は相応しい色に変化していった。

 季節は巡るもの。

 春が終われば夏が、夏が終われば秋が、秋が終われば冬が、冬が終われば春が。

 一年の中で4度起きる変化は急速な時もあれば、非常にゆっくりとした足取りでやって来る時もある。

 季節によって自然の色が変わっていくのであれば、人間は季節関係なく変わっていく者もいれば変わらない者もいた。

 紅葉の絨毯を歩く背をベルンハルドは声を掛け追い掛けていた。何を言っても、叫んでも、先を歩く男性シエルは立ち止まってくれない。側に控える助祭オズウェルが気の毒な目を向け、共にいるジュードが憐れむも彼等もまたシエルに倣って歩き続けた。



「叔父上っ、叔父上! お願いです、教えてくださいっ、彼女は、彼女は何処にいるのですか!」

「叔父上が匿っていると知っているんです! どうか教えてください叔父上!」

「一目でいい、彼女に会わせてくださいっ! 叔父上! 叔父上!!」



 走っても走っても走っても――。

 足を速く動かし必死に叫んでもシエルは一定の速度を保ったまま歩き続けていた。ベルンハルドは一向に追いつけない。

 彼女に、ファウスティーナに会いたい。ずっと探していた。父王に捜索を禁じられ、“運命の恋人”であるエルヴィラを愛する事がお前の果たすべき責任だと突き付けられても、周囲にお似合いの夫婦だと祝福されても。

 ベルンハルドが常に求めるのは元婚約者ただ1人。



「叔父上――!!」



 渾身の叫び声を上げてもシエルは変わらなかった。ベルンハルドはシエルの冷酷さをこの数年で嫌と言う程思い知った。

 ファウスティーナを心底大事にする理由は不明なままでも、ファウスティーナの心に深い傷を付けた自分に酷く怒っているとシエルの側にいる男性は愉しそうに教えてくれた。ここ数か月の間の話。


 会いたい、ファウスティーナに会いたい。



「っ!!」



 シエルを追い掛けていたベルンハルドの動きが突然止まった。体を後ろからすごい力で引っ張られそうになり、意地でも動くものかと足を踏ん張らせた。体に絡みつく赤い花は次第に増えていき、胴体だけではなく手足にも巻き付いた。

 聞こえてくるのはエルヴィラの声。



 ――ベルンハルド様

 ――ベルンハルド様

 ――ベルンハルド様

 ――ベルンハルド様

 ――ベルンハルド様

 ――ベルンハルド様

 ――ベルンハルド様

 ――ベルンハルド様

 ――ベルンハルド様

 ――ベルンハルド様

 ――ベルンハルド様

 ――ベルンハルド様

 ――ベルンハルド様

 ――ベルンハルド様

 ――ベルンハルド様

 ――ベルンハルド様

 ――ベルンハルド様

 ――ベルンハルド様

 ――ベルンハルド様

 ――ベルンハルド様

 ――ベルンハルド様

 ――ベルンハルド様


 声の主はエルヴィラ。エルヴィラは1人しかいないのに、エルヴィラが何十何百人もいる錯覚を覚えさせた。


 体が引き摺られていく。

 ファウスティーナに会いたい。

 ファウスティーナに会いたい為にエルヴィラを城に置き危険を承知でシエルの許に単身来たのに。

 台無しとなっていく。シエルからどんどん遠ざかって行く。

 視界までも赤い花に覆われた時――絶望が思考を覆った。












「つん」

「うわ!!」



 ハッとなったベルンハルドは愉快そうに笑いながらも顔色の悪いヴェレッドの登場を訝しむ。何度か見てきた様子で一番悪そうだ。それよりも自分の異変に驚いた。寝る前に読書をして明日の朝食でファウスティーナと話す話題を作りたかった。途中、眠気に襲われページを開いたまま机に突っ伏して寝てしまった。額から眉間へ、鼻の横を通って唇に触れた汗を袖で拭うと自分が驚く程の汗をかいていたと知る。

 顔が真っ暗になったと思いきや、上から布で顔を強く拭かれた。力加減を無視されたせいで布――ハンカチが退くと顔が若干ヒリヒリ痛む。拭いた本人は悪びれる様子もなく、顔色が悪いまま顔を覗き込んだ。



「悪夢でも見た? すごい汗だったよ。何を見たの」

「悪夢……何も覚えていない」



 見ていないとは言えない。覚えていなくても何かを見たのは覚えている。



「ふうん……どうでもいいや」



 意味ありげな視線を一瞬貰うも言葉通りの感情を出し、ハンカチを握ったヴェレッドは愉快そうな表情に戻りベルンハルドを見下ろした。



「王太子様後は寝るだけでしょう? シエル様の部屋に行こうよ。今なら面白いものが見れるよ」

「叔父上の? 叔父上はまだ起きていらしたのか」

「シエル様とお嬢様の喧嘩見てて楽しいよ」

「……え」



 聞き間違いでなければ今喧嘩と言った。確かにけんかと言った。

 シエルとファウスティーナが喧嘩? どのような経緯があったというのか。

 常に微笑を崩さず、たった1人を除いては物腰柔らかで優しいシエルと自身の婚約者でシエルの庇護下にあるファウスティーナが喧嘩……。



「叔父上とファウスティーナが……本当に?」

「ふふ。面白いよとっても。お嬢様は真剣なんだろうけど、シエル様からしたら可愛くて仕方ないんだろうね」



 ヴェレッドの言い方に多少苛つくもまずは状況確認をしたいベルンハルドは、愉しげに案内役をするヴェレッドに付いて行った。

 シエルの部屋に到着すると室内では、この世の誰よりも美しい温かい笑みを浮かべるシエルと真剣な眼差しを向けているファウスティーナがいて。側にいるリンスーはオロオロとしている。喧嘩といっても深刻なものではないらしい。

 ベルンハルドがファウスティーナの名を発する前にファウスティーナがシエルに近付き。



「こればかりは司祭様と言えど譲りません!」

「困ったね。私は何処でもいいが君はそうはいかない。寧ろ、私がしたくないんだ」

「では、やっぱり分けるべきです。それが駄目なら私がソファーです! 私は体が小さいから窮屈にはならないですし」

「だーめ。君は大人しくベッドを使いなさい。風邪でも引いたら大変だ」

「暖かい恰好をして眠りますし、滅多に風邪は引きませんよ」

「万が一ということもある。前に湖に落ちた時は風邪を引いたでしょう?」



 うっと言葉を詰まらせたファウスティーナを前に、覚えがあるベルンハルドはあったなと記憶の引き出しから探っていると不意に視線を感じ意識を前へ戻した。蒼と薄黄色の瞳が揃って自分に向いていて吃驚してしまった。



「おや。どうしたのベル。子供は寝る時間だよ」

「それを言うならファウスティーナもです。そこの人に叔父上とファウスティーナが喧嘩をしてるって言われて……」

「ヴェレッド……」



 呆れた蒼の眼をヴェレッドにやりつつ、こっちにおいでとシエルに手招きをされたベルンハルドは近付いて。

 少し前に王妃宮でトラブルがあった為にファウスティーナの安全確保目的で当初の予定通りシエルの部屋にいさせる事となり、更に明日には一旦教会へ戻る事が決まったとも告げられた。トラブルとは何かと問うてもシエルもファウスティーナも口を閉ざして話してくれない。話せない余程の事なのかと却って気になるも「王太子様が気にしたって解決しないよ」とヴェレッドに茶化され、一瞬苛立つも「そういう事」とシエルに言われてしまえば苛立ちも萎み。納得するしかなかった。


 2人……主にファウスティーナが頑として譲らないのがお互いの寝る場所。部屋の主はシエル。ならシエルがベッドを使い、自分はソファーで寝るとファウスティーナは受け入れない。



「体が小さな私がソファーで寝るべきです!」

「寝る場所に拘りはないんだ私は。寝ようと思えば座りながらだって寝れるから」

「お嬢様寝相悪そうだからソファーでなんか寝たら落ちるよ」

「悪くありません!」



 茶化す隙間があると必ずと言っていいほどヴェレッドは茶々を入れてくる。慣れているファウスティーナでも毎回言い返している。ファウスティーナの場合は寝相はともかく寝付きが良すぎる気がしてならない。



「王太子様はどっちがいいと思う?」

「どっちって?」

「シエル様とお嬢様、どっちで寝るべきかって話」

「叔父上は大人なんだし、ファウスティーナがベッドで寝ても問題はない筈だよ」

「じゃ、じゃあ、殿下が私と同じ状況だったらどうしますか?」



 ファウスティーナと同じ場合だったら……と考え始めた矢先、思考を「どっちも同じ」とシエルの声で遮られ「うわ!」と慌てる声がし、見るとファウスティーナを抱き上げたシエルが寝室へと入って行く。追い掛けたらベッドに寝かされるファウスティーナと目が合った。



「司祭様に風邪を引かれたら助祭様気が気じゃなくなるかと……!」

「引かないし気にしないよオズウェル君は。君が風邪を引く方が気にするよ」



 もこもこ毛布を掛けられ、ベッドサイドに置いてある椅子を引っ張り出したシエルは横にさせたファウスティーナの頬を撫でつつベルンハルドをおいでと呼ぶ。



「ファウスティーナ様が寝たらベルは部屋に戻ろう。私が送ってあげよう」

「1人で帰れますよ」

「はは、そう言わないの。折角同じ場所にいるのだから」


「何だったらさ」



 と後ろから声を投げてきたヴェレッドがとんでもない発言をした。



「シエル様とお嬢様と王太子様、3人で仲良く寝れば?」



 瑠璃色、蒼、薄黄色の瞳が一斉にヴェレッドへ集中するも薔薇色の瞳から愉し気な気配は消えない。



「何を馬鹿な……」

「王太子様に気遣って言ってあげてるの」

「どこが……!」

「王太子様からすると幸福じゃない。お嬢様とシエル様が大好きな王太子様からしたらね」

「っ~!!」



 ファウスティーナは勿論、叔父としてシエルを慕うベルンハルドからすれば正直に言われると非常に恥ずかしい気持ちがあった。急激に顔が赤くなるも、じっと自分を見ているシエルに気付き、オロオロとしてしまう。ふっと、ファウスティーナを見て目が合う。お互い無言ながらも見る見る内に頬を赤く染められ……ベルンハルドもまた赤くなってしまい、俯いてしまう。

 原因である彼に怒りを覚えつつ、この場をどう乗り切るかを考える。まともな予想ならこの後シエルが発するのはベルンハルドを部屋に戻す発言。王弟の部屋なのだ、大人が子供2人と大人1人が一緒に寝ても十分な大きさの寝台。問題なくても寝れない。

 自分から部屋で寝ると言おう。と、顔を上げたら側にシエルがいて。驚く間もなくファウスティーナにしたみたいに抱き上げられ寝台に寝かされた。

 ファウスティーナの隣だが人1人入れるスペースが空いている。「叔父上!?」一驚するベルンハルドと大きな瞳を開閉するファウスティーナを左右に置き、間に座ったシエルは普段と変わらない微笑みを見せた。



「どうしたの」

「どうしたのって……」

「11歳にもなって抱っこされるんだ王太子様」

「なっ」

「ベルは男の子だね。さすがにこれ以上大きくなると抱き上げるのに苦労するよ」

「僕は抱っこをされる年齢じゃありません!」

「お嬢様はよくシエル様に抱っこされてるよ」

「ファウスティーナは女の子だから良いんだ」



 これから身長も伸びれば体重だって増えていく。シエルに構われるのは素直に嬉しいが大きくなっていくにつれ、王子、王太子としての責任は増していく。嬉しい反面、恥ずかしさがあるのも事実。そして、7歳の時と比べると体重も体格も違う自分を軽々と抱き上げた力はどこからきているのかと興味が出て来た。特別鍛えている風には見えないのに、シャツのボタンを数個しか留めてないから無駄のない引き締まった体をチラ見する。

 ヴェレッドの言う通りシエルはファウスティーナをよく抱き上げる。教会に遊びに行くと時々見る。ファウスティーナは恥ずかしそうにしながらも何だかんだ嬉し気で、ファウスティーナを構うシエルも楽しそうであり嬉しそうでもある。そこに自分が行くと2人の視線が集中する。呼び名は違えど2人の声は何時だって自分が来るのを待っていた。


 頭に手が乗り、見上げると穏やかに笑みシエルは撫でながらこう語る。



「そこのうるさい子の言う通り、今日は3人で寝ようか」

「ぼ、僕は構いませんがファウスティーナはいいの?」



 シエルの隣にいるファウスティーナに問うと困った風に眉を八の字にするも。



「私も構いません。司祭様ってこうと決めると折れてくれないんですよ」

「こうしないと君はソファーで寝ると譲ってくれないから。まあ、子供2人に囲まれて私も暖かく眠れそうだから今日はこれで寝よう」



 ファウスティーナも嬉しそうにしている。見ているだけで胸が温まる。



「ファウスティーナがソファーで寝ても、眠った後叔父上がベッドに運んでいそうだから、起きたら場所が違っていたんじゃないか」

「あ……そう思います?」

「思うよ」



 シエルはきっとファウスティーナを移していた。


 最後まで愉快そうに笑いながらヴェレッドが部屋を出て行くと3人は寝転んだ。間にシエルがいた方がファウスティーナと話しやすい。お互いの距離が近すぎたら何を話すかの問題の前に、緊張と恥ずかしさで眠れたかさえ謎であった。



「叔父上。本当にファウスティーナは教会へ戻るのですか?」

「陛下とはもう話した。残念だが次に会えるのは『建国祭』当日かな。当日まで日数がなくバタバタするけど我慢してねファウスティーナ様」

「私は平気ですよ」



 トラブルの内容はヒスイに頼み密かに調べてもらおう。胸に魚の小骨がちくちく刺さった不愉快な感覚があり、気になった事はとことん調べ満足すれば終わりにしたらいい。


 シエルの「さあ、お休みファウスティーナ様、ベルンハルド」の言葉で2人は互いにお休みなさいと紡ぎ瞳を閉じた。


 1人では感じられない温もりと甘い薔薇の香り、大好きな婚約者の存在のお陰か。

 1人で眠った時に見た悪夢は一切見なかった。代わりに見たのは、大きくなった自分が同じく成長したファウスティーナに形が歪な花の冠を渡していた。渡すならもっと綺麗で完成度の高い物を……と夢の自分に呆れるも、ベルンハルドの手作りだから特別嬉しいのだと至高の花も希少価値の高い宝石すら霞む嫣然たるさまに目を奪われた。



 ――ずっと、このまま一緒にいたい。ファウスティーナと。



 十分に叶う願いなのに、心の奥底で消えない恐怖がある理由を彼はまだ知らない。








読んでいただきありがとうございます。



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― 新着の感想 ―
なんか…普通にシエルはファウスティーナは娘だからって前提で同じ部屋、ベットで寝ても問題ない。って話に持っていってるけど、ただの小児性愛者にしか感じられない…気持ち悪いよ。 ファウスティーナって11歳で…
前半ホラー、後半パパさん甥っ子を甘やかすの巻
ベルンハルドに纏わりつくエルヴィラの赤い花が怖すぎるこれホラーだな今世のベルンハルド可哀想
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