どこで寝る?
「話は変わるけど何かあったの? 王妃宮に入る時、人が慌ただしかったけど」
相手がネージュと言えど、他言無用の話は出せない。適当な理由はないかと探っていると黙っていたヴェレッドが「王様が来ていたからでしょう」と助け舟を出してくれた。
「父上が? ファウスティーナ嬢に会いに?」
「お嬢様じゃなく、先にいたシエル様に、かな」
「叔父上と父上がいるだけでそうは慌てないよ」
「人が動いているからって他に何が起きているの? 起きてないでしょう。なら、この話はもう終わり」
「……」
納得いかなさそうな顔をし、少々頬を膨れてみせるもヴェレッドに冷たくあしらわれるのに慣れているファウスティーナは相手が誰になっても変わらない態度にハラハラとする。最たるは国王シリウスだが、シリウスになると彼の愉快度が格段に上がる。シエルがいるとそこそこで終わらせるがいない時はシリウスが明らかに苛立っているのを感じる。なので、一緒にいると場の空気が重くて退場したくなるのだ。
小さく溜め息を吐いたネージュはこれ以上言及しても何も得られないと悟り、ファウスティーナへ向き直った。
「王妃宮で退屈はしてない?」
「とても良くして頂いているのでしていません」
「なら良かった。遊び相手が欲しくなったら言ってね。兄上が無理でもぼくの手が空いている時もあるから」
「殿下にそのような」
「良いんだよ。ぼくだって、遊びたくなる時はあるんだ。勿論兄上にも。『建国祭』まで少し余裕があるから、今度教会での生活をぼくに聞かせてよ。兄上がよく話してくれるけど実際に体験しているファウスティーナ嬢の感想が聞きたいんだ」
「はい! 是非」
心の底からベルンハルドとネージュの関係が良好で良かったと抱き、絶対に壊させないと誓う。
ネージュと話しているとファウスティーナはふと、王城で人気が少なく大きな木がある場所を思い出した。そこは厳しい王妃教育や冷たい態度を決して崩さないベルンハルドが嫌になって隠れてファウスティーナが泣いていた場所。そこで泣いていると必ずネージュがやって来て、優しく手を引いて別の場所へ連れて行き泣き止むまでお菓子を食べた。1度見つけてからはきっとそこでまた泣いているのだとネージュは予想するのか、ファウスティーナが中々戻らない時はネージュがそうやって見つけ出して慰めてくれた。
――あれ? でもこの光景……
あれは8歳の誕生日を迎えた日。誕生日の祝福を終え、屋敷に戻ってベルンハルドにプレゼントのお礼の手紙を書き終えてソファーで眠った時に見た夢と同じ。
第3者目線で見ていたファウスティーナが視線を感じて上を見たら、非常に険しい瑠璃色の瞳で下を見ていたベルンハルドがいた。
読唇術で従者とベルンハルドの会話を読み取り、あの時は誕生日当日に見なくても……と落ち込んだものだ。
ひょっとして、思い出せていない記憶の鍵になるのでは? と抱く。
「ぼくはそろそろお暇するよ。ありがとうね話し相手になってくれて」
「私の方こそ、ネージュ殿下とお話出来て楽しかったです」
ソファーから立ったネージュを見送ろうとするも手で制され、侍女の名前を呼んで扉を開けさせネージュは「お休み」と告げ、部屋を出て行った。
扉が閉められると「お嬢様、そろそろお休みになられますか?」リンスーに訊ねられる。眠気はあまりなく、ベッドに横になっても眠れる気はしない。
「ヴェレッド様は病室に戻りましょう。やっぱり、顔色が良くないです」
「解毒剤を打たれてるから、後は時間の問題。その内顔色だって戻るよ。それよりお嬢様、さっきの第2王子様の話気にならない?」
「と、いうと?」
「第2王子様が言っていたのには同意する。妹君は王太子妃になれるよって言っても、大して変わらない。最悪の場合、公務を熟す側妃が必要となるかもね」
「そ、そうですね」
実際、前回王太子妃となったエルヴィラに公務を熟す能力が皆無だったせいでファウスティーナと王太子妃の座を巡り争ったアエリアに側妃の矢が立った。
「万が一もないだろうけど、王太子様が心変わりして妹君を選ぶとするよ。必ず側妃が選出される。そうなると候補として上がるのはまずフリージア公爵令嬢、ラリス侯爵令嬢。他は似たようなのしかいないから……この2人に絞られるかな」
それもまた前回と同じ。ジュリエッタの場合は貴族学院在学中に隣国へ留学となり、そこで婚約者を見つけたので側妃候補から外された。
「まあ、ラリス侯爵令嬢の方は跡継ぎ候補に名乗りを上げて絶賛猛勉強中みたいだから、きっと側妃候補からは外される。残るはフリージア公爵令嬢。……と言いたいけど、メルディアスがそうなる前に手を回すか」
「メルディアス様?」
彼はフリージア公爵の弟でジュリエッタは姪に当たる。ヴェレッド曰く、姪を可愛がっているから生贄同然の側妃にさせまいと兄公爵を動かして夫人の実家がある隣国へ逃がすだろうとの事。
もしかすると前回ジュリエッタが隣国へ行ったのもメルディアスが裏から手を回したのでは? と抱くように。
「お嬢様は王太子様が心変わりする方に期待した?」
「何てことを……!」
リンスーが憤慨する気持ちは分からないでもないが今は堪えてほしいので落ち着いてもらい、面白げに見てくるヴェレッドに言葉を返した。
「心変わり、というより、殿下とエルヴィラがフォルトゥナが結んだ運命によって結ばれていたら私は潔く身を引きます」
運命の女神が結ぶ運命の糸は絶対であり、間違えが無い。それに異を唱え、別の運命に結び直す能力を持つのがイル=ジュディーツィオ。運命ねえ……と薄く笑い、鋭利な目を向けられ背筋が凍った。
「それってお嬢様がフォルトゥナに願ったから結ばれた糸じゃなくて?」
「私が……? 私が願ったところで……」
「フォルトゥナはリンナモラートの嘆きを憐れみ、生まれ変わりを作った。大層な妹思いの姉神さ。お嬢様はリンナモラートの生まれ変わりだ。当然、君の願いは妹の願いと同等。君が強く願えばフォルトゥナは叶える。王太子様と妹君が結ばれるようにって、願えば」
「!」
ヴェレッドは人を揶揄い、冗談半分の言葉を紡いでは相手を怒らせる。
しかし、長く過ごしていると彼が嘘を言っている時と言っていない時の声色を聞き分けられるようにはなってきた。
今のヴェレッドの声に偽りはない。真実を話している。女神についてシエルやオズウェルよりも深い知識を披露する彼の正体は一体何なのだろう。
けれどファウスティーナにとってこの話はかなり貴重だ。
『建国祭』当日は王族がいる上座へ行くとまずは、初代国王ルイス=セラ=ガルシアと魅力と愛の女神リンナモラートを祝福する運命の女神フォルトゥナが描かれた絵画へ礼を見せる。姉妹神と初代国王に敬意を表す為に。その次に国王夫妻と王子達への礼。
願うのは教会であるがその時に願うのもありなのではと抱いた。絶対に叶う保証はなくても、実践する価値はある。何より、声に出さず心の中で願うので誰にも気付かれない。特別な行為もいらない。
「お嬢様、今碌でもない事考えてない?」
「へ!? き、気のせいです! ヴェレッド様の考え過ぎです!」
「へえ? 実践したら本当に王太子様と妹君が結ばれるとか思わなかった?」
「思ってません!」
多分な揶揄いと疑惑が含まれた薔薇色の瞳に見られると気まずさが何百倍にも増して押し寄せて来る。視線だけは逸らさまいとヴェレッドの薔薇色の瞳を見続ける。逸らしたら、肯定したようものだから。
「そういう事にしてあげる」
「し、司祭様は何時戻られるのでしょうか?」
「そろそろ戻るんじゃないかな。お嬢様は王妃宮に戻らないでシエル様の部屋で寝なよ。毒の騒ぎなんて起きたんだ、シエル様は絶対に戻さないよ」
「では、私はソファーで寝たら良いですよね」
「寝たいなら寝れば。起きたらシエル様にベッドに運ばれているだろうけど」
次の問題が起きてしまった。
シエルの部屋で寝泊まりするのなら、何処で寝るかが問題となる。
シエルはファウスティーナをソファーで寝かせる真似はしない。
ファウスティーナは部屋主であるシエルをソファーで寝てもらう訳にはいかない。
シエルが戻ったら絶対にベッドで寝てもらうべく、リンスーやヴェレッドに協力を求めるが。
「お嬢様、私もその方と同意見です。絶対に後で王弟殿下に運ばれていると思います」
「普通にベッドで寝たら? シエル様どこでも寝れるから気にしないだろうし」
リンスーは兎も角、ヴェレッドに関してはそういう問題じゃない気がすると言いたくなったファウスティーナであった。
読んでいただきありがとうございます。
 




