その毒は自分が
髪の色が空色から赤色になっただけでも人の印象はがらりと変わる。自分がそうなったのだから、他人だってそうなる。肖像画を見ていないから、実際どの程度アーヴァと似ているか不明でも彼女を知る人達がそっくりだと言うのならそっくりなのだ。取り敢えずの好奇心は収まりを見せた。後からシエルやヴェレッドに話した。途中、メルディアスがシエルを呼んで内緒話をしていたが戻ったシエルの様子は変わらなかったので不穏な話ではなかったのだろう。
今日もベルンハルドと夕食を摂り、最中話題に上がったのはアーヴァ。ただ、今日は早くに別の話題となった。もうすぐ『建国祭』が開催される。王都では毎年街で多数の出店がある。『リ・アマンティ祭』よりも規模は大きいので出店数も増える。毎年、シトリンやケインとする露店巡りをファウスティーナは『建国祭』もベルンハルドと回ろうと提案をしてみた。
ベルンハルドもファウスティーナを誘おうとしていたらしく快諾された。
「『建国祭』はどんなお店を回っているの?」
「『リ・アマンティ祭』とそう変わりませんよ。毎年、掘り出し物がないか古書店や雑貨店を見て回ったり、美味しい物を食べながら歩いたりと」
「なら、僕達もそうしよう。王都には南側の街よりも沢山の店があるからとても楽しみだ。何処へ行くか今回も決めておこう」
「はい」
まだ日数はある。街の出店リストはベルンハルドが明日用意させるとなり、後は当日に着て行く服の相談。
「『リ・アマンティ祭』で着ていた服と同じで良いのでは?」
「あ、うん、そうなんだけど」
歯切れの悪さを不思議に思うとファウスティーナは心当たりを出した。
「帽子を深く被って歩くのは慣れませんよね」
「そういう意味じゃないんだ。えっと……、お揃いにするのはどうかなって」
「お揃い?」
「僕だけじゃなくてファウスティーナも帽子を被るのはどう? デザインもお揃いにしてもらって」
予想もしていなかったベルンハルドからの提案に呆けるも、お揃いという言葉を聞いて微かな戸惑いを打ち消す嬉しさが湧き上がった。
「はい! 是非、お揃いにしましょう!」
答えてしまった後にハッとなっても遅い。心の中で自分の馬鹿と大声を出しても遅い。程々の距離感でいようと決めたのは自分なのに、縮める行いをしてどうするのだと。ベルンハルドの喜ぶ姿を見てるとその考えも薄くなっていく。
食事を終えると各々の部屋へ戻った。ソファーに座ると側に控えていたリンスーにベルンハルドとのやり取りを微笑まし気に話され、照れて頬を赤らめた。
「王太子殿下もですがお嬢様も殿下と話している時楽しそうでなによりです」
「そ、そうかな?」
ずっとファウスティーナの傍で仕えているリンスーが言うのだ、どの侍女が言うよりも信頼性はある。力強く肯定されると余計恥ずかしくなって顔の赤みが増した。
ヴェレッドなら揶揄いが多分なのをリンスーは本心から応援してくれているので怒れない。
顔の赤みが消えた辺りでシエルが訪ねてきた。
「やあ、ファウスティーナ様。食後の散歩の誘いに来たのだけど如何かな?」
「行きます!」
教会で美味しいおやつを食べ過ぎて体重を気にしてきたファウスティーナは運動を多目に取り入れるようになり、シエルが散歩の誘いに来ると必ず応じている。シエルは子供は大きくなっていくものと気にしないよう言ってくるが醜く太って目も当てられない姿になって家族に迷惑を掛けてしまっては意味がない。醜い容姿を理由に婚約破棄も以前考えたものの、ヴェレッドに「馬鹿じゃないの?」と一蹴されて呆気なく散った。容赦なく切り捨てたヴェレッドに感謝しつつも、言葉の鋭さに時折凹み。
シエルが差し出した手を取って王妃宮の外へ出た。夜空を埋め尽くす星に夢中になりながらも、前を向いて歩いた。
「君の中のアーヴァへの好奇心、少しは落ち着いたかな?」
「そう言いたいのですがやっぱり肖像画を見てみたいです」
「難しいだろうね。昔、アーヴァに会えないからってフリューリング邸に忍び込もうとした不届き物がいてね。そいつはアーヴァに会えなくてもアーヴァの肖像画を盗めばいいという判断を下したのさ」
「ええっ」
不法侵入者は即捕まり御用となった。尋問して吐き出させた動機にリオニーや先代侯爵は呆れ果てたとか。ファウスティーナが聞いても呆れるだろう。その事件からフリューリング邸にあるアーヴァの肖像画は厳重に保管されることとなった。
「まあ、リオニーに頼んでごらん。粘って君が勝ったら見せてくれるさ」
「アーヴァ様が魔性の令嬢と言われる程魅力的な方なのは分かりましたが不思議ですよね。リオニー様は凛としている方なのに」
「そうだね……」
2人の見目が似ているにしろ似ていないにしろ、姉妹であると言われて信じられるかと聞かれると返答に困ってしまう。タイプが全く違う。
シエルと手を繋いでやって来た王妃宮の外は冷たい夜風が吹きながらも美しい庭園に目を奪われ寒さなど吹き飛んだ。ヴィトケンシュタイン公爵邸で見る庭もすごいが王宮の庭園ともなると規模が違ってくる。特に王妃宮にある花はシエラが直々に選んだ花ばかり。花好きなファウスティーナには持ってこいの場所でもある。
「気に入った?」
「とっても! 先王妃様の時代の庭園はどんな花を咲かせていましたか?」
「赤い薔薇を咲かせたら即首を刎ねていたかな」
「ええっ」
曰く、先王妃は大層な赤薔薇嫌いで間違えて植えて咲かせてしまった庭師の首を即斬り捨てさせた逸話を持つ。誰もが美しいと抱くものも人によっては違う感情を持つ。赤い薔薇にどんな感情を持っていたのかと問うと「秘密」と鼻頭をつんつん触られてお終いとなった。
「……やっぱり司祭様も私を子豚だと言いたいのですね?」
「そんな失礼な事はヴェレッド以外言わないから安心して。先の王族の話は今の君達には関係がないのさ。知らなくていい」
「……」
言われても気になってしまうのが人の好奇心というもの。知りたいと瞳で訴えてもシエルに「だーめ」とまた鼻頭を触られた。ジト目で見上げても効果なし。諦めるしかないと下を向くと「シエル」と呼ぶ声が。
王妃宮を訪れてもなんらおかしくない人――シリウスは険しい顔付きでシエルの側まで来た。
「少々話がある。公女を侍女に任せて私と来るんだ」
「嫌ですよ面倒くさい。……と言いたいところだけど……」
シエルの蒼い瞳がシリウスの後ろを向いた。ファウスティーナも釣られてシリウスの後ろを見てみるとヴェレッドが愉快気にわらいながら左人差し指で唇をなぞっていた。何を伝えているのかファウスティーナには不明でも、シエルには伝わっているらしく、繋いでいた手を離し頭を撫でられた。
「名残惜しいが急用のようだ。ヴェレッドと部屋に戻っていて」
「何かあったのですか?」
「大した事じゃないさ」
大した事じゃないのを態々シリウスが言いに来るのは有り得ない。聞いてもシエルは教えてくれない。ファウスティーナは渋々頷き、ヴェレッドの許へ。
「はは、シエル様教えてくれなかったんだ」
「はい……ヴェレッド様は何か知っていますよね?」
「知ってても教えないよ。シエル様に叱られる。今は厄介なのがいるから追加で叱られるから絶対言わない」
「誰に叱られるのですか?」
「自分で考えれば」
「……」
ヴェレッドが冷たく突き放す時、予感だがファウスティーナには絶対知られたくない事柄な気がする。
ほら、と差し出された手を取って後ろを向いたらシエルはシリウスと話しながら違う方へ行っていた。後姿を見つめ、ヴェレッドに声を掛けられると部屋へ戻るべく歩き出した。
「お帰りなさいませお嬢様。司祭様は?」
部屋に入るとリンスーが待っていてくれて迎えてくれた。
「陛下と大事な話があるから別れたよ」
「そうだったのですね。あ、先程王妃宮の侍女の方が飲み物を届けてくれましたよ。飲みますか?」
「頂くわ」
此方です、とリンスーからオレンジジュースが注がれたグラスを受け取って室内に入りソファーに座った。グラスの縁に口をつけて傾けジュースを口内へ流そうとすると誰かの手がそれを阻止した。誰か、とはヴェレッドだった。驚くファウスティーナからグラスを奪い取ると「俺に頂戴」とオレンジジュースを一気に飲み干した。
同時に外から慌ただしい足音が響き、軈て扉が乱暴に開けられた。勢いが強くて壁にまで扉が当たっていた。
慌てて駆け込んだのはシエルとシリウスの2人。尋常じゃない様子にヴェレッドがオレンジジュースを勝手に飲み干した事を忘れてしまう。
シエルが駆け寄りジュースを飲んでいないかと訊ねられた。「あの、ヴェレッド様が飲んでしまいました」と告げるとヴェレッドを見たシエルの蒼の瞳が瞠目していく。気になったファウスティーナも後ろを見て限界まで薄黄色の瞳を見開いた。
「ヴェレッド様!?」
オレンジジュースを飲み干したヴェレッドの口端から赤い液体が垂れていた。
「……あー……お嬢様飲まなくて良かったね、毒の耐性持ってる俺でもきついよこれ」と言うなり倒れた。
「ローゼっ!」と叫んだシリウスが即動き部屋にいる王妃宮の侍女達に指示を飛ばし医者を呼ばせた。
(私が飲む筈だったオレンジジュースに毒が……? ヴェレッド様は分かってて飲んだってこと……?)
唯一分かるのは、王妃宮の中にエルリカと同じ思考を持つ人が自分を狙っているという事実だけ。
「グラスだけじゃなく、瓶そのものに仕込むなんてね……」




