見落とし?
痛む額を指で揉み、書類に綴られた文字を何度も読み返す。同じ行為の繰り返しでもどこかで見落としがあるかもと見るがどこにもない。何故、何時、と問うても答えは返ってこない。ファウスティーナにつけた侍女はアレッシアが抜粋した優秀で家柄も良く、個人的事情でシエルを慕っていない。アーヴァに対して恨みを持っていない。この2つが最も重要な要素だった。抜粋したアレッシアも見落としがあったのかと酷く困惑していた。
あの時、ファウスティーナが赤い髪の鬘を被ってアーヴァそっくりになった姿を目撃していた人物達の内1人明らかに異変を起こした者がいた。1人気付いたシエラはその場では反応せず、部屋を出るとすぐさまアレッシアを呼び出し、ファウスティーナにつけた侍女の個人情報が記された書類を王妃の執務室に運ばせた。
「個人ではなく、家に関係があるとしたらどうでしょう」
「……いいえ」
シエラは緩く首を振った。一瞬同じ考えが浮かぶも、アーヴァの魔性の魅力によって家庭崩壊が起きた家じゃない。当主がアーヴァに夢中だったという話も聞いたことがない。隠そうとしても全く隠し切れないアーヴァへの恋慕は凄まじいものだった。
「困りましたね。今更彼女を公女付きから外すというのも」
「ええ。正当な理由があれば別なのだけれど」
実際は何もない。
顔を青褪めていたがファウスティーナに実害を及ぼしたとか、そんな話じゃない。
ファウスティーナがシエルとアーヴァの娘だと知らされていなかったら、シエラだって驚き過ぎて声を失っていただろう。瓜二つな母と娘。父親にそっくりだったら、それはそれで別の問題が浮上していた。主にシエルに並々ならない感情を抱くシリウスがずっとそわそわするだろう。
どちらに似ても、平穏に過ごせない。ファウスティーナが持って生まれた運なのだろう。
アレッシアはシエラが最も信用する侍女。ファウスティーナがシエルの娘だとも話している。驚いても決して感情を表に出さないアレッシアが微かに瞠目したのは記憶に新しい。
「他に考えられるとしたら、何かしら」
「フリューリング先代侯爵夫人かローズマリー伯爵夫人との繋がりでしょうか」
「その辺りを探ってみましょう」
問題の侍女の家は伯爵家。どちらとも繋がりを持っていても変じゃない。
「決して悟られないように」
「承知しております」
一礼をして部屋を出て行ったアレッシアと入れ替わるように今度はシリウスが入った。
「どうだった」
「何も。今、アレッシアに可能性がある方で調べるようにと」
「そうか」
今回の件はシリウスも予想外だったらしく、シエラから話を聞くと微かに動揺を走らせた。隣室で休憩しようとシエラが促すも「いや、すぐに出る」とシリウスは首を振った。
「ファウスティーナを強く止めるべきでしたね……」
「子供の好奇心は侮れない。私やシエラが止めたところで、あの子はきっと意地でも見ようとしただろう」
「好奇心が旺盛で猪突猛進に突き進む所はきっと父親に似てしまったのですね」
困ったと言わんばかりに頬に手を当てて息を吐いたら、気まずそうに顔を逸らされた。異母兄にそういった場面があるから。
咳払いをして話を戻したシリウスは1つある事を訊ねてきた。
「例の侍女は外せないか?」
「ええ。正当な理由がありませんもの。実際にファウスティーナに危害を加えた訳でもありません」
「念の為にメルディアスを影に付ける。あの子の側にはアレもいるが万が一がある」
「アレ?」
「小僧の事だ」
シリウスの言う小僧とは、幼少期のシエルが貧民街から拾った孤児。薔薇色の髪と瞳を持つ非常に見目麗しい青年。人を揶揄うのが好きでシリウスやマイムは特に標的にされていた。シエルに対しても軽口だが度を過ぎると怒らせるから程々にしているとか。
憎々し気に彼を呼ぶシリウスだが、時折重要な頼み事をしているのは知っている。何度か、文句を垂れながらもシリウスに従っている彼を目撃してきた。
昔、彼は本当に貧民街の孤児なのかとシリウスに聞いた。容姿が整い過ぎているのもあるが所作から滲み出る高貴な雰囲気や他者を圧倒する君臨者の顔をする場面を見ると相当な訳アリだと勘繰るも、苦い顔をするだけでシリウスは答えてくれなかった。
シエルが拾ってきたからオルトリウスやティベリウスが気に掛けていると思っても、かなり親し気にもしていた。彼本人は非常に鬱陶しそうにしていたが。
今は彼の事は置いておこう。問題はファウスティーナ、エルリカやローズマリー伯爵夫人が開催するというお茶会。『建国祭』前に開くと聞いているが日数も迫っている。
エルリカは必ずファウスティーナを誘き出そうとする。例の侍女から決して目を離さない。
「侍女の件は引き続き任せる」
「ええ」
――王妃の執務室からシリウスが次に向かったのは自身の執務室……ではなく、ファウスティーナがいる部屋。王妃宮の前にいた見張りに声を掛け、目的の相手がいるか確認をし、今は外にいると聞かされた。溜め息を吐きたくなるのをグッと堪え、聞いた場所へ歩を進めて行く。
アーヴァに瓜二つでも、シエルに瓜二つでも、ファウスティーナの容姿は誰かを刺激した。シエルにそっくりなら誰を刺激したか……きっと名前を言っても仕方のない人だ。
目的の人――シエルがファウスティーナの許を訪れ、夜の散歩と称して外へ連れ出したのは昨日を含めて2度目。女神の生まれ変わりを教会の司祭を務める王弟が気に掛けてもおかしくはない。限度はある。シエルはその辺りを線引きしようとしない。父と娘を引き裂いた元凶である自分が何を言ってもシエルは耳を傾けようとしない。
2人がいるらしい王妃宮の外へ進んでいたシリウスは掛けられた声に足を止めた。振り返ると普段の麗しい微笑みを欠片も崩していないメルディアスが立っていて。
「お、お許しください! 決して、わ、私はっ」
メルディアスの右手は例の侍女の腕を掴んで離そうとしなかった。
無表情のまま近付きメルディアスに問うた。
「何があった」
「本人の口から聞いた方が早いかと」
「お前が見たものを言え」
「シエル様が用意するよう命じたファウスティーナ様の飲み物に薬らしきものを入れてました」
「……そうか」
早々に尻尾を掴ませてくれた侍女から詳細を聞き出すべく、ファウスティーナとシエルが気付かない内に尋問部屋に連れて行くよう命じた。泣いて喚こうとした侍女に素早く猿轡を噛ませ、無理矢理引き摺って行くメルディアスを見届けた後。残ったシリウスは目的人がいる方へ再び歩き出した。
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