意味深
秘密のスイーツを堪能し、夜はぐっすりと眠ったファウスティーナ。リンスー達が起こしに来るまでには時間がある。ベッドで仰向けになったまま、考えるのはエルリカが語っていたお茶会。アーヴァに宜しくない感情を抱いているローズマリー伯爵夫人が主催のお茶会。良い事は何1つとして起きなくても、シエルが絶対に参加させないと豪語しても、不参加で良いのかと悩んでしまう。
アーヴァと自分は別人で他人。生まれる前に亡くなったと聞かされている相手に瓜二つと言われてもピンとこない。何より、絵姿を見た事がなかった。
赤い髪の……と考えた辺りで、1つ思い付いた。
時間が経過し、リンスーが起こしに来た。寝間着から普段着のドレスに着替え、毎朝の準備をしてもらうべく鏡の前に座って髪を梳いてもらう。鏡を見ながら鬘が欲しいと口にすると怪訝そうな顔をされる。
「鬘とは、またどうしてですか?」
「確かめたい事があるの」
絵姿を知らなくても、瓜二つなら同じ髪になったら分かるのではないかと至った。実際に髪を赤く染められなくても、鬘なら染める行為はいらない。
赤髪の鬘が欲しいと強請ると難しいと首を振られた。
「主に流通しているのは茶髪や金髪で、赤髪の鬘は珍しいですよ」
「そ、そうなんだ」
がっくりと肩を落としたくなるも、髪の毛を梳いてもらっている最中なので我慢して。鬘を持っていそうな知り合いもいない。
「売っていそうなお店はないかな」
「そうですねえ……鬘を取り扱っているお店を虱潰しに探すしかないですよ。けどお嬢様、何に使うかくらい教えてくださらないと」
「そうだね」
疚しい行いをしたくて欲しいのじゃない。アーヴァに瓜二つだとここ数日言われるようになって、どんな人なのか知りたい欲が強くなった。手始めに赤い髪になれば大体の姿が見えてくるのではと至って赤髪の鬘を欲しがった旨を伝えた。リンスーはアーヴァについてあまり詳しくは知らないと言う。
「私が知っているのもお嬢様とそう変わりません。非常に美しい方だったと」
「そっか」
詳細を知っているのはやはり身内であるフリューリング家の関係者と親しかったラリス侯爵夫人。シエルも親しい内の1人なのだが、昨日の様子から察するに深くは教えてくれなさそうだ。
母から貰ったアザレアの髪飾りを髪に付けてもらって支度は終わった。
今朝もベルンハルドと朝食を摂る約束をしている。というより、王妃宮にお世話になっている間は毎朝一緒となっている。
食事の場に着くとベルンハルドは既に来ていてファウスティーナを待っていた。朝の挨拶を交わしてベルンハルドの向かいに座った。
ファウスティーナが座るとテーブルに朝食が並べられていく。
朝食が終わったらリンスーと街へ行って赤髪の鬘探しをする。リンスーが言っていた通り、取り扱いが珍しいのなら時間が掛かりそう。先にベルンハルドに話して、朝食が終わったらシエラやシエルにも伝えておこう。
「ファウスティーナ。昨日の夜叔父上と何をしてたの?」
不意のベルンハルドの問いに昨日? と記憶を探り、すぐに思い出した。
「司祭様がスイーツを食べようと誘ってくれたのです」
「スイーツを? あんな時間に?」
「秘密のスイーツだから夜遅くに食べるのだと言っていました」
「そ、そっか。スイーツを食べていたんだ。……良かった……」
「?」
最後、何故かホッと息を吐いて小声で呟いたベルンハルドだが聞こえなかった。シエルと歩いていたのを目撃したなら、声を掛けても良かったのではと訊ねるとネージュとの先約があり、そちらを優先したからだと返された。先約があるのなら優先して当然だ。叔父シエルに何時でも会える貴重な機会にベルンハルドが浮かれているのが年相応の男の子で、前回の氷の如く冷たい態度の彼しか知らないファウスティーナからすると何もかも新鮮過ぎた。
食事をしながら朝食後何をするのかという話題になった。ベルンハルドはこの後剣術の稽古があり、今日は特に気合を入れて臨むのだと語られ疑問を口にしたらシエルが稽古をつけてくれるとのこと。彼がシエルを慕っているのはよく知っている。シエルに剣の腕が上達した姿を見てほしいのだ。
「ファウスティーナは何をするの?」
「私はリンスーと街へ行こうかと。探し物がありまして」
「探し物?」
「赤髪の鬘を探しにお店を回る予定です!」
「鬘……?」
顔にありありと鬘なんて要らないだろうと書かれている。理由を話そうと口を開き掛けると「お邪魔しまーす」と間延びした声が届いた。食事の手を止めて向くとヴェレッドが眠そうな顔を隠そうともしないで入ってきた。
「ふあ……早起きだねお嬢様と王太子様」
「おはようございます、ヴェレッド様。また、司祭様と夜更かししていたのですか?」
「してない。昨日はシエル様ご機嫌だったから、早く寝てくれたの。毎日早寝してくれたらいいのに。後、朝まで寝ててほしい。俺の睡眠の為にも」
もう1度欠伸をしてファウスティーナの横に立った。ベルンハルドの表情が不機嫌になったのを視界の端で捉えた。
「殿下? どうされました?」
「え? あ、いや、なんでもないよ」
指摘すると慌てて否定されるも、視線をヴェレッドにやるとやはり不機嫌な面になる。ヴェレッドの方も愉しそうにベルンハルドを眺めている。この2人の相性は変わらず悪いまま。
「シエル様がね、今日は王太子様の相手をするからお嬢様の相手を任されたんだ。今日は何をするの?」
「叔父上には剣術の稽古をつけてもらうんだ。遊びじゃない」
「遊びだよ、少なくともシエル様にしたらね。頑張って王太子様。もし、シエル様に1本取れたら良い事教えてあげる」
「叔父上から1本なんて……。……いや、分かった。絶対に取る。その代わり、良い事っていうのはなんなんだ?」
「今教えたらつまらないでしょう。教えない。王太子様にとったら、悪い話じゃないってくらいは言ってあげる」
「……絶対だぞ」
「はーいはい」
不服そうにしながらも納得したベルンハルドへ満足気に頷いたヴェレッドはファウスティーナに向いた。今日の予定を再度聞かれ、街へ出て赤髪の鬘探しに行くだのと言った。ぽかんとした顔をされるも眉間に眉を寄せたヴェレッドは瞼を閉じて。薔薇色の瞳が現れると「心当たりがあるよ」と言う。
「あいつ、メルディアスに聞いてあげるよ」
「メルディアス様ですか?」
「フリージア家は劇場に多額の支援をしている。役者が使う道具に鬘もあるんだ」
「赤髪は珍しいと聞きましたが……」
「珍しくても劇場なら1つくらいはあるでしょう。赤髪の登場人物のいる作品は沢山あるんだし」
劇場については考えていなかった。この後メルディアスの所に行って話を付けに行くヴェレッドは「その代わり」と付け足した。
「お嬢様。赤髪の姿で外を出歩かない事。王宮内も同じ。これを守れるならメルディアスに聞いてあげてもいい」
「私がアーヴァ様に瓜二つだからってそこまで」
「あのさ、お嬢様本気で危機感が無さすぎる。頭のヤバい奴っていうのは、こっちが想像もしない行動に移る時だってある。この前の『リ・アマンティ祭』が良い例だ」
「……」
アーヴァが亡くなったのは成人を過ぎており、ファウスティーナは11歳の子供。大人と子供を間違える相手はいないと言えないのはヴェレッドの言う言葉が尤もだからだ。
エルリカというお手本のような対象がいるのに。
鋭く、冷たい口調に頷くしかなかった。
ヴェレッドの言う通りにするにして、メルディアスに聞きに行く時同行したいと申し出た。それくらいならとヴェレッドも了承。
ふう、と安堵の息を吐いたファウスティーナはふとベルンハルドを見やった。視線を宙に彷徨わせ、瞬きを繰り返していた。何かを考え込んでいる。声を掛けるより、思考の渦から戻るのを待とう。
――ベルンハルドは強い引っ掛かりを抱き、思い出そうと記憶の引き出しを探っていた。
(アーヴァ……アーヴァ……どこかで聞いた名前だ……)
何処かで聞いた名前……何処で聞いたのか思い出せない。切っ掛けさえあれば思い出せるのに、思い出せなくて苛立ちが湧き上がる。
「朝食を食べ終わったら一緒にメルディアスの所に行こうか。王様にお使いを頼まれていないといいけど」
「!」
王様――父シリウスの声が思い出される。
“アーヴァの盲信者め……”
アーヴァの盲信者とシリウスは忌々しく口にしていた。8歳の誕生日を迎えた当日のファウスティーナを誘拐した犯人はアーヴァの盲信者と耳に入れた。
「ファウスティーナ、アーヴァっていうのは?」
「リオニー様の亡くなられた妹君の事です」
「フリューリング女侯爵の妹君……」
リオニーに妹がいたと初めて聞いた。朝食が終わったらヒスイに情報収集させようと決め、他にどんな人なのかをファウスティーナに訊ねるも、詳しくは彼女も知らないらしい。シエルからある程度まで聞かされた話を教えてもらう。アーヴァは赤い髪に青い瞳の女性だったらしく、自分と瓜二つなら赤髪の鬘を被れば姿の想像が出来るのではと至ったらしい。
「ファウスティーナが急に鬘を欲しいって言い出したのはそういう理由だったのか……」
「どうしても気になってしまって」
「確かに、瓜二つだなんて言われたら僕だって気になるよ」
「……ねえ、王太子様」
もしも、自分にも瓜二つの相手がいたらと想像する。どんな髪や瞳の色をしているのか、どんな声をしているのか、とか。色々想像しているとヴェレッドに呼ばれる。普段と違った静かな声色に違和感を抱いて黙って何を言われるか待った。
「王太子様は最初お嬢様を見てどう思った?」
「どうって……」
「リンナモラートの生まれ変わりであるお嬢様を見て、何か感じた?」
「ヴェレッド様?」
リンナモラートの生まれ変わりと言われても、会ったことのない女神の生まれ変わりだ。物心ついた時から自分の妻となる少女だと言われ続けた。
どう、と問われ返答に窮したベルンハルドは「あ」と発するもヴェレッドは「まあいいや。どうでも良くなった」と猫並みの気紛れを発動して扉へ向かった。部屋を出る間際、朝食が終わったら部屋に来てとだけ言い残し去って行った。
「どうしたんでしょう、ヴェレッド様」
「……1つだけ、あった」
「殿下?」
初めてファウスティーナの肖像画を見た時感じた強い衝撃。あれは忘れられない。忘れてはいけないと、誰かが言う。
もう2度と間違えるな、3度目はないのだと頭の中で誰かが言う。
「僕もよく分からない……でも。ファウスティーナに会った時……2度と間違った事はしたくない、嫌われたくないって強く思ったんだ」
将来は一緒に国を率いていく女性に嫌われたい相手等いるかと苦笑してもファウスティーナは反応を示してくれない。現実的じゃない話をいきなりされて戸惑わせてしまったかとファウスティーナを見たら、自分の焦りとはかなり違っていた。
薄黄色の瞳を揺らし、見開いた状態で自分を見つめていた。
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