強制連行
女神と同じ空色の髪と薄黄色の瞳。
2本の髪が特徴的な跳ね方をし、毛先にかけて癖のある髪。
どれもアーヴァとは重ならない。
流麗な赤い髪と青水晶の瞳。
特徴的な跳ねた髪もない。癖も強くなかった。
長子は、夫は、甥は、甥の妻は、誰もがアーヴァじゃないと言う。
――アーヴァじゃないと言うのなら……!
アーヴァと酷似した姿、アーヴァに似た声、アーヴァに似た――怯えが隠されていない相貌。
どれもファウスティーナという人間ではなく、アーヴァという人間に認識させてしまう。
『お……おかあ……様』
顔を俯け、紡がれる声色はいつも怯えていた。
この子のせいだと囁く自分とこの子は何も悪くないと訴える自分がいて。
何時だって傾くのは前者の方。
姿を見るだけでアーヴァを思い出し、アーヴァに向けていた感情も蘇ってくる……。
〇●〇●〇●
なんというタイミングの悪さ。少し考えたら、何時エルリカが戻ってもおかしくないのに呑気な思考をしていたファウスティーナが悪い。ちらっとケインを見たら極度に呆れ果てた紅玉色と目が合った……。
「……これに関しては止めなかった俺にも非があるから、何も言わないよ。ただ、どうする?」
どうする、とは無論エルリカへの対応。
目が合った。
リオニーと同じ綺麗な青水晶の瞳。そこに親愛はない。あるのは徹底的な嫌悪と冷たさだけ。アーヴァはずっとこの様な目を母親から向けられていたのか。会ったらまともに見られず、俯いて、固まって、何も発せない。そう思っていた。現実は違った。誰かと同じだった。
似ているから。嘗て、エルヴィラを愛してファウスティーナを嫌い続けたベルンハルドに。
暗い感情が渦巻いた青い瞳が冷徹な瑠璃と重なる。
「お姉様? それにお兄様も一緒。お姉様はフリューリング邸に泊まったのでしょう?」
「お帰りエルヴィラ。俺がファナを呼んだんだ。折角王都に戻ったのだから、ゆっくり話をしたくてね」
事情を何も知らないエルヴィラだけが、場の空気に気付かずファウスティーナがいる理由を疑問視した。咄嗟にケインが上手い理由を述べてそれ以上は問わず。
エルヴィラの手を離したエルリカが階段へ近付いて来た。身を強張らせたケインの隣を通り過ぎたファウスティーナは、一驚する声を背に階段を下りてエルリカと対面をした。
「初めましてフリューリング先代侯爵夫人」
まともに会うのは今日が初めてだ。記憶が残らない赤ん坊時代にすら会っていないと聞く。兎に角相手を刺激せず、穏便に事を済ませよう。隠れたり逃げたりしたら、エルリカを刺激してしまうと踏んで敢えて目の前に立った。
公爵家の関係者しかいないこの場でエルリカが手を出してくる可能性はない訳じゃないが、ファウスティーナは1度は何処かで顔を合わせないとならないと心の何処かで抱いており。それが今なのだと己を勇気づける。
「初めまして、ね」
「っ」
「そうね。こうやって向かい合ってお話するのは初めてね。私が貴女とまともに会ったのは今と貴女が1歳の時だけなの」
初耳だ。
ファウスティーナがアーヴァに瓜二つだと知ったのもその時だと語られた。赤ん坊の頃から似ていたらしく、ますますどんな人なのかを知りたい欲が強まった。
口調は穏やかでもファウスティーナを見つめる瞳は氷のように冷たく、奥には隠し切れていない嫌悪が渦巻いている。お腹の辺りに重ねている手も強く握られている。アーヴァを嫌っていた衝動をエルリカは必死で抑えていて、却ってエルリカへの恐怖は強まるも後には引けない。
「私、貴女がとても哀れだわ」
「え」
「女神様の生まれ変わりだというのに、アーヴァに瓜二つな貴女が。同時に疑問も抱いているの」
「疑問、ですか?」
「ヴィトケンシュタイン家に生まれる女性で女神の色を持つ者は女神の生まれ変わり。ファウスティーナさんが女神の生まれ変わりだと言われるのはそれが理由。でもね、貴女はアーヴァにも瓜二つ。まるでアーヴァの生まれ変わりでもあるみたいに」
「あ、アーヴァ様はお父様の従妹なのですから、同じ血が流れているんです。似てしまっても――」
この先を紡ぐのは無理だった。青は細められ、濃厚な憎悪が爛爛と光ってファウスティーナを捉えて離さない。言葉の続きを言いたいのに口内が瞬く間に乾いて声が出ない。
「……同じ血? ええそうね。似てもおかしくないわね。あの子の流れる血はそれは濃いでしょうね。……やっぱり貴女……」
お腹の上で重なっていたエルリカの手が動いた。その瞬間、上から騒々しい音がして。上を見る前に執事長のクラッカーがファウスティーナとエルリカの間に立った。
「エルリカ様。お疲れでしょう。客室にご案内します。エルリカ様がお好きなハーブティーも御座いますよ」
「……あら、私、まだファウスティーナさんにお話があるのだけれど」
「お嬢様とはまた後日お会いになられたら良いではありませんか。さあ、ご案内いたします」
「……貴方も私とこの子を一緒に居させてはくれないのね」
「エルリカ様……もう、アーヴァ様はいません。お嬢様はアーヴァ様ではありません」
表面上は穏やかに見えて、2人の間から発せられる空気はなんと冷たいことか。笑みを崩さないエルリカはファウスティーナを一瞥し、クラッカーの言った通り部屋で休むと別の道へ歩き出した。状況が飲み込めず、1人置いてけぼりを食らっているエルヴィラを拾ってそのまま行ってしまった。
エルリカ達がいなくなって漸く体から緊張が抜けた。倒れそうになるのを堪え、間に入ってくれたクラッカーに礼を言うと首を振られた。
「エルリカ様がアーヴァ様を忘れない限り、お嬢様はエルリカ様とお会いになるべきではありません。今回は私の落ち度でもあります。お嬢様、今日はお帰りになられた方が宜しいかと」
「……うん。そうする」
クラッカーに落ち度はない。
あるとしたら、それはファウスティーナの方。
「ファナ」ケインが降りて来る。
「母上にはは俺が話しておくよ」
「ありがとうございますお兄様」
ケインにお礼を言い、クラッカーが公爵家の馬車を正門に回して来ると一旦場を離れた。
先程エルリカは気になる台詞を発していた。
アーヴァの身に流れる血は濃い。どういう意味なのだろう。
濃いと言うのなら、シトリンやファウスティーナが該当しそうなもの。
アーヴァには、知られていない秘密がまだまだありそうである。
クラッカーが馬車を準備したと告げに来て。ファウスティーナはリンスーを連れて外に出て馬車に乗り込んだ。この後、王城に戻って何をやろう。
「あ」
「どうしました? お嬢様」
「リンスー、私がエルリカおば様と会ったのは司祭様達には内緒にしててほしいの」
「しかし」
「お願い」
会ってしまった、と言えば必ず心配される。顔の前で両手を合わせてお願いして効果はあったらしく、渋々といった感じでリンスーは解ってくれた。
暫く貴族街を走っていた馬車は王城付近まで来て、門番に身分証明書を見せて中に入った。停車場で停めた馬車から降りたファウスティーナを最初に迎えてくれたのはシエルだった。
空色の頭をポンポン撫でられ、ケインとのお茶はどうだったかと訊ねられた。
「とても楽しかったですよ。お兄様と一緒にお茶をするのも久しぶりでしたし」
「それは良かった。ほら、中に入ろう」
「はい!」
心配性なシエルにうっかりエルリカと会ってしまったと漏らせば気にされてしまう。自分のうっかりが表に出ないよう心掛けよう。
「ヴェレッドは終わらせたんだ。後は君だけ」
「何のお話ですか?」
「うん? そうだねえ……人の話を隠れて盗み聞きしていた件のお説教かな」
「!!」
心の中で「あ!」と思い出した時には既に遅く。
とても上機嫌なシエルが目線が合うようしゃがんで、冷や汗を流し出したファウスティーナの両頬を大きな手で包んだ。
「悪戯って成功すると愉しいからね、癖になる前に矯正しないと」
「あ、ああの、司祭様。ヴェレッド様は無事ですか?」
「お説教をしただけなんだ。他に手は出してないさ。さあ、おいで」
「うわ!」
両頬から離れた手はファウスティーナを軽く抱き上げた。もう慣れたが突然過ぎるので最初は驚いてしまう。
間近でシエルの顔を見るのも慣れてしまった。天上人の如き美貌、繊細で華奢なイメージが強いシエルでも、こうやって抱き上げられたり、落ちないよう抱き付くと大人の男性なのだと実感してしまう。
力は強く、体は硬い。
この光景は場内を行き来する大多数の人に見られたのは言うまでもない。
中には明らかな嫉妬が含まれた視線も貰って……。
余計、シエルに抱き付く手に力が入った。
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