前を向いていたつもりでも、後ろばかりを向いていた
疑問……
ベルンハルドをエルヴィラと結ばせようとする自身に疑問を抱いたことはないか。
答えは――ない。
何度も、何度も、見て来た。見せられた。怒られて、泣いて、走り去るエルヴィラを追い掛けたベルンハルドは絶対にファウスティーナを責めた。実の妹を泣かせる最低な姉だという嫌悪を隠そうともせず、両親や周囲の言い付けを守らず自分の我を通した結果なのに泣き出すエルヴィラが可哀想とし、ファウスティーナは常に悪者にされた。2人が次第に惹かれ合い、お互いを特別に想っているといち早く気付いたのだって自分だ。
ベルンハルドをエルヴィラと結ばせようとする疑問――抱く筈がない。瞬間すらない。
首を横に振って見せ、嘘偽りなく述べた。
あの2人は心底お似合いだと。夢を見た体にしながらも理由はきっちりと。
暫しの沈黙が訪れた。ケインからしたら、関係が良好でありながらエルヴィラをベルンハルドに譲る行為が不可解なのだろうが、ファウスティーナは2人が運命によって結ばれているからこそこの選択が正解なのだと知っている。
「ファナ」
妹を呼ぶ声にはなんの感情も宿っていなかった。
「ファナがエルヴィラとベルンハルド殿下を結ばせたい理由は分かった。なら聞くけど……ファナと殿下が結ばれて幸せになる可能性は考えないの?」
「私と、殿下が?」
考えた事がないと答えれば嘘になるも、前の自分を覚えているからこそ、エルヴィラが相応しいのだと判断した。
「俺は殿下とファナが結ばれるべきだと思っている。ファナ、ファナが夢を見た光景に怯えているのも、教訓にして失敗しないように心掛けているのも分かった。なら、尚更目を逸らすべきじゃない」
「逸らしてなんか」
「逸らしていないなら、夢を教訓にして二の舞にはならないと前を向くんだ。夢と現実のファナと殿下の関係は全くの別物だ。違う?」
ケインに問われ、緩く首を振った。前の自分と今の自分ではベルンハルドとの関係が真逆となっている。
1度たりとも好意を示されず嫌われ続けた前の自分と良好な関係を築いている今の自分。理由がエルヴィラにあるにしろ、努力をして今を築いているのはファウスティーナ自身。
恋心を捨てようと何度試みても、ずっと向けてほしかった信頼や好意を向けられる度、決意の蓋は簡単に揺らいで決められない。せめてもの抵抗で最低限の距離を保とうしてもファウスティーナがベルンハルドとの交流を楽しんで、嬉しいと感じるからそれもあまり意味がない。憧れた名前呼びだって何時でも可能なのに、恥ずかしい気持ちと何時か婚約破棄をした時未練を大きく残したくない気持ちと前のベルンハルドの名前を呼ぼうとして向けられた冷たい目を思い出し勇気が出せない気持ちが鬩ぎ合い、結局殿下呼びで留まっている。何時か来る日まで待っていてくれるベルンハルドに申し訳ない気持ちがないんじゃない。でも、これだけはと譲れない。
強い視線を向けてくるケインの紅玉色の瞳から逸らしたい。逸らさないのは、ちょっとでも逸らしたら逃げたと思われてしまう。ケインから目を逸らさず、でも、とファウスティーナは零した。
「殿下とエルヴィラが想い合う光景を何度も見ました……そこに私が入る余地はなかったんです……」
「ファナが間違えたように、殿下も間違っていた。それは認める。ファナだけが悪いんじゃない。ファナは王妃様の力を借りて自分の悪い部分を治していったのに、最初に抱いた印象を消さずにファナを悪とした殿下にも問題はあったんだ。エルヴィラなんて論外だよ」
「お兄様……」
やっぱり目の前に座る兄に敵う日は来ない。バッサリとエルヴィラを切り捨てたケインに引きつつも、前も今も変わらないケインに多大な安心を寄せられる。思わず笑うと怪訝な顔をされ、教会に移り住む前にケインに放った言葉を思い出す。
「お兄様と私がもしも他人だったら、お兄様を好きになっていました」
「前に1度言ってたね。知ってたファナ、寝言は寝てから言うものって」
「お兄様は私を何だと思っているのですか!?」
まさか寝ていると思われるのならどんな夢遊病者なのだ。しっかり意識もあり、思考能力もあり、記憶力だってあるのに。涼しい顔で珈琲を飲みほしたケインが呼び鈴を鳴らし給仕を呼んだ。ファウスティーナのオレンジジュースも切れていたので2人の飲み物のお代わりを注文。
少しして運ばれると再び2人だけとなった。
「冗談で言ったりしません!」
「赤の他人だったら、ファナやエルヴィラの面倒なんて見ないよ」
常識的回答であってもファウスティーナの頭をぐさりと刺す威力は抜群であった。1度でいいから言い負かしたい。
「好きって話なら司祭様が出てもおかしくないけど」
「司祭様ですか?」
「司祭様はあの見た目でしょう? ファナが司祭様を好きにならないか、殿下は不安なんじゃないのかな」
「そうですか?」
ファウスティーナに会いに教会へ来るベルンハルドはシエルと会うのも楽しみにしている節がある。年に1度しか会えなかった叔父が月に1度会えるようになったのだ。シエルを慕うベルンハルドがそんな心配をするのかと逆にファウスティーナが疑問を口にした。
はあ、と呆れの溜め息を吐かれて慌てた。可笑しな質問はしていないのに。
「殿下が何も言っていないなら、それでいいよ」
「司祭様はとても綺麗で優しくて女性だけではなく、男性にも人気なんですよ。年代だって子供からお年寄りの方まで幅広くて」
「だろうね。平民と多く接する機会がある教会の司祭をしているんだ、人徳がないと難しいだろうね」
「博識でもありますよね。知らない事がないように見えて、知りたいことがある時は大抵司祭様に訊ねたりしています」
自分で調べても答えが出ない時はシエルを頼っている。最初から頼ってほしそうなシエルだがそこだけは譲れない。
ファウスティーナにだけ特別優しいというのは触れないでおこう。今話題にするものじゃない。
スイーツ皿に新しいアップルパイを載せて、フォークで一口サイズに切った。ケインに呼ばれて視線を変えた。
「殿下と婚約破棄をしたいなんて、誰にも言ってないよね?」
「……あー……えーっと……」
「……言った? 言ったんだ……?」
「はい……」
ケインに話したように夢の内容を伝えた。シエルは今の2人の関係を重きに置きながらも、取り敢えずは様子見としている。
「…………シエル様を敵に回したらかなり厄介なのに」
「お兄様?」
「……司祭様は肯定も反対もしなかったの?」
「もしも本当に殿下がエルヴィラを好きになったら、手を貸して下さると」
ケインが何を言ったか聞きたくても、先に問われる側になって機会を逃した。
シエルが動かないと知ったケインは明らかに安堵した。
「ファナ。夢を怖がって殿下を信じられないのも、“運命の恋人たち”になることこそが殿下の幸福になると信じるのも、それらはファナの自由だから違うと強制はしない。
だけどちゃんと現実は見るんだ。殿下の気持ちが誰に向けられているのか、本当に殿下がエルヴィラと結ばれて幸せになれるかどうかを」
「お兄様……」
「俺はファナと殿下が結ばれて幸せになってもいいと思っている。ファナは? ファナは殿下と結ばれる未来を想像しないの?」
前の自分がエルヴィラ殺害を企てたまで欲した未来を、今の自分なら手に入れられるだろう。怖がるのも信じないのもファウスティーナの自由であるから捨てる必要はないと語ったケインの言葉に気持ちが救われる。前を向いて歩いていたつもりが後ろばかりを見て1歩も進んでいなかった。
ケインの問いにファウスティーナは想像して――浮かんだ光景が眩しくて、手が届かないのではと錯覚してしまいそうになった。
「幸せになれますか……殿下は……」
「ファナが幸せになる努力をしない限り、殿下は幸せになれないよ」
「もし、私が夢のように殿下に嫌われたら」
「その時は色んな人を味方にしたらいい。俺は勿論、司祭様に王妃殿下。父上だっている。ファナ、殿下と幸せになる夢を誰にも渡さないこと。これが最も大事だ」
ベルンハルドとの幸せ……。エルヴィラと結ばせるのではなく、自分と結ばれて幸せになる。考えたくても過去の光景のせいで夢見れなかった気持ち。今、目の前にいるのが別の人だったら素直に言葉を受け入れていたかどうかは分からない。絶大な信頼を寄せるケインだから、受け入れられる。
「はい! お兄様!」
――周囲に大輪の花が咲く錯覚が見えた。心の底から嬉しいと、楽しいという気持ちを持って見せられる純美な笑顔を向けられる他人を嫉視していたベルンハルドの気持ちが分かる気がする。向けてほしいのに向けられない嫉妬を他者とファウスティーナにやるのは、ベルンハルド自身自業自得が大半。気の毒な気持ちはひよこ豆程度くらいにしかなかった。
「お兄様には気になる御令嬢はいないのですか?」
「手のかかる妹を2人も持つ俺と婚約したら、相手が可哀想だからね」
「うぐっ」
まさか婚約破棄の件を先にシエルに話しているとは想定外だったが、何かあった時を考えたら良いのだろう。ファウスティーナの最大の味方はシエルで、もしもの時程頼りになる。
初代国王ルイス=セラ=ガルシアの生まれ変わりじゃないベルンハルドは、本来ならファウスティーナ――リンナモラートの生まれ変わりと結ばれる資格はない。
2人が結ばれないのはそのせいだと運命の女神は語った。
そして、2人が結ばれるにはファウスティーナの強固な意思を変えなければループは続くとも。
更に、ファウスティーナとベルンハルドが結ばれるうえで最も大切な条件がある。
『その子の願いは王子様がふこうにならないこと』
フォルトゥナが言ったベルンハルドのふこうとは……。
「時に、ファナは今フリューリング邸にいるんだよね?」
「あ、説明が遅くなりました。司祭様と王妃様のご協力があって王妃宮に滞在しています」
「そう。なら、エルリカおば様の襲来は限りなくゼロに近いね」
王妃宮にいるとしても、何だかんだ理由を付けてファウスティーナを誘き寄せるだろう。なるべく応えないよう注意を促せば、何かあった時はシエルが前に出るらしい。
シエルなら安心だと、息を吐いて珈琲を飲んだ。
ベルンハルドのふこうにはエルヴィラも関わっている。近付けさせないよりも、ベルンハルドへの気持ちを消すのが最優先。だが、良策は現在のところない。運命の糸を切っても気持ちを消す効果はない。
……1人、可能性を持つ人がいるものの、どう説明をしようか。
読んでいただきありがとうございました!




