疑問はないの?
結局良い切り出し方法は浮かばず時間だけが過ぎていき。約束の時間が近付いて出掛ける準備を済ませたファウスティーナはリンスーを伴って歩いていた。
「お兄様は私が王宮にいるって知ってる?」
「恐らく知らないかと。私が知ったのも此処に連れて来られてからなので」
会ったらエルリカと会わない場所にいると伝えよう。カフェはファウスティーナの大好きなアップルパイを販売する『エテルノ』。1度は訪れてみたいと思っていた場所だ。今からとても楽しみにしている。
馬車の停車場へ赴き、予め話は通されておりファウスティーナ達が乗る馬車の馭者が扉を開けてくれた。馬車に乗り込むと扉は閉められ、馬車は動き出した。今頃ベルンハルドとネージュは知識を学んでいる最中。自分だけ何もしないで良いのかと思うも、今はケインに前の自分をどう切り出すかが最重要案件。
もう頭の心配をされるのを覚悟で切り出さなければ、答えのない延々と続く迷路を歩くのと同じになる。
話をする時は自分とケインだけにしたい。今の内にリンスーには頼んでおこう。ケインと2人きりにしてほしいと言えば、一瞬キョトンとされるも笑いながら頷かれた。
「お嬢様何か叱られるような事をしたのですか?」
「なんでそうなるの……!」
叱られるのは……これからだろう。
馬車は問題なく目的地のカフェ『エテルノ』に到着した。付近にヴィトケンシュタイン家の馬車が停車していた。既にケインは来ている。馬車から降りて入店すると給仕の女性が近付いた。
「ヴィトケンシュタイン公女様ですね? 公子が中でお待ちです」
「あ、はい」
さすが貴族御用達のカフェ。給仕1人1人の動きは洗練されており、事前に知らされているからだろうがファウスティーナを見ただけで即ヴィトケンシュタイン公爵の令嬢だと見抜いた。ファウスティーナが分かりやすい容姿をしているから、というのもある。空色の髪と薄黄色の瞳を持つ女性はファウスティーナしか、この国にはいない。異性となると父と祖父のみ。自分達以外に他に見ない色を持つ人は1人しかいない。
興味本位で調べた事があった。ヴェレッド以外に薔薇色の髪と瞳をした人はいなかったかを。シエルやヴェレッドに知られたら横から手を出されて中止させられる危機感があって、こっそりと調べているところを王妃宮の筆頭侍女アレッシアに見られ、理由を話すと1人いたと教えられた。
先王妃エリザベスの姉リジェット。オズウェルにとっても姉にあたる。薔薇色の髪と瞳を持つ大層美しい令嬢だったそうだが、若くして命を落としている。どんな人だったのかを訊ねる前にファウスティーナを探すシエルの声が届き中断となった。
考えながら歩けばケインが待つ個室へと案内された。中にはケインとリュンがいた。幾何学模様の絨毯にアンティーク調の猫脚テーブルと椅子があり、2人と向かいあうように座った。そこへアップルパイのホール、オレンジジュースと珈琲が運ばれた。真っ黒な水面にミルクも砂糖も入れず、無表情のまま飲むケインの味覚はどうなっているのか。味覚だけは子供のままなファウスティーナは相変わらず飲めない。
「リュン」
コーヒーカップを持ちながらリュンに、あとは隣室にいてほしいと告げた。
「ファナと大事な話があるから、終わるまで待ってて」
「分かりました。行きましょう、リンスー」
「ええ。お嬢様、終わったら呼んで下さいね」
「うん」
リンスーとリュンが退室した。つまり、ケインと2人だけ。
オレンジジュースのグラスに手を伸ばし、ちびちび飲みながら話を切り出すタイミングを考える。慎重に、的確に、願わくばケインにもファウスティーナが考える婚約破棄の協力者になってほしい。
「ねえファナ」
「はいっ」
不意に呼ばれてグラスを口元から離した。ケインからの大事な話が全然読めない。何を言われるかと待ってもケインは珈琲を見るだけで口を開かない。そこから何秒、何分待ってもケインは声を発さない。
何事もはっきりと言うケインが躊躇している? 滅多にないどころか、過去も含めてあったか不明な状況にファウスティーナが慌ててしまう。
「あの、お兄様。わ、私お兄様にお聞きしたいことがあるんです」
「いいよ、先に言っても」
譲らないでほしい。重たい空気をどうにかしたくて立候補しただけで本気で通る気はなかった。けれど口に出してしまった言葉は戻ってこない。出来立てアップルパイの美味しさから勇気を貰い、此処へ来るまで悩んだ前の自分の話を切り出した。
「お兄様は……その、どうして私を見捨てなかったのですか?」
「……何の話? どうしようもない妹が2人いるのは、今に始まった訳じゃないから」
「うぐっ」
妹相手には容赦をする気が一切ない兄から浴びせられた久しぶりの辛口言葉にダメージを負いつつ、ベルンハルドとの顔合わせ前の自分の話を出した。お世辞にも良い子とは言い難かった。特にエルヴィラが絡むと顕著になり、酷い時は毎日エルヴィラの泣き声とリュドミーラの怒声、ファウスティーナの反論する構図があった。そんな中でもケインは常に冷静で悪さをすればファウスティーナだろうがエルヴィラだろうが叱りつけた。甘さは全くなかったが贔屓をしないケインはファウスティーナにとって救いだった。父も叱る側だが、如何せん母に弱いから強く出られない。
「逆に聞きたい。ファナはエルヴィラをどう思ってるの?」
「エルヴィラですか?」
「ベルンハルド殿下に会う前と後で随分と変わったのは分かってる。前までのファナだったら、エルヴィラが殿下といると知ったら、怒ってエルヴィラを部屋から追い出していただろう?」
「そうですね……」
そして、ベルンハルドに実の妹を虐める性悪な姉として嫌われてしまったのだ。
「……殿下がエルヴィラといる光景を見て、2人があまりにもお似合いで私が出る幕はないと悟ったのです。お兄様、今から私が話すことを信じてくれなくても構いません」
頭の心配をされる覚悟でファウスティーナはシエルやヴェレッドにしたように、夢を見た体で前の自分を話した。途中で口出しせず、黙って最後まで話を聞き終えたケインは珈琲を喉に通し、ティーカップをテーブルに置いてアップルパイをスイーツ皿に取り分けた。
ケインからの反応が気になって仕方ないファウスティーナは兄からの言葉を待つのみ。
小さな溜め息を吐かれ、駄目か……と諦めかけたときだ。
「殿下の最大の幸福がエルヴィラと結ばれて“運命の恋人たち”になることか。その為にファナは殿下とどうなりたいの?」
信じてもらえた!?
「私は、殿下と婚約破棄をしたい、です。解消じゃ駄目なんです。私が」
「ファナが悪者になるの? 王太子妃になっても他人に不幸を強いて自分の幸福だけを得たエルヴィラを本気でベルンハルド殿下と一緒にさせるの?」
「お兄様……?」
ケインの言い方に違和感がある。エルヴィラは王太子妃になった事など……と抱いた瞬間、ハッとなった。だが今は口を挟まず、ケインの問いに答えるのが優先。
「“運命の恋人たち”は、王国で最も幸福な男女の象徴です。運命によって結ばれたエルヴィラと結ばれれば殿下は幸せになるんです」
「殿下の意思は? 殿下はエルヴィラよりも、他の誰よりも、ファウスティーナと居ることを願っているんだ。殿下の意思はそこにないだろう」
「私が婚約者だから殿下は気付いていないだけです」
「仮にファウスティーナが婚約者ではなくても、エルヴィラと殿下は結ばれなくていい。結ばれてはいけないんだ」
疑いは確信に変わりつつある。“運命の恋人たち”になった2人が結ばれてはいけない理由は何か。
「ファナは夢で見たと言っていたね」
「お兄様もそうではないのですか。さっきからのお兄様の言葉は、知っていないと言わない台詞があります」
「似たようなもの、とだけ言っておくよ」
言い方が引っ掛かるもやっぱりケインも前の記憶を持つ人だった。最も身近なところに同じ人がいるとは思いもしなかった。ケインの口振りから2人の間に何かあったんだと察する。
「お兄様が殿下とエルヴィラが結ばれてはいけないと語る理由は一体」
「……。……ファナ、答える前に1つ聞かせて。
どうして自分が頑なに殿下とエルヴィラを結ばせようとするか、疑問に感じたことはない?」
読んでいただきありがとうございました!




