絶対に参加させない
腕の中に収めるファウスティーナの小さな体は、エルリカの放ったサロンへの招待という言葉で一瞬震えた。淑女の鑑と名高い彼女を慕う貴族女性は多い。実の娘を大層嫌っていたのに。皆、アーヴァの魅力に嫉妬し、憎悪していた。
好いた男が振り向いてくれないのはアーヴァに魅了されて、婚約者が義務を果たさないのはアーヴァのせい、美に優れているのは自分なのに周りが魅了されるのはいつもアーヴァ。アーヴァの魅力は荒れていたシエルを一瞬で矯正させ、オルトリウスやヴェレッドが震え上がる程完璧な王子様の仮面を作らせた恐ろしいもの。
今のシエルと昔のシエルを知る人は少ない。腕の中にいる愛娘が知るのは、ほぼ全ての人間が受け入れる優しい王弟殿下もしくは司祭のシエル。実際のシエルは幼いヴェレッドが怖がったくらいの荒れっぷり。
恋は人を盲目にすると言うが、恋のお陰で性格を矯正した例だってある。恋とは侮れない。
「おば様に招待されるサロンなんて怖い以外ないですよ……!」
「そうだね。今の君は私預かり。此処は向こうへは出て行かず、後日手紙が来たら私に回して。私から先代夫人に話を付けるよ」
「いいのですか……?」
「いいのいいの」
出席なんてさせない。ファウスティーナは出席した方が良いのではと考えているが、エルリカの味方しかいないサロンにファウスティーナを参加させればどの様な目に遭わされるか。
エルリカが親しくしている夫人は多くいる。一体誰だろうと、話の続きを聞こうとファウスティーナと2人耳を澄ませた。
「貴族が王都に集まる日が近いですから、普段は領地にいる夫人を招待したがる方が大勢いますの。わたくしが招待を受けている夫人もその1人です」
「エルリカちゃんは、先代侯爵が引退してからは一緒に領地で隠居生活を送ってるからね」
「ええ。わたくしも、今の王都の話題が聞けて助かっています。ファウスティーナさんは今教会で暮らしているのでしょう? 王都にもあまり戻らないと聞きましたので丁度良いかと」
王都に戻らなくても公爵家からは定期的に手紙が届いている上、ベルンハルドからも届いている。特にファウスティーナの兄ケインは、妹が困らないようちょくちょく時事話も入れてくる。
新聞を見ても知らない情報を得る貴重な情報源。エルリカが相手の名前を言ってくれないかとシエルの期待通り、招待相手がローズマリー伯爵夫人と口にした。
「やれやれ、余計に君を行かせられないな」
「エルリカおば様と同じでアーヴァ様を快く思っていらっしゃらないのですか?」
「アーヴァに夫の心を奪われて仮面夫婦を強いられた夫人さ」
「ええ……」
互いの家の利益の為に結ばれた完全なる政略結婚が、伯爵がアーヴァに魅了されたのが憎しみの始まり。程々の距離感を保っていたのにアーヴァが振り向いてくれない、アーヴァが好いてくれないのはお前という妻がいるせいだと憎まれたせい。誰が聞いても八つ当たりにしか聞こえない。アーヴァは極度の人見知りでリオニー以外の相手とまともに話せた相手は僅か。
縁もゆかりもない伯爵に求婚されれば、怖がって逃げてしまう。
振られたのを夫人のせいにする伯爵が元凶でも、捨てられた女性達の恨みの矛先は何時だってアーヴァに向けられた。リオニーが女だてらに騎士を目指したのも大切な妹を守る為の力を得たいから。
伯爵夫妻の事情をエルリカが知らない筈がない。伯爵夫人以外にもアーヴァを憎んでいる女性の参加がないとは言い切れない。名前を聞かなくても参加させる気はなかった。が、よりさせられなくなった。
「お茶会は教会でやろう。食べたいお菓子があったら言ってね」
「神官様達や助祭様、司祭様やヴェレッド様参加のお茶会ですね。楽しみに待っています!」
「任せて。君を楽しませる努力は惜しまない」
楽しいとは真逆のお茶会に招待する気のエルリカはどうしようか……。あそこにはヴェレッドがいる。シエルがいなくても、この後の対処は理解しているだろう。
「えー? 駄目だよ夫人。お嬢様は不参加」
「あら。どうしてです?」
「お嬢様は今シエル様が預かっているんだ。シエル様の許可が出ないとお嬢様の参加は無理。シエル様は許可しない。だから不参加だよ」
「無茶苦茶ですわ! 司祭様は公爵家とは無関係なのに、お姉様の都合に口出しするなんて!」
「頭の中が無茶苦茶な妹君が言っちゃうんだ~?」
「なんですって!!?」
「エルヴィラさん! レディが大声を出すものではありません。はしたないですわ」
人を煽るのが得意なヴェレッドの掌に踊らされ、感情を弄ばれるエルヴィラは大声で怒りをぶつけた。マナーにうるさいエルリカが黙っているわけもなく、注意をされた。そっとシエルとファウスティーナは顔を出した。
エルリカに注意をされたエルヴィラは今にも泣き出しそうだった。感情が昂ぶるとすぐに泣くのが彼女だ。
「誰に何を言われても常に冷静で、淑女の仮面を付けてやり過ごすのが一人前のレディです。言われる度反応して噛みついては社交界では生きていけません」
「うぅ、だってえ……」
「貴女は公爵になる兄を、王太子妃になる姉を持つ故、他の貴族の妹の立場とは違います。分かりますね?」
分かったらあの末娘は今頃ああはなっていない。場所が王城内だからか、大声を上げて泣き出す真似はしないが両掌を目に当てて泣いている。甥っ子の娘に甘いのか、エルリカはそれ以上は言わず困ったわねと頬に手を当てた。
――ここへ運悪く、護衛とネージュを連れたベルンハルドが来てしまった。
「大叔父上とエルヴィラ嬢? それと……えっと……」
エルリカとは初対面なベルンハルドは誰かと分からず。「ベルンハルドちゃん、ネージュちゃん。此方、フリューリング女侯爵殿の母君だよ」とオルトリウスが紹介をするとエルリカはケチのつけどころのない完璧な動作で王子2人に挨拶をした。
泣いていたエルヴィラもエルリカのお手本のような挨拶を目の当たりにし、暫し呆けていた。が、自分の前をヴェレッドが通りベルンハルドの許へ行くと我に返った。ベルンハルドの許へ行こうにも、ヴェレッドが前にいた。
「やあ王太子様。王子様とお散歩?」
「ネージュが外を歩こうと誘ってくれたんだ」
「うんうん。子供なんだから、一杯外で遊んでね」
「限られた時間でしか休めないから、一杯は無理だ」
「大丈夫大丈夫。シエル様と王様はお勉強や剣の稽古をすっぽかして追い掛けっこしてたから。主に王様がシエル様を追い掛けていただけだけど」
「え?」
人聞きの悪い言い方で事実を言っているヴェレッドには後できっちりとお灸を据えてやる。下から視線を感じて見れば、ファウスティーナが意外そうな顔で見上げていた。
「どうしたの? 意外?」
「とっても。特に陛下が」
「鬱陶しくて撒くのに苦労したよ」
自分で初対面の異母弟を突き放しておきながら、後から接触するようになったのも、そこからしつこく関わりを持とうして鬱陶しい以外の感情は持たなかった。
言い訳がましい事を言われたがそれがどうした、と鼻で嗤った。シリウスの事情であってシエルにはどうでもいい関係がない。
「ベルンハルド達まで来ちゃったね……。妹君はどんな行動をするかな?」
「エルリカおば様や先代司祭様、ネージュ殿下までいらっしゃるんです。王太子殿下に無礼な振る舞いはしないかと……」
現司祭やリオニー、父がいる前でも普通にベルンハルドに抱き付いたエルヴィラが果たして良い子でいられるか。
「ベルンハルド様!」
ファウスティーナの予想は容易く覆った。
また覗き込むとベルンハルドに駆け寄ったエルヴィラは、涙で潤ませた瞳でベルンハルドを見つめていた。
側にいるエルリカの表情が険しい。ベルンハルドとエルヴィラを見る目が特に。
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