フリューリングとアリストロシュ
「ありがとうございます、王妃様」
夕焼けに照らされる城内は昼とは違った景色を見せてくれた。一面の朱色は徐々に紺色を帯びていく。シエラに手を引かれて王妃宮へ目指す道中、助け舟を出したシエラに感謝の言葉を述べると苦笑された。
「シエル様が言うのでは、ファウスティーナも拒否は出来ないだろうと来たの」
「司祭様は見掛けによらずちょっと強引な面がありますよね」
「ちょっとで済むのなら良いけど……」
ファウスティーナにというより、自分に聞かせるように呟いたシエラの声は部屋に残った3人のその後を気にし出したファウスティーナには届いていない。
「ファウスティーナ」とシエラに呼ばれた。
「簡単にだけれど、事情は宰相から聞きました。さっきも言いましたが建国祭が終わるまでは王妃宮に滞在してもらうわ」
「本当に宜しいのですか? 司祭様は過保護で心配性だから気にし過ぎているというのも……」
「……いいえ」
シエラの歩みが止まったので手を繋がれているファウスティーナの足も止まる。
「残念だけれど、エルリカ様はファウスティーナが思うような生易しい相手じゃないの。シエル様の判断は過保護のように見えても最善の選択よ。フリューリング邸にいても、リオニー様が盾となっても必ずエルリカ様はファウスティーナに会おうとするわ」
「う……」
直接対峙はせず、途中退場したファウスティーナでさえ、エルリカの豹変ぶりには恐怖しかなかった。本能的な危機を今もまだ覚えている。アーヴァの名前を出すとシエラの紫紺色の瞳が微かに揺れた。エルリカの話をするにはアーヴァの話も必要となった。教わった相手がシエルと出したら、瞼を強く閉じて、ゆっくりと開いて悲し気に笑んだ。
「そう……シエル様が」
「王妃様もアーヴァ様と交流があったのですよね?」
「ええ。といっても、偶にだけだった。もっと詳しい人がいるわ。ラリス侯爵夫人のノルンよ」
「司祭様も言っていました」
「ノルンはアーヴァの親友だったの。アリストロシュとフリューリング。共通の役割を背負った家の者同士、惹かれ合ったのね」
防衛の要である辺境伯アリストロシュ家。
王国の最後の砦フリューリング家。
遠い昔から王国を守ってきた騎士の家系。アリストロシュ家もフリューリング家も優れた身体能力を持つ者が多く生まれる。
両家ともに運命の女神より強力な加護を与えられた。故に、繋がりも深い。フリューリング家の当主となる者には力と呼ばれる加護があり、常人の域を超えた圧倒的身体能力を有する。
現当主リオニーは初の上級女性騎士にして史上最年少でその地位に就いた。当時、負け知らずで有名だった騎士団長を完膚なきまでに叩きのめした。並大抵ではリオニーの一撃を食らって撃沈する。
アリストロシュ家も力の加護を運命の女神より授かっているが力の優劣ではフリューリングが上。
しかし、フリューリング家にはもう1つの加護があるとシエラは語る。
「ただ、それが何かは分からないの」
「王妃様でも、ですか?」
「陛下も知らないの。恐らく知るのは先王陛下、そして先代司祭オルトリウス様と先代侯爵。先代侯爵は力のみだけれどリオニー様はそのもう1つの加護も持っているの」
ヴィトケンシュタイン公爵家は女神の生まれ変わりが生まれ、フワーリン公爵家は審判者と呼ばれる運命の糸を操れる者が生まれ、フリューリング侯爵家とアリストロシュ辺境伯家は運命の女神の加護力を授かる。他にも女神と関わりのある家はある。先王妃や助祭オズウェルの実家グランレオド公爵家。先代公爵の数々の悪事を白日の下に晒され、爵位降下はなくてもかなりの権力と財産を没収された。現在の当主は先代によって地に堕ちた公爵家の威光を取り戻すべく誠実に公務を全うしてきた。その甲斐あって以前と同じといかなくても豊かな生活を取り戻したと聞く。
会話をしている内に王妃宮に到着した。貫禄が滲む女性が王妃宮から出てきた。王妃の前に立つと頭を垂れた。
「王妃殿下、ヴィトケンシュタイン公女の部屋の準備完了しました」
「ありがとう侍女長。ファウスティーナ、彼女は私が王妃宮に住む前から侍女長を務めるアレッシアよ」
「初めましてアレッシア様。ファウスティーナ=ヴィトケンシュタインです。建国祭開催までお世話になります」
シエラが住む前から、ということは、かなり長く務めている。現在王妃教育を授けるブルーロット伯爵夫人と似た厳しさ溢れる女性だ。
「アレッシア=アグニスです。ヴィトケンシュタイン公女。公女のお世話は私共が全力でさせて頂きますのでご安心ください」
背筋をきっちりと伸ばしたまま、頭を下げたアレッシアは声にも芯がしっかりとしていた。お世話と聞いてファウスティーナは後から家の侍女がリオニーから遣わされるとシエラに告げた。
王妃宮に務める侍女達が信用出来ないのではないがリオニーは連れて来ると言ってくれて、リンスーもきっと心配をしている。
一時預かりでもファウスティーナをよく知る侍女がいるのは心強い。でも、と発したシエラは別の問題があると切り出す。
「別の問題?」
「ええ。ファウスティーナが王都にいる間はシエル様も滞在するでしょう?」
「いえ。ヴェレッド様を置いて教会に帰りますよ」
「それはファウスティーナが公爵邸か侯爵邸にいられたら、の場合よ。王城ともなるとシエル様はきっと残るわ」
シエルが滞在するのをシエラが快く思っていない節があり、訊ねたら苦笑されてしまった。
「世話係の侍女を付けないといけないでしょう? シエル様が相手だと我先にと世話役を買って出ようとする子が多発しないか心配なの」
「司祭様は1人で何でもしてしまいますよ? それにヴェレッド様もいるので、あまり心配しなくても」
「そうねえ……そう信じるわ」
ファウスティーナの言葉を信じても、実際は誰にも見えない。
今3人、主にシリウスとシエルの間で険悪な空気が流れているのをヴェレッドは愉しんでいるに違いない。
「アレッシア。ファウスティーナに付ける侍女の選定は?」
「既に決まっています」
「結構。ファウスティーナ、安心してちょうだい。貴女に付ける王妃宮の侍女はシエル様に恋心を持っていない子を選んだわ」
「あ、ありがとうございます」
教会生活の内情は王妃にも伝わっていた。シエルを慕う女性に危害を加えられそうになった回数片手では足りないファウスティーナの為、態々シエルを慕っていない女性限定に絞ってくれたシエラに感謝した。
子供相手でも彼女達は一切容赦しなかった。
「問題はエルリカ様ね……いくらエルリカ様でも、城にアーヴァ憎しで乗り込んで来る真似はしないと信じたいわ」
「王妃様……」
ファウスティーナとしても、このまま建国祭まで会わず、教会に戻りたい。
ファウスティーナとシエラの願いは叶わないと見せ付けられたのは翌日。
――先代司祭オルトリウスが滞在していると聞き付けたエルリカがエルヴィラを連れて来てしまったのだ。
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