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婚約破棄をした令嬢は我慢を止めました  作者:
婚約破棄編ー最後にわらった人ー
238/353

薔薇色の彼はご機嫌斜め?

 


 赤い髪の女性リオニーが歩いてくる。女性ながら上級騎士を賜る彼女が歩く姿は凛々しい。風に揺れても決して倒れない1本の咲き誇る赤い薔薇。青水晶の瞳もキツイ相貌を引き立たせる装飾。歩く度に揺れる髪だけが可愛く見える。先を青いリボンで結んでいるから余計に。

 ファウスティーナの前に着くと空色の頭を撫でてくる。シエルといい、ヴェレッドといい、ファウスティーナの周りには頭を撫でてくる人が多い。リオニーにまで撫でられるとは思わなんだ。



「久しぶりだな、ティナ嬢」

「お久しぶりです、リオニー様」

「息災であったか? 教会生活にはもう慣れたか?」

「はい。司祭様や周りの方がとても優しいので快適に過ごしています」

「あの王弟がティナ嬢に優しくしない筈がない。不満がないのなら良い」



 リオニーの言い方に引っ掛かりを抱いたファウスティーナが口を開こうとすると、青い瞳がファウスティーナの隣にいるヴェレッドを捉えた。



「陛下と一緒なのか」

「そうなんじゃないのかな。王様がシエル様呼び出したんだ。長い話になるかならないかは王様とシエル様次第。強いて言うなら王様次第かな」



 シエルを待っている間の時間潰しとして、昔シエルが使用していた部屋に行く途中だったと説明。本当は先王のいる離宮へ向かっていた、というのは内緒。ヴェレッドが預かった先王からの手紙が気になる。

「そうか」と零したリオニーの後ろ、父とエルヴィラの方へ行ったファウスティーナは膨れっ面で此方を睨んでくるエルヴィラに苦笑する。



「久しぶりだねファナ。この後は屋敷に戻るのかい?」

「あ、いえ。司祭様がお城の後はフリューリング侯爵邸に寄ると」

「そうか。じゃあ、僕とエルヴィラはもう行くよ。リオニーとの話は終わったからね」

「どんなお話を?」

「フリューリング先代侯爵のご容態があまり良くなくてね。ヴィトケンシュタイン家が懇意にしている医者の紹介をしていたんだ」

「そうだったのですか」



 年齢からすると何時何が起きても可笑しくない。何度か会った事があると思いつつ、夫人についても訊ねてみたら急に空気が変わった。特に後ろの方にいるリオニーの気配が鋭くなった。

 侯爵夫人と会った回数は、殆どなかった。赤ん坊の頃に1度だけ会っていると言われても当然だがファウスティーナに記憶はない。先代侯爵と共に話題は出ても全く会わない。



「母上は普通だ。ティナ嬢が気に掛けるものじゃない」

「そう、ですか」



 刺々しい言い方に引っ掛かりを覚える。リオニーにしたら実の母親なのに、他人の如き冷たさで言い捨てるのは関係が良くないからか。父の従姉と言えど他家の人。深く突っ込むのはいただけない。



「お姉様はベルンハルド様の婚約者としての自覚が全くないですわね」

「え」



 突然エルヴィラが言い出した言葉がどういう意味を含んでいるのかと考える間もなく、エルヴィラは非難を浴びせ続けた。



「ベルンハルド様という素敵な婚約者がいるのに、そんな人と一緒になるなんて! 恥ずかしいと思いませんの!?」



 エルヴィラが指差した方にいるのはヴェレッド。シエルが信頼する人、というだけで十分信用出来る人。何よりファウスティーナ自身毎日揶揄われているが助けられている場面も多い。まず、人に指を指してはいけないと注意しつつ、シエルが信頼していてくれるのだと説明してもエルヴィラは聞く耳を持ってくれない。

 シトリンが窘めても「だって!」とより気持ちを荒ぶるだけ。



「ベルンハルド様が1番なのに、わたしの方がベルンハルド様を好きなのを知ってるくせに……! お姉様がいつも一緒にいるのは!!」

「……あのさあ」



 面倒くさそうに眉を八の字に曲げ、泣きながらファウスティーナを詰るエルヴィラへヴェレッドは一言。



「前から思ってたんだけど、妹君は王太子様のどこが好きなの? 顔? それとも王太子という地位?」

「全部です! わたしはベルンハルド様の全部が好きなんです!」

「全部っていうけど、妹君は王太子様の何を知ってるの?」

「そんなの沢山あります! 優しいところ、笑ったお顔が素敵なところ、王太子として誠実に」

「あーもういいや。要は妹君が知ってる王太子様って、その他大勢の令嬢が知ってるのと全然変わらない」

「なんですって!? わたしの方がベルンハルド様を好きなの! ベルンハルド様を好きな気持ちは誰にも負けない! ……なのに」



 怒気が込められた紅玉色の瞳はヴェレッドからファウスティーナへ変えられた。



「女神様の生まれ変わりってだけでベルンハルド様の婚約者になるのですか……!!」



 7歳の時、抱いた疑問がそろそろ現実味を帯びてきた。前の自分の人格がエルヴィラに乗り移った説。前のエルヴィラと全く違い過ぎる。前の自分が本当にエルヴィラに乗り移ったのなら、こういった場合どう対処をしよう。自分勝手で他人の話を聞かず、一方的な愛を押し付け――嫌がられていた。

 ふと、場の空気に異変が起きていると察知した。黙っていたリオニーを纏う気配が、静かなのに一度触れれば爆発しかねない圧倒的憤怒の気配を漂わせていた。両手を組んでいるが、二の腕に触れる手に力が込められ過ぎて指が服に食い込んでいる。

「止めなさいエルヴィラ!!」穏やかで滅多に声を上げない父がエルヴィラを叱った。感情が昂ぶっているエルヴィラには効かなかった。振り向き泣きながら反論。人通りが他にないと言えど、何時他の誰が来るか分からない。エルヴィラ、と声を発し掛けた時頭に何かが置かれた。隣を見るとヴェレッドに手を乗せられていた。



「そんなに王太子様が好きなの? 妹君は」

「当たり前です!! ベルンハルド様以外に考えられません!!」

「そうなんだ。……ねえ、公爵様。聞いたでしょう? 貴方の末の娘は王太子様以外とは結婚したくないって。それって他家の令息との婚姻は無理だよね? 相手だって、王太子に懸想する女は御免だ。なら――処分するしかないよね」

「なんてことを……!」



 当たり前の口調で処分と口にされ、聞き捨てならないとシトリンは険しさを増すがリオニーは「妥当だろう」と溜息を吐いた。エルヴィラは呆けたように三者を見上げている。



「しょぶん……?」

「君を殺すってこと」

「ひい!!」



 直接的に言われて意味を理解し、顔を青褪めたエルヴィラは慌てて父の後ろに隠れた。さっきまでの勢いはどこへいったのか、怒りで赤くなっていた顔は今じゃ恐怖で青くなっている。



「リオニー!」

「何度も言ったな。このどうしようもないのをいい加減どうにかしろと。どうにかする気がないのなら、修道院に入れるか領地に母親共々押し込めろと」

「リュドミーラとも話してエルヴィラの教育は見直している最中なんだ、それに2人を領地に押し込めるなんて」

「……こっちがどれだけ耐えているかお前達に分かるまいよ。ファウスティーナ(その子)が理不尽な目に遭っていると聞いて、何度お前達を殺してやろうと思ったか」

「……確かにリュドミーラがファナに厳し過ぎたのは認めるよ。何度も止めたがファナの為だと言って聞いてくれなかった」

「だからなんだ。私には関係がない。アーヴァに瓜二つなこの子が気に食わないのだろう」



 祖父の口から出て以来久しぶりに聞いたアーヴァの名前。夭折したリオニーの妹。どんな人だったのか誰も教えてくれない。母だけが花が好きな人だったと言っていた。良い顔はしていなかったが、アーヴァの事を教えてくれた母の声は懐かしそうであった。予想するより悪い関係ではないと思いたいが実際には不明。

「ふあ……あー良かった、ここにシエル様いなくて」とヴェレッドは気怠げに言う。



「司祭様ですか?」

「公爵様が女侯爵様とシエル様に挟まれて可哀そうな事になるからね」

「お父様が……?」

「お嬢様は分からなくていいよ」

「ティナ嬢」



 かなりの険しさを纏っていた青水晶の瞳はファウスティーナに移ると穏やかになり、目線が合うようしゃがまれた。



「建国祭が終わるまでは屋敷に戻るのだったな」

「はい。この後、フリューリング邸に行ってから戻る予定となっています」

「なら、そのままフリューリングにいたらいい」

「え。ですが」

「いいな、シトリン。その方がエルヴィラ(それ)にとっても良いだろう」



 確認してはいるがリオニーの中では既に決定事項となっていそうだ。苦い顔をしたシトリンも「そうだね……」と頷くしかなかった。反対したのはエルヴィラだけだった。魂胆が丸見えだとヴェレッドが嗤うと睨みつけた。



「事実でしょう? 王太子様がそっちに来なくなるから、お嬢様には屋敷にいてもらわないとってね」

「っ~!! お父様! あの不敬な方こそ、処分されるべきでは!?」

「あ、はは。さっきは処分の意味が分からなかったくせに、知っちゃうと当たり前のように使うんだ。ほんと面白いよね妹君」

「っ~~~!! お父様司祭様に抗議してください! 不愉快です!」

「公爵様には無理だよ。大体、俺はお嬢様が王都にいる間面倒見ないといけないからシエル様の所に戻れないよ」

「な! じゃ、じゃあ、お姉様と一緒にいるということですか!?」

「そうなんじゃないかな」



 何時この2人の間に割って入ろうか機会を窺うも、全く気配がない。エルヴィラを落ち着かせようとシトリンが声を掛けても、ペースを完全にヴェレッドに支配されているせいで冷静さを失っている。

 収拾がつかない。リオニーなら止めてくれそうだが、動く気が全くないらしく静観している。


「何を言い争ってるの?」

 助けが来たとはこのことを言うのか。期待を込めて声のした方向へ向くと、キョトンと小首を傾げるシエルがいて。少し後ろにはシエルに付いて来たらしいベルンハルドもいて。

 あ、と思ったが時既に遅く。ファウスティーナの横を誰かが走って行った。近くにいる誰かが噴き出すと同時に、ベルンハルドの元へエルヴィラが到着していた。



「ベルンハルド様ぁ!」



 飛び付いたエルヴィラをさらりとシエルが避けたせいでベルンハルドは抱き付かれた。え、え、と困惑する顔をシエルとエルヴィラ交互にやる。護衛騎士がいないのはシエルがいらないと突っ撥ねたのだろうが、ベルンハルドにはいてほしかった。

 ベルンハルドからするとシエルが止めると思ったのをあっさりと避けられたから、混乱が消えない。



「え、エルヴィラ嬢? どうして君が此処に? それと離れて……」

「うあああああああん! ベルンハルド様あぁ、助けてください……! お姉様と一緒にいるあの人がわたしを殺そうとしたんです!」

「え!?」



 泣きながらエルヴィラが叫ぶとシエルが呆れた眼でヴェレッドを見やった。



「何をやってるのヴェレッド」

「叶わない恋を捨てられない妹君が可哀想だから、処分したらって言っただけ」

「処分するかしないかを決めるのは公爵だ。君じゃない」

「言っただけじゃん」

「分かってるよ。やれやれ、陛下との面倒な話し合いを早く切り上げて来たらこれか」



 ――面倒極まりない。



 明らかな苛立ちの込められた蒼の瞳がファウスティーナとベルンハルド以外に向けられる。ファウスティーナと目が合うと一瞬にして苛立ちは消え去り微笑み、エルヴィラに抱き付かれて身動きが取れないベルンハルドの横を通り過ぎファウスティーナの前でしゃがんだ。



「ヴェレッドがエルヴィラ様に無礼を働いたようだ。お詫びするよ。私と陛下以外にはあまり無礼な振る舞いはするなときつく言っておくべきだった」

「陛下も入るのですか!?」

「ああ見えてヴェレッドにちょっかいを掛けられるのが好きなんだよ」

「ええ……」



 脳裏に浮かぶのは、ヴェレッドにおちょくられて苛立ちが増すシリウスの姿だけ。喜んでいる風には全く見えない。



「気持ち悪いよシエル様」

「事実だ」

「じゃあシエル様も同じだ。王様に構われてシエル様も嬉しいもんね」

「お黙り。君はさっさと公爵とエルヴィラ様に謝りなさい」

「えー」

「えー、じゃないの。誰のせいでこんな面倒事になってるの」

「俺だね」

「自覚があるようでなによりだ」



 心底面倒くさそうにベルンハルドから抱き付き泣いているエルヴィラを引き剥がし、喚くのをそのままにシトリンに渡した。非難の目を両者から向けられても面倒くさそうにするだけ。



「あのさあ、王太子様に泣き付いても俺をどうにか出来るのは王様とシエル様だけ。俺をどうにかしたいなら、王太子様に“この無礼者を陛下に言って罰して下さい!”って言わないと」

「ヴェ、ヴェレッド様がエルヴィラの声真似……!?」



 ファウスティーナも吃驚、エルヴィラそっくりの声真似をしたヴェレッドに驚くしかない。呆気に取られながらも、馬鹿にされたと分かったエルヴィラが更に父に泣き付いた。

 すると、エルヴィラに抱き付かれ戸惑っていたベルンハルドがやって来る。不快そうな顔付でヴェレッドを見上げ。



「父上なら貴方を罰せられるんだな?」

「殿下!?」

「さっきからのエルヴィラ嬢やヴィトケンシュタイン公爵に対する無礼は目に余る。それとファウスティーナに対してもだ。いくら叔父上と親しいからって、貴方自身は地位も権力もない。貴族への振る舞いを改めないと何時か痛い目を見るぞ」

「あっそ。どうでもいいよ。今更、俺に地位も権力も必要ない。ただね、王太子様。俺は人をおちょくるのが好きで態と怒らせて泣かせたのは認めるよ」

「なら――」

「ファウスティーナお嬢様より、自分の方が何倍も王太子様に相応しくて慕ってるてって他人がいる前で平然と言っちゃう妹君を君は庇うんだ? 慕ってると言うだけで、好きというだけで、大した努力をしない妹君を君は優先するんだ?」



 火に油よりも質が悪い。凍える空間をより冷やす冷気を無理矢理押し込められ、息を吸うだけで全身から体温が抜けていく。ファウスティーナがベルンハルドとの婚約破棄を望むと知る彼がこのような発言をしてしまったのは、つまり――ファウスティーナに協力する側になると物語っている。



 ――だからって場所を考えて下さいー!


 ファウスティーナの心の悲鳴は誰にも聞こえない。




読んでいただきありがとうございます!



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― 新着の感想 ―
夭折→→→若くして亡くなった。 何故この様に難しい漢字を使うのか…もっと読みやすくしてほしい。 今回、めちゃくちゃヴェレッドが場をかき乱してくれてスッキリしました。 歯に衣着せぬ物言いですが、小難し…
いまのファナの精神年齢って11歳+1周目の8歳~11歳までの記憶?+15歳~18歳の文字にすると50字にも満たなそうな断罪の記憶?だけなんだよね。だからベルもファナもほぼ年相応でシエル様もヴァレットも…
今回はリオニー様がシトリンにガツンと言ってくれてスカッとしました。シトリンは本当にダメ父。ファナがリュドミーラに虐待まがいの事されてても守り切れなかったのちゃんと指摘してて嬉しかった。 ヴェレッドのエ…
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