内緒
冬を迎えた王都は南側よりも気温が低くなる。教会での生活に慣れてしまったせいで王都の寒さを忘れており、冷たい風が吹くとぶるりと震えた。手を繋いでいるヴェレッドにも伝わり、足の歩みをゆっくりにして気遣われるも、向っている場所は屋内なので屋内に入るまでの辛抱だと笑った。
シエルお気に入りの場所は外だから、暖かい春の季節になったら行こうと変更となり。代わりにシエルが使用していた部屋へ。王城から教会に移り住む際に、荷物は全て処分する筈が何時戻って使えるようにと残されていたのだ。誰の指示かと聞かなくても分かると言うとヴェレッドは意地悪げに口元を歪めた。曰く、ファウスティーナの想像する相手じゃないと。
では誰かと問えば、答えは先王ティベリウス。意外な相手の名前に瞬きをした。シリウスに王位を譲ると離宮に籠り、殆ど外へ出て来ないと有名で。ベルンハルドによると彼やネージュは1度も会った事がないのだとか。
ヴェレッドは幼少期の頃よりシエルと共にいる。どんな人か知ってる。訊ねてみると足を止めた。
「気になるの?」
「気になります」
「うーん。分かりやすく言うと王様を更に無口にした感じ。後、とっても怖い」
「怒らせると怖いという意味ですか?」
「それもあるけど、1番は罪を犯した奴への一切の情け容赦がない。どんなに親しい相手でも、1度懐に入れて気を許した相手でも、前の王様にとって害悪でしかないと判断されたらゴミ同然に捨てられる。
シエル様の怖いところは前の王様に似たんだね、こう言うと」
“粛清の時代”を築き、多くの貴族や商人の悪事を暴き粛清してきたティベリウス。誰も反論を上げられない有無を言わせぬ完璧な証拠を集め、断罪する手腕に王国に忠誠を誓う貴族ですら恐怖したと言う。
唯一普通に接していたのは弟のオルトリウスくらい。
オルトリウスは微笑みを浮かべたまま、相手の首を絞めもがき苦しんで殺すのが得意だと平気に口するヴェレッドへ後ろに付いて歩くリンス―が抗議するもファウスティーナが止めた。
言葉の選択肢を物騒な方向へ持っていくのが彼という人なのは教会生活を始めてから知った。リンス―には、慣れてもらうしかない。
「……そうだ」
「どうしたのですか」
「会ってみる? 前の王様に」
「え!?」
不意に言い出した提案にファウスティーナだけでなく、リンスーも驚愕の声を発した。離宮から出て来ない、王子2人でさえ会っていない先王に軽々しく会おうとヴェレッドは足の方向を変えた。シエルの部屋とは別。離宮は王宮の奥にある。慣れた足取りで離宮へ向かう。
「どんどん王宮から離れてますが」
「うん。離宮は遠いからね。後宮よりかは近いから、安心して」
「後宮って今は使用されてないですよね」
「前の王様が囲ってた女の人達は皆何処かへ飛ばされたよ。酷い場所には行ってない。全員、普通に暮らせる場所にいるよ。前の王様はその辺手を抜かなかったから」
「ヴェレッド様は後宮の様子をご存知なんですね」
「シエル様が何年か後宮で過ごしてたから」
「え。司祭様がですか?」
王宮にはちゃんとシエルの部屋がある。態々後宮を使用した理由……。
思案し、答えを言おうとする前に答えられた。
「前の王妃様があんまりにもうるさかったのさ」
「ああ……」
意味を察した。正妃の立場からしたら、自身の子を脅かすであろう腹違いの王子の存在は目に余る。先王妃は過激な人で、実子であるシリウスにでさえ絶対にシエルに劣るなと常に言い続けていた。
己の立ち位置を幼少の頃より理解していたシエルは身の振る舞い方に余念がなかった。王位継承権に一欠片の興味もなく、成人するとすぐに権利を放棄した。
このまま本当に離宮へ行っていいのか、ヴェレッドに声を投げても大丈夫大丈夫としか返ってこない。
王宮から離れた位置に建てられている離宮。小さな門の前に護衛騎士が2人立っていた。
「ローゼが来たって言ってきて」
「先王陛下は本日はずっとお眠りになると申していました」
「あっそ」
体の具合でも悪いのだろうか。離宮に籠っているのは体調の悪さもあるのかもと抱くと騎士の1人がヴェレッドに手紙を差し出した。
「先王陛下より預かっています。もしも来たら渡すようにと」
「なんだ、俺が来るのは想定済みか。相変わらずだよ」
手紙を受け取り、懐に入れると「戻るよ」と来た道を歩き出した。
先程のローゼとは何なのかと問うと「内緒」と知りたそうにしても、見向きもされないので諦めた。
(ローゼって女性名だよね……)
名前の意味からしては彼にピッタリだ。薔薇色の髪と瞳。どちらも薔薇を意味する名前。
こっそりと隣を見上げた。非常に端正な顔立ち、アンバランスな髪形だが彼の常人離れした美貌を引き立たせる装飾。ヴェレッドの横顔を見ていると誰かに似ていると抱いた。
(誰だろう……でも、とても知ってる人)
「あのさ、人の顔見て歩いてると転ぶよ」
「わ!」
言うが早いか、躓いたファウスティーナは手を繋がれていたので転ぶことはなかった。支えてもらったヴェレッドにお礼を述べると額を突かれた。
「痛っ!?」
「俺の顔って面白い?」
「面白いとかではなく、……なんとなくです!」
「本当に?」
「はい!」
誰かに似ていると言って誰にと返されたら返答に困る。
この後は予定通りシエルの部屋に向かう。王宮に戻り、王族の住居を目指せば先にある扉から知っている人が出てきた。
「リオニー様だわ! あ」
炎のような赤い髪。青いリボンで先を縛って大型犬の尻尾みたいに揺らす長身の女性のすぐ後に、父と父に手を引かれたエルヴィラが出てきた。かなり不貞腐れているがエルヴィラがいるのはどうしてか。父は仕事の為、時折登城しているのは知っている。リオニーは女侯爵であり、上級騎士でもある。いて不思議じゃない。
ファウスティーナが声を掛ける前に向こうが気付いてくれた。エルヴィラと目が合うと睨まれ、頬を膨らませた。
……隣の彼が小さく噴き出したのは見なかった事にした。
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