質問の意図
運命の女神以外に、運命の糸を操れる能力を持つクラウドだからこその言葉だった。ベルンハルドとエルヴィラが“運命の恋人たち”になるのは困るのだと彼は語った。王太子妃になれるか? という問いには、否定した。今のエルヴィラでは無理。クラウドは否定したが正式に婚約を結んでしまえば、さすがのエルヴィラも真面目になってくれる。そう信じたい。
ベルンハルドの為ならエルヴィラだって心を入れ替えて……と。
終始ご機嫌なルイーザと苦笑するクラウドを乗せた馬車が発つと頭に手が乗った。誰か見上げなくても、隣にいるのがシエルなので相手は自ずと決まる。
「待たせたかな?」
「いえ、クラウド様とお話をしたので」
「クラウド様か。彼はフワーリン家特有の子だね。公爵と同じで何を考えてるかさっぱりだ」
「シエル様がそれ言う?」
常に考えを微笑の奥底に隠すシエルが言っても説得力がない。呆れ気味なヴェレッドに構わず、膝を折ってファウスティーナと目線を合わせた。
「さて、と。着替えてくるから、支度をして馬車で待っていてくれるかい?」
「あの、ヴェレッド様を置いて行くみたいですが良いのですか? 司祭様はよくヴェレッド様に頼み事をしているではありませんか」
「良いんだよお嬢様。それに、シエル様の側にいない方が俺の睡眠は守られるの」
熟睡しても夜中に起きて退屈だからと無理矢理シエルに起こされるヴェレッドは偶に眠そうにしている。連日になる時もあるのだとか。
「夜中に起きて何をされるのですか?」
「ファウスティーナ様が知るには少し早いかな。成人したら教えてあげよう」
子供には教えられないという事?
小首を傾げるファウスティーナの頭に今度はヴェレッドの手が乗った。力は弱いが髪を乱される撫で方をされて訴えるも、手が離れて見上げても意地の悪い笑みを浮かべられた。
「なあにお嬢様。夜に俺とシエル様が何をしてるか知りたいの? やらしいなあ」
「なんでですか!?」
やらしい考えは一切していない。むきになって言い返したらヴェレッドの意地の悪さは増すばかり。立ったシエルが左襟足を引っ張った。
「こらヴェレッド。揶揄わないの」
「痛いから引っ張らないで」
「この面白い髪形を変えたら引っ張られないよ」
「やだ。気に入ってんの」
シエルの手から髪を離し、距離を取ったヴェレッドは早く着替えてきてとシエルを手で払う。やれやれとシエルはもう1度ファウスティーナの頭を撫でると教会へ戻って行った。
「司祭様はお嬢様の頭を撫でるのがお好きなのですね」
「そうだね」
毎日必ず1回は撫でられる。撫でられない日がない。薔薇色の左襟足を撫でるヴェレッドに髪形について聞いてみた。
「ヴェレッド様は左右の長さを揃えないのですか?」
「うん。これ、気に入ってる。両方長いと鬱陶しいけど、短いと不便」
内緒話をする際、左襟足を口元へ持っていくのがヴェレッド。あと、退屈そうにしていると大抵弄ってもいる。触ってみる? と言われ、頷いた。しゃがんだヴェレッドの髪を触った。羨ましいほどにサラサラで傷みのない綺麗な髪だった。女性でもヴェレッド並みに綺麗な髪を持つには苦労がいる。手入れ方法を聞いたら「内緒」と予想通りの返答でガックリとした。
美容のコツはヴェレッドだけではなく、シエルからにも是非聞きたいので今は気を取り直し自分達は屋敷に戻りましょうと来た道を戻った。
邸内に戻ると一旦ヴェレッドと別れ、部屋に入ったファウスティーナは上着をリンスーに着せられ、必要な物が入った鞄を持った。王都は南側より寒いのでもこもこのストールを羽織る。
「温かいね。それに触り心地が最高」
「王都に着いても羽織ってて下さいね」
「うん」
鞄を持つとリンスーに手を出され、軽いから自分で持つと断った。2人で玄関ホールへ行き、外へ出て門の前へ。戻った時にはなかった馬車が待機していた。馭者席には神官のジュードが座っていて、ファウスティーナ達に気付くと席から降りた。
「ジュード君が馬車を?」
「そうですよ。お嬢様達を安全に王都までお送りしますね」
「うん。お願いします」
「司祭様はさっき屋敷に戻られたので、もう少ししたら出発です。中で待ってますか?」
着替えに時間を取らないシエルだが、外は寒いので馬車内で待つと選ぶ。ジュードに開けてもらうと先客がいて、クッキーを食べていた。
「ああ、来たんだお嬢様。お嬢様も食べる? クッキー」
「早いですねヴェレッド様」
「まあ、ね。……そうだ、ねえ侍女さん。厨房に行って紅茶を貰って来てよ。シエル様は馬車の中で紅茶飲むの好きだから」
無類の紅茶好きのシエルは馬車の中でも紅茶を飲みたがり、無くなると街の途中で馬車を停車させ紅茶店でお代わりを貰う。馬車に乗る前にヴェレッドが執事長に頼んでいた。
年齢が離れていてもファウスティーナを男性と2人きりにするのはと、心配するリンスーへ「外にはジュード君もいるから大丈夫だよ」とファウスティーナは示し、リンスーが向かうと馬車に乗り込んだ。
ヴェレッドの向かい側に座ると間にあるテーブルに置かれたクッキー瓶を差し出された。蓋を開けてクッキーを取り出す。クマの形をしたクッキーだった。
生地に練り込まれているのはベアベリー。熊が好んで食べる木の実で酸味が強く食用にするにはジャムが適している。クッキー生地に混ぜられたのはジャムにしたベアベリー。甘味と酸味のバランスが絶妙で1枚食べるとすぐに2枚目へ手が伸びる。
クッキーがクマの形なのは言わずもがな、である。
「教会でフワーリン家の坊ちゃんと何を話したの?」
ヴェレッドとリンスーには、シエルに夢中なルイーザについて相談をしたいという体で距離を取ってもらったので2人は会話の内容を知らない。
実際の会話は全くの別物。どう話すべきか。2枚目のクッキーを食べ終えたファウスティーナは全部は出さず、最初の部分だけを教えた。
聞き終えたヴェレッドは「ふうん?」と興味があるのか、ないのか、悟らせない声色を出した。
「で?」
「え」
「お嬢様はどう見えるの? 妹君と王太子様。妹君は輝いて見えるだろうね、王太子様を見る姿は。なら逆に、妹君を見る王太子様はお嬢様の目にはどう映る?」
「どうって……」
前の記憶があるせいで分かってしまう。今の自分が何もしてないから信頼のある眼差しで見つめてくれるが、前に愛したエルヴィラには特別な輝きがあった。
「お嬢様が夢を気にし過ぎているからそう見えるんだよ」
「……」
言われるとそうかもしれない。ただ、簡単には割り切れない。
「質問変えていい?」
「あ、はい」
「お嬢様は初めて王太子様と会った時、何か感じた?」
何か?
問われて瞬きを繰り返した。倒れる直前の事。目を伏せ、上げてヴェレッドに頷いた。
「初めて会ったのに、ずっと前に会った事がある。そんな気持ちが湧きました」
「他には?」
「他は特に……」
様々な思いが溢れたのは高熱を出し、生死の境を彷徨っている間に見た前の記憶を思い出してからだ。
ヴェレッドの質問の意図が見えず、今度は自分から質問をした。クッキーを飲み込んだヴェレッドが身を乗り出し、真白な頬に手を添えた。
「王太子様を見て感じなかった?」
「感じた……?」
「そう……。ルイスを、感じなかった?」
「ルイス……初代国王陛下を……?」
ベルンハルドの名前にルイスの名前が付けられているが別人。とっくの昔に死んでいる人を感じるとはどういう意味なのか。戸惑うファウスティーナは真意を探ろうと薔薇色の瞳を見つめ――奇妙な感覚に囚われた。
が、一瞬で終わった。疑問が生じる前にヴェレッドは離れて行った。
「……そう……。……まあ、お嬢様好き好きオーラが凄い王太子様は妹君へ気が変わるのはないよ」
ファウスティーナに、というより独り言のように零したヴェレッド。
先程の問を答えたくても言葉の表現が高難度で口に出せないファウスティーナはクッキーを差し出され受け取った。今のはシエルに内緒にしてほしいと言うヴェレッドをもう1度見つめてみた。
さっきの感覚はもうない。
それから少しして、布できつく縛られたティーポットと紅茶セットを持ったリンスーが戻り。着替えを済ませたシエルもすぐに来た。
青と白を基調とした貴族服を着たシエルは司祭服と違った魅力満載で、今日は左耳に髪を掛けているので違った印象を受けた。
「お待たせ。じゃあ、出発しようか。ジュード君、馬車を出して」
「はい!」
馬車が王都へ向かって動き出す。
欠伸をしたヴェレッドは窓際に肘を立てて頬杖をつく。
紅茶を淹れるリンスーやクッキーの美味しさをシエルへ述べるファウスティーナを後目に。
――万が一……王太子様がお嬢様を傷つけるような真似をすれば……シエル様は、可愛がっている甥っ子だろうと容赦なく切り捨てる
起きてほしくなくても、物語と違って物事は予想もつかない出来事を起こす。万が一が起きてしまったらするべきなのはたった1つだけ。
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