真意を探る
私の可愛い妖精姫……彼の人は、いつだって婚約者ではないエルヴィラを愛しげに見つめ囁いていた。
誰よりも愛していたのに、誰よりも相応しくあろうと努力をしていたのに、選ばれたのはエルヴィラ。
クラウドはふんわりと笑みを見せながら、この問いにファウスティーナがどう答えるかを待った。運命の糸に触れ、その後の人生だって見られる能力を持っても強制的に捻じ曲げる事は出来ない。可能なのは運命の女神のみ。魅力と愛の女神の生まれ変わりはどんな返答をしようと固まってしまっている。
何もしていない風を装いながら、運命の糸に触れてクラウドは視てしまった運命を思い出す。侍女と一緒にいる男性に話を聞かれても困るので、シエルに夢中なルイーザに関して相談させてほしいと頼み少し距離を取ってもらった。
ファウスティーナへ当て付けるようにエルヴィラを愛するベルンハルドを。エルヴィラを邪険にしながら2人が愛し合っているかを周囲に印象付けベルンハルドに認めさせるファウスティーナを。
エルヴィラはと言うと、姉に怒鳴られ邪険にされ、泣いている所に必ずベルンハルドが来るから助けを求める。必ずベルンハルドが来るのは何故なのかとクラウドは原因を探った。婚約者としての定期訪問の度にファウスティーナへの嫌悪を募らせ、泣かされて走り去って行くエルヴィラを追い掛け慰め続けた。ベルンハルドがファウスティーナとの関係を改善しようとした時は既に手遅れだった。何がどうなって手遅れになったかまでは探れなかったが、一部以外に見捨てられた姿があった。国王夫妻である両親にすらも、見捨てられていた。
それらの理由がエルヴィラにも関係すると知った。なら、彼の将来の妨げにしかならないエルヴィラには近付いてほしくないのが本音。
姉であるファウスティーナは、ベルンハルドを慕うエルヴィラをどう思っているのかクラウドは知りたくなった。
「どう? 答えは出そう?」
「あ、そう……ですね。なんと言いましょう……クラウド様は輝いて見えますか?」
「理由は?」
「私に聞くという事は、クラウド様には見えているのかなと」
「そういう考え方もあるね。でも、そうじゃない。単純に疑問に思っただけ。ファウスティーナ様は自分の婚約者に他の相手が言い寄って何も思わないのかなって」
大なり小なり嫌な感情は抱くのが普通。が、ファウスティーナはエルヴィラがベルンハルドに積極的に話し掛けても近付いても感情を乱さない。無礼があればエルヴィラを怒るだけ。友人のケインだけ、厳しい印象が濃いからファウスティーナ個人の気持ちを知りたかった。
「……殿下の交友関係に口出しする権利は私にはないですから」
「そうかな? お互い、よろしくない相手と関わりがあったら注意くらいはするべきだよ。たとえ話をしよう。エルヴィラ様が君の妹ではなく、赤の他人だったとしよう。その場合も君は静観を貫く?」
ファウスティーナは困り顔を更に濃くした。自分の妹相手に大袈裟に反応しても、顰蹙を買うのが自分になるから彼女は遠慮している、とも違う気がする。確信はなくても、なんとなく。
「クラウド様は、殿下を慕うエルヴィラを快く思っていないみたいですね」
「さあ? 僕は後々困らなければ良いと思うだけ。だって、ベルンハルドとエルヴィラ様では不釣り合い」
運命の糸に触れて視た未来になられても困る。潰せる芽は潰しておかないと。
「あと、ベルンハルドはファウスティーナ様にとても好意的だしね。最たるはこれかな」
「殿下とは良好な関係をこれからも築いていきたいと」
クラウドは手を前に出し続きを止めさせた。
「なら、少しは牽制なりしてエルヴィラ様を止めてよ」
「クラウド様がエルヴィラを気にする理由がやっぱり分かりません……」
「信じるか、信じないかは君に任せよう」
肌を包む柔らかな風が吹き、蜂蜜色の金糸と空色の糸を攫う。さらさらと靡く髪の揺れが止まるとファウスティーナの頭に手を伸ばしたクラウドは小さな花弁を摘まんだ。
「飛んできたみたいだ。君の頭にとまった」
「あ、ありがとうございます」
「どういたしまして。さて、話そう。
ねえ、ファウスティーナ様。君は“運命の恋人たち”に、もしもベルンハルドとエルヴィラ様がなると言ったら信じる?」
王国で最も幸せな男女となる幸福の象徴。選ばれると必ず幸せになれる。王国に住む夫婦や恋人は“運命の恋人たち”に強い憧れを抱いている。
太陽を彷彿とさせる薄黄色の瞳が瞠目し、動揺を表すように揺れている。
声を発しようとして、止まって、再び口を開けたファウスティーナは予想外の言葉を出した。
「クラウド様も2人が“運命の恋人たち”になると思うのですか?」
全く予想していなかった発言に呆気に取られてしまうも、何故と問うた。ファウスティーナの言葉はまるでベルンハルドとエルヴィラが“運命の恋人たち”になると知っている言い方。知る必要がある。
戸惑いがちに語られたのはファウスティーナが夢で見た未来。初めて顔合わせをした日に謎の高熱を出して倒れた話はケインやベルンハルドから聞かされていたので知っている。生死の境を彷徨っている間、見ていた夢の世界を語られクラウドは「そう」と零した。女神の生まれ変わりに特別な力があると聞いた事がないし、教わってもいない。だが誰も知らないだけとしたら? 信じるか、信じないか。緊張し、固く体を強張らせているもファウスティーナの瞳に嘘は感じられない。
「僕はベルンハルドとエルヴィラ様が本当に“運命の恋人たち”になっても、幸福にはならないと断言するよ」
「まるで見たような言い方ですね」
「ふふ、内緒」
口元に人差し指を当て笑む。ファウスティーナは追及をしてこなかった。クラウドが知っている理由を実は知っていそうな気がする。ファウスティーナが言わないのなら、クラウドもそれ以上言わなかった。
幸福にならないと言っても、2人ともじゃない。
幸福にならなかったのはベルンハルド、幸福になったのはエルヴィラ。
運命の糸が見せた2人の差は歴然だった。
表面上でしか愛されていないと知らないエルヴィラは、世界で誰よりも幸せで、自分の未熟のせいなのに側妃として嫁いだアエリアに嫉妬心剝き出しにし、相手にされないと夫になったベルンハルドに泣き付いていた。そうすれば優しい彼はエルヴィラを慰め、泣き止ませた。
そこに一切の愛情は感じられなかった。
幼い頃から続く行いの延長戦。エルヴィラを泣かせる相手がファウスティーナからアエリアに変わっただけ。
──君はすごいね、エルヴィラ様
全てとまでいかなくても、心から彼女を愛している者がほぼいないと知り、空っぽな幸福に満たされていると知らないのがエルヴィラの最適な幸福ではないか。
知らない方が幸せな時もある。
エルヴィラの為だけにあるような言葉だ。
──でも、ダメなんだ
「僕としては非常に困るのだけどね」
「クラウド様には?」
「うん。エルヴィラ様が王太子妃になれるとは思えないんだ」
「そ、それは……はい……」
「ああ、これは認めるんだ」
「エルヴィラも殿下の婚約者になれば、真面目になろうと」
「無理だよ。君の望みは通らない。でも、これが僕の困る事じゃない」
「あ」と何かに気付いたファウスティーナが視線を別の方向へ向けると、大変満足気に全身から幸せな空気を醸し出すルイーザが此方へ来ていた。シエルに手を引かれて。ご機嫌な訳だと苦笑したクラウドはもう1度ファウスティーナへ。
「僕が困るのは、大昔運命の女神と王家が交わした誓約が果たされない事さ。女神の生まれ変わりは必ず王子と結ばれなければならない。そうでないと報われない人がいるんだ」
「報われない……リンナモラート様……ですね」
「……いいや。違うよ」
敢えて答えを言わず、お兄様と呼んだルイーザの元へ帰った。
残されたファウスティーナは侍女が来ると意識を変えた。
──報われないのは……初代国王の生まれ変わりだよ……
ある疑問を抱いているが口にするべき案件じゃない。
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