3 ループの記憶を持つ3人ー見えない思惑ー
――王太子妃の仕事、か……
これを聞いてどの様な内容を思い浮かべるか。ケインが考えるような事はケインだけ。エルヴィラだけに出来る、というよりエルヴィラが唯一出来る仕事と言っていいだろう。
――王太子……ベルンハルド殿下がいたら、の話なんだろうけど
意味が分かってないのはきっとアエリアだけ。チラリと見ると困惑とした表情を隠せないでいる。
一体誰が思う。城の地下に、名前も存在も忘れられた王太子がいるなどと。ケインが知ったのは前回――4度目の時。ネージュが言ったのだ。
王城の地下には、先王と先代司祭が飼い殺しにしている元王太子がいると。何故生かされているのかはネージュにも分からなかった。王族の戒めとして生かしている方がしっくりと来る。先先代の国王の時代から、この国は荒れ果てていた。贅沢と傲慢を極めた王族の末路は元王太子だと言いたいのかもしれない。
紅茶を飲み干したティーカップをテーブルに置いたケイン。何を聞かされても冷静さだけは決して失わない紅玉色の瞳が向かい人に向けられた。
「で?」
「うん?」
「貴方はそれで満足ですか?」
「何が?」
「エルヴィラに王太子妃の仕事をさせ、悪夢に出る程のトラウマを植え付けて……それで満足ですか」
「? 全然。だって、全部エルヴィラ嬢の自業自得じゃないか」
「そうですか」
「うん」
お代わりを貰うか、貰わないかと悩む間もなくネージュが呼び鈴を鳴らし。外に待機させていたラピスに新しい紅茶を淹れさせた。再び退室するとネージュは困ったように笑った。
「怒らないの?」
「貴方が言ったんだ。どうせ、なかった事になると。実際になかった事になった。今はそれだけで十分かと」
「十分ではありませんわ!」
アエリアが話に介入した。怒気が込められた声色。横を向いたら可憐な相貌には似合わない険しさが刻まれていた。
「ケイン様。私、エルヴィラ様は全っっっく好きではありません。ありませんが悲惨な目に遭ってしまえとまでは思いません」
「そうですか」
「公子がエルヴィラ様を見限っていても、悪夢になるトラウマを植え付けられた妹を心配しても良いのではなくて?」
「してますよ。していなかったら、クラウドにエルヴィラの悪夢は話さない」
「クラウド様?」
運命の糸を操れる能力を持つクラウドに、悪夢の原因となる糸を切ってほしいと頼んだ。クラウドは友人の頼みを快諾し、糸を切った。タイミング的に王都の医師が処方した睡眠薬が効いたとされたが、実際はクラウドが悪夢の糸を切ったからエルヴィラは悪夢を見なくなった。
……暫くは。
また悪夢が再発したのはネージュが原因だろうとケインは考えている。その旨を述べるとネージュは頬を膨らませた。
「ぼくにそんな力はないよ。クラウド兄上の切った糸が何かの理由で再びエルヴィラ嬢に引っ付いただけでしょう」
「エルヴィラが悪夢で言われていた言葉を思い出すと、どう考えてもネージュ殿下に理由があるように思えます」
「色々言ったのは認めるよ」
『役立たず』『能無し』『顔だけしか取り柄がない』等……きっと他にも言ってあるだろう。
「殿下とエルヴィラが結ばれる展開なんてもう来たりしないでしょう」
「どうかな? 人の本質は変わらない。だって、結局あの2人の関係が良いのはエルヴィラ嬢が主な理由でしょう?」
違う、とは言えない。
ファウスティーナとベルンハルドの関係良好の理由の最大の理由は、ファウスティーナがエルヴィラに何もしていないから。今までの4回のループでは、どれも最初はエルヴィラを邪険にしたことでベルンハルドに嫌われ、後になってベルンハルドがファウスティーナの愛を乞うが最後には捨てられる。
「……ねえ、ケインだって要らないでしょう? なのに、なんで何もしないの?」
何を、誰を、とも聞かない。ただ、ケインはネージュが言いたい意味を理解している。
「今回はファナが早々に母上やエルヴィラを切っているので俺がどうこうしなくても、ファナはあの2人を意識する事はもうないでしょう。なら、今はファナとベルンハルド殿下がこのままの状態である事を望むだけです」
「理由は知らないけど、エルヴィラ嬢ってなんであんなに兄上が好きなのかな? やっぱり、大好きな母親と同じだったからかな?」
「さあ……なんとも」
本当になんなのだろう。ベルンハルドを好きになったのは見目でも、地位でもない。ベルンハルドだから好きになったと本人は頑なに過去何度も主張してきた。だが、どう考えてもネージュの言う通り、どんなに自分が悪くても絶対に自分の味方をして守ってくれる母親と同じ行動を取るから、だけとしか思えない。
ファウスティーナに原因があった、でも、裏を返せばエルヴィラ贔屓を止めなかった母のせいでもある。悲劇のヒロインを気取ってファウスティーナに捨てられたと嘆く母に、何度それが理由だと言ったか。
その度に――
『そんなつもりじゃなかったのっ』
『私は、あの子が特別だから、立派な王妃になってもらいたかったから……!』
等と泣きながら言われた。最早お約束だった。すぐに泣けるのはエルヴィラと同じだと言えば更に泣かれた。
過去の母と妹とのやり取りを思い出してケインは重たい溜息を吐いた。今日何度目か、なんて数えてない。
「どんどん幸せが逃げるよ?」
「もう逃げてますよ」
「はは、そっか。ケインはファウスティーナと兄上がこのままでいてほしいと思っているけど、ぼくはそうはならないと思うよ」
「貴方が何かをすると?」
「何もしないよ。しなくても、兄上に関してだけ行動力豊かな君の妹はやってくれるよ。ファウスティーナを悪者にする知恵と行動だけは立派だよ?」
馬鹿にしているのでもなく、褒めているのでもなく。淡々と微笑を浮かべながら紡ぐネージュ。声色からしても何を考えているのかがさっぱりだ。これに関してはケインも同じ。
「年が明ければ建国祭がある。兄上とエルヴィラ嬢が姉妹神に祝福されたあのね……ふふ、また、前みたいに兄上を追いかける赤い花が咲いちゃうのかな」
「……はあ……」
何度もベルンハルドから離れるよう言っても纏わりつくエルヴィラのような赤い花。ベルンハルドの周囲にだけ増殖していったのを覚えている。4回のループの内、前回初めて起きた現象だ。
「……兄上にとっては、赤い花と“運命の恋人たち”が無意識にトラウマになっているみたいだけどね」
「赤い花?」
「うん。兄上本人が言ってた。赤い花を見たら、妙な気持ち悪さを感じたって」
悪夢にはならなかったが、ファウスティーナとやり直したかったベルンハルドからしたらトラウマになるだろう。
「ネージュ殿下。貴方の本心がどうであれ、今回は絶対にファナとベルンハルド殿下の関係は壊れない。貴方が壊させようとするなら、俺は貴方を止める」
「ぼくが何かをしなくても、運命は既に決まってる。決められた運命からは逃れられない。今までがそうだった」
「……」
「ねえ、ケイン。賭けてみない? 今度の建国祭、もし兄上とエルヴィラ嬢が祝福されたらぼくの勝ち。祝福されなかったら君の勝ち」
「勝って何を望むのです?」
「ぼく? ぼくは本心から、兄上の幸福を願ってる。祝福されたら、ちゃんと協力してね」
ベルンハルドがエルヴィラを好きになるように。
前回では協力した。もうループを繰り返すのは御免だったから。ファウスティーナが公爵家を追放されてから、毎日訪問してきたベルンハルドにエルヴィラを押し付けた。会いたいのがケインだとしても、屋敷の者達はエルヴィラに会いに来たと告げるケインを疑いはしなかった。
楽しい時間が皆無だったお茶会はお開きとなった。
先に出て行ったネージュに続き、ケインも出て行こうとした。
「お待ちになって公子」
アエリアに呼ばれ足を止めた。
「どうしました?」
「このままで宜しいの?」
「俺はこのままでいいと。仮に、ファナとベルンハルド殿下の仲に亀裂が走るような事があれば修復させるだけです」
「公子といい、ネージュ殿下といい……貴方方、何か重大な秘密を抱えていません?」
「……さて、なんのことだか」
それ以上は語らず、ケインは出て行った。
残されたアエリアは強く決めた。
「……貴方がそうなら、こちらにだって考えがありますわ」
~お知らせ~
お知らせが遅くなりましたがコミカライズが3月25日より連載が開始しております。
また、書籍3巻がアリアンローズ様より5月12日発売となっております。
これからも引き続きよろしくお願い致します。




