不機嫌なのはきっと
舌を噛みちぎらないよう、猿轡を噛ませ、体を縄できつく縛りあげたオールドを床に転ばせた。言葉にならない声で何かを言っているが無視無視。ふう、と1つ息を吐いたヴェレッドは手伝いもせず、オールドが座っていたソファーに腰掛けるオルトリウスを睨んだ。
「ねえ、先代様なにのんびりしてんの」
「僕、王国に着いたのはつい昨日なんだよ。ちょっとくらいのんびりさせてよ」
「空気読んでよ。俺1人で仕事させないで」
「若いんだから動きなさい」
「うっさい。俺は何年経とうが歳取らないもん」
「だからそれを言わないで……」
言われるだけ凹む……と、落ち込む素振りを見せるオルトリウスを見つめる薔薇色の瞳は冷たい。「嘘吐き」と零せば苦笑をされた。
「口も体も封じたし、そろそろ行こうか」
「待ってよ。草使う?」
「まだ使わないよ」
「!!」
ヴェレッドのある言葉に反応したオールドが激しく動き出すも、きつく縛られているせいで縄は解けず。ソファーから立ち上がったオルトリウスは、困った子を見下ろす目でオールドの側に膝をついた。
「そう焦らないのオールド君。時間はまだまだある」
本性を知っているからこそ、今のオルトリウスが恐ろしい。顔に大量の冷や汗を浮かべるオールドに微笑むと、2人がかりでオールドを外に運び出した。
オールドは大事な時は必ず人を他所に移す傾向があった。特性を熟知していたオルトリウスの読みは正しかった。邸内に仕える者達を今日だけいさせなかったのは褒めていい部分。猿轡をしていてもうるさいオールドを気絶させたヴェレッドは馭者席に座り、隣をオルトリウスが座った。
手綱を持つとヴェレッドは嫌そうに隣を見る。
「中にいてよ」
「嫌だよ。オールド君と2人きりは」
「仲良しでしょう」
「僕は思っていも、彼はそうは思ってないよ」
「先代様って友人関係狭そう」
「ローゼちゃんだけには言われたくないよ!」
案外事実なのか、強めに否定をされ、適当に返事をして馬車を走らせた。
灯りがなければ走れない林道を走っている最中でも2人の口は閉じない。事件が起きた『リ・アマンティ祭』の話題となった。
「今年は非常に残念な結果になってしまった。悲しいよ僕は」
「文句ならシエル様に言ってよ。シエル様ってば、連中が動いてるって知ってるくせに態と襲撃させたんだ」
「ファウスティーナちゃんに何かあっても君がいるから安心してるんだよ、シエルちゃんは」
「今回は王様がいたから、別に動いたけどね。そのせいでシエル様に叱られた」
「何をしたの」
連中が襲撃した際、パニックになった大勢の観客に混ざって逃げ出したエルヴィラを追い掛けて保護した。別段エルヴィラがどうなろうがヴェレッドにとってどうでもいい。だが、エルヴィラに何かあってはファウスティーナやケインが悲しんでしまう。オルトリウスはファウスティーナはともかく、ケインにまで気を掛ける理由を知らない。事実を話したら長いお説教を食らうから。
それもメルディアスが出てくるとすぐに押し付け、別行動を取った。
「ヴィトケンシュタイン家の末娘か。リュドミーラちゃんに見た目そっくりでも、中身はあまり似てないね」
「そうなの?」
「彼女はああ見えて努力家だったんだよ? シトリン君と婚約が結ばれると公爵夫人になる為に必死だったんだ。ずっと甘やかされて育った彼女にとって初めての修羅場だったろうね」
「そんな公爵夫人なら、娘を駄目にしないんじゃない?」
努力の甲斐あって一部を除いて次期公爵の婚約者として認めてもらえたのなら、自分の子にも同じ轍を踏ませないと厳しく育てるのではないのか。ヴェレッドの疑問をオルトリウスは微笑を浮かべて紡いだ。
「これはあくまで僕の推測だけど、ファウスティーナちゃんがあまりにもアーヴァちゃんにそっくり過ぎたせいじゃないかな」
「お嬢様そのせいで危険な目に遭ってるしね」
「リュドミーラちゃんとアーヴァちゃん、2人の間に個人的なやり取りがあったとは聞いてないよ。顔を合わせる機会はあっただろうが人見知りの激しいアーヴァちゃんが因縁をつけるとも思わないし、シトリン君は親戚だろうとアーヴァちゃんに夢中になっていなかったからリュドミーラちゃんも敵視していなかった。……が周りはなんと言っていたんだろうね」
「知らない」
「知ってたら驚きだよ」
なんら関わりのないヴェレッドがヴィトケンシュタイン家の内情に詳しかったら驚きでしかない。
獣の声もない暗闇を駆ける馬車の動きは一定だ。整備されて馬車が走りやすくなっているのもある。
車内に押し込めたオールドは静かなまま。城に着くまでそのまま眠っていてほしい。
「お嬢様、母親に似なくても大変だったろうね」
「シエルちゃんに似ても相当綺麗な子になっただろうね」
「そういう意味じゃない。王様、シエル様大好きだから、お嬢様がシエル様に似てたら自分の手元に置いてたかも」
「あのねローゼちゃん。シリウスちゃんはシエルちゃんと違って好きな子を囲う趣味はないの」
「分かんないよ? 王様だって、片方は同じ血が流れてるんだ。案外同じだったりして」
「やれやれ……」
まるで愛する人を囲う血は父親にあると言いたげな物言いにオルトリウスは呆れる。ただ、否定はしなかった。それが事実だと物語っている。
「お城に着いたら、この爺さん地下牢に放り込む?」
「尋問部屋に入れるよ。暫く草漬けにして、大人しく言う事を聞くようになったら尋問の始まりだ」
「……終わったらどうする?」
「“刹那の薬”か“永遠の秘薬”、どっちにしよう」
楽に死なせるなら後者。前者は、重罪を犯した犯罪者を苦しめた末に殺す処刑用の毒薬。先の時代で先王やオルトリウスが好んで使ったのは前者の薬。悪趣味なのは、処刑待ちをしている犯罪者に刹那の薬を飲まされ苦しむ様を見せつけること。自分の番が来るまで、訪れても、死の苦痛と恐怖に苛まれる。
刹那の薬を使った処刑方法は、シリウスが王位を継いでからは使用されていない。これはあくまで重罪を犯した犯罪者にだけ。そして、見せしめの意味が強かった。
2人が最後に刹那の薬を使って処刑した相手は、グランレオド先代公爵。先王妃やオズウェルの父であり、当時の筆頭公爵家の当主であった男。
腐敗しきり、女神に見捨てられる寸前だった王国を立て直すのに最も苦労したのがグランレオド先代公爵の始末だったとオルトリウスは語る。
「老獪な狸の化けの皮を剥がすのは、並大抵の努力では不可能だった。大変だったよあの時代は」
「前の王様や先代様が命懸けで立て直すほど、この国って必要なの?」
「君がそれを言っちゃうの?」
「うん」
「やれやれ」
それ以上は言及せず、オルトリウスは話題を変えた。
「ところで、ファウスティーナちゃんとベルンハルドちゃんの関係はどうだい? シリウスちゃんやシエルちゃん、オズウェル君から届く手紙には、とっても仲良しだとは記されているけれど」
「その通りだよ。王太子様のお嬢様好き好きオーラ見てるだけで面白い」
「それは良かった。ファウスティーナちゃんがリンナモラートの生まれ変わりでも、ベルンハルドちゃんは――」
「先代様」
怠そうで、眠たげな眼が一転――深奥に昏い感情を宿した薔薇色の瞳がオルトリウスを射抜く。先の言葉をたった頭文字でも紡げば、タダでは置かないと。
オルトリウスは重い殺気を隣から食らっても微笑を崩さない。余裕のある態度で「ローゼちゃん」と呼ぶ。
「君はイレギュラーな子だ。そして、本来は別の立場にならないといけない」
「うるっさい」
ヴェレッドの苛立ちの籠った声。普段余裕綽々でシエルに叱られても苛立たない彼が珍しい。
「まあ……あまり言うと本当に嫌われちゃいそうだから、この辺にしておくよ」
「今この瞬間からすごい嫌いになったからいいよ」
「駄目! 僕が悲しい!」
「知らない」
重く、息苦しい雰囲気になったのはこれだけ。
2人は城に入っても賑やかなまま、騎士に車内で寝ているオールドを渡した。
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