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婚約破棄をした令嬢は我慢を止めました  作者:
婚約破棄編―リ・アマンティ祭―
216/353

普通はいてはならない人




「お嬢様!!」

「ファウスティーナ!!」



メルディアスとベルンハルドの声が重なった。黒い布で顔を隠した男に捕らえられたファウスティーナは口を抑えられているせいで悲鳴もあげられなかった。抵抗をしようと手に噛み付きたくても強く抑えられているせいで敵わず、体を動かそうにも拘束が強くて無理であった。精一杯の試みで手足をバタつかせるが男に効果はなかった。



「やっと、やっとだ、やっとリンナモラートの生まれ変わりを……!」


(私が狙いだったの!?)



敵の正体も狙いも何もかも不明で、唯一知れたのは被害に遭ったのは建物とシエル。謎の液体を掛けられ苦しみ跪いていたシエルの安否が気になって仕方ない。



「これで私の願いが叶う、漸く、漸くだ。魔性の令嬢では未完成だったがここまで女神と瓜二つの娘なら……」

「……」



魔性の令嬢が誰を指しているのかと思案するのは最後に置いておき。男は女神の生まれ変わりである自分を使って何を企んでいるのかと考えるもまるで見当がつかなかった。女神の生まれ変わりが特別な力を持っていると習ったこともなく、教会にある本にもなかった。女神の髪と瞳を受け継ぐ女の子。それがファウスティーナ。


(このままだとどんな目に遭わされるか……!!)


必ず助けられる安心もない中、自分が出来るのは何かと自分自身に問い。覚悟を決めたファウスティーナは口を押さえる男の掌を全力で抓った。



「いっ……!?」



反動で落とされても良いからと全力で抓った結果、男の手の拘束力は無くなりファウスティーナは地面に落とされた。


靴を脱ぎ捨て走った。ベルンハルドと露店巡りをしていた歩き易さ重視の靴ならいざ知らず、貴賓席に公爵令嬢・王太子の婚約者として座った今の靴では走り辛くあっという間に男に捕まってしまう。足の速さには自信があった。

1歩でも、1秒でも遠く走って男と距離を取りたい。



「調子に乗るな小娘!」



怒りが混ざった男の声がファウスティーナの背中を容赦なく突き刺し、大きな足音がすぐに近くなった。大人と子供では足の長さも速さも違い、圧倒的に子供(ファウスティーナ)が不利。


(速く、もっと速く走らなきゃ!!)


8歳の誕生日で経験した誘拐事件と大きく異なるのは、ファウスティーナ自身に意識があること。あの時は薬で眠らされていたから実感はなし。今日はしっかりと意識はある上に死にそうな思いで走り続けている。



「きゃあ!?」

「捕まえた!」



髪の毛に凄まじい痛みが生じ、強引な力で頭皮ごと後ろに引っ張られる。男に追い付かれ髪を掴まれてしまったのだ。力任せに引っ張られ頭皮と合わせて髪の毛が抜けそうになり、激痛が襲って悲鳴を上げる。



「離してっ! い、いたい」

「はあ、はあっ、ふざけた真似をガキのくせに!! 私はな、思い通りにならないガキが1番嫌いなんだ!!」

「そんなのあなたの都合じゃない!!」



自分勝手にも程がある。激痛に襲われながらも抵抗心を失いたくなく、感情のまま声を出せば力は更に増した。冗談抜きで頭皮が持っていかれる。



「さっきのように抵抗されては不愉快だ。何発か殴れば大人しくなるだろう」

「っ! うわっ!」



頭を引っ張られる激痛はそのままに、今度は浮遊感まで追加された。涙目な薄黄色の瞳が髪を掴んでない手が拳を作ったのを見てしまった。大きくて指が太く、力がありそうな拳。母の平手打ちとは比べ物にならない衝撃と痛みがファウスティーナに与えられるのが目に見える。


一瞬で血の気を失い絶望が心を染め上げた。



「その手を離せ」



聞いた覚えのある低い声が後ろから発せられたのと男の目元にオレンジ色の液体が掛けられたのは同じだった。



「あああああああああああああああっ!! 目がっ、何も、見えんっ!!」



男の手がファウスティーナの髪を離した。床に落ちてもすぐに浮遊感があった。涙を掌で擦って相手を見上げたファウスティーナは驚愕の眼差しで紡いだ。


「へ……陛下……?」と。


亜麻色の髪を右側から垂らすように縛った男性を知っている。2度しか会っていない男性の異変は目だった。2度とも糸目でちゃんと見えているのか疑問だった。今は開眼され瑠璃色の瞳がファウスティーナを見下ろしていた。


ベルンハルド以外に瑠璃色の瞳を持つ人を2人知っている。今王国にいる人で限るなら1人しかいない。


記憶が確かならシリウスは王国の王であり、通常は王城にいないとならない人物。何故ここに? 別人の姿をしているのは何故?

ふと、メルディアスの言葉が浮かんだ。“シエル様の側には()()()()()()()()()()()がいます”とは、こういうことだったのだ。



「怖い思いをさせてしまったな。助けるのが遅くなってすまなかった」

「へ、陛下、ですよね?」

「ああ。……ああ、私が何故いるかと聞きたいのだな?」

「は、はい」

「事前にシエルが話してきたんだ。今日を狙って企みを実行する連中がいるとな」

「司祭様はどうやって知ったのです? それより司祭様はっ」

「今は君の安全が最優先だ。その前に……」



ファウスティーナは耳と目を閉じているようシリウスに言われ、床に降ろされた。言われた通りにし、少しして肩を叩かれた。後ろを見ると目を押さえ苦しんでいた男は意識を失い倒れていた。気絶させたとシリウスは言う。

シリウスの視線が下にあるのに気付き、あ、と声を出して誤魔化すように笑った。



「靴を履いたままだったから速く走れなくて……」

「靴は何処へ?」



自分が走ってきた方向を指差すとシリウスが駆け出して行った。裸足のままでもいい。贅沢は言ってられないし、裸足で走って逃げると決断したのはファウスティーナ自身。すぐに戻ったシリウスの手には脱ぎ捨てた靴が持たれ、膝を突いて片足に触れられ大いに慌てた。



「じじ、自分で履けますから!!」



国の頂点に座する人に靴を履かせてもらうのを平気で見ていられる鋼の精神はなく、靴を受け取って自分で履こうと試みるも……結局手を借りた。アザレアの髪飾りを8歳の誕生日プレゼントで母から貰った時も、自分で頭に着けようとしたら苦戦し、見兼ねた母に着けてもらった。不器用さに泣きたくなりながら、靴を履くと体が浮いた。


目前にアップされた顔に息を呑んだ。



「絶対に安全な場所へ君を置いて行く。後から人を向かわせるから、そこでじっとしていなさい」

「はいっ、あの、陛下がいるのは、今日起きる事を司祭様から聞いたからですか?」

「そうだ」



移動しながら詳細は黒幕を捕らえていないので言えないが簡単には教えられるとシリウスは話した。



「王国が女神の生まれ変わりを待ち望んでいたように、犯罪に手を染める連中にも待ち望む者はいた。それが今回この騒動を引き起こした連中だ」

「女神の生まれ変わりに特別な力があるとは聞いてませんが……」

「実際にないかは分からん。だが連中はそうは考えていない。だから君を捕らえる日をずっと待ち続けていたんだ」

「私を攫った人が魔性の令嬢ではなく私が生まれたから願いが叶うと言ってました。魔性の令嬢ってご存知ですか?」

「……その内、シエルに教えてもらうといい。なんなら、リオニーでもいい。あの2人がよく知っている」



暗く、哀感を抱かせる面で紡いだシリウス。それ以上ファウスティーナは聞かなかった。

別の質問にしようと男にかけた液体の答えを求めると、色の通りオレンジジュースだった。今いる場所から教会にある厨房から近く、ファウスティーナが教会に来てもすぐに用意されるよう常にストックがあった。遠くから響いた大きな足音や男の怒声、ファウスティーナの叫び声から役立つと判断して持ち出したと。


偶に公爵邸の料理人が皮を剥いている最中に飛んだオレンジの飛沫を目に浴びて痛いと悶えているとリンスーが言っていたので、もろにくらった男はひとたまりもなかった。


シリウスが足を止めたのは壁に大きな絵画が飾られている所だった。床に下ろされると絵画を取り外した。変哲もない壁をシリウスが叩いた。信じられないことに一部の壁が穴となった。


驚きが強くて何も言えずにいたら「これは昔、叔父上が作った秘密の通路だ。存在を知るのは叔父上と私、シエルだけだ。他の者は絶対に見つけられないから、使いの者が来るまで此処にいなさい」と抱き上げられて穴の中に入れられた。



「ファウスティーナ嬢、壁を拾って穴を塞ぐんだ」

「中に灯りなんて……」

「ない。使いの者に灯りも持たせる。私を信じて此処で待つんだ」

「はい……」



シリウスが信じられないのではない。壁の穴を塞ぐと真っ暗で何も見えなくなり、1人だと心細くなるからだ。不安げに表情を曇らせたら、暖かい物が頭に置かれた。



「君の不安もわからないでもない。そうだな……小僧が一緒にいると想定しろ」

「小僧?」



ヴェレッドである。

ヴェレッドが一緒だったら…………暗闇を利用して驚かせてくるだろう。いたら心臓がもたず、別の意味で死亡してしまいそうだった。



「……頑張ります」



例える相手が選んではいけなくってもシリウスは心を強く持って待てと告げている。王を信じ、助けの使者を待つのが今自分が為せる唯一の事。


落ちた壁を拾って穴を塞いだ。

一瞬にして世界は暗闇に変貌を遂げた。



「必ず使者を寄越す。大人しく待っていなさい」

そう言い残してシリウスは駆け出して行った。

遠ざかっていく足音を聞き、完全に消えると手を前に出して障害物がないか確認しながら座り込んだ。




●○●○●○




計画が杜撰なのか、人選を間違えたのか――。


恐らく、後者が正解。敵は人選を間違えた。使い捨てても問題ない女性を起用したまではいいが、シエルへの思慕が強すぎて計画通り動かず順序を大幅に狂わせて計画を強行した。幸い、連中の企みを事前に察知していたシエルは開始前に解毒剤を飲んでいたお陰で事なきを得た。自分に恋焦がれる女性ニンファの気持ちを利用し、態と薬を掛けられ苦しむフリをし、観客に紛れ込んでいた敵に情報を吐かせニンファを捕らえた。精神を壊す薬を掛けられたのに平然としているシエルに敵もニンファも戦慄した。



「ああいったところは叔父上が教えたのだろうな」



相手を騙すには笑顔で。警戒心も、疑問も抱かせない、誰をも信じさせる微笑みを浮かべ続け相手の心に入り込み情報を得ろ。先代司祭であり、シエルにとっても叔父にあたるオルトリウスの言葉。王太子として厳格に育てられたシリウスには無理であったが、偽りの顔を被ることで使用可能だと知った。変装の得意なメルディアスに教えを請うた時には大層驚かれ、全く正反対の人間に成った時は気味悪がられた。



「ん?」



今頃ベルンハルドとネージュを護衛騎士に託し、連中の捕獲作戦に移行しているメルディアスと合流しようとファウスティーナの走って来た道を行くシリウスは遠目で見知った顔を見つけた。焦りの相貌を隠さず駆けるのはベルンハルドだ。



「……」



護衛騎士も誰も追い掛けていない。軽く舌打ちするとベルンハルド(向こう)も気付き、足の動きを止めた。急に停止した反動で手をあわあわと動かして前へ倒れないようにし、目を瞠目した。



「父、上……?」

「何をしている」



姿が違っても、瑠璃色の瞳で誰か知り、氷を纏った声に顔が青ざめるもベルンハルドは決して目を逸らそうとしなかった。



「ファウスティーナが攫われてしまったんですっ、僕を庇ったせいで、だから――」

「お前が助けると? お前に何が出来る」

「それは……っ」



悔しげに下唇を噛み、手を強く握った。


剣術を習っていも、護身術を習っていても、どれも実戦に使えるか? と問われれば、答えはNOである。相手は手段を選ばない犯罪者。守られるべき人間が攫われた人間を救出しようと行動するのはお門違い。


たった短い言葉でそれらを読み取ったベルンハルドは「それでもっ」と声を張った。



「僕はファウスティーナを助けたいんですっ。もしそれで僕の身に何か起きても誰のせいでもない、僕自身のせいです。僕が周囲の声も聞かず勝手な行動を起こした結果だと伝えたらいいですっ!」

「誰が納得する」

「納得させます、ファウスティーナが無事であるなら何だってします。父上お願いですっ、僕は」

「分かった」



2人の関係は良好だと聞かされており、年相応の交流を続けていると王妃シエラからは勿論周囲の声も届いていた。ベルンハルドが教会から届く手紙をいつも楽しみにしていたのも、送られた手紙を読む時も返事を書く時も何時だって真剣に楽しげにしていた。

必死な姿で婚約者の安全を誰よりも知り、助け出したいと願うベルンハルドの気持ちはシリウスにも伝わっている。



「メルディアスは態と騎士にお前を追いかけさせなかったな」

「え」

「護衛騎士が追いかけて来る気配はあったか?」

「言われると……ありません」

「私がいると知っていたから、敢えて寄越さなかったのだ。連中もあまり人員を投入してない分、何処に人を集中させるかを練っていた」



王太子を追い掛けなかった護衛騎士よりも彼等を指揮をするメルディアスに問題がいきそうだが、そういう男だと知りながら王家の番犬にしているのはシリウス本人。


膝を折って目線をベルンハルドと合わせた。



「ベルンハルド、今から私が言うことをよく聞け」

「その前に父上がいるのは何故なのですか、それにその頭や服はどうされたのですか」

「これは変装だ。私が教会にいると知るのはメルディアスやシエルといった極一部だけ、お前は心配しなくていい」



極一部、つまり王妃も知っていると解釈したベルンハルドだったが、次にシリウスから聞かされた内容に目を剥いた。



「かなり急を要したからな、シエラには言っていない」

「……え? 母上は知らないのですか?」

「知らん。今頃マイムから話がいっているとは思うが」

「……」



悪びれた様子もなく、面白がっているでもなく。真面目に王妃に一言も告げず教会へ、変装をして動くシリウスに対しベルンハルドは言葉を失う。シリウスは黙ったベルンハルドを再度呼んだ。



「これから私の言うことをよく聞くんだ」




――視界が真っ暗なせいで気持ちがどんどん落ち込んでいく……

信頼ある使者を必ず向かわせるとシリウスは約束してくれたが、何時助けに来るか不明な相手を暗闇で平常心を保って待ち続ける鉄の精神を持ち合わせていない。早く来てほしいと祈るだけ。



「殿下は……ベルンハルド殿下は無事だよね……」



敵に捕まりそうになったベルンハルドを助けるべく突き飛ばし、代わりに自身が捕まる羽目になってしまった。

メルディアスがいたのだ、絶対にベルンハルドは無事。無事と願い続ける。



「陛下がいたのにはビックリしたけど、陛下を信じよう」



シリウスも絶対に約束を叶えてくれると信じる。



「……!」



意気込んだファウスティーナの耳に微かに足音が飛んでくる。座り込んでいたのを立ち上がって向くと段々と灯りがつき始め……どんどん明るくなっていくと足音の主の姿も見えてきた。


心に広がるのは助かるという安堵よりも、あの時庇った彼が無事で良かったと安心する心。互いの顔が見える距離まで縮むとファウスティーナも駆けた。



「殿下!」

「ファウスティーナ!」



向かい合ってお互いの無事を確認し合った。

シリウスの言っていた使者がベルンハルドなのかと口にすると肯定された。捕まったファウスティーナを助けようと1人追い掛けているとシリウスと出会い、お叱りは受けたがファウスティーナ救出を言い渡された。


2人が今いるのは秘密の通路。嘗て、先代司祭オルトリウスとシエル、シリウスの3人で製作した自慢の通路だった。

灯りを片手に持ったベルンハルドはもう片方の手をファウスティーナの手と繋いだ。



「安全だとしても油断ならない。慎重に進もう」

「はい!」



さっきまで抱いていた不安も恐怖もベルンハルドと再会すると霧散していく。悪夢を見た後、ベルンハルドに会ったら救われると泣き叫んでいたエルヴィラの言葉がよく分かる。1人だったらずっと動かずにいた。ベルンハルドが来てくれたから勇気を持って歩ける。



「殿下が来て下さって良かった。ありがとございます」

「何を言ってるんだ。ファウスティーナは僕の婚約者なんだよ? 婚約者を守るのも助けるのも僕の役目さ」



直球で伝えられて顔が赤く染まったファウスティーナの前を歩くベルンハルドの顔はもっと赤い。


笑った顔が一番可愛いが赤くなった顔も可愛くて自分まで赤くなったと知られたくないベルンハルドであった。




   


読んでいただきありがとうございます!



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― 新着の感想 ―
悪夢を見た後、ベルンハルドに会ったら救われると泣き叫んでいたエルヴィラの言葉がよく分かる。 ↑ これ、エルヴィラへの同意いる? せっかくファナとベルがいい感じの雰囲気なのに、エルヴィラ投入で一気に悲惨…
[気になる点] ベルンハルドをヒーローにしたいなら、過去編の気持ち悪い感じ、必要ありました? この物語全体として。 人格ごと変わるなら、それは最早ベルンハルドと言えるの? となって、凄くモヤモヤ。 …
[一言] やばい……シリウスを見直してしまいそうだ。 この騒動で読者(私)のキャラたちの印象が変わりそうだ。
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