頑張ります……
短いですが区切りが良かったので
俯いたままシトリン達の後ろを歩くエルヴィラからは悲壮感が濃く漂っていた。自分の気持ちを正直に訴えただけなのに、誰も聞き入れてくれない、それどころかベルンハルドに付いて行っても命の保証はしないと言われる始末。可哀想という気持ちもあるが、あの場では口を挟む隙が一切なかった。ベルンハルド自身がファウスティーナと行くと最初にエルヴィラに断言した時点で、ファウスティーナに連れて行くという発言権はなかった。
チラリとベルンハルドを見る。眉尻を下げて可哀想なものを見る瞳でエルヴィラを見つめていた。やはり、無意識といえど、自身が好いている少女が悲しんでいる姿を見るのは耐えられないのだ。
可哀想なのはベルンハルドも同じ。女神の生まれ変わりがいるせいで運命によって結ばれている相手と結ばれない。王国で最も幸福になってほしい。その為に悪役になってもいい。前の人生では、それだけベルンハルドを苦しめ、不幸にした。
どう声をかけようかタイミングを見計らうと上から声が降りた。
「殿下、ファウスティーナ様」
2人の護衛を国王と王弟から命じられたメルディアスが先程のやり取りがあったとは到底抱けない微笑を浮かべていた。
「街を回る道は決めておられますか?」
「ある程度は決めているよ」
「では、おれに教えていただけますか」
使用人に地図を持って来させ、2人で決めた店や道を教えていく。
「なるほど……。メインイベントには十分間に合いそうな予定なので、どこかで休憩も挟みましょう」
「お祭りの日はどこのカフェも一杯だよ?」
「ご心配なく。街の中央にあるカフェでフリージア家御用達の店があります。1テーブル空けているので2人が疲れたらいつでも使用出来る様に手配はしておりますよ」
「僕達が違う店や道を行く予定だったらどうしていたんだ?」
ベルンハルドの尤もな問いにもメルディアスは顔色を変えず。
「どうも? 元々範囲は決まってますし、メインイベントを見るならそう遠くない距離を選ぶだろうことは想定済みなので」
「私と殿下に付いて来るのはメルディアス様だけですか?」
「おれの事は呼び捨てで良いですよ公女。ああ、それと1つ。今回王太子殿下はお忍びの体で来ていますので、当然公女が“殿下”と呼べば王子とバレます。本名を呼んでもバレるので殿下の事は愛称で呼んでくださいね」
「!」
そうだった……! と衝撃が走った。
当たり前の事実がエルヴィラが突撃をかましたのですっかりと頭から抜け落ちていたファウスティーナは、すぐ目の前に今日1番の最難関が立ちはだかっていた事を今更教えられ固まった。顔合わせをし、交流が開始してから約4年が過ぎた。
何度か名前で呼んでほしいと言われてもこれだけは譲れなかった。
思い出してしまうから……。名前で呼ぼうものなら、誰をも震え上がらせる絶対的零度を纏った声色を。
それに――
(どうせ私と殿下は婚約者ではなくなる。名前呼びを許されたら私はきっと……益々、殿下とエルヴィラが結ばれてほしくないと思ってしまうもん)
どんなに頭や心に言い聞かせても人間の本心は簡単に消えてくれない。前の人生から続く恋心は消えてくれない。
名前を呼ばないのはファウスティーナなりの抵抗と諦め、保険。今以上にベルンハルドを好きにならないように。いつかエルヴィラと結ばれて幸せに笑う彼を見ても平静でいられるための。
「が、頑張ります」
「?」
上擦った声が出たのは予想外。あと、セリフも。
メルディアスが不思議そうに見てくるのは普通の反応だ。
だが、彼は敢えて深くは聞いてこなかった。
地図を直し、使用人に返した。
隣から視線を感じつつも、街へ繰り出した。
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