天上人の冷酷な一面
玄関まで行った辺りでシエルが眠そうな顔で立っているのを発見。2人に気付くと小さく手を振った。
「もうお帰りかな?」
「はい。暗くなる前にと」
「教会は王都から遠いからね。長くいたければ、早朝にでもおいで」
「あまり早く動けば周りに迷惑が掛かります」
「早起きが得意な騎士を1人知ってるから、今度紹介してあげよう」
「ご冗談を司祭様」と笑って言ってのけたメルセスは口調はいつも通りなのに、醸し出される空気が険しい。美しい微笑みのまま、怒気が包まれる。後退りしてしまうファウスティーナとベルンハルドを見兼ねたシエルが「はいはいごめんよ。ベルンハルドの見送りは私がするよ」と2人の手を引いて外に出た。
「メルセス……怒っていませんでした?」
「怒ってたね。まあ、気にしないの」
シエルの言う気にしないは、かなりの頻度で気にする事ばかりである。
訊ねてもはぐらかされてしまう。
馬車への道を歩きながら、ベルンハルドに向いた。
「ファウスティーナ様から『リ・アマンティ祭』について聞いた?」
「はい。手紙でも」
「そう。君はどうしたいの?」
「父上が許可して下さるのなら、僕も参加してみたいです。いずれは僕も関係してくるのですし」
「どうだろうね。教会がある南側の街で開催される行事は、主に女神に絡んだものが多い。当然、司祭が先頭で動く。君よりも次の司祭になる王族が見た方がいいかもね」
次代の司祭候補と言うとネージュ。しかし、とシエルは続けた。
「無理に司祭にならなくてもいい」
「司祭は代々王族関係者が担うのが決まりでは……」
「私の体は無駄に頑丈になったからね。ちょっとの事じゃ壊れないよ。ネージュ殿下になりたい者があれば遠慮なく陛下に言うよう伝えておきなさい」
「分かりました」
台詞通りならベルンハルドが国王になってもシエルは司祭のままな可能性が大いにある。引退後のシエルが何をするのか想像してしまうファウスティーナだが、先代司祭と同じで嵐とまではいかなくても自分の行きたい場所に勝手に出発していそうではある。
「ファウスティーナ様にはある程度説明をしているけれど、ベルは『リ・アマンティ祭』についてどれくらい知っているのかな?」
「本に書かれていることや父上や母上に教えてもらった事ですが大体は知っています」
魅力と愛の女神リンナモラートの石像の前でカップルが愛を誓い、最も互いを愛し合っているカップルだと石像の持つ水晶玉が濃いピンク色に変わる。“運命の恋人”と違って姉妹神が祝福する恋人たちではなくても、滅多に現れない恋人たちということで非常に名誉である。偽りの愛を誓うと罰が下されるとも聞かされたらしいベルンハルドは、些か顔が真っ青である。ファウスティーナが心配すると「思い出しちゃって」と作り笑いを無理矢理見せた。
「私が司祭様から聞いた話とはまた別なのでしょうか?」
「色々あるからね。私が話したのはほんの1部さ」
「……僕が聞いたのもそうなのかも」
一体どんな話を聞かされたのか。訊ねると「知らない方がいいよ。夜眠るのが怖くなるよ」と首を振られた。お化けの話と同等の立ち位置だと分かり、聞いてしまって申し訳なさが強く生まれた。
馬車の前に着くとシエルは2人から手を離し、ベルンハルドの紫がかった銀糸を撫でた。
「陛下には私が仲介人を入れて頼んでおくから安心しなさい。勿論、当日の君の護衛も私が知っている者にしてもらうから気楽でいなさい」
「叔父上の知り合い? どんな方ですか?」
「当日のお楽しみだよ。人を揶揄うのが好きだけど実力は本物さ」
「……」
シエルといい、シエルの周囲といい、本当に愉快な性格をした人ばかりである。
若干不安を抱いたベルンハルドだが、気を取り直すようにファウスティーナに向いた。
「お祭り当日が楽しみだよ」
「私もです。メインの恋人たちの告白も見られますよね?」とシエルに聞き、頷かれる。
「そうだよ。今回は貴賓として特別にね」
「お兄様やエルヴィラも呼ぶことは出来ますか?」
元々の狙いがベルンハルドとエルヴィラが将来結ばれる恋人たちになるのか、ならないかを見定める。重要人物であるエルヴィラがいないと意味がない。質問の意図を理解しているシエルは軽く首を振った後、一般客と同じ席での見学になると口にする。
「貴賓席に座るのは君達2人だけだ。これも国王や王妃になるための経験だと思いなさい。ベルも司祭が何をやっているかを知る良い勉強になるだろうし」
「はい!」
人伝で聞くよりも実際に己の目で見て、感じ取るのが何よりも大事だ。叔父シエルを慕うベルンハルドが1度でも良いから別の形で司祭として働く彼を見てみたいと抱くのも当然だった。
馬車に乗り込む寸前、ベルンハルドに当日は動き易い服装でとファウスティーナは言う。メインが始まる前は、露店を見て回ろうと手紙に書いていたから。すぐに理由を察したベルンハルドは楽しげに頷いた。
王家の家紋が刻まれた馬車を見送りながら、兄ケインや父シトリン宛の手紙を書かねばと思い出す。どんな柄の便箋を使おうかと悩んでいる傍ら、外に出て来たメルセスに振り向かないままシエルは紡いだ。
「という訳だから、当日は頼んだよメル」
「私一体どれだけお仕事を押し付けられるのです? 神官にファウスティーナお嬢様のお世話に」
「大事な部分が抜けてる。私の監視が」
「監視されてるって気付いておきながら人を扱き使うって、良い性格をしてますわね〜。それを言うなら、すぐにバレると分かっていながら派遣した陛下も陛下ですが」
肩を竦めたメルセスは悩むファウスティーナの肩に手を置いた。
「ささ、お嬢様、中に戻りましょう」
「あ、ちょっと待って、お父様とお兄様に送る便箋の柄を考えてるの」
「実物を見ながら考えましょう」
「! そうだね」
自分で考えるよりかは、メルセスの言った通り実物を見ながら考えて選んだ方が納得感がある。素敵な提案をしてくれた彼女に感謝をしつつ、一緒に邸内に戻った。
「……」
2人の後に邸内への道を進むシエルは、遠くから感じる視線を敢えて知らんぷりを貫いた。
戻ると仕事を言い付けて戻ったヴェレッドが眠そうな顔でファウスティーナに絡んでいた。普段通りの声色で呼んで手招きをした。面倒そうな顔を隠そうともしない様子に苦笑しつつ、左襟足髪を掴んで口に引き寄せると小声で紡いだ。
その内容にヴェレッドは更に面倒臭そうに息を吐くも「了解。……当たってたら?」という問いに――
「喋れる程度には殺していいよ」
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