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婚約破棄をした令嬢は我慢を止めました  作者:
婚約破棄編―リ・アマンティ祭―
193/353

最後に貧乏くじを引いた

 



 ………………。


 …………。


 ……。



 沈黙が場の空気を包み込む。

 時間が経つにつれ、小刻みに体を震わせ、徐々に顔を赤く染めていったベルンハルドに耐えきれず。シエルは口元を抑えた。煽った張本人は隠しもせず吹き出した。

 揶揄われた勢いで言ってしまったのは明白なのにファウスティーナの顔も今のベルンハルドのように赤くなっていった。彼の場合は言ってしまった感満載だが、ファウスティーナの場合は恥ずかしさと隠しようもない嬉しさから。口では好きに言えるものの、気持ちというのは簡単に偽れない。嬉しいと抱く気持ちは本物。可愛いと叫ばれて嬉しく感じたのはファウスティーナの本心からだ。

 不意に瑠璃色の瞳と合った。赤い顔が更に真っ赤になった。2人揃って。

 何かを言おうとしても口を開閉するだけでまともな言葉が発せない。


 どうしようかとあたふたとしていると「もう仕方ないですわね〜」と呆れが多分に含まれた声色が上から降った。メルセスだ。



「司祭様も坊や君も王太子殿下の勇気ある発言を笑ってはいけませんよ」

「勇気って、勢い余っただけでしょうっ」

「まあ酷い。殿下の年頃であれだけはっきりと気持ちを叫ばれる方はそうはいませんわ。誇っていいですわよ王太子殿下」

「いや……あれは……その……」



 ベルンハルドが何かを言おうとするがまともな言葉が出ない。

 ファウスティーナをキョロキョロと見るがその度に目が合って顔が赤くなる。



「面白いのは分かりますけど大人なんですから面白がらないの」

「はいはいっ。ベルとファウスティーナ様を客室へ案内してあげてメルセス。私とヴェレッドは戻るよっ」

「我慢しても声が笑ってますわ」



 終始笑いを堪えるのに必死なシエルとヴェレッドはこれ以上揶揄わず教会へ戻って行った。シエルに言われた通り、メルセスは2人を客室へ案内した。いつもベルンハルドが来ると使用する客室なのでそれ用に内装は変えられている。

 飲み物を持ってきますとメルセスが退室すると室内には2人だけ。外には護衛がいるが気を遣って2人だけにしてくれる。

 ソファーに隣同士で座るも距離が遠い。



「……」

「……」



 お互い何を話せばいいかと考えている。


 ファウスティーナもベルンハルドも個人で調べた睡眠についての方法を話す予定だった。

 あの空気のせいで先に話せない。



「あ、の、殿下」

「ファ、ファウスティーナ」



 漸く喋れても声が重なってお互いが発言権を譲り合う。



「……」

「……」



 また沈黙。

(うわーん! 司祭様もヴェレッド様も空気をマシにしてから戻ってよー!)

 心の中で泣きつつ、今度はベルンハルドよりも早く喋ろうと声を出すも――



「殿下」

「ファウスティーナ」



 また重なった。

 沈黙が訪れるも、ベルンハルドがファウスティーナに続きを促した。譲ってもお互いが譲り合ってしまってまた最初に戻ってしまうからだろう。



「私は殿下は綺麗だと思っています!」

(ちがーう!)



 言った瞬間心の中でツッコミを入れた。顔の話をしたいのではなく、睡眠についての話をしたい。言ってからまたあたふたとしながらも、訂正を入れつつ続けた。



「あ、違います! えっと、あ、睡眠方法を探して下さりありがとうございます……!」

「う、うん。ファウスティーナに手紙に書かれて興味が湧いたから、眠れない日に使えるかなと思って調べたんだ」



 ベルンハルドは先程の発言には触れず、睡眠方法についての話に乗ってくれた。安堵しつつ、徐々に気持ちが落ち着いていくのを感じつつファウスティーナは続ける。



「エルヴィラに本を見繕って下さったのは嬉しいですが、読むかどうかは分からないですよ……」

「本以外にも幾つか探してはみたよ」



 ベルンハルドが提案したのはファウスティーナが見つけた睡眠方法とほぼ同じ。

 疲労回復が最も効果的な睡眠。なら、体を疲労させる必要がある。運動だ。令嬢が外に出て走り回るのは、はしたないと叱られるので出来ないが全身を使うダンスレッスンを多目に取り入れてはと出た。



「エルヴィラ嬢はダンスは?」

「ダンスは好きだったと思いますが得意だったかどうかまでは」

「これは候補の1つに入れておこう。最終的に決めるのはエルヴィラ嬢だから」



 次は就寝前に飲むと良いとされる飲み物について。

 1つは白湯。温かい水を飲むと自律神経である副交感神経が優位となり、体がリラックスした状態になる。エルヴィラの場合は悪夢のせいで眠りが悪いので効果があるかは不明だが、眠りが深ければ夢は見ないのではないかというのが2人の意見。次はホットミルク。ミルクに含まれる成分には、自律神経の興奮作用時に働く交感神経を抑制する効果があると本に書かれていた。他にもホットココアやハーブティーもある。ホットココアに関しては、4年前ファウスティーナを誘拐した執事カインが作るホットココアが絶品過ぎて他の者が作るホットココアが美味しく感じられないので飲んでいないのだとか。


 ホットココアの話題が出てファウスティーナが思い浮かんだのはヴェレッド。彼は寒い季節の夜、眠る前に自作のホットココアをよく飲んでいる。ココアの上に生クリームがたっぷり乗っている時もあれば、ティラミス風ココアになってお洒落になっている時もある。ファウスティーナがリクエストしても作ってくれない。ヴェレッド以外に頼んだら作ってもらえるが彼の作るホットココアが他よりも美味しそうに見えるのだ。


 何度お願いしても駄目、と意地の悪い顔で断られるので最近は諦めている。



「ファウスティーナはオレンジジュースが好きだっただろう? 嫌いな飲み物はないの?」

「砂糖なしのコーヒーは飲めません」

「僕も飲めないよ。父上が偶に飲んでるのを見るけどよく飲めるなあって感心する」

「お兄様がいつも通りの顔で飲むので私も飲めると1度飲んでみたら、とてもではないですが砂糖なしでは飲める物ではありませんでした……」



 想像よりもずっと苦く、舌に乗った苦味は飲み込んだ後も暫くは消えなかった。最後まで飲み切ったのは褒めて欲しいくらいだが、リンスーが「お嬢様にはまだまだ早いですよ」と止めてくれたのに飲んだ自分の責任。きちんと飲んだ。



「殿下は飲んだことは?」

「父上の真似をして飲んだことがあるよ。ネージュも一緒だったかな。2人揃って悶えたよ……」

「今度、お兄様に砂糖なしのコーヒーの飲み方を教えてもらいます」

「教えてもらったら僕にも教えてね」



 だがケインのこと。



『普通だよ』と普段の無表情で言うのは目に見えている。

 ファウスティーナだけではなく、ベルンハルドもそんなケインの姿が浮かんだのか、同時に笑い合った。



(……どうして前の私は頑なに周りを、自分自身を見直さなかったのかな)



 抱く。

 最初の失敗のせいで嫌われてしまっても、元々の原因であるエルヴィラへの対応を改めていたら変わった未来があったのではないかと。母に関しては置いといて、エルヴィラに関しては今のように無関心とまではいかなくても塩対応でもしていれば問題はなかった。何かを言われてもファウスティーナに非がなければ味方になってくれる人は大勢いた。頼もしい人だって沢山いた。

 性格の悪さに付け加えて視野の狭さも破滅の原因の1つに加えないとならない。


 こうして良好な関係でベルンハルドと話せる。笑顔を向けてくれる。嫌いな態度を向けられない。

 嬉しいのに、待ち望んでいたのに。

 エルヴィラと結ばせて“運命の恋人たち”にしないといけないという使命感は決して消えない。


 睡眠方法についての話から日常の談笑に変わったところで扉が叩かれた。

 入ってもらうとキッチンカートに数種類の焼き菓子と飲み物を置いてメルセスがやって来た。室内に入ると慣れた手付きでファウスティーナにはオレンジジュース、ベルンハルドにはホットミルクが置かれた。焼き菓子はへの字型のクッキーやビスコッティの間にクリームを挟んだもの、パン粉がまぶせられた丸いパンのようなものがある。


 初めて見る菓子に2人の瞳は興味津々に見つめている。



「これはカネデルリ ドルチという、北大陸に伝わるドルチェですわ。余り物のパンを再利用するのが特徴ですわね。中にリンゴジャムを入れましたので甘くて美味しいですわよ」



 説明をされるとファウスティーナがカネデルリ ドルチを小皿に数個載せてベルンハルドに渡した。一瞬キョトンとするも、すぐに破顔一笑した。

 胸が鳴ってまたまた顔が赤くなるもファウスティーナは誤魔化すように自分もと手に取って口に入れた。

「あ、1つだけ」とメルセスが悪戯っ子のような顔をして笑む。



「どれかにシブベリーを入れましたので1個だけとても渋いのがありますわ」

「それを早く言ってよおぉ……!」



 その1個をファウスティーナは食べてしまった。甘いパンなのに噛んだ瞬間、口に広がるのは渋み。涙目になりつつメルセスを見上げて恨言を発したのだった。





読んでいただきありがとうございます!



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― 新着の感想 ―
その使命感って、実はファナもエルヴィラの祝福(呪い)の影響うけてる?
[一言] 二人が仲良しだとこんなにハッピーな気持ちになるんだなぁ。
[一言] 交感神経や副交感神経が学問的に認められているのに、発動機の技術はない世界って不思議だなぁ。
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