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婚約破棄をした令嬢は我慢を止めました  作者:
婚約破棄編―リ・アマンティ祭―
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弟と相談

 


 薔薇柄の便箋をそっと指でなぞった。教会で暮らし始めたファウスティーナは定期的に手紙を送ってくれる。便箋の柄はその時々で変わるが、頻度が多いのは薔薇だ。ベルンハルド自身、薔薇の花は嫌いではないが特別好きでもない。見ていて綺麗だと抱くし、薔薇の甘い香りもきつくなければ好きだ。特別薔薇が好きなのは叔父シエルな気がする。ファウスティーナが教会で暮らし始めてからは、年に1度しか会えなかったシエルとも毎月会えるようになった。薔薇の香水を必ず纏っていた。ファウスティーナが薔薇柄の便箋を送ってくるのは叔父に触発されて? 彼女はどんな花でも好きだと言うが、アザレアの花は好んで好きな気がする。

 花言葉を思うと白や赤を贈りたいがファウスティーナの好みを思うと紫になる。

 事実、8歳の誕生日プレゼントで公爵夫人から貰った紫色のアザレアの髪飾りを大層気に入っている。今でも外へ出掛ける際は身に着けるのだとか。


 手紙に書かれている内容はエルヴィラの悪夢についてと来月開催される『リ・アマンティ祭』の2つ。『リ・アマンティ祭』は年に1度、教会のある南側の街で開催される大きな祭りだが、年齢的に不十分なベルンハルドは内容を聞くだけで参加した事がなかった。ファウスティーナもメインのイベントには参加出来ないが、当日街で露店が多数出店するので毎年露店巡りをするのが楽しみだと去年言っていた。

 何度か行ってみたい気持ちはあったものの、ファウスティーナから聞く話で満足していたので特別行きたいという気持ちもなかった。

 ただ、今年はファウスティーナが一緒に露店巡りをしないかと手紙で誘ってくれた。



「露店巡りか……きっと楽しいのだろうな」



 一緒に回る相手がファウスティーナなら、尚更。

 嬉しさが湧き上がる。すぐにヒスイに便箋を用意するよう告げた。ファウスティーナは小動物も好きだ。小さくて白色の丸いアヒルが特にお気に入りだとか。王国で有名な絵本コールダックのダックちゃん柄の便箋をヒスイから受け取り、羽根ペンにインクをつけて頬杖をついた。

 手紙の内容は『リ・アマンティ祭』の事だけじゃない。エルヴィラの悪夢について、ベルンハルドは少しだけ知っていた。

 2年前、フワーリン公爵邸へ遊びに行った時。クラウドはファウスティーナの兄ケインとも仲が良く、時々どちらかがどちらかの屋敷に赴き会うのだとか。その日はケインがフワーリン公爵邸にいた。元々ベルンハルドを誘ったのはクラウド。3人揃うとクラウドは、名前の通り掴めない笑みで話し始めた。



『ベルは夢を見ることはある?』

『あるけど突然どうしたんだ?』

『全く……クラウド、殿下にその話する必要ある?』



 全員が疑問系で会話をする。謎の空間。クスリと笑んだクラウドはジュースを1口飲んだ。



『君だって心配だから僕に話したんだろう』

『何時迄も魘されたままなのは可哀想だから』



 今度は2人にしか読めない会話がされ、ベルンハルドが内容の説明を求めるとケインは首を振った。が、クラウドは構う事なく説明をした。



『エルヴィラ様が悪夢に魘されて眠れなくなっているんだ』

『エルヴィラ嬢が? どんな悪夢を』

『……さあ。俺からはなんとも。王都の名医に睡眠に効果が絶大な睡眠薬を処方されてからは、徐々に良くなっているので心配は無用です』

『ケイン。ちょっと冷たいんじゃない?』

『俺はいつも通りだよ、クラウド』



 2人ともベルンハルドより1歳上。なのに、纏う雰囲気は何歳も上に感じるのは不思議だ。ケインは冷たいと印象されるのが多いがファウスティーナとの会話では、周囲が思うほど冷たい人間じゃない。妹達に対して辛辣な上、容赦のなさが目立つがちゃんと2人の妹を彼なりに大事にしているように見える。

 エルヴィラの悪夢の内容を詳細までは聞かなかった。自分が気にするべきなのはファウスティーナであって、妹のエルヴィラまで細かく気を配らなくてもいい。

 他人に言うとベルンハルドまで冷たい人間に見られてしまうかもしれないが、これが最善なのだと知っている。どうしてかは分からない。

 ベルンハルドの気持ちで最も強いのは、ファウスティーナに嫌われたくない、2度と捨てられたくないという抱いた時点で不可解な感情ばかり。特に後者の拘りは強い。



「捨てられるってなんなんだろう……」



 仲は悪くない。

 距離が遠くなって会い難い分、手紙でのやり取りはしている。

 感情を隅へ追いやっても、何気ない瞬間蘇っては忘れるなと突き付けてくる。



「……」



 今はファウスティーナへの手紙の返事を書くのが優先だと思考を切り替えるように頭を振り、便箋と向き合った。『リ・アマンティ祭』の露店巡りは勿論快諾。手紙を出したら父に話そう。シエルがいるなら許可してくれるだろう。

 次にエルヴィラの悪夢について。弟のネージュが生まれつき身体が弱く、ベッドから起き上がれない日々が多かった。10歳になった今は、毎日薬を飲み続けていたお陰で長く起きていられるようになった。季節の節目等では体調を崩しがちだが、それ以外だと熱も咳も出ない日が多くなった。但し、気を抜くといつ体調が悪くなるか知れない。外に出たがるネージュの気持ちも分からないでもないが具合が悪くなったら、部屋で安静にして体を癒してほしい。

 ネージュの為、他にも何かの役に立つだろうと王太子としての教育の傍ら、空いた時間を使って薬学も少しだけ手を伸ばし始めた。父に相談すると意外にも父が見てくれた。ほんの僅かな時間しかないが、父に勉強を見てもらえて益々やる気を出した。


 睡眠に効果のある薬草をいくつか書き並べ、文の最後にダックちゃんを書いて便箋を綺麗に折った。後ろで控えていたヒスイに教会にいるファウスティーナへ届けるよう言い、インクの蓋をしたベルンハルドはふと思う。



「ケインの描いた子豚のピギーちゃんは、とても上手だったな」



 反対にファウスティーナは絵を描くのが下手だった。

 本人は可愛い花を描いたと主張しても、スケッチブックに描かれていたのはどう見ても枯れた花だった。

 公爵の画力の高さをファウスティーナは受け継がなかった。末っ子のエルヴィラの絵の腕前は、不明以前に絵を描かないので分からないらしい。


 椅子から降りたベルンハルドは部屋を出て書庫室へと足を運んだ。

 薬以外にも、睡眠効果のある物はある。香を焚くのも良いし、食べ物も視野に入れる。

 どの辺りから探そうかと本棚を見上げると「あれ? 兄上?」と前の方からネージュが歩いて来る。両手に本を抱えるのを見るとネージュも本を探しに来たのだろう。



「兄上も本を探しに来たの?」

「うん。ネージュはもう見つけたのか?」

「ぼくは返しに来たんだよ。もう読み終わったから。あ、兄上、ぼくにおすすめの本を教えてよ」

「おすすめか……」



 ジャンルは問わない。ネージュが好きになりそうな本を頭の中で並べ、更に興味を惹かれそうだと予想する本をピックアップしていく。数冊ネージュに教えてあげようと考えを纏めたが今度はネージュに書庫室にいる理由を問われた。ベルンハルドは先にネージュに渡す本を探しつつ、目的を話した。



「へえ。なんだか可哀想だね。ぼく、1日中寝てるのが多かったけど、意外と寝るのは嫌いじゃないんだよ」

「疲れている時や眠い時に寝るのはとても幸せだから、悪夢に魘されるエルヴィラ嬢の安眠にちょっとは協力したいなって」

「でも、王都の医者が睡眠薬を処方しても効果が切れたんでしょう? 別の薬を頼るのが早い気がする」

「そこは公爵が考えるよ、きっと。安眠方法はエルヴィラ嬢の為だけじゃない、もしも、何かの拍子に眠れなくなった時に知っていたら使えるからファウスティーナにも教えたいんだ」

「そうだったんだ。ぼくは思うけど、体を沢山動かしてヘトヘトになったら、夢を見る暇もないんじゃないかな」



 貴族令嬢が疲れる程に体を使うとなるとダンスレッスンが該当するが、エルヴィラはダンスよりもピアノのレッスンを好んで受けると聞いた。

 ファウスティーナに。

 話題提供のつもりなのか、ちょこちょこエルヴィラの話題を入れられる。興味もなく、聞いてもそうか、くらいの感情しか抱けない。


 時偶不安を抱く。婚約が結ばれて3年以上は経過するのに未だに名前で呼んでもらえない。殿下、と呼ばれるのもいいが名前で呼ばれたい。

 名前を呼ばないくらいで拗ねていると気付かれたくなくて気にしないフリをするのも中々の我慢。

 ファウスティーナに名前で呼んでもらえる人が羨ましい。

 ファウスティーナの素の表情を、感情を示してもらえる人が羨ましい。



「あ、これはどう?」



 思考の海に呑まれかけがネージュの声で一気に引き上げられた。ホッとしつつ、差し出された本を受け取った。



「『眠る前に読む短編集』か」



 表紙を開き、目次に目を通す。題名にある通り、多数の短編が収録されている。1つ1つの話の長さは短過ぎず、長過ぎずで眠る前に読むのに適した頁数だ。内容は恋愛系が多い。どれもハッピーエンドや幸せな日常の1場面を書いており、子供が読んでも問題はない。



「ありがとうネージュ」

「ううん。眠れなくなるしんどさはぼくにも分かるから。

 1つ、気になるのがどんな悪夢を見てるのかな」

「僕もそこまでは聞いてないな。一体、どんな悪夢なんだろう」



 魘され、体調に影響が出るのだから余程の悪夢に違いない。

 ベルンハルドも悪夢と表せる夢を何度か見るも、目を覚ますとどんな悪夢か忘れるのだ。ここ2年は全く見なくなったので周囲には伝えていない。



「ぼくだったら、苦い薬を飲まされる夢を見たら最悪だな。だって夢の世界でも薬を飲まないといけないんだよ」



 頬を膨らませたネージュの頭をポンポン撫でてやった。



「嫌々言いながらちゃんと飲んでるじゃないか。ネージュは偉いよ。だから、夢にはならない」

「そうだといいなあ」

「そうだよ」



 ネージュの体の為にと毎日作られている苦い薬。大人でも顔を歪める人がいるのだ、子供ならより苦い。ネージュにおすすめしたい本を見つけ、渡すとヒスイがやって来た。父が呼んでいる、と言う。分かったと頷き、書庫室を出て行った。




 ベルンハルドに渡された本を抱えながら部屋へ戻る道中、ネージュは聞かされたエルヴィラの悪夢についてそっと息を吐いた。

 呆れたように。



「悪夢、か。何が悪夢なんだか」



 交流の目的を兼ねてやり取りをケインとしているから、どんな悪夢で魘されているかを把握している。従兄のクラウドに悪夢を見なくなるよう頼んだのも。時間が経って効果が薄れてきたのなら、また糸を切ってしまえばいい。最初から薬に効果を期待していないのなら。



「ぼくは事実を述べただけなのに」



『役立たず』『能無し』

 全て前回――4回目の人生を繰り返した際の、結末部分でエルヴィラに放った数々の言葉の内の2つ。



「どうせ無かったことになるにしても、やっと王太子妃になれても結局兄上の心を繋ぎ止められない。顔か泣くしか取り柄がないんだ。

 ……だったら、兄上が死んでもちょっとの間くらいでも王太子妃としての仕事をしてもらわないと」



 アレは王太子妃としての役目を全うさせただけ。側妃を娶っても王太子妃の公務を代わりに熟すだけの生贄。それ以上は誰も望んでいなかった。

 今以上の悪夢となるとあの時の再現。しかし、悪夢を見ないで済む方法はある。


 部屋に入ったネージュは本を机に置いて、真ん中に設置されているソファーに横になった。

 昏く灯りのない紫紺色の瞳の最奥には、表に出れないよう押し込めている激情が渦巻いていた。



「今回は今までと全く違う。ファウスティーナが君と兄上をくっ付けようとしているんだから、今回はちゃんと好きになってもらってね」




読んでいただきありがとうございます!



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― 新着の感想 ―
最優先はファナ。エルヴィラへそこまで気持ちを向ける必要はない ベルンハルド4回目までの失敗を糧に頑張っているな。記憶がハッキリ残っているわけではないけど行動にはちゃんと良い影響が出てて、このベルンハル…
[一言] そうそう。この5周目に関してはネージュ王子の意思が噛んでるからファウスティーナの行動は分かりやすい。 むしろ注目はファウスティーナじゃなくてベルンハルドがどう行動できるかだよね。 今回…
[気になる点] >見ていて綺麗だと抱くし 一昨日からこの作品を読んでいますが、「抱く」の使い方に疑問があります。 「思いを抱く」としてなら、考えや感情を入れないと不自然です。 上記の文なら、「綺麗だと…
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