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婚約破棄をした令嬢は我慢を止めました  作者:
婚約破棄まで~明後日の方向へ突き進む?~
19/343

18 両者が見る視線の先には何がある?

 


 楽しいお茶会への行道は空間を支配する重苦しい沈黙によって台無しとなった。出発前にエルヴィラにきつい言葉を投げ掛けたファウスティーナは、予想通りの展開に数十分前の自分を殴れるなら過去に戻りたくなった。先に馬車で待っていれば、案の定というか、とてつもない形相をした天敵が泣いているエルヴィラを連れてやって来た。

 強い口調で名前を呼ばれ、説教をされて時間が遅れる訳にはいかなかった。


 なので――


『お母様のお怒りはご尤もでしょう。自分に似た可愛い娘が意地悪な姉に泣かされたと訴えられては私を叱らずにはいられませんものね。ですが私は間違った事を言っていません。だから謝りませんわ』



 口を開きかけたリュドミーラに喋らせまいと更に続けた。



『現場を目撃している侍女達に聞いてみて下さい。彼女達はお母様と違って(・・・)贔屓はしないので嘘は言いません。それと、無理して私に話し掛けなくてもいいですわ。お母様も、その方がストレスを抱えずに済むでしょう? お母様がいなくても周囲に頼れる大人の女性はいますので』



 昨日からの謎の行動には疑問を抱いていたがもうどうでも良くなった。大方父に何かを言われて猫の皮を被ったのだ。被るのならもっと堪え性のある猫を被らないと。

 部屋で見たエルヴィラよりも更に顔を青くしたリュドミーラから目を逸らすと正面を向いた。遅れてケインが来るも並々ならない雰囲気に首を傾げた。

 泣いていたエルヴィラも姉を真っ青な顔をして見る。そのお陰か涙が止まっていた。





 お茶会の会場である王城に入ると指定された場所に馬車を停めた。御者が扉を開け、リュドミーラから降りて、次にケイン、ファウスティーナ、エルヴィラの順で降りた。

 騎士に案内されたのは南側にある庭園。王城の中で最も多くの花が咲き誇る此処は王妃の一番のお気に入りの場所である。空は雲がない快晴。庭園でお茶会をするのにぴったりな天気といえよう。



「王妃殿下。此度は殿下の主催するお茶会に招待下さり光栄に思います」

「ようこそヴィトケンシュタイン公爵夫人。来てくれて嬉しいわ。存分に楽しんでいって頂戴」

「ありがとうございます」



 リュドミーラが礼に則った挨拶を終えると子供達もケインを先頭に挨拶を述べていく。エルヴィラが終わるとシエラはファウスティーナに微笑んだ。



「よく似合っているわファウスティーナ」

「ありがとうございます」

「その髪飾りも。ふふ」



 急に笑い出したシエラはアザレアの花弁をそっと摘まんだ。



「ファウスティーナはアザレアが好きなのかしら?」

「綺麗な花はなんでも好きです」

「紫色にしたのはどうして?」



 アザレアには紫以外にも白、赤、桃色がある。正直に言える訳もなく、自分の髪に合いそうな色だったからと答えた。更に笑うシエラに困惑しているとリュドミーラが前に出た。



「王妃殿下。あまりファウスティーナに構う事はなく。王太子殿下とファウスティーナの婚約は正式にはまだ発表されていません」

「ええ。分かっているわ。でも、どうしても構いたくなってしまうの。いつも王妃教育を頑張ってくれるファウスティーナのお洒落した姿が可愛くて」



 同性でも惚れ惚れしてしまう美しい微笑を浮かべる。リュドミーラの言っている事も本当なので程々の所でシエラは他の招待客のおもてなしへ向かった。

 薄く頬を染めたままシエラを見ていると「ファナ」とツンとケインに頬を人差し指で突かれた。



「行くよ」

「あ、はい」



 ケインに促されたファウスティーナは奥の方へ進んで行った。



 円形状に作られた広大な広場に設置されたテーブルには、多種類のスイーツやフルーツが置かれていた。飲み物は城付きの侍女が絶え間なく運んでいる。今回のお茶会は、中々機会のない子供同士の交流を主とするのでビュッフェ形式の食事となる。



「3人とも、行動は自由ですが公爵家の名に泥を塗る真似はしてはいけませんよ」



 子供達はリュドミーラに注意事項を告げられるとそれぞれ動いた。

 出発前にファウスティーナに叱られて気分が沈んでいたエルヴィラは美味しそうなスイーツを見て復活した。紅玉色の瞳をキラキラと光らせ、マカロンが置かれているテーブルに近付いた。

 元気を取り戻したエルヴィラに一応安心したファウスティーナは自分もスイーツを探そうとテーブルに目を向けた。

 すると、背中に強烈な視線を感じた。思わず振り返ると――



「……」



 ベルンハルドの誕生日パーティーでもファウスティーナに視線を送っていたアエリアがいた。じぃーっと食い入る様に凝視してくるアエリアに負けじとファウスティーナも同じ事をする。新緑色の瞳に敵意はない。代わりに人の内部を探ろうとする色がある。彼女の真意がまるで読めない。記憶通りならアエリアと初めて会ったのは貴族学院。幼少の頃に会った記憶はない。


 アエリアに話し掛けるか、それとも無視をするか。

 どちらか決めかねていると侍女が飲み物を訊ねてきた。



「お飲み物は如何です?」

「あ、えっと、オレンジジュースを下さい」

「畏まりました」



 侍女からオレンジジュースを受け取った。目を向けた先にアエリアはもういなかった。



「……」



 今回、最上級注意人物はベルンハルドではなくアエリアの可能性が大いに高い。

 オレンジジュースのグラスを持ちながら、食べたいスイーツを探す。ショートケーキにショコラケーキ、チーズタルトもある。クッキーやマドレーヌも捨てがたい。ファウスティーナは目をさっと動かし、確認を終えるとグラスをテーブルに置いてクッキーに手を伸ばした。

 バターの香ばしい味とクッキーのサクサク感に夢中になって食べると1枚はあっという間になくなった。また周囲を目だけでさっと確認。比較的人のいないエリア。人は少ない。



「ん? いやそれより」



 次のクッキーを持って城側の方を向いた。そこだけ令嬢密度が異様に高い。談笑していても皆の視線はそちらへ向いている。3枚目のクッキーを取ると「ファナ」と兄が来た。



「お兄様」

「来る時は聞かなかったけど、また母上と何かあった?」



 あの馬車内の空気は尋常じゃなく重苦しいものだった。目をキョロキョロと泳がせるファウスティーナを強く呼ぶと、観念して正直に告げた。

 話を聞いたケインは深い溜め息を吐いた。



「ファナとベルンハルド殿下の婚約が決まってから、どうもエルヴィラは可笑しくなったみたいだね。前まではそこまで馬鹿じゃなかった筈なのに」

「よっぽど殿下の婚約者になりたいのではないですかね」

「ファナ自身が知っている筈だよ。王妃とは国の母。なりたくてなれるものじゃないと。況してや、自分本位なエルヴィラじゃとても務まらない。王妃教育だって半日持てばいい方だ」



 散々な評価だが全て事実。前回の記憶を持つファウスティーナでさえ、あまりの厳しさに何度か泣いている。堪え性のないエルヴィラでは始まってすぐに泣き出して癇癪を起こしてしまう。



「母上の事は……」

「お母様がいなくても不便がない事に気付きましたのでもうどうでもいいです」

「……はあ、エルヴィラもだけど、高熱を出して倒れた時からファナも変わったね。前は母上に構ってほしくて仕方なかったのに」



 ファウスティーナは苦笑を漏らした。これもまた事実。

 家庭教師との勉強中、窓から外を眺めるとリュドミーラに手を繋がれて歩くエルヴィラを何度羨ましく思ったか。お茶をしている時も怖くて夜眠れなくなった時も。エルヴィラなら良いのに自分は駄目だと言われた。



(一度だけ、私が駄目でエルヴィラが許されるのは何でって言った。そうしたら、お母様は“貴女は将来王妃になる子。何時までも甘えてはいけません!”って言われたんだっけ)



 当時ファウスティーナは6歳。今のエルヴィラと同い年。泣き喚いても更にきつく叱られて、リュドミーラ付の侍女に無理矢理部屋に戻された。

 前回の記憶を取り戻してリュドミーラに執着する必要性がなくなった。逆に、無関心になってから向こうから関わりを持とうとする始末。



「……なんというか」

「ん?」

「私って結局、お母様にとってはなんだったんでしょうかね」

「……ファナは生まれた時から王子と結婚すると決められていた。それも第1王子。将来王妃になる娘を育てようと母上も必死なんじゃないのかな」



 空色の髪と薄黄色の瞳。王国に生きる女性でただ1人しかいない色を持つファウスティーナを――決められた道とは言え――次の王妃とするべく殊更厳しく接していた。言われて気付いた訳ではない。が、ケインやエルヴィラとは別人の如く違う接し方をされ続けた。

 オレンジジュースを飲むと4枚目のクッキーを取った。



「ふう。でもまあ、お母様にはもう話し掛けないで下さいと言いましたので暫くは平和に過ごせそうです」

「ああ、言っちゃったんだ」

「言いました」

「そう。そこから先は母上とファナの問題だから俺は何も言わないでおくよ。所でファナ、さっきから食べてばかりだけど友達と話さなくていいの?」



 クッキーは5枚目を迎えた。美味しくて手が止まらないファウスティーナを呆れた眼で見るケインも、早いペースでクッキーを食べる姿が気になり1枚取った。一口齧って目を丸くした。



「美味しい」

「私も食べて驚きました! 味を覚える為にも沢山食べます!」

「覚えてどうするの? まさか、ファナが作るとか言うつもり?」

「違います。味を覚えて、同じ味を料理長に作ってもらうんです!」



 味を覚えたファウスティーナ主導でクッキー製作をする場面を想像したケインは、ああでもないこうでもないと腕を組んで頭を悩ませるファウスティーナに苦笑をした。

 6枚目に突入するクッキーを食べていると――また背中に強烈な視線を貰った。振り向くとそこにはやはり――アエリアがファウスティーナを見ている。敵意もない、探る様な新緑色の瞳と目が合う。ファウスティーナの視線の方をケインも向いた。



「あれって、ラリス家の」

「アエリア様です」

「面識があるの?」

「王太子殿下の誕生日パーティーで目が合っただけです」

「それにしては、ファナの事を穴でも開くんじゃないかってくらい見てるよ?」



 問われても理由を知りたいのは寧ろ此方だ。

 ふいっと視線を逸らしたアエリアは令嬢達が集まる場所より少し離れた場所にいる。1人の少年がアエリアに近付いて話し掛けた。表情を和らげたアエリアと話す少年が誰かケインが教えてくれた。



「ヒースグリフ様だね」

「確か、ラリス侯爵家の子は双子の兄弟とアエリア様でしたわよね」



 癖のあるピンクゴールドの髪をピョンピョン跳ねさせてアエリアと話すのが双子の兄ヒースグリフ。遅れて同じ髪質だが左側の髪を三つ編みにしている双子の弟キースグリフもアエリアの所へやって来た。双子はアエリアの2歳上。末っ子の妹が人気の少ない場所にいるのを心配して様子を見に来た、という辺りか。

 表情も険しくなく、純粋な瞳で兄達と話すアエリアの初めての姿。興味深そうにファウスティーナが眺めていると沢山の黄色い声が届いた。丁度、オレンジジュースを飲んだ所だったので驚いて噎せてしまった。

 咳き込むファウスティーナの背中をケインは呆れながら擦ってやる。



「大丈夫?」

「は、はいっ。ビックリした」

「皆殿下達を待ってたみたいだね」

「ごほっ、ごほっ。……あ」



 咳が止まり、顔を上げて声のする方へ向いた。何時見ても見目麗しいベルンハルドの側には顔色の良いネージュがいる。迎えてくれた令嬢達に当たり障りのない笑みと挨拶をしつつ、人混みから脱出して他の子等に声を掛けていく。

 時折ネージュの体調を心配しつつ、招待客にそれぞれ挨拶周りをしていく。

 ファウスティーナやケインの所にも2人の王子は来る。



「やあ。ファウスティーナ、ケイン」



 2人がそれぞれベルンハルドに挨拶をするとネージュも2人に挨拶をした。ファウスティーナやケインも応えるとネージュはふわりと微笑んだ。



「ファウスティーナ嬢とは城で1度会ったきりだったね」

「はい」

「あの後、長く外にいるのを兄上に見つかって怒られたんだ。酷いよね」

「ネージュ」



 窘めるベルンハルドに口を尖らせる。何が切欠で体調を崩すか知れないネージュが外にいると知った時は胆が冷えた。剣の鍛練中だったがネージュがいる所へ走って部屋へ戻した。油断大敵なネージュの体を気遣ってのことなのでベルンハルドの心配も理解出来る。

 困った弟だと苦笑したベルンハルドと悪戯っ子の様な笑みを浮かべるネージュ。王子2人の仲の良さをまた見られるなんて……つい、感慨深くなってしまう。


 ベルンハルドとネージュが違う招待客の所へ行った。

 それと同時にまたアレを感じた。



「……」

「……」



 アエリアだ。

 アエリアがまたファウスティーナを見ていた。ただ、今回はさっきまでと違って瞳に険しさが追加されていた。ヒースグリフとキースグリフが妹の視線の先を気にして此方を向き、アエリアに話し掛けた。

 だが、兄達の話を聞いてない様にアエリアはじっとファウスティーナを見つめている。予想をしてみる。王太子妃の座を狙うアエリアからしたら、王太子と仲良さげに会話をしたファウスティーナを好ましく思わない。今の視線はそれで説明がつくが今までの視線はどう解釈したら良いか。


 行くか、行かないか。

 自分自身に問い掛けていると「あ」とケインが声を出した。見るとアエリアがファウスティーナ達の所へ向かっていた。双子の兄達も慌てて付いて来ている。

 ファウスティーナとケインの前に立ったアエリアは一本だけピョロンと垂れる長い前髪を右耳に掛けてこう言い放った。



()()()()()()()()、ファウスティーナ様?」



 ファウスティーナの表情が一瞬にして強張った。





「……“ご機嫌如何”、か」

「どうした? ネージュ」

「いえ、なんでも」



 招待客への挨拶回りも終え、交流を兼ねたお茶会なので後は気になった子に声を掛けれればいい。皆――特に令嬢達は――王子達に話し掛けて欲しそうに眺めている。ベルンハルドと侯爵令息の会話を聞きながら、ネージュの視線はファウスティーナとアエリアに向いていた。

 ファウスティーナとケインに挨拶を終えると強烈な視線を貰った。誰にも気付かれない様にそっと確認すると――険しい色の眼で自分を見ているアエリアと目が合った。更に表情を険しくしたアエリアに……底無し沼と同等の昏さを持った瞳をぶつけ、ふにゃりと嗤ってやった。





読んでいただきありがとうございます!


あと数話で新章です。間になんか挟もうかな( ´∀`)

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― 新着の感想 ―
[気になる点] お話の内容や設定は好きなのですが、オレンジジュース飲みすぎといいますか…オレンジジュースの印象が変に残って読む気が削がれてしまいそうです… 作者さんはオレンジジュース推しなのでしょうか…
[良い点] これは主人公が呼ぶ「お母さま」が王妃に移行され、実母はヴィトケンシュタイン公爵夫人、と呼ばれるのも時間の問題だな。 更に悪化すると「同居している妹似のおばさん」「いつもヒステリ起こしてる…
[一言] 母親への対応というか扱いが完全に「どうでもいい他人」になってるなぁ。 本人は「期待するのを諦めた」とか「スルー」程度に認識してるのかもしれないけど、無意識化での失望が端々に出て来てる気がする…
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