ベルンハルドは薔薇が好き?
テーブルに絵柄の違う便箋を広げ、どれにしようか悩むファウスティーナ。
ベルンハルドの月1訪問がもうすぐ訪れる。来月開催される『リ・アマンティ祭』を報せるのもあるが、目的は別にある。悪夢に魘されるエルヴィラの相談をする為。これは前回の時もそうだが、病弱なネージュを気にかけ薬学方面の知識も蓄えていた。何時から学んでいたかが分からない。11歳までの記憶にないということは、11歳以降になる。まだ手を出していなくても何れは学び始める。また、彼がエルヴィラの不調を知れば顔色だって変える。その瞬間をシエルやヴェレッドに目撃してもらわないと話を信じてくれない。
ベルンハルドは何も悪くない。運命によって結ばれた相手に惹かれるのは当然なのだ。
痛む心に蓋をし、さて、と改めて便箋を見ていく。
赤い薔薇柄の便箋、青い小鳥柄の便箋、クローバー柄の便箋、レモン柄の便箋。ファウスティーナの趣味で選ぶなら青い小鳥柄の便箋を使う。ベルンハルドは薔薇が好きだ。……教えていた相手がエルヴィラだろうと彼の情報なのは変わりない。
地味にショックを受けつつ、ずっと便箋選びで悩んでいたファウスティーナは薔薇柄の便箋を手に取った。屋敷の侍女が他の便箋を片付けていく。メルセスはシエルに呼び出され不在。ヴェレッドもお使いに行っていない。
椅子に座り、便箋と向き合ったファウスティーナは羽ペンを持ち。
――固まった。
――いけないいけない。つい勢いのまま書きそうになった。
以前の自分は、自分の事をベルンハルドに知ってほしくて毎回長く枚数の多い手紙を送っていた。きっと1枚も読まれていなかっただろう。でなければ、誕生日プレゼントでファウスティーナが欲しい物を贈ってくれる筈。実際は誰にでも似合う無難な白い物。
「殿下は悪くない。悪いのは私だったんだから……」
それでも、と抱いてしまう。
「……ちょっとくらい、ひよこ豆程度でも良いから、気にしてほしかった、かな」
婚約者だったのだから……最初が悪くても、その後は必死に努力して性格を直した。エルヴィラに関してだけは譲れずとも他は……と考えた辺りで振り払うように頭を振った。
「ううん。こんな事考えちゃいけない。殿下は私みたいな性悪に好かれた可哀想な被害者なのよ、絶対にエルヴィラと結ばせて幸せになってもらわないと」
たった1人を除けば誰も不幸にならない最高のハッピーエンドはやっと大きな1歩を踏み出した。好機を逃すなとばかりに手はすらすらと文字を書いていく。短く、分かりやすい文面を書き上げ満足げに頷いた。これならベルンハルドも鬱陶しがる気持ちも抱かない。枚数も1枚、文字数も最低限に収めた。前の時もこれが出来たら……と抱くがキリがない。
手紙を三つ折りにし、同じ柄の封筒に入れて呼び鈴を鳴らした。すぐに入室した侍女にベルンハルド宛に届けるようお願いした。
「畏まりました。それとお嬢様、手が空き次第、教会に来るようにと旦那様が」
「司祭様が? 分かりました」
また仕事をサボって助祭のオズウェルに押し付けてないといいが……。
屋敷から教会はすぐで、1人屋敷を出たファウスティーナは門の前に立っていた人に声を掛けた。
「メルセス」
「あ、お嬢様。お待ちしておりましたわ」
白金色の髪に垂れ目な紫水晶の瞳の美女。妖艶な雰囲気を惜しげもなく晒しながらも、性格はお茶目でシエル同様オズウェルを困らせるのが好きな女性。シエルに言いつけられファウスティーナを迎えに来てくれたのだ。差し出された手を取り、繋いで教会へと歩く。
「司祭様って過保護だよね。屋敷から教会は目と鼻の先なのに」
「まあ、油断は禁物ですわお嬢様。距離が近いと言えど、何が起きるのが分からないのが世の中ですわ」
「こんな所で騒ぎを起こす人もそうはいないような」
「必ずしもいないとは限りませんわ。ファウスティーナお嬢様は攫いやすそうな顔をしていますから、司祭様が過保護になるのは当然です」
「……攫いやすそうな顔ってどんな顔?」
「戻ったら鏡を見てください」
「……」
屋敷でなくとも教会にも鏡はある。着いたら確認しよう。警戒心が無さすぎると指摘されているが教会の人達、特にシエルは過保護なのだ。過保護を通り越したら何と表現すべきか。それだけ大事にされている。
有り難く、申し訳ない。
2人で裏の出入り口から教会に入った。薄暗く、細い廊下を歩いていると扉があった。ドアノブを下ろし開けると長く広い廊下に出た。
途中、擦れ違う神官達と挨拶を交わす。
「こういう何気ない普段の行いって、継続が大事ですよ」
「うん。挨拶されると気持ちいもんね」
「逆に嫌な挨拶は相手にも嫌な気持ちが伝わりますから、しない方がマシになります。お嬢様は教会暮らしに適しておりましたから安心しましたの」
「小さい頃からの習慣だよ。お父様が挨拶は1番最初に習う大事な事って」
「公爵様って、お嬢様や公子には間違った教育はしないのに妹君は何故ああなのです?」
「ああ……えっと……」
父はエルヴィラを放置しているんじゃない。何度もエルヴィラに注意をしているし、諭してもいた。
台無しになったのは、自分にそっくりなエルヴィラに甘い母が庇ってしまうから。子供達を平等に愛してくれるが惚れた妻に対しては押しが弱い。泣いて迫られてもエルヴィラの為と心を鬼にして声を聞かなかったら、今のエルヴィラは違った姿になっていたかもしれない。
過ぎ去った時間は戻らない。なら、今をどうにかするしかない。
「お祖父様にあれだけ怒られたら、エルヴィラも心を入れ替えて真面目になるよきっと(そうなってもらわないと困る……!)」
「なりますかねえ……ああいうタイプの子は、意地でも自分のペースを崩しませんわ。それこそ、頼りになる味方に何としてでも現状を維持させようとするでしょう」
「お母様に頼るって事?」
「妹君の場合は公爵夫人ですね」
有り得そうな話だ。エルヴィラに誰よりも甘く、誰よりも愛するリュドミーラならばやりかねない。遠くない未来エルヴィラを溺愛する人はもう1人追加される。
ファウスティーナが愛してほしいと願った人達。ベルンハルドを除いて、愛されなくても不便がないと気付いたのでこのままでいく。
他愛ない話をしながら司祭の部屋を目指す。
「お嬢様は先程まで何を?」
「王太子殿下に手紙を書いていたの。今度の『リ・アマンティ祭』の事とか、エルヴィラの悪夢の事とか」
「『リ・アマンティ祭』は良いですが妹君を知らせる必要はあるのですか?」
「あるよ。殿下はエルヴィラを気に掛けてるから」
「そうですか?」
接触の機会が少ないメルセスに聞かせてもピンと来ないのは無理もない。
――殿下の本当の気持ちを知ってるのは私だけだもの。私がちゃんとしないと。……あ、そうだ。『リ・アマンティ祭』の事アエリア様にも知らせよう。
自分と同じ、唯一前の記憶を持った人物。王太子妃の座を奪い合ったアエリアが記憶を保持する理由を知らない、訊ねても口を閉ざされる。ファウスティーナが問われても理由が不明。なら教える義理はないとアエリアは拒否した。
ベルンハルドとエルヴィラが正式に結ばれた後を知るアエリアにも協力してもらおう。早い段階でベルンハルドとエルヴィラが“運命の恋人たち”だと知れれば、その時点で婚約破棄を申し出ればいい。
運命の女性がいる相手の婚約者は嫌だ、と。
王国は運命を大事にする。運命によって結ばれた男女を引き裂きはしない。
シエルが待つ司祭の部屋に到着するまでアエリア宛の手紙の内容を考えるファウスティーナだった。
――数時間後。王宮にある王太子の部屋にて、従者から渡されたファウスティーナからの手紙を読み終えたベルンハルドは薔薇の絵に触れた。
「ファウスティーナは薔薇が好きなんだな。アザレアが好きって言っていたけど薔薇の方が好きに見えるよ」
「毎回、殿下に送る便箋は薔薇の絵が描かれてますからね」
読んでいただきありがとうございます。
やっとベルンハルドを出せた……。
次回はベルンハルド、その次はネージュの回になります。




