気の毒な王子様と疑惑の人
『リ・アマンティ祭』
魅力と愛の女神リンナモラートの別名を名前にした祭。身分問わず参加可能で毎年、教会の司祭が取り仕切る恋人達の祭り。リンナモラートの石像の前で愛を誓うと光が放出される。最も互いを愛し合っているカップルだと、石像の持つ水晶玉が濃いピンク色に変わる。優勝したカップルにはリモニウムの形に模されたピンクダイヤモンドの指輪が贈られる。面白いのが毎年必ず優勝者が出るとは限らない事。今は20年以上優勝者が出ておらず、最高の腕を持った職人に作られた指輪はずっと保管されたまま。更にこの祭り、互いの愛を確かめ合うだけではない。
「離縁する為に参加する夫婦や別れたいカップルもいてね」
「離縁、ですか?」
「そう。妻や夫の不貞を疑いながらも証拠を掴めず、藁にも縋る思いで参加するんだ。相手を騙している者が石像の前で愛を誓うと、水晶玉は黒く光り、偽りの愛を誓った者に罰を与えるのさ」
「どんな罰なのですか?」
1つ、浮気相手を孕ませておきながら子供を流させた夫は死ぬまで死んだ子の亡霊に取り憑かれた。
2つ、浮気相手と一緒になって婚約者を見下し続けた男の家は没落し、浮気相手から婚約者に戻ろうとするも浮気相手から逃れる程不幸が舞い降りる。
3つ、夫の子と偽って浮気相手の子を産んだ妻は、自分には見えない文字が全身に浮かび、周囲の人々から忌み嫌われる存在になる。
等、数年分の例を教えられたファウスティーナはドン引きすると共に、相手を騙しておきながら愛を誓う人間の心理が理解不能だと知る。人は騙せても女神は騙せない。女神を騙そうとした天罰。
「でも、この祭は成人済みではないと参加出来ないのですよね?」
「そうだよ。ただ、叔父上が司祭をしていた頃から、参加年齢を引き下げて欲しいという要望はあるんだ。15歳とかからね」
15歳からだとベルンハルドとエルヴィラは参加無理だ。ファウスティーナもだが11歳。参加可能になるには4年待たないとならない。
「ベルンハルドとエルヴィラ様がリンナモラートの石像の前で愛を誓ったら大変じゃないか。仮にも君の婚約者なんだよ?」
「王太子様はお嬢様好き好きオーラがすごいから、仮に嘘でもしろと言われてもしないんじゃない?」
クッキーを摘むヴェレッドの横槍。好き好きオーラと言われても……と悩む。良好な関係を築けてはいるが、前回の人生で見たエルヴィラに対するオーラとは掛け離れている。ベルンハルドが向けてくれるのは、あくまでも婚約者に対する必要な親愛のみだ。それ以上の感情は彼にはない。
ベルンハルドが好きなのはエルヴィラなのだから。
ファウスティーナが軽く否定すると、ちょっと前冷たい雰囲気を放ったシエルも揶揄うのが好きなヴェレッドも視線を合わせた。蒼の瞳にも薔薇色の瞳にも憐れみが込められていた。
「……お気の毒にね」
「俺も本気でちょっと可哀想になってきた」
「?」
シエルとヴェレッドが誰に同情しているかはファウスティーナには分からなかった。
だが、後々を思うとやはりベルンハルドとエルヴィラは結ばれるべきなのだ。前回“運命の恋人たち”に選ばれ、王国で最も幸福な者となった。
ベルンハルドの気持ちを正直にさせるには、どんな小さな方法でもあるのなら実行していきたい。
「司祭様。殿下とエルヴィラをどう参加させるのですか?」
「うん? ああ、そうだね。祭り当日には、街では沢山の露店が出るのは知っているね」
「はい!」
年齢的に不参加な上、関係のなかったファウスティーナは露店巡りをヴェレッドやメルセスとしていたので楽しさを知っている。
「ベルンハルドやエルヴィラ様を誘ったらいい。ベルンハルドには露店巡りのお誘いを。エルヴィラ様には気分転換とでも書いて公爵宛に送ったらいい」
「そうですね。私からだと怪しまれるので。お父様やお兄様宛の手紙に書いてみます」
更にベルンハルドには、シエルから別で手紙を付けるとも足された。毎年開催される『リ・アマンティ祭』を貴賓として招待するのだとか。王族の一員として、王国に関わる大きな行事には極力参加させてもいい年齢になってきからという判断の元。
温くなった紅茶に砂糖を1つ入れ、かき混ぜる。熱々は何もなしで、温く飲みやすくなったら砂糖を入れて飲むのが最近の飲み方。甘さが加えられた紅茶を堪能しつつ、隣のヴェレッドを見上げた。
「今年もヴェレッド様が一緒に来て下さいますか?」
「さあ。王太子様と一緒なら、神官様だけの方が良い気がする」
「君は揶揄ってばかりだからベルンハルドに警戒されてるからね」
「面白いもん。王様を揶揄ってもいいけど、それだと俺がお城まで行かなきゃいけないでしょう? さすがに、王様揶揄う為に王都に行きたくない」
国王を揶揄うのが好きなヴェレッドも大概である。何度かメルセスが本気でシリウスがキレかけた事があると笑いを堪えながら話してくれた。シエルやヴェレッドもだが、教会の人は面白い事が好きな性格の者が多い。助祭オズウェルは生来の真面目さから気苦労が絶えない。次期助祭候補であるジュードも苦労人である。自由な司祭を補佐する助祭は苦労人気質な人が向いているのだろう。
――暫くお喋りをし、スイーツとお茶を堪能して店を出た。
屋敷に近付くとシエルにおぶられたファウスティーナは頬を突いてくるヴェレッドに頬を膨らませた。
「もう、擽ったいです!」
「お嬢様太った? ほっぺたぷにぷにしてる」
「太ってないです! ちゃんと運動もしてます!」
若干お腹周りがキツくなっている気はしないでもない。大好きな甘い物を制限されるのも嫌なので、これからは運動の量も増やし内容もハードにしよう。
「こらヴェレッド。女の子に向かって失礼でしょう。安心しなさいファウスティーナ様。太ってないから」
「シエル様嘘言っちゃお嬢様の為にならないよー。重いでしょう?」
「子供は重くていいの」
「……」
子供は大きく育って大人へとなっていく。軽いとしっかりと食べているか心配された回数は計り知れない。成長していると言ってくれているのだろうシエルの言葉には悪気はない。ないのに言葉がファウスティーナの背中に突き刺され微妙な気持ちになった。
甘い食べ物の量を少し……少しだけ減らす努力もしよう。
屋敷に到着した。オズウェルが中から出てきた所と鉢合わせた。
ヴィトケンシュタイン家の家紋が刻まれた馬車はもうない。
ファウスティーナは下ろしてもらうと駆け寄った。
「助祭様。お祖父様は?」
「ちょっと前にお帰りになられましたよ。シエル様と坊やと楽しんで来ましたか?」
「はい。とっても」
「それは良かった」
隣の部屋で盗み聞きしていた話を訊ねてもいいのか……祖父と助祭の関係はどうであれ、気になる内容をファウスティーナも知りたい。
祖父が何故、父とアーヴァを婚約させたかったのか。
知りたい。
ファウスティーナが意を決めて口にするとオズウェルは困り顔を浮かべた。
青銀の瞳が後ろへ向けられた。そこにいるのはシエルとヴェレッド。更に困り、空色の頭を軽く撫でるだけでオズウェルは何も言わなかった。
シエルの側まで行き肩を竦めた。
「そう怖い顔をされてもね」
「私も気になってはいたんだ。昔から、先代公爵はアーヴァと現公爵を婚約させることに躍起になっていたからね」
「知りたいなら、先王陛下に聞きに行きなさい。全てをご存知なので」
「私の近くにいる人間で最も事情を知ってるのは助祭さんなんだけどね」
「私からは何とも。……1つ言えるとすれば、オールド殿は自分の代で女神の生まれ変わりを誕生させたかった。自身や息子にその兆候があるのなら……と、ある事を実行した」
「……まさか……」
「……実際はどうか何とも。時期的に考えて不審な点はない。ただ、フリューリング家に嫁いだ妹君がアーヴァ様に冷たかったのは……」
「……」
心当たりのあるシエルは話を飲み込む様に瞳を閉じ、再び開くと「リオニーは?」と発した。「知っている可能性があるかと」とオズウェルは言う。
「リオニー様は、シトリン様とリュドミーラ様の婚約には反対でしたが、アーヴァ様との婚約は更に反対しておられた。あなたがアーヴァ様に夢中になっても、他の相手よりも威嚇しなかったのは……もしもの時を考えての事なのでしょう」
「こういう時に限って、王族である事に感謝するよ」
込み上がった感情を強制的に深く押し付け、苦笑混じりの微笑を貼り付け、いつの間にかいなくなっているファウスティーナとヴェレッドが戻ったであろう邸内に入った。
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